シェリ、悪いことしなきゃ
「ねえ…ねえってば。」
黒塗りの闇の中。
シェリィは聞き覚えのある声で起こされる。
「…?」
目覚めたシェリィが最初に感じたのは、ふかふかなベッドの感触。
(ああ…またか…)
ベッドから起き、酷い目に逢い、気を失ってまたベッドで目を覚ます。
ここ最近のシェリィは、ずっとそれの繰り返しだった。
「その声はもしかして…ラーナちゃん?」
「当たり。また会ったね。シェリィ。」
意外な再開に嬉しくなったシェリィは、直ぐに上体を起き上がらせ、
「ごめんね!ラーナちゃん!シェリはただ…ふぎ!?」
全身を引き裂かれる様な激痛に襲われ、再び身を倒す。
「あ、あんまり動かないで。君今ものすごい大怪我してるから。」
シェリィは激痛でばきばきになりながら、ゆっくりと身を倒す。
「う…ねえラーナちゃん。シェリ今どうなってる?シェリ、もうおめめが無いの…」
「全身ががっつり火傷しちゃってるね。特に手足の先が酷い。真っ白だったシーツが、赤と黒の頑固そうな染みですっかり汚れちゃってる。あと君、内臓も殆どダメにしちゃったみたいだね。今、君と私のお腹がでっかい3本のチューブで繋がってる。…あんまり想像しない方が良いかも。ああそれと髪の色も…」
「…解ったよ。ありがとう。」
シェリィはそれだけ言うと、再び深い眠りに堕ちていった。
「…謝る事なんて無いよ。シェリィ。むしろ、君に感謝したいくらいだもん。」
ラーナはバルフェアの言葉通り、シェリィの為の医療器具に改造されていた。
ラーナは点滴スタンドを改造した医療器具の中に生体部品として組み込まれ、ラーナ自身は点滴袋をぶら下げる場所から、細い紐で首を吊られていた。
ただラーナの背後にはラーナ自身の生命維持や、治療器具としての機能を果たす為の、白い箱の形をした機材が重量バランスを取るために取り付けられており、ラーナが窒息死する事も、自重でスタンドが倒れる事も無かった。
「最初こんな姿にされた時は、そりゃ勿論君を恨んださ。不用意に話しかけた事を後悔もした。でも、ここに運び込まれた君の姿を見たら、そんな考えも変わったよ。君よりも、私の方がよっぽどいい待遇だって分かったからね。」
薄暗い地下室、ラーナは意識の無いシェリィに向かって独白を終えた。
首を吊られているラーナは常に、窒息死の直前の苦しくも甘美な朧気の中に閉じ込められている。
四肢を切り落とされ、白いワンピースを着せられ吊るされたその様は、てるてる坊主にも見える。
シェリィとラーナを繋ぐ、じゃばら模様の三本の太いチューブは、ラーナのスカートの中から伸びており、服の上からではラーナのお腹が若干膨らんでいる様に見えた。
決して年端も行かぬ少女に向けられる処遇では無い。
「シェリィ。私は、私よりも不幸な君が好き。だから私、君を頑張って治すよ。だから君も頑張って。」
ラーナの背後の箱、総合医療装置から、銀色のワイヤーが伸びる。
ワイヤーの先は小さなマジックハンドになっており、今伸びたワイヤーはクッキー色をした四角いゼリーを持っている。
「暫くは私が君の内蔵の代わり。だから、暫くは一緒に居ようね。シェリィ。」
ラーナはそのゼリーを器用に舌で巻き取り、口に運んで食べる。
首が締まっており少しずつ飲み込むほか無かったが、それもこの器具の設計通りである。
カスタード風味のほんのり甘い魔法のゼリーには、人2人分を養うのに十分な栄養が詰まっていた。
~~~
次にシェリィが目覚めたのは、その更に三日後。
焦げた皮が代謝により剥がれ内皮が露になったが、二の腕より先と膝上から下までをフラックスの薄い皮膜で覆う事により、辛うじてリハビリができる状態にはなっていた。
「ストップ。じゃあすぐ前にドアがあるから、そこから廊下に出よう。」
「分かったよ。」
鼓膜は直ぐに張り替えられたが瞳は未だ失われたままだったので、シェリィはラーナのガイドを頼りに進んだ。
ラーナ付きのスタンドをがらがらと引きながら、シェリィは一週間振りに地下室を出る。
「そう言えばラーナちゃん。ご主人様は?」
「安息の月って言うのが終わっただか何だかって言って、仕事に行ったよ。」
「そっか。ご主人様はお医者様だもんね。」
「暫くしたら、シェリィも連れてくとかも言ってたよ。はぁ…そうなったら私は、また倉庫送りか…」
「そんな…」
「しまわれる前に昏睡状態にされるから、禁錮は別に辛く無いよ。だから安心して。…あ、左に曲がって。壁にぶつかっちゃう。」
まるで本当の機材の様なラーナの生活に、シェリィは一瞬心を痛め、そして直ぐに疑問が浮かぶ。
もしや、自分よりもよっぽど良い生活をしているのでは?
実際の所はどっちもどっちだが、命の保証がされていたり意識の無い時間が長い点を言えば、僅かにラーナの方が好待遇だった。
「じゃあ、そろそろ外に出よっか。」
「ええ?お外?でも…」
「大丈夫。私が君の目になるよ。それに君にとって。外は前ほど危険な場所じゃ無いからさ。」
「え?」
「だから君は、君らしくしていれば良いよ。」
バルフェアから見れば、シェリィは相変わらず下位の存在である。
しかし世間一般から見れば決してそうでは無く、二度にも及ぶバルフェアの改造により、シェリィは既に中の上辺りに位置していた。
廊下の適当なドアを開け、シェリィは外に出る。
冷たい風が火傷に染みる感覚に浸り、シェリィは秋の到来を予感する。
「それで、シェリはこれからどこ行けばいい?」
「あの山羊頭は、トメカドイオ刑務所って言う場所に行ってきて欲しいって言ってたよ。それが君のリハビリにもなるって。」
「へえ。リハビリ…」
シェリィは屋敷の庭先で足を止める。
「け…けけ…刑務所!?それって、悪い人がいっぱいいる場所だよね!?」
「そうだよ。バルフェアの友達がそこに収監されてるから、脱獄させて欲しいって言ってた。」
「ええ!?それって絶対悪い魔族だよね…そんな事しちゃ、シェリも悪い人になっちゃう!」
「あの山羊頭は、それを望んでるんじゃない?その友達を牢から出したいけど、それだと自分が悪者になってしまう。だから代わりにシェリィに悪者になって貰う。そう言う事でしょ。きっと。」
「うう…そんな…」
「別に気にする必要も無いんじゃない?だって君はどうせ、一生あの魔族の所有物でしか無いんだから。」
シェリィの首輪は、ただの銀色の輪になっていた。
奴隷の首輪がカモフラージュしているのである。
「でもシェリ…怖いよ…」
「御主人様の命令に背く事よりも?」
「う…」
暫くその場でまごまごした後、シェリィは一歩進む。
「解ったよ…頑張ってみる。」
〜〜〜
トメカドイオ刑務所は、名も無き岩山の頂上にあった。
その山は晴れぬ雲海を穿ち、山頂はいつも濃霧状態である。
刑務所は巨大なビル状の建物で、刑務所を構成するワインレッド色の建材は、爆撃系最高位魔法を受けても欠けすらしない代物である。
「ん…ふわぁ…」
そんな刑務所の唯一の出入り口である正面玄関、大きな鉄扉の前を陣取る警備員のドラゴニュートが、一つ大きなあくびをする。
開所より8000年、たった一度の脱獄事件も出していない刑務所の警備など、やりがいの欠片すらも無い退屈な仕事だった。
「…んん?」
ドラゴニュートは霧の中に、影を見た。
影は揺らめきながら、その実態をはっきりとさせていく。
今日は面会の予定など無い。
「ここは刑務所だ。用もないのに立ち入って良い場所では無い。即刻引き返…」
霧の中より現れたのは、そのドラゴニュートが今まで見た事も聞いた事も無い姿をした異形だった。
長く白い髪。二足歩行の小さな体躯。瞳のあるべき場所は、包帯で塞がっている。
その露出度の高い衣類はサキュバスやインプを思い起こさせるが、尻尾や角は見当たらない。
一見するとそれは、人間の少女の様に見えた。
「な…何…でしょうか。」
ドラゴニュートは本能的に敬語になる。
右手に持つ奇怪な形の杖の先には四肢を切り落とされた人間の少女が生きたまま吊るされており、不穏な灰色をした3本の管で、杖の持ち主のお腹と繋がっている。
放たれる威圧感も含め、それはどう見てもドラゴニュートの知る“人類”では無かった。
「シドフォスと言う悪魔に会いに来たの。」
異形の少女は答える。
杖の先の少女は死んだ様に動かず、時々意味不明なうわ言を呟くだけである。
「面会の希望でしょうか。少々お待ちを、今直ぐ確認してきます。」
「面会では無いわ。シェ…わたくしは彼を、此処から連れ出しに来たの。」
異形の少女はそう言い残し、正門へと歩み出す。
よほど格上なのか、その間ドラゴニュートはピクリとも動けなかった。
〜〜〜
トメカドイオ刑務所。
第4002号収容室。
「ケケケ…キキキキキ…」
窓も無い薄暗い独房の中。
悪魔の男が一人、自らの血で壁に図形を書いている。
それは魔法陣の様にも見えるし、数式の様にも、文章の様にも見えた。
「ケケケケケケ…ミリアが死んだ…約束通りの時間に死んだ。つまり、時間が来たって事だぁ!あーっはっはっはっはっは!」
男は一度、鼻を鳴らす。
「色欲はもう居ない。怠惰のミリアもだ。バルフェアぁ…お前はちゃんと、約束守ってくれるよなぁ?」
男は二度、鼻を鳴らす。
「あーっはっはっはっはっはっは!疑って悪かったぜ相棒!そうだよなぁ!おめーみてーなカタブツが、一度立てた約束を破る筈ねーもんなぁ!」
次の瞬間、部屋が赤い光に包まれる。
男が血で書いた図形が、光輝き出したのだ。
「残り五柱、後が無え!だがよぉ…俺ぁお前を信じるぜ!」
部屋全体が爆発する。
独房の扉が一瞬で吹き飛び、外にまで赤い爆炎が広がり、その階層は一瞬で火の海となる。
ただの四角い穴に成り果てた独房の扉から、男がゆっくりと出てくる。
「だってテメェが魔王だろうが!バルフェアあああああああああああ!!!」




