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シェリ、もうビリビリはいやです…

この世界には、もう宗教は存在しない。

神が居なくなったからである。

なので埋葬は、ただの死体処理の手段でしか無かった。


「シェリは絶対に貴女を忘れたりしません。ミリアさん、どうか安らかに。」


月明かりの照らす森の中。

シェリィは大きな木の下に作った簡素な墓の前に跪き、祈りを捧げる。

祈りに意味があるかどうかなど、魔女の弔いに祈りが適切かどうかも、シェリィには分からなかった。

それでもシェリィは、ただその純真のままに祈った。


「奴もとうとう逝ってしまったか。寂しくなるな。」


不意に、背後からバルフェアの声がする。


「御主人様、居たんですね。」


「どうせお前に帰り道など分からないだろう?」


バルフェアはシェリィの隣に移動し、しゃがんで祈りの姿勢をとる。


「御主人様?」


「お前の真似だ。」


バルフェアは、ミリアの死を笑ったりしていなかった。


「…御主人様。ミリア様の事は、笑ったりしないんですね。」


「あいつは己が天寿を迎えるまで、何者にも敗北しなかった。二度目の死も契約を守った結果によるものだ。その様な生き様を、その様な死に様を、どうして笑えよう物か。」


バルフェアはそう言うと、目を閉じ深々と頭を下げる。

これは本来、自身よりも位の高い魔族に対する挨拶の作法だった。


「安心しろ。シェリィ。俺はミリアを笑わないし、誰もミリアを笑わない。何故ならミリアは最後の最後まで、己が力と品位を証明し続けたのだから。」


バルフェアは祈りを終え、立ち上がる。


「魔族は、そう言った死を心より尊重する。」


バルフェアは、墓に背を向け歩き出す。


「帰るぞ。シェリィ。我が友を弔ってくれた褒美だ。実験に付き合うならば、手料理を食わせてやろう。」


「ほ…本当ですか!?」


バルフェアの目の前に、いつかシェリィを乗せた黒龍が舞い降りる。

バルフェアがそれに乗ると、龍はシェリィを待たずに浮上を開始した。


「付いて来い。シェリィ。今のお前なら出来る筈だ。」


バルフェアがそう言い残すと、黒龍は飛び立つ。


「ま…待って下さいよー!御主人様ー!えっとえっと…《操魂化身・父瑠(ふる)(そら)の覇者》」


シェリィを中心に巨大な黒液の泉が出現し、そこから左腕、右腕、頭の順に巨大なドラゴンがあがってくる。

シェリィは龍の方を向くと跪き、指を組み合わせ頭を垂れる。

その作法はまさしく、大いなる存在の為に差し出される生贄そのものだった。


「ふぅ…ふぅ…身体中の魔力、全部使い切っちゃった…」


シェリィはそう言い残すと、巨大な龍によって上から一呑みにされた。

龍はその後、翼に後ろ足、それから尻尾をプールから引き上げ、完全体となる。


強靭な四肢、天をも覆い隠さん巨大な翼、長い首と尾。頭には一対の大きな角もある。

その姿は正しく、御伽噺に出てくる巨大なドラゴンだった。


(身体がおっきいし、動かさなきゃいけない場所も沢山だ。シェリ、ちゃんと飛べるかなぁ…)


一度羽ばたいてみる。

発生した浮力によって、僅かに身体に掛かる重力が弱まるのを感じた。


(なんとかなりそう…かな。)


ドラゴンになったシェリィは、龍のコアの奥底に眠る本能を頼りに飛び立つ。

その飛行性能はバルフェアの邪竜を遥かに上回っており、直ぐに追いつく事となった。



軽く盛り上がった土の上に、小さな木の板が突き刺してあるだけの簡素な墓。

そんな墓の土の中から、もぞもぞと小さな物が這い上がってくる。

それはシェリィが、ミリアと共に埋葬した筈の藁人形だった。

藁人形はぽりぽりと頭を掻く様な動作を行うと、そのまま何処かへと走り去ってしまう。

ただその走りには、迷いは一切無かった。



〜〜〜



帰宅して早々に、シェリィはバルフェアの書斎に連れてこられた。

高層ビルの様に高い本棚が幾つも立ち並び、上を見てみても、どこまでも伸びる本棚があるだけで天井は見当たらない。

天は星の出ない夜空の様で、シェリィにはそれが、本当に無限に続いているのではとさえ思えた。


「う…」


シェリィはここで受けた電気椅子の苦痛を思い出し、そのトラウマに怖気ずく。

今目の前に、かつてと同じ装置があったからだ。


「御主人様…シェリ怖い…」


「この前だって大丈夫だっただろう?さあ、早く座れ。」


「…はい…」


主人に促されるがままに、シェリィは半ば強引に座らされる。

シェリィの身体は幾つものベルトで椅子に固定され、身体のあちこちに電極を貼り付けられる。


「舌を出せ。人体で最も魔法伝導率が高い場所だからな。」


「………」


下先はクリップの様な物で挟まれ、頭にはヘットギアの様な物も取り付けられる。

今回は前回と違い、両耳にも短い鉄の棒を入れられていた。


「ほ…ほひゅひんはは…」


シェリィは、不安げに主人を呼ぶ。

しかし、実験装置の調整や録画の準備に勤しむバルフェアの耳には入らなかった。


「これでいい筈だ。」


バルフェアはそう言うと、シェリィから少し離れた場所にあるテーブルにつく。

テーブルには実験装置の調整の為の幾つかのスイッチと、装置を起動させる為のレバーがあった。


「………」


シェリィは涙目になりながら、ほんの少しだけ首を横に振る。

しかしそんなシェリィの恐怖などつゆ知らず、耳栓を済ませたバルフェアは、レバーを思い切り倒した。


「い…ひっ…ひぎゃああああああああああああ!!!ぎゃあああああああああああああああ!!!」


電流が全身を駆け巡る。

高圧電流を流されたシェリィから、白い煙が立ち昇る。


「ひゃぎゃあああああああああああ!!!いだいいいいいいいいい!!!いだいよおおおおおあああああああ!!!」


自分の焦げる臭いがする。

ただ今回は、少し様子が違った。


「ん?」


バルフェアはシェリィを観察しながら、顎に指をあて思案を巡らせる。

シェリィは口や鼻から流血していた。


(妙だな。外的損傷は発生しない筈だが…もし死んだら解剖して調べてみるか。)


バルフェアは小さなつまみをひねり、更に電圧を引き上げる。


「ふぎゃあああああああああああああ!!おっ…ごぽっ…ああああああああ…」


シェリィは、湯気を帯びた血を大量に吐き出す。


「あづいいいいいいいいだいいいいいいいだずげでえええええええええええ!!!」


シェリィの爪が独りでに剥がれ落ちる。

既にシェリィは全身のあちこちから血を流しており、床には血溜まりもできていた。


「いだいいいいいいいいいいいいいぐるじいいいいいいいいいいいいいじぬううううううううううううううう!!!!!ひぎゃあああああ!!!???」


シェリィの両目が破裂する。

口からは黒い煙が出始める。

既に手と足の先は黒焦げになっていた。


「ごぼご…ごっは!!!???」


シェリィが大量の血と潰れた臓物を吐き出した所で、電源レバーは倒れたままだったが、持てる全ての魔力を使い切った電気椅子は停止した。


「……………」


シェリィを拘束してたベルトが、一拍置いて弾け飛ぶ。

ただ、シェリィはピクリとも動かない。

バルフェアは耳栓を外すと、変わり果てたシェリィの元まで向かう。


「死んだのか。全く情けない奴だ。」


バルフェアの長靴が、シェリィの吐き出したぐちゃぐちゃの臓物を踏み付ける。


(それにしても酷い内臓損傷だな。興味深い。早速解剖に…)


「………ま………」


「ん?何だ。生きてたのか。」


「ごじゅじ…ざ…どこ…」


シェリィは目と耳が潰れていた。


「ふん…しぶといのか脆いのか…」


バルフェアはシェリィを抱き上げる。

椅子から持ち上げる時、焦げ付いた手足の皮が少し剥がれてしまう。


「……シェリ……がんば……れた……?」


「…………」


バルフェアはシェリィの頭をぽんぽんと撫でると、そのまま静かに抱擁した。


「…ああ。よく頑張った。偉いぞ。」


バルフェアは賞賛するが、それがシェリィに届く事は無い。


「………」


ただバルフェアの体温に安心したシェリィは、そのまま昏倒してしまった。


(…鼓膜なら余りがあった筈だ。眼球も、この大きさなら大体二ヶ月程で生成できるだろう。食事は…)


バルフェアは、足元の床にこべりつく柔らかい肉を見る。


(暫くはお預けだな。)


バルフェアは、人間の患者は殆ど看ない。

材料には幾分かの余裕があった。

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