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シェリ…もうお腹いっぱい…

主人を無くした秘密実験場が。満月に照らされている。


「《操魂化身・夜ク災(やくさい)の魔女》」


シェリィの背後の地面から、大きな黒い手が生えてくる。

その手は爪が長くて指が細く、袖口が大きくてギザギザした服を着ている。

手には開かれた大きな本を持っており、本もまた固形化したフラックスでできていた。


「《グラビト》。」


シェリィがそう唱えると、フラックスの本から5本の触手が生えてくる。

触手はドラゴンに巻き付き、本が閉じられるとそこから分離し、ドラゴンを縛る重りとなった。


“ぐ…小癪な…!”


ドラゴンは、シェリィの数センチ前でその動きを停止させた。


「シェリの身体は一個だけ…シェリの命も一個だけなの…だからごめんね。君にはあげられないの。」


シェリィは後ろ歩きで、本を持った腕の中へと身を沈めていく。

シェリィの体が完全に腕の中に沈むと、地面から残りも出てくる。


つばの広い、大きな魔女帽子。裁断部が破られているかの様なギザギザのドレス。髪は長いが、地面に付いている物は半ば液体に戻っている。顔は平坦な黒一色だったが、その輪郭には微かにミリアの面影がある。

それは子供の読む絵本に出てくる様な魔女が、そのままシルエットになったかの様な姿をしていた。


“ヒェヒェヒェヒェヒェ…ヒャヒャヒャヒャヒャ!”


陳腐なお化け屋敷で流れてそうな、典型的な“魔女の笑い声”を響かせながら、それはドラゴンから後退していく。

足が無くドレスと地面が繋がっていた為、それは滑る様に移動した。


《カッター》


ページが捲られ、魔女の両サイドにフラックスで雑に描かれた魔法陣が現れる。

魔法陣からそれぞれ一つづつ、地を這う斬撃が放たれる。


“人間の分際でぇ…舐めるな!”


ドラゴンは翼をはためかせ、重り付きの身体で何とか飛行して斬撃を回避する。

シェリィの《カッター》はそのまま実験場を通過し、木々を縦に切断しながら遥か彼方まで進んでいった。


“魔女は魔女らしく、火炙りの刑にしてくれるわ!《黒蝕の黒炎》!”


ドラゴンはその口から、黒色の炎を吐く。

地を舐める炎は、草原を焼きながらシェリィに向けて進む。


“ヒェ…”


大魔女の身体は機動力に難を抱えており、そのまま前半分が黒炎に焼かれる事となった。

魔法攻撃を受けたフラックスが、みるみるうちに消散していく。


(魔法の真似っこは得意だけど、枯レの王みたいに素早くは動けないんだね…だったら!)


《ウィンド》


フラックスの一部が気化し、それが旋風を形成する。

旋風はそのまま、飛行するドラゴンを取り巻いた。


“ぐ…この程度の風…この我には…のあああ!?”


重り付きの身体では旋風には垂れられず、ドラゴンはそのまま墜落した。


《ファイア》


魔女の正面に、フラックスの大きな魔法陣が現れる。

魔法陣からは炎、では無く、超高温に熱された気体フラックスが放たれた。


“ぐああああああああああ!”


フラックスに身を焼かれたドラゴンは、断末魔をあげる。

シェリィを喰らうつもりが、返り討ちに遭ったのだ。


“がああああ…ははははは…!その炎は、貴様の身を燃やし尽くすまで決して消えはしない!せいぜいその身を焼かれる苦しみを、ゆっくりと味わうが良い!があああっはっはっはっはっは!がああああああああ!”


ドラゴンは、笑いながら叫びながら生き絶えていった。

その言葉通り、魔女についた炎は消えるどころかみるみるうちに体全体にまで延焼していっていた。


「っぷは!…はぁ…はぁ…今までは気付かなかったけど、変身も結構疲れるなぁ…」


然しその頃には既に、シェリィは魔女の背より脱出していた。

残った魔女の身体は、炎に包まれながら次第に小さくなっていく。

その様はまるでロウソクの様だった。


「貴様…よくも我が友を!」


真紅の剣が、シェリィの国をはねんと振るわれる。


「ひ!」


シェリィが慌ててしゃがんだ事によって、剣は空ぶった。


「よくも…よくも我が400年来の戦友を無惨に殺してくれたな!死ぬ覚悟は出来ているのだろうな!」


怒り狂った黒騎士が、既にシェリィを間合いに納めていた。


「だってだって!ドラゴンさんの方から食べようとしてきたもん!せーとーぼーえーだよ!せーとーぼーえー!」


「だったらこれも正当な仇討ちだ!」


「そんな…」


論破されたシェリィは、結局戦わざるおえなくなった。


(うう…どうしよう…もうフラックス無いよ…)


シェリィは一瞬背後に目をやる。

魔女を構成しているフラックスは全て黒炎にあてられ、とても再利用できる状態では無かった。


「死ね!《首斬》!」


黒騎士の剣が、赤い軌跡を描いて振るわれる。

その速度は音を超えいた。


「ひう!」


シェリィはかわしきれず、その一撃を首でもろに受けてしまう。

それ以上の事は、何も起こらなかった。


「何?だったらこれならどうだ!《刺突》!」


赤い剣が、シェリィの鳩尾を突く。

剣はシェリィの胸に突き立てられたまま、キチキチと音をたてながらその場で静止した。


「く…一体どうなってる!?我が剣が人の身すら切れないと言うのか!」


「やっぱりお兄さんも、シェリの事を虐めるんだね。だったら…」


シェリィは両手に拳を作り、胸を張る様にして構える。

当然シェリィは格闘術の経験なんて皆無だし、この構えも見よう見まねだった。


「戦おう…お兄さん。シェリも戦えば、それは虐めじゃなくて勝負になるから。」


「良いだろう人間。望み通り、次の朝を迎えられない様にしてやろう!はぁ!」


騎士は剣撃を二度放つ。

シェリィはそれを右腕、左腕の順で受け止める。

シェリィが攻撃を受け止める度、そこには岩を金属で叩いた時の様な音が響いた。


「ならばこれでどうだ!《鎧抜き》!」


騎士は再び、シェリィの鳩尾に突きを入れる。

しかし今度の物は、先程よりも圧倒的に遅く、重たい一撃だった。


「ふぉっふ!?」


内臓が揺さぶられる様な妙な感覚に襲われ、シェリィは変な声がでる。


「この一撃は受けた者を内部から切る!貴様がどれ程硬かろうと、この一撃の前には無意!」


「凄い…じーんって来た…今のは効いたよ。」


「ふ…まだ立つか…ならば!《鎧抜き》!《鎧抜き》!《鎧抜き》いいいい!」


騎士はシェリィに向けて、遅く重たい一撃を繰り出し続ける。

結局、騎士はそこから更に17回の《鎧抜き》をシェリィに当てた。


「はぁ…はぁ…ぜぇ…何故だ…何故倒れぬ…」


騎士はすっかり息を切らしていた。

対するシェリィは、一番多くの攻撃を食らった鳩尾をさするばかりで、特にダメージを負った様子も無い。


「ありがと。だいぶ回復できた。」


「何…?」


シェリィの足元に、再びフラックスのプールが現れ始める。

プールからはネズミの頭が現れ、シェリィはそのままネズミに飲み込まれる。


「何だ…何がどうなっている…!」


騎士はバックステップで距離を取る。

その隙に、シェリィの2体目の変身は完成を迎えた。


「来るな!来るなあああああ!《飛斬》!《飛斬》!《紅飛斬》!」


騎士が宙に向けて剣を振るうと、そこから空飛ぶ斬撃が放たれた。

その内の2つは回避され、最後の1つは直撃しネズミを頭から尾にかけて切断したが、その結果はネズミの形を数瞬の間崩しただけだった。

ネズミは素早く騎士の元まで移動すると、その尻尾で騎士の脇腹をはたいた。


「ぎゃああああああああ!」


はたくつもりが、汚染のフラックスの触れた場所を腐食する性質のせいで、騎士は胴体から2つに溶断された。

どこまでも伸びるネズミの尾は、そのまま騎士を縦にも溶断する。

当然ながら、騎士が再び動く事は二度と無かった。


“グルルル…”


不意に、シェリィの背後から唸り声が聞こえる。

生き絶えた筈のドラゴンが、微かに動き出し始めていたのだ。


(もしかして…)


シェリィはネズミの姿のまま、ドラゴンの元まで向かう。

少なくとも心臓では無い何かがドラゴンの中で鼓動し、それが鼓動するたびにドラゴンも少し動いていた。

それを見たシェリィは、大慌てで何かが鼓動している場所を爪で溶かし裂く。

案の定そこには、肋骨に守られる様にして周りから浮いた大きな肉塊が、黒龍のコアがあった。

シェリィはそれを尻尾で巻き取り、引き抜く。

黒龍のコアは緑色をしており、シェリィの身の丈程のサイズもあった。

ネズミは回収したコアを、自身の背中に沈める。


(う…早く食べないと…)


シェリィはネズミの中で、黒龍のコアを捕食した。

コアを食べても栄養は摂れないし、消化も早いため直ぐにまたお腹を空かしてしまう。


(うっぷ…お腹いっぱい…)


それでも、シェリィはいっときの過食感に苛まれた。


(ええ…こっちも…?)


黒騎士もまた、復活を果たそうとしていた。

体内のコアが繊維の様な物を伸ばし、パーツを繋ぎとめ始めていたのだ。

シェリィは大急ぎで黒騎士の骸の元まで行くと、断面から繊維を伸ばしているパーツ、左上部に尻尾を叩きつける。

バシャリと言う音と共にその部分は一瞬で溶け、中から小さなコアが現れた。

鼓動する、飴玉程度の大きさの白い肉塊だ。

シェリィはネズミから抜け出し、そのコアも口の中に放り込み丸呑みした。

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