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シェリ、お風呂は大好きです!

暖かく柔らかい物が、シェリィを包んでいる。

また夢でも見ているのか。

そう思いながらシェリィは、ゆっくりと目を開けた。


「…?」


シェリィは、貴族か王族が使う様なカーテン付きの高級ベッドに寝かされていた。

シェリィは先ず混乱するが、そこに両手足の激痛が襲う。


「ひ…ぐ!?」


まるで無数の針で突き刺され続けているかの様。

少しでも四肢を動かすたび、更に強い痛みがシェリィを襲う。

ただシェリィは、この痛みのとある不自然な点に気付いた。


「…手足…?」


もう全て失ってしまった筈だ。

然しシェリィは痛みだけでなく、手足と布団が触れ合う感覚も同時に感じていた。


シェリィは痛みが一番弱い右足で、自身に掛かる掛布団を剝がしてみた。


「!」


白いワンピースを着せられたシェリィの両手足は、戻っていた。

元あった物と全く遜色の無い新たな手足が、極細の糸で縫い合わせられていたのだ。


「そうだよね。ご主人さまはシェリィに働いて欲しいんだもんね。」


次第に残りの四肢の痛みも消えて行き、代わりに気を失う前の記憶も戻ってくる。


「そうだシェリ。確か今は、ご主人様のお友達の所に居るんだった。」


シェリィはベッドから上がり、カーテンの外に出る。

シェリィが居た部屋は少し狭い寝室で、大きな窓からは朝日が差し込んでいる。


「という事はシェリ、もう直ぐ食べられちゃうのかな。」


シェリィは首を触ってみる。

首輪は相変わらずそこにあり、シェリィがまだバルフェアの所有物である事を示していた。


「…嫌な事は考えないでおこうっと。」


不意に、部屋のドアが開く。


「おお。起きたんだ。二日も眠りっぱなしだったから、そのまま死んじゃうかと思ったよ。」


部屋に入ってきたのは、ビルジライミだった。


「初めまして。シェリは、シェリィって言います。」


「私はビルジライミ・アンフィス・バイアー。バルフェアと違って実績が全然無いから、名前もこれしか持ってないんだ。ま、自己紹介が楽で助かるけど。」


ビルジライミはそう言うと、シェリィに向けて一枚のタオルを放り投げる。


「まぁ先ずは、お風呂にでも入ってゆっくり話そうか。大丈夫。もう皮は癒着してる筈だから。」


「え?」


「気付いてないかも知れないけど、あなた今凄いにおいよ?ドブと人の血肉と、タコみたいな生臭さが混じったみたいな。」


「…あ。」


そこでシェリィは初めて、奴隷になった日からろくに風呂にも入っていない事を思い出す。

それと同時に、ビルジライミの純朴な気遣いに少し嬉しさを感じた。


「もしかして、お風呂嫌い?」


「大好きです!」


かくして二人は、ビルジライミ宅の大浴場で暫し共に過ごす事となった。


浴場は地下にあり、一人しか利用する予定が無いにも関わらず体育館程の広さがあり、その面積の9.7割程が湯舟となっている。

全面が大理石で造られており、壮麗さすら感じられる。


「凄い広いですね。」


「でしょ?実はこの家、昔は人間の貴族の物だったんだけど、あんまり素敵だったからつい奪っちゃったんだ。」


「…」


魔族と言う種族には、己が欲望を最優先する習性が存在する。

暫しその習性は人間を始めとした魔族以外の種に害として働くので、いつしか魔族は悪魔とも呼ばれる様になったのだ。


「ねえシェリィちゃん。バルフェアの事を聞かせてよ。」


「え?」


「あいつ普段何してるの?趣味とかってありそう?」


「えっと、ご主人さまはお医者さんで、人間の身体で造った家具が好きで、すっごくお料理が上手です。」


「え?マジ!?あいつ料理すんの!?すげー、今度なんか頼んでみよ。」


「ビルジライミ…様は、御主人様と仲良しなんですか?」


「うん。同じ学園の同級生だったんだ。まあ、あいつは主席で卒業してあたしは結局七浪したけど。」


ビルジライミはそのまま、天井を見上げる。


「かなり不愛想だけどほんとは凄い奴なんだよ。あいつは。…にしても、ちょっと意外だな。あんだけ人間嫌いだったバルフェアが、よりにもよって生きた人間を買うなんて。」


「ご主人様は人間が嫌いなんですか?」


「ああ。あいつの種族は昔、素材目当ての人間どもに乱獲されたんだ。今のあいつには、私みたいな素敵な友達は居ても家族は居ないんだ。」


「家族が…居ない。」


天涯孤独なシェリィは、自分が一番孤独で不幸な身の上だと思っていた。

しかし今日、バルフェアにも自身と共通する不幸せが存在する事を知った。

憐れんだり共感したりするのは、流石に身の程知らずだとも思ったが。


「あいつもあいつなりに、人間の事を理解しようとしてるのかもなぁ。」


「…」


シェリィは、自身の胸をさする。

踏みつけられたときに肋骨が折れたのか、未だにずきずきと痛んでいた。


(もしかしたらご主人様は、ただ人間を虐めていたいだけなのかな…)


湯が染みて、体のあちこちの傷が再び痛む。

然し四肢切断を経験した今のシェリィにとって、そんなものはせんなき事だった。


「さてと。あったまったらお腹が空いてきちゃったわね。」


「!」


ビルジライミは湯舟よりあがる。


「シェリィ、君はどうする?」


「………」


首輪にひっぱられ、シェリィも一緒に湯舟からあがる。

今の首輪は、ビルジライミの意向を読み取る様に設定されていた。


(大丈夫…大丈夫だよ…きっと…悪い事なんて起こらないから…)


処刑場へと向かう死刑囚の様な、暗い緊張がシェリィの背を這う。


「お。君も上がるんだ。じゃあ君の服は更衣室に置いてあるから。着替えたら地下に来てね。」


「ち…地下?」


ビルジライミの身体に赤い霧が纏わり付き、赤いバスローブを形成する。


「じゃ、待ってるから。今日はたっぷり楽しもうね。」


ビルジライミはそう言い残し、大浴場を後にした。


「…う…」


楽しげなビルジライミとは裏腹に、シェリィは不安でいっぱいだった。

ここ数日、シェリィは酷い目に逢い続けていた。

だから今回もそうだろうと、シェリィは勝手に思い込んでいた。


大浴場から出たシェリィが先程服を脱いだ場所を確認すると、そこには下着の様な服が折りたたんで置いてあった。


(食べられるって、もしかして…)


シェリィは少し安堵した。

シェリィにとっては、焼かれたり切られたり煮られたりするよりかは遥かにマシだったからだ。


バスタオルで身体を拭き、与えられた物に着替えたシェリィは、その足のまま地下室へと向かっていった。

その先に、今後の人生を大きく変える出来事が待ち受けているとも知らずに。



〜〜〜



バルフェアの屋敷、書斎にて。

アンティークの椅子に座りながら、バルフェアはコーヒー片手に考え事をしていた。


(…それにしてもあいつは、何故あんなにびしょ濡れだったんだ?)


邪龍に聞いた所、屋敷に帰ってきた時点ではまだ、シェリィには手足が一本づつ残っていたらしい。

つまりそこから先の大怪我は、屋敷の中でした事になる。


(また泥棒にでも遭ったか?それとも、先の巨大ネズミの様な奴がまだ居たのか…)


シェリィは確かに奴隷だが、だからといって適当に扱い過ぎてしまえば人間は直ぐに死んでしまうらしい。

もしも自身の知らない場所で勝手に死んでしまい、そこで腐敗でもしよう物ならとても不愉快だし、場所によっては他者の迷惑になってしまうかも知れない。


(それにしてもまさか、教材として使っていたあいつの手足の複製を全て使い切ってしまう事になるとは…)


一応はビルジライミに変えの手足を渡しておいたので、今頃シェリィは五体満足に戻っているだろう。

然し、目を離す度に死にかけられていては、金と医療資源が幾らあっても足りない。

流石に迷惑だ。

せめて、留守番くらいはまともに熟せる様にはなって欲しい所である。


(…またあいつに投資しろと?)


バルフェアは、ゴミ箱に目をやる。

そこにはもう雑巾にすらならないボロボロの服と、屑鉄同然となった神剣が無造作に投げ捨てられていた。


(冗談じゃ無い。だが…)


バルフェアは、懐から一冊の手帳を取り出す。


「アリバス・ビフォア。」


バルフェアがそう告げると手帳は開き、独りでにパラパラとページが捲られていった。

手帳はとあるページを開くと、そこで止まる。

左のページの上には飾り文字で“アリバス・ビフォア”と書かれており、それ以外は全て白紙と言うページだった。


(せめて、投じた金の元は取って貰わねば。)


その白紙のページに、バルフェアは万年筆を用いて書き込みを始める。


両面が字で一杯になると、バルフェアはペンを止め、インクを乾かす要領で軽く息を吹き掛けた。

字は一瞬だけ焼け付くように橙に光ると徐々に消えていき、最終的には元からあったアリバス・ビフォア以外の全ての文字が消え去った。


(…運が良ければ、返信は一週間後辺りか。)

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