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もういやあああああ!

人間の軍勢との激闘から一夜明け、シェリィにも別れの時がやってきた。


「またな。シェリ。今度はちゃーんと材料を揃えとくから、いつでも来いよ!」


街の入り口で、ヤズコフが手を振る。

その向こうには、長いレンチを失った手足代わりにしたシェリィが居た。


「色々ありがとうございます。ヤズコフさん。凄く助かりました。」


シェリィの脇腹の傷は、ヤズコフによって縫い合わせられていた。

他にも朝食も提供してくれたが、それが冒険者達から抜き取った臓物だったのでシェリィは遠慮した。


「おう!そんくらいどうって事無いぜ!気にすんな!」


「えへへ。ヤズコフさんは本当に優しいんですね。それじゃあ、また。」


シェリィも手を振り返すと、邪竜の待つ方角へと歩いて行く。

シェリィの背後には、絨毯と時計を背負った剥製細工も付いてきていた。


小さな身体を扇ぐ突風も、もう無い。

シェリィは行きの半分の時間で、邪竜の待つ場所に辿り着く事ができた。


「ただいま。ドラゴンさん。」


シェリィは、何も無い場所に向かって挨拶する。

すると、シェリィの目の前に黒い霧が立ち込め、そこから邪竜が現れた。


『遅いぞ。人間。』


「ごめんなさい…ちょっと色々あったの。」


『ふん。まあ良い。とっとと乗れ。』


促されたので、シェリィは邪龍の背に乗る。

家具を乗せた剥製も、それに続く。


『さあ、帰るぞ。』



~~~



魔界の一等地に堂々と佇む、由緒正しき喫茶店。

そのテラス席にて。

一つのテーブルを挟んで向かい合うように、二柱の魔族がブランチを楽しんでいた。


「成程ね。つまり、人間を衝動買いしたは良いけれどいまいち接し方が判らないと。バルフェア~あんたにもたまには可愛いとこあんじゃん。」


抜群のプロポーションを備えた、人間の女性の様な肉体。その魅力を余す所無く披露するかの様な、黒色のビキニの様な服。

小麦色の肌に、白い髪。目は、血の様な深い赤色。頭からは一対の小さな角が生えており、腰からは一本のトカゲの物の様な、しなやかな尻尾が生えている。

彼女の名前はビルジライミ。

自身も周囲の者も完全に忘れ去ってしまっているが、種族はサキュバスである。


「まあ…要約するとそうなるな。」


そんなビルジライミと向かい合って座るのは、彼女の古くからの友人、バルフェアである。


「まあ先ずは、そのシェリィって娘がどんな子かを理解するとこから始めないとね。ねえねえ聞かせてよ。」


「そうだな。まず、少なくともドラゴニュートよりも弱い。」


「他には?」


「人間にしては小さい。」


「あとは?」


「時々あちこちからブラックフラックスが出てくる。」


「………」


「そうだ。小さい割に良く食う。」


ビルジライミは額に指をあてて、やれやれと首を振る。


「はあ…可哀そうなシェリィ。こんな冷徹なご主人様に飼われちゃうなんて。」


ビルジライミはコーヒーを一口飲む。


「じゃあさ、暫く私に貸してよ。その子。」


「何?」


「別に良いじゃない。どうせ二束三文だったんでしょ?ね、ちょっとだけ。良いでしょ?」


「まあ…お前であれば構わないが…」

(本当はあいつに暇を与えるつもりだったんだが…)


「ありがとう!バルフェアちゃん!」


「壊すなよ。」


「大丈夫だって。ちょっと遊んだら直ぐ返すから。」



~~~



再び邪龍が降り立ったのは、バルフェアの屋敷の前だった。


「ありがとう!邪龍さん!」


『次からは自分の移動手段を用意しろ。良いな。』


「解ってる…その、手間をかけてごめんなさい。」


シェリィは約束の品物と共に、邪龍から降りる。

屋敷の正面玄関の前まで来たが、当然ながら出迎えなど無い。


「えっと、ご主人様。」


シェリィは主人を求めたが、扉は開かない。

バルフェアは今は留守だった。


「じゃあ、ご主人様の部屋。」


扉が開く。

だがシェリィは、その部屋には調度品を送り込むだけにして、自身は部屋には入らなかった。

品物を迎え入れた扉は、再び閉じる。


「じゃあ次は、シェリの部屋。」


扉が開く。

カビ臭い風が内側から吹き抜けるが、シェリィはそれに安心感を覚えた。


「良かったぁ。シェリ、生きて帰ってこれたんだ。」


シェリィはそのまま、玄関から直接屋根裏部屋に入る。


「シェリ…ちゃんと…できたよね…」


シェリィの背後で、壁に立てかけられただけの扉が独りでに閉まる。

シェリィはそのまま、簡素なベッドに倒れこみ、泥の様な眠りについた。

ヤズコフの背やネズミの中で得た休息は、厳密に言えば失血によるただの昏倒だった。

傷がある程度治療され体力も回復した今、シェリィは漸く本当の眠りにつける。

その筈だった。


屋根裏部屋唯一のドアが開く。

その向こうには、黒塗りの闇が広がっている。

しかし、シェリィはそれには気付かない。


ドアの奥から、一本のタコの足が現れ、屋根裏部屋に入ってくる。

ドアと部屋の境目に、足が出てきた場所を中心に波紋が広がる。


ボタボタと水を滴らせながら、タコ足はシェリィまで伸びていく。


「…ん?」


その只ならぬ気配は、シェリィを安息から呼び戻した。

だが、もう遅い。


「ひゃい!?」


タコ足は一瞬の内にシェリィを巻き取り、そのままドアの奥へと連れ込んでしまった。

シェリィがドアを通過する際、バシャンと言う音と共に、部屋に水しぶきが飛び散った。

バルフェアが友を連れて屋敷に帰ってくるのは、もう少し先の事である。



~~~



ボコボコと言う音も、周囲の気泡が失せた事により聞こえなくなる。

水の中は静かで、穏やかだった。


「…?」


遥か上から、光源不明の淡い光が差し込んでいる。

光は水の中で割れ広がり、その空間の主を映し出した。


「!!!」


シェリィが今まで見てきたどんな建物よりも巨大な、緑色のタコ。

ただし、目は虫の様に無数の六角形模様が組み合わさってできており、体のあちこちからは用途不明な小さな触角の様な物が出ていた。

遥かなる底の主。それが、このクラーケンの名前だった。


「ボコボコボコ!」


シェリィは思わず叫ぼうとしたが、出てきたのが声では無く空気の泡だと言う事に気付き、慌てて口を押える。


(苦しい…息…できない…シェリ…死んじゃうよ…)


タコ足に巻き付かれたまま、シェリィはクラーケンの口へと運ばれていく。


(どうしていっつも…こうなるの…)


タコの歯は鋭利だ。

このクラーケンも、その例には漏れない。


シェリィの残された左腕が、呆気なく嚙み千切られる。


「!!!」


シェリィは思わず叫んだが、出たのは声ではなく大きな水泡だった。


(お願い…食べるなら…早くして…シェリ…もう…限界…)


切断部から、夥しい量の血が流れ出る。

水中なので、シェリィの心臓が止まらない限り止血は厳しいだろう。


(何で…なんでシェリばっかり…)


次いでシェリィは、最後の四肢だった左足も食われる。


(ひうぐぃ…!)


再び叫びかけたシェリィだったが、今度は寸前の所で堪える事に成功した。

だからどうと言う事でも無いのだが。


(どうしてシェリばっかり…酷い目に遭わなきゃいけないの…何で…シェリなの…!)


シェリィは、何にとも向いていない憎悪を抱く。


(何でシェリだけなの!)


否、それは先立って行った家族に対する物だった。

そんな事はつゆ知らず、たっぷりと味わい終えたクラーケンは、シェリの残りを口の中に放る。


(もう嫌…もう嫌あああああ!!!)


あわや磨り潰される直前、シェリィの身にフラックスが纏わり付く。

憎悪より生み出されたひとつまみの魔力が、シェリィを小さなネズミへと変える。

ネズミの姿は一瞬で溶け消えたが、残ったフラックスがクラーケンの口内を満たして行った。

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