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シェリ、今日はもう寝ます…

月が登り、荒野にも静かな夜が訪れた


「今日も今日とてゴミ漁り〜ドブネズミとも友達さ〜」


深い眠りの世界からシェリィを呼び戻したのは、ヤズコフの陽気な歌声だった。


「お?起きたのか。シェリィ。」


シェリィが目を覚ましたのは、ヤズコフの暖かい背の上だった。

ヤズコフは右手にずた袋を持ちながら、フラックスの乾いた骨や鎧を拾っている。


「いやぁ、こんな大漁日は久々だぜ。しかもその内の半分は“洗われてる”ときた。おめーさんはすげえなぁ。俺の店の従業員になって欲しいくれーだ。」


獲物から骨を取り出す作業を、ヤズコフは洗うと呼んでいた。

皮破り肉蝕む【迦枯レの王】の毒は、結果的にヤズコフにとって、かなり便利な代物であった。


「っし、良さそうなのはこんくらいか。」


ヤズコフは、素材でパンパンになった袋を持ち上げる。


「完成は明日の昼くらいだな。お前、寝る場所あるか?俺の仕事部屋なら貸してやれるが…」


その言葉を聞いたシェリィは、咄嗟にヤズコフの仕事部屋を想像する。

おっかない工具、グロテスクな作りかけ、想像を絶する不衛生さ。

シェリィの想像の中で膨れ上がったそんな仕事部屋と比べれば、埃っぽい屋敷の屋根裏部屋の方が数段はマシに思えた。


「大丈夫。シェリは…その、お外で眠る方が好きだから。」


「そうなのか?人間ってのは変わってるんだなぁ。」


ヤズコフはそう言うと、シェリィを地面に下ろす。

足にしていた折れた剣はどこかに行ってしまい、突然片足立ちを要求されたシェリィは数歩よろめいたが、何とか体勢を安定させる事ができた。

そこでシェリィは、自身がバルフェアの剣を持っていない事に気付く。


(そうだ。まだネズミの中にあるかも。)


シェリィの傷は二度目の変身前より更に増えていたが、眠った事により気力と体力はほんの少しだけ回復していた。


「よいしょっと。峰打ちでも何とかなるもんだな。」


ヤズコフは、空いた背中に五人の冒険者を抱える。

全員死んでいたが、その身には殆ど全く外傷が無かった。


「盾持ちのおっさんは割と頑丈だったから、皮鎧の材料にしようかな。魔導師の姉ちゃんは約束通り剥製に…っと、やっべ、薬液切らしてるんだった。」


ヤズコフはそのまま街に戻ろうとし、シェリィが居ない事に気が付き振り返る。

シェリィは街とは反対方向、溶けかけのネズミの骸の方に歩いていた。


「おめーさんはどうすんだ?」


「シェリは、ちょっと探し物があるの。」


「そうか。宿のおっさんには俺から言っとくから、寒くなったらいつでも帰ってこいよ。」


「うん。ありがとう。」


ヤズコフはそれだけ告げると、両手に獲物を抱えて去って行った。

彼はその優しい性格から、街ではちょっとした人気者だった。


「ふぅ…確かにちょっと寒い。早く見つけなきゃ。」


シェリィはけんけんでネズミの骸まで辿り着き、その中へ飛び込んで行った。

ネズミの尾が微かに動き左手がその場から若干ずれたが、本格的に移動を始める事は無かった。

数分後に剣を抱えたシェリィが出て行くと、ネズミは再び活性を失った。


「これでよしっと。これでちょっとは、お仕置きが優しくなると良いな…」


再び剣を杖にし、シェリィはゆっくりと歩み始める。

今から急げば、翌日までには街に辿り着けるだろう。


「うりゃあああああ!」


その時、背後から叫び声が聞こえる。

シェリィが振り向くと、夜闇に紛れて何かが突進してきているのが見えた。


「うわぁ!?」


シェリィは慌てて回避するが、冷たい物が脇腹を掠る。

よく研がれたナイフだった。


「な…なに?」


雲間より月が顔を出し、月光が襲撃者を照らす。

一対の耳。エキゾチックな衣装。シェリィと同程度の背丈。


「許さない…許さないんだからぁぁぁ!!!」


冷たく輝く果物ナイフを両手で握り締めた、ニンナだった。

肉食獣の獣人は、往々にして気配を隠すのが上手い。


「あ…」


シェリィも当然、ニンナには覚えがあった。


「その…その…」


シェリィは、言い訳をしようか謝罪をしようかを悩む。

どちらにせよ、ニンナの怒りが収まる事は無いと解ってはいたが。


「仇…私は、みんなの仇をとるんだ!最初は貴女!次にヤズコフ!」


「………」


申し開きの余地も無い。

完全にシェリィが悪い。


「その…ごめんなさい!でもこれもシェリのお仕事なの…お願い、許して…」


「許せる訳が無いでしょ![武闘舞踏:風の舞]!」


ニンナを囲う様に突風が纏わり付き、ニンナはその風に合わせて踊り始める。


「ひぃ!」


シェリィは剣を構え、ナイフを受けようとする。

しかしニンナのナイフは、剣に当たる瞬間に風に乗ってぬらりと軌道を変え、シェリィの脇腹に深々と突き刺さった。


「ふぐぎゅ…っ!」


ナイフは直ぐに引き抜かれ、今度はシェリィのうなじめがけて振るわれる。

当たれば、間違い無く死だ。


「や…やめて…」


シェリィがそう言った瞬間、ナイフはうなじの寸分上で止まる。


「な…何で動かないの?貴女、何したの!」


ニンナがそう言うと、ナイフの柄の部分から六本のフラックスの触手が伸び、ニンナの手を拘束する。

ナイフはそのまま腕を乗っ取り、ニンナの首を掻き切ろうとする。


「はぁ…はぁ…ううっぐ…」


シェリィは血で染まった脇腹を抑えながら、必死に痛みに耐える。

当然フラックスを操作する気力など無く、ナイフはシェリィの心に秘めた防衛本能のままに、外敵を排除しようとする。


「嫌…いやああああ!」


「はぁ…はぁ…と…止まって…」


ナイフは今度、ニンナの首の皮に切っ先を触れさせた状態で止まる。

既にフラックスは関節全てを掌握しており、ニンナがその場から動く事はできなかった。


「はぁ…はぁ…痛いよ…刺されたとこも…それ以外も…全部…でも…」


脇腹の傷もフラックスに覆われたが、精神が弱っている事で上手く制御が効かず、出血は緩やかに続いていた。

脇腹に集中する為他の傷を覆っていたフラックスが全て剥がれ落ち、生々しい傷が露わになる。


「でも…あなたも痛いんだよね…」


「え…?」


シェリィは、よろよろとニンナの方へと向かう。


「ごめんなさい…あなたの大切な人、みんな死なせちゃって…」


「…何で私を殺さないの?」


ニンナは戸惑う。

珍妙なシェリィの能力と、シェリィの行動の両方に。


「だって…嫌って言ってたから…」


「それは…そうだけど…」


ピクリとも動けないニンナに対し、シェリィはフラフラだった。

まともな判断を下せる程の余力も無く、今のシェリィは最早本能で行動している状態である。


「はぁ…はぁ…はー…」


シェリィは脇腹を抱えながら、ゆっくりとネズミの骸の元まで向かう。

そのまま、元の体積の半分以上が気化してしまった骸に身を沈める。

ニンナを拘束していた物も含め、周囲に散らばっていたフラックスが骸に集結する。

骸がボコボコと変形し、最初の4分の1ほどの大きさのネズミの姿となった。


新たに生まれたネズミは何をするでも無く、その場で丸くなって眠ってしまった。


「………」


ニンナは、触れるもの全てを腐食するネズミの特性は知っていた。

今の自分ではどうする事も出来ないと言う事も。


「い…いつか、絶対あなたの事を倒して見せるから!」


ネズミはピクリとも反応しない。

ただ呼吸をするかの様に、ゆっくりと膨張と縮小を繰り返すのみだ。


「絶対だからね!」


ニンナは精一杯の捨て台詞を吐くと、その場から逃走していった。

しっかしとした防寒も無しに夜の荒野に長居するのは、自殺行為だったからだ。


「くぅ…すー…くぅ…すー…」


フラックスは気化する際に熱を発するので、その中は常に暖かかった。


「…ママ…」


フラックスに抱かれて、数日振りにまともな睡眠をとったシェリィはその日、暖かな母親の夢を見た。

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