シェリ、約束は守れました。
"ドチャ…ドチャドチャ…"
黒き池の底より現れて早々、ネズミの頭の半分が削げ落ちる。
右後ろ脚も足としての機能は残しつつも原型を留めない程崩れ、重力に逆らえず胴体が地面にくっついている。
シェリィはもう、限界だった。
「ボロボロじゃないの。大人しく諦めたらどうなの?[パワーフレイム]!」
アーミュの杖から、巨大な火球が放たれる。
ネズミは回避を試みようと身を反らすが、胴体がくっついているせいで身動きが取れない。
火球はそのまま、ネズミの頭部にクリーンヒットした。
「よっしゃ!」
喜ぶアーミュの肩に、クレメットの手が置かれる。
「[魔力充填]。アーミュさん。彼女も好きで戦っている訳ではありません。もう少し弁えて下さい。」
「あ、ごめん…」
頭部を失ったネズミは力づくで地面との癒着部を引きちぎり、半分程まで痩せたが漸く行動可能な状態になる。
次いで、ボコボコと沸き立つ様に頭部が再生したが、先ず下顎が外れて落ち、次いで残りの頭も取れ、結局首無しの状態に戻った。
「だいぶちっさくなったな。そろそろ俺の出番か。」
シゲジは苦無や短刀といった武具を取り出し、ネズミに向けて跳躍する。
「[千裂乱舞]!」
無数の鋭利な刃物が、シゲジを中心に放たれる。
武具は九割程がネズミに命中したが、フラックスの流れに押し流されて地面に落ちる。
「ちぃ…やっぱ制限時間系か?」
ネズミは軽い身のこなしで跳躍し、その尻尾を鞭の要領でシゲジに振るう。
「うお!?[瞬身の術]!」
尾が当たる瞬間、シゲジは煙と共に消える。
尻尾が空振りしたネズミが、騎士の集団めがけて落下する。
「あ…危ない!逃げろ!」
騎士達は退避しようとするが、機動力より防御を重視した鎧では間に合わない。
ネズミは着地し、その衝撃で剥がれ落ちたフラックスが周囲に放たれる。
「ぎゃああああああああ!!!」
「ぐああああああああ!?」
「いでええええ!誰か…誰かこれとってくれええええ!!!」
鎧の隙間から、フラックスが侵入していく。
穢れの属性を帯びたフラックスは兵士達の身を溶かし、鎧と骨のみとなるまで腐食させていった。
「あの能力…やはり不浄の皇帝を再現している。皆気を付けろ!攻撃を喰らえば命は無いと思え!」
フィルやその一行は、可能な限り目標から離れる。
散開は不浄の皇帝と戦う上では最も基本的な戦術で、本来であればそこから、皇帝が誰にターゲットを向けるかによって柔軟に立ち回りを変えつつ、遠距離攻撃でじわじわと削っていくと言うのがセオリーだった。
「ぎゃああああ!」
「やめろ!来るなああああ!」
然し今回は、幸か不幸かターゲットは沢山の兵士達に向けられていた。
(彼等には悪いが、この時間、有効活用させて貰おう。)
フィルはポケットから赤い筒を取り出すと、蓋を開けて空に向ける。
筒の先に魔方陣が展開され、そこから赤い照明弾が発射される。
作戦開始の合図だ。
「り…リーダー…まさか、彼等を…」
ニンナはネズミに蹂躙されている戦場を、指を咥えて見ている。
「ニンナ。ここはフィルを信じよう。手筈は、解ってるね。」
クレメットは、怯えるニンナをなだめる。
「うん…分かってる。リーダーを信じてるよ。」
ニンナはそう言うと、クレメットから一体の藁人形を受け取る。魔女の格好をした人形だ。
「[複合舞踏・速度強化:魔導強化]」
ニンナは人形を口に咥えると、クレメットから少し離れ踊りを披露し始める。
人形が僅かに輝き、反対側に居たアーミュと光線で繋がる。
「ありがとう。ニンナ、クレメット。」
水色と紫のオーラを纏ったアーミュが、軽く足踏みをした後その場から駆け出す。
「いっくよぉ。[フレイムアロー]![フレイムスパーク]!フレイム…えっと、えっと…[フレイムキャノン]!」
杖を大きく振るいながら、アーミュは次々と魔法を繰り出す。その一つ一つが普段の倍程の大きさで、威力もそれに違わぬ物である。
魔法は次々と、兵士に気を取られているネズミに直撃する。
巨大な火炎弾の[フレイムキャノン]が首無しネズミの胴体にクリーンヒットし、そこに煙が吹が吐き出る大きな穴を開けた。
ネズミはその衝撃で横に倒れ、二度と動く事は無かった。
「あれ?もう終わり?俺の出番は?」
シゲジは倒れたネズミを見ながら、困った様子で頬をかく。
「がはははは。どうやらシゲジ殿も余ったみたいだな!」
「ドラノス…そこはもうちょい残念がろうぜ?」
「まあ良いではないか!最近アーミュ殿はトドメの一撃を放つくらいで殆ど戦っておらんかったからし、偶にはこう言う日があってもいい!がーっはっはっはっはっは!」
その時、フィルの方から青色の信号弾が放たれる。
集合の合図である。
(まだ本体は生きている…今度は油断しないぞ。)
ネズミの骸に進むフィルの元に、仲間達が続々と集結する。
「こっからは対人戦ですかい?リーダー。」
ドラノスが、自らの盾を剣でガンガンと打つ。
「いや。あの子にまだ余力があるのならまた変身してくる筈だ。警戒していこう。」
フィルがそう言った矢先だった。
全員が一瞬だけ身を凍らせた様に動かなくなり、ほぼ同時に振り返る。
「あ?人間?」
血まみれのエプロン。背負うは、汚れてはいるもののよく手入れされた野太刀。
そこに立っていたのは、ヤズコフだった。
「おい…あれ…」
シゲジが呟く。
「間違い無い。ネームドモンスター、人狩りヤズコフだ。」
フィルが答える。
「夕方くらいにここにきて。ってあいつが言うもんだから、何かと思ったが。」
ヤズコフは、背負っていた野太刀を構える。
「ひいふうみい…五匹か。どうやったのか知らんが、中々良さそうなのが揃ってるじゃねえか。」
ヤズコフは人間専門の加工職人。
獣人のニンナは数に入っていなかった。
「ねえ…どうすんの?あれ。」
アーミュは不安げに問う。
「作戦がある。…ニンナ。お前が逃げろ。」
フィルは、ニンナに向けてぴしゃりと命令する。
「え?」
「お前は奴の獲物じゃ無い。お前だけなら逃げ延びれる。」
「え?そんな事できませ…」
「そして、集落に戻って援軍を要請するんだ。それで住民の非難の時間くらいは稼げるはずだ。…そしていつか、お前が俺達の仇をとってくれ。」
「嫌だよそんなの!私も…みんなと一緒に戦う!」
「ダメだ。あれを相手するには、俺達が倍居ても足りない。良いから逃げるんだ。」
「でも…」
「リーダーの命令が聞けないのか。」
「う…」
パーティを静寂が支配する。
その間にも、ヤズコフはゆっくりと歩んでくる。
「来ねえのか?ならこっちから行くぜ。」
ヤズコフは地面を蹴り、パーティに飛び掛かって来る。
「早く行け!良いから!」
「………!」
ニンナは目に涙を溜めながら、集落の方へと駆け出していく。
「…」
途中でニンナは一度振り返ったが、その頃にはもう仲間達は戦闘状態に入っており、その事に気付く者は居なかった。
「[剛断]!うらあ!」
野太刀に岩石が纏わり付き、ヤズコフはそれを振り下ろす。
「[騎士の護り]!」
すかさずドラノスが前に出ていき、その大盾を出す。
“ガキン!”
“バキ!”
「ぐ…ぬううう!」
鈍い金属音とドラノスの腕の骨が折れる音と共に、その重たい一撃は辛うじて受け止められた。
「お、アダマンタイトの盾か。良いねぇ。こりゃ素材報酬が期待できそうだ!」
ヤズコフはすぐさま野太刀を構え直す。
「[フレイムキャノン]!」
「[輝けし一撃]!」
そこに、アーミュの火炎弾とフィルの光り輝く剣撃が同時に命中する。
爆煙が晴れる。
フィルの剣は、ヤズコフの胸部に切っ先を突き立てた状態で止まっている。
キチキチと音を立てるその様はまるで、石を突いているかの様だ。
「おう姉ちゃん、魔導師か。中々良いもん持ってんじゃねえか。」
ヤズコフには、エプロンにすら焦げ一つ付いていなかった。
「い…一体どうなってんのよ!」
攻撃に失敗したアーミュは、すぐさま後退する。
「おいおい待ってくれよ。お前はバラさずそのまま剥製にしてやっから。」
ヤズコフはアーミュの方に手を伸ばしたが、その手首に鎖が巻き付けられる。
「あ?」
「お前の非道は予々聞いてるぜ。ヤズコフ。人を解体して家具にしてるんだってな。一体どこまで最低な野郎なんだよ。お前は。」
鎖を飛ばしたのは、シゲジだった。
「はぁ?」
ヤズコフが鎖の巻きついた腕を持ち上げると、シゲジは軽々と宙に舞い上がった。
「何で俺が最低なんだ?」
ヤズコフが腕を地面に振り降ろすと、シゲジは地面に叩きつけられた。
「がっは!?」
「おめーらだってやってんじゃねえか。」
ヤズコフは、フィルの剣を指差す。
「竜の鱗の剣。」
ヤズコフは、アーミュの杖を指差す。
「エルダートレントを切り出して作った杖。」
ヤズコフはシゲジの元まで歩んでいき、胴体部分の黒衣を引きちぎる。
その下は、燻んだ桃色の皮で出来た皮鎧だった。
「そして、鬼の皮のかたびら。」
ヤズコフは微かに笑う。
「何でお前らは良くて、俺がやったら最低って事になるんだ?そんなの不公平だろう!」
ヤズコフの問いに対し、クレメットが前に出る。
「我々は貴方方と戦う為に、己が身を守る為にしてきた事です。単なる娯楽である貴方とは、目的が違うのです。」
「はぁ?更に意味わかんねーぜ。俺にだって守るもんはあるし、こりゃ娯楽じゃねえ。商売だ。」
「お金の為だと言うのですか。だったら尚更…」
「俺はそうして得た金で、俺と俺の家族を養ってる。生きる為にって点では、お前らと一緒だろ。じゃあお前らは、俺たち魔族から剥ぎ取った素材を、売って金にした事はねーって言うんだろうなぁ?」
「……っ」
クレメットを論破したヤズコフは、胸部に突き立てられたままの剣を握り潰し、そのままフィルの胴体に強烈な蹴りを入れる。
「ぐあ…っ!」
フィルは吹き飛ばされ、クレメットとドラノスによって受け止められる。
「待っていて下さいリーダー。直ぐに治療を…」
「次はおめーだ。細男。[鋭断]!」
野太刀に銀色の光が宿り、ヤズコフはそれで、先程の倍の速度で切り掛かる。
(速い…反応が間に合わ…)
ドラノスが諦めかけたその時だった。
「ヤズコフ…さん…」
パーティよりも更に背後から飛んできた声により、ヤズコフの動きはピタリと止まる。
声の主は、片足が折れた剣になっているシェリィだった
「お、シェリィじゃねえか。お前さんがこいつらを呼んできてくれたんだろ?なかなかの上物で助かるぜ。」
「あっちに…骨…あるから…」
シェリィはそれだけ言うと、倒れてしまった。
「あ?骨?」
ヤズコフは左手でひさしを作り、シェリィが来た方を見る。
最初砂丘か何かだと思っていた物は、溶けかけの黒い塊だった。
そしてその周囲には、無数の鎧が散乱している。
「おお!」
ヤズコフは跳躍一回でシェリィの元まで辿り着くと、そっと抱き抱え、エプロンの紐で器用に背中に固定する。
自らの子を背負う時も、ヤズコフはこうした。
「これで良しっと。本当にいたでりつくせりだな。流石バルフェア先生の手下だ。[ミラーリングウェポンズ]。」
ヤズコフは右手で野太刀を構え、何も持っていない左手も同じ様にする。
すると、その手の周囲が蜃気楼の様に歪み、2本目の野太刀が出現した。新たに出現した物は、形も錆び方も汚れ方も、寸分違わず一本目と鏡合わせになっていた。
「さてと、そろそろ日も暮れるな。…遊びは終わりだぜ。上物共。」




