シェリ、すごく気分が悪いです…
シェリィを乗せた邪龍は、昼下がりの荒野に降り立った。
「ありがとう!ドラゴンさん!」
シェリィは龍の背から降りながら、満点の笑顔で礼を述べる。
『勘違いするな、人間。我はあくまでもバルフェア様の命に従っただけだ。』
邪龍の体が、黒い霧に覆われていく。
『あまり我を待たせると、置いていくからな。』
邪龍は完全に霧に包まれ、霧が晴れた時には、そこにはもう邪龍の姿は無かった。
「はぁい。」
シェリィは返事をすると、透明化した邪龍に背を向け歩き出した。
目指すは遠巻きに見える市街地。
貿易の中継地点が栄えた結果生まれた、荒野の中の商店街だ。
「えっと…一つ目は…」
シェリィはバルフェアからの買い物リストに目を通し、足を止め、青ざめる。
「人皮…絨毯…」
人由来の家具は高級品で、わざわざ集めようとしない限り、関わる事は少ない。
しかしバルフェアはシェリィを買ってから、人間と言う生物を身近に感じるようになり、人間素材の調度品に興味を持つようになった。
「…骨の時計に…は…ははは剥製!?」
荒野の気温は39℃程だったが、シェリィは寒気に震えていた。
「…でも…行かなきゃ…シェリが家具にされちゃう…!」
シェリィはか細い声で自身を鼓舞しながら、再び歩き出す。
「うわ…うわああぁぁ!」
荒野の突風に、軽いシェリィは吹き飛ばされかける。
その時は何とか踏みとどまったが、次も無事でいられる保証は無かった。
「どうしよう…こんな所で迷子になったら…そうだ!」
シェリィの腕輪が剣に変わる。
シェリィはその刀身を両手で握り、杖代わりにして進んだ。
先程よりも強い突風が何度も吹いたが、その度にシェリィは剣で踏みとどまる事ができた。
「はあ…はあ…あれ、着いてる…」
刀身を握っていたので両手は傷だらけで服も土埃で汚れてしまったが、シェリィはなんとか商店街に辿り付く事ができた。
街は砂岩で出来た四角い建物と、それに張り付くように建てられた屋台で構成されている、いかにもな砂漠の町と言った雰囲気だ。
「はあ…はあ…暑い…シェリ溶けちゃう…」
気力も体力も使い果たしたシェリィだが、それでも前に進み続けた。
もしもここで倒れれば、自分の十五倍の値段の服がますます汚れてしまうからだ。
「ヤズコフ商店…ヤズコフ商店…あそこかな…?」
立ち並ぶ屋台の中から、シェリィは目的の物を見つけ出す。
屋台の殆どは果物や布や乾物を置いている中、一つだけ、家具で溢れエキゾチックな雰囲気を醸し出している物があり、看板を確認したら案の定、と言う具合だった。
「すみませ…ひ!?」
シェリィは屋台の前まで辿り着き、そこで売られている物を目の当たりにする。
人骨を組み合わせて作られた額縁。
様々な装飾品で囲われた、水晶玉の様な容器の中に入ったホルマリン漬けの胎児。
阿鼻叫喚の表情のまま固定された、老若男女様々な人間の頭の剥製。
屋台の奥の建物の中からも、不気味な物品たちが顔を出している。
「うっぷ…けほっけほ…おえぇ…けっほけほ…」
漂う血と腐乱と死の臭いと共に、グロテスクな光景がシェリィの心を攻撃する。
胃に何も無かったので嘔吐こそしなかったものの、暫くは嗚咽し続けた。
「ん?お客か?うちは貧乏に売るもんは置いてねえぞ。」
屋台の奥、無数の品物の奥から、この店の店主が姿を現す。
筋肉で覆われた、紅色の肌。額から生える、二本の小さな角。三メートル程の体躯。
それは血の付いたエプロンと分厚い皮手袋に身を包んだオーガの大男、名をヤズコフと言った。
「って、人間!?妙だな、仕入れの時間はもう少し先だと思ってたんだが、まあ良い。」
ヤズコフは手を伸ばし、シェリィの頭を鷲掴みにする。
「違いますよ…私はただお使いに来ただけで…」
「あ?使い?」
そこでようやく、ヤズコフはシェリィの首輪に気付く。
ヤズコフはそれに、見覚えのある紋章を見た。
「お使いって、バルフェア先生のか!?」
男はシェリィを離すと、付近に置いてあった赤黒色の雑巾でシェリィの頭を拭いてやった。
「いやぁ先生にはうちの坊主が世話になったからなぁ。こりゃ勝手に商品にする訳にもいかんな。はっはっは。」
ヤズコフは雑巾を仕舞うと、皮手袋を外す。
「で、先生は何が欲しいって?」
「えっと…これを。」
シェリィは、バルフェアから渡されたメモを渡す。
「ん?何々?…おお、流石は先生だ。お目が高い。」
ヤズコフはメモを返すと、一度店の奥に消える。
「よいしょ。こっちが絨毯で、こっちが鹿型剥製だ。」
ヤズコフはロール状に巻かれた大きな絨毯をシェリィに渡し、人の足を継ぎ接ぎして作られた、鹿を象ったオブジェを店先に置く。
「お…重い…」
「時計に関してだが、先生にはちょいと待ってくれるように言ってくれねえかな。」
「え?」
「実は材料を切らしててね。あと二、三日すれば手に入るとは思うんだが…」
「材料?…人の骨…ですか?」
「おおそうさ。お前、もしかしてくれるのか?」
「ひ…っ!嫌です…!」
「だよなぁ。はあ…誰かがとってきてくれりゃな。」
シェリィはグロテスクな芸術品と耐え難い悪臭と店主の危なっかしいノリにとうとう耐え切れなくなり、店を出ていく事にした。
「じゃあさようなら。」
「待て。」
シェリィは、背後からの主人の声に驚き、振り返る。
「ご主人様!?」
「まだ品物が揃っていないでは無いか。」
「でも材料が無いって。」
「何のためにお前に【暗黒世界の剣】をくれてやったと思う。悪魔の下僕として、人狩りくらいはやって見せろ。」
「え…?人…狩り…?」
「モンスターと同じく人間もまた、我ら魔族に綽名す害獣共だ。奴らはかつて、我々を意味も無く苦しめ殺し続けてきた。遠慮など要らんよ。」
「でも…」
「…かつて俺の父は、素材集め等というふざけた理由で起こった大虐殺に巻き込まれ、逝ってしまった。勿論、魔族に様々ある様に、人間にも様々ある事は知っている。だからお前も見てこい。様々な魔の者と、様々な人間を。」
バルフェアはそれだけ言い残すと、黒い霧となり消え去って行った。
「ん?どうしたんだ人間?そこに先生が居たのか?」
「え?えっと…はい。居たんです。」
「そうか。先生はなんて?」
ヤズコフとの会話が通じている事に驚きながらも、シェリィは次の台詞を言う。
「せっかくだから、シェリが材料を取ってきて。って言ってました。」
「本当か!?そりゃ助かる!実は、最近この荒野の南が人間の縄張りなっちまってな。脅しがてら、そっから大人のオスを十匹くらいとってきて欲しいんだ。骨が欲しいから、できればあんまり傷付けづにな。」
「は…はい。」
もしかしたら自分も、少し運命が違えば狩られる側だったかもしれない。
シェリィはそんな現実に恐怖しつつも、戦いに出る覚悟を決めた。
「あの、一つだけお願いが…」
「ん?」
「お水が一杯欲しいです…もう、今にも干からびちゃいそうなんです…」




