5.謎の少女
放課後。俺は命令を実行するために一人で帰り道を歩いていた。
入院生活中は一切命令を出してこなかったもんだから、神の命令のことなんてすっかり忘れてたぜ……。
自宅の倉庫二階の部屋に行け、か。その場所は普段、幼馴染みのあいつらとの溜まり場として利用している場所だ。
ウチの倉庫は二階建てで、一階の全部分と二階の一部が物置となっている。ところが二階には昔、今は亡き祖母の兄弟が生活していたことがあるらしく、その部屋らしき部分が残っていたのだ。俺はその部屋を小学生の時に発見して以降、ずっと溜まり場として利用し続けている。
ゲームやら漫画やら家具やら、何でも持ちこみ放題。なので皆、もう一つの自分の部屋として自由に生活していた。
しかし、何でその溜まり場に一人で行かなきゃダメなんだ? 普段皆で集まる場所に一人で行っても何の用もない。ゲームも漫画読むのも自分の部屋でできるし。
ま、命令には逆らえないから行くしかないんだけどさ。
そんなことを考えながら約十分程歩いて、溜まり場である我が家の倉庫に着く。
鍵がかかっていたので開けて階段を上り、ついに部屋の前まで来た。
そしてすぐには部屋の戸をあけず、一旦立ち止まって思考する。
「(さて。神が俺をここに連れてきたってことは、ここに神の目的に必要な何かがあるってことか?)」
戸に耳をつけて感覚を研ぎ澄ませてみても、部屋の中からは一切物音が聞こえない。ここからだけでは、中で様子が分からない。
一方で命令は部屋に行け、というだけの内容。俺自身が部屋で何かをするようには言われてないので、中で何かが起こっていると考えるのが妥当だが……。
その答えを知るためにも、この部屋の戸を開けるしかなかった。
「よし」
俺は、少し警戒しながらゆっくりと戸を開ける。すると……。
「うわっ!?」
部屋の真ん中で、白い服を着た同い年ぐらいの知らない女の子が倒れていた。
一瞬幽霊かと思ったが、姿ははっきりと見えている。
「びっくりした、誰だこの子……? てか鍵がかかってたのにどうやって入ってきたんだ?」
恐る恐る様子を伺う。どうやら女の子は、ただ眠っているだけのようだ。いろんな疑問はあるが、とりあえず起こして話を聞いてみるしかなさそうだ。
俺は部屋の中に入って、寝ている女の子へ近づく。
「綺麗な子だな……」
近づいて見ると、その女の子は相当整った容姿をしていた。
紫がかった綺麗な長い髪に、透明感のあるツヤツヤな白い肌。体の方も出るとこは出ていて引っ込むべきところは引っ込んでおり、まさに理想的なプロポーションをしている。完璧な美少女だった。
はっ、いけない。寝ている女の子の体をジロジロ見るもんじゃないよな。
己の邪な心を振り払い、彼女を起こすために声をかける。
「す、すみませーん、起きてもらえますかー?」
「…………ふみゅ?」
俺が呼び掛けると、気の抜けた声を出しながら女の子は目を覚ました。そしてまだ眠そうしながら、ゆっくりと起き上がる。
「んん……?」
ついに俺と目があった。とろんとした目でしばらく俺を見た後、彼女は口を開く。
「あなた、誰……? 不審者……?」
「いやこっちのセリフですけど」
抑揚のない声でそんなことを言われる。勝手に人の敷地の倉庫に入ってきたのはそっちだ。明らかに少女の方が不審者だろう。
「取り敢えず、名前聞いてもいいか?」
「名前……。何だっけ?」
これまた眠そうに、目をこすりながら考える仕草をする。
「うーん、名前……。何だったかな……」
「おいおい、いくら寝惚けてても自分の名前くらいは分かるだろ?」
自分の名前すら思い出せないって、どんだけ寝ぼけてるんだ。
「やっぱり分からない……。私、記憶喪失みたい……」
「記憶喪失!? いやいや、冗談だろ?」
「冗談って何が……?」
この反応、まさか冗談じゃないのか?
「お前が記憶喪失っていうのがだよ」
「嘘じゃないよ……? だって本当に記憶ないもん……」
「……本気で言ってるのか?」
こんなおかしい発言をしているというのに、表情は嘘をついているようには見えない。けどやっぱり、記憶喪失なんて簡単には信じられないぞ?
「うん、何も思い出せない……。自分の名前も、どこからここにきたのかも、どうしてここにいるのかも……」
「え、マジで?」
「信じられないかもしれないけど、ホントだよ……?」
「えー……。うーん」
嘘でも本当でも、どっちにしろ困ったな。話を聞いて疑問を解くつもりが、余計に謎が増えた。この子がここに来た理由はおろか、名前すら不明だなんて。
「あ……! 名前思い出した……!」
「最初から覚えてたんじゃないだろうな」
「ううん、あなたを見てたら急に思い出した……」
「はあ?」
それって俺が関係あるのか? 疑ってもしょーがないんだけどさ。
「じゃあ改めて聞くけど、名前は?」
「あやめ……」
「名字は?」
「それは分からない……」
いや名前だけピンポイントに思い出したのかよ。
でもこれでようやく、この子の正体にほんの少しだが近づくことができた。
「そっか。名前だけでも思い出してくれてよかったよ」
このまま名前が分からなかったら呼ぶとき困っていたしな。
「あなたの名前は……?」
「俺は純。柳沢純だ」
「純……。良い名前だね……」
「そうか? 普通の名前だと思うけど」
「ねー、純」
「何だよ」
「記憶が戻るまで、純のところに住んでもいい……?」
「俺のところって、まさか俺の家に住みたいってことか!?」
「うん……」
「はあ!? なんでだよ!?」
あやめの急な提案に、思わず声を荒げてしまう。こんな会って間もない男のところに居たがるなんて正気じゃない。
……いや。記憶喪失だから、こいつにとっては人間全員が初対面みたいなもんなのか。だとしたら、最初に知り合った俺のところに居るっていうのも分からなくはない。
しかしだからと言って、いきなり一緒に住みたいなんて言われてもな……。
「なんか、純と一緒だと記憶を取り戻せる気がするの……」
「どんな気だよそれ」
「だって、さっきも純を見てたら名前思い出した……」
「たまたまじゃないのか」
「そうかもしれない……」
「いや結局どうなんだよ」
何だか曖昧なやつだった。
「純は私と住むのが嫌……?」
「えっと。嫌というか、ちょっとな……」
「……?」
困った俺を見て、あやめは不安そうな表情で首をかしげる。
一緒に住むのが嫌というより、見た目が同年代の少女を同じ家に住ませるのに少し抵抗があった。
俺も思春期の男の子だ。女の子と一緒に住むのは……何と言うか、いろいろと思うところがある。
それに展開が早すぎるだろ。会ってすぐ一緒に住もうだなんて。
『命令。あやめの要求を許可しろ』
「!?」
脳内に神の声が響く。ピンポイントすぎる命令だな。もしかして彼女は、あの神となんらかの関係があるのか?
何にせよ、これで俺は断れなくなってしまった。
「……いや分かった。家に住ませてもいいか母さんに聞いてみるよ」
「ホント……! やった……♪」
「お、おい! 抱きつくな!」
嬉しそうに正面から抱きついてくる。初対面の男に抱きつくなんて、こいつ記憶喪失だからか距離間バグってやがる!
このままでは理性が危ない。そう判断した俺は慌てて彼女をひっぺがした。
「ほ、ほら、家に行くぞ。ついてこい」
「うん……!」
こうして、謎に包まれた女の子を家に連れていくこととなったのだった。




