2.最悪の二択
気が付くと、真っ暗な場所にいた。
辺り一面、黒以外の色がない世界。それなのに自分の身体だけはしっかりと色づいて見える。どうやら今の自分は、制服を着たままの状態のようだ。
ここはどこだ? 何故俺はこんなところにいるんだ?
確かトラックに轢かれて意識を失って……てことはもしかして、俺は死んだのか?
だとしたらここはあの世だろうか? 分からない。何もかもが謎だ。
『ようこそ、君が柳沢純くんだね?』
「っ!? 誰だ!!」
突然、何者かの声が聞こえた。しかし、辺りを見ても誰もいない。
『失礼。少々驚かせてしまったかな』
「し、質問に答えろ! お前は何者なんだ! どこから話しかけている!」
どこからともなく聞こえてくる不気味な声に、俺は内心ビビりまくっていた。それを誤魔化すように大声で話し、虚勢を張る。
『取り乱す気持ちは分かるが、とにかく落ち着きたまえ』
「はあ、はあ……!」
そう言われても、いきなり真っ暗な謎の世界に来させられて、正体不明の不気味な声に話しかけられている状況だ。普通は恐怖で落ち着いてはいられない。
心臓が激しく鼓動しているのが分かる。だんだん呼吸も乱れ、息苦しさに胸を抑える。
『お前に危害を加えるつもりはない。約束しよう』
俺を宥めるかのように、少し優しい口調で話す声。
「ほ、本当だろうな?」
『ああ、信じて欲しい。だからまずは、その生まれたての小鹿のようにブルブルと震えている足を直すんだ』
「うるせーよバーカ!!」
仕方ないだろ、あんたの声超怖いんだから! 足だってそりゃ震えますよ!
「すー……、はー……」
恐怖心を落ち着けるために深呼吸をする。
その甲斐あってか、時間が経つと足の震えも徐々に治まり、落ち着きも少しずつだが取り戻すことができた。
『落ち着いたか?』
「……まあ、何とか」
『よし。では君の質問に答えよう。まず、私が何者かという質問の答えだが、私はこの闇の世界の創造主。君たちの言葉で簡単に表すと、神のようなものだ』
「闇の世界の創造主? はっ、何だよそれ……」
とんでもない厨二病ワードが飛び出してきた。そんなことを言われても素直に信じられるわけがない。思わず失笑してしまった。
しかしこの暗黒の中、自分の姿だけが鮮明に見えているという、この特殊な環境がその可能性を示唆しているのも事実。
とにかくまずは、こいつの言ってることが信用に値するか見定めないとな。
『信じなくても構わない。どうせ信じざる得えなくなるだろうからな。では次に、どこから話しかけているのかという質問の答えだ。私はこの闇の中から、直接お前の脳内に話しかけている』
「直接脳内に? まるでファンタジーじゃないか」
またしても現実離れした回答が返ってくる。
しかし不思議と、聞こえてくる声は耳から感じ取っているわけではなさそうな気がするのだ。何というか、頭の中で響いているような感覚が確かにある。
『理解はできなくとも良い。この事実を受け入れるだけで良いのだ』
「いや、そう言われてもな……」
いきなり立て続けに突飛なことを言われて、受け入れろと言われても正直無理がある。
しかし仮にでたらめを言われているとしても、確かめようがない。
俺はとことん、声の主に分からないことを質問することにした。
「あんたの言ってることが本当かどうかは一旦置いておくとして、こんなところに来てるってことは、俺はもう死んでるのか?」
『いや、お前はまだ死んでいない。正確に言えば、生死の境目を彷徨っている状態だ。ここはそういう不安定な状態の者しか来れない場所なのだよ。お前の意識を偶然見つけて、私がここに呼び寄せたのだ』
またよく分からん話を。そんな変なことばかり言われて『まだ死んでいない』なんて言われても安心できないが、もう死んでると言われなかっただけましか。
「それで、その状態の俺を何でこんなとこに連れてきたんだ?」
それが、一番聞きたかったことだった。
『そのことなんだが、私はお前に頼みたいことがあってここに呼び寄せたのだ』
「頼みたいこと?」
神(自称)が俺に?
『そうだ。お前は身を呈して猫を助けようとした。その功績も評価しての頼み事だ。柳沢純、生死の境目を彷徨っているお前を確実に死から救ってやるかわりに、私の命令通りに動く手駒となれ』
「手駒だと?」
『そうだ。もしこれを了承すれば、確実に生きて現実世界に戻れる。代わりに、お前の頭の中にだけ私の声が聞こえるようになるのだ。度々命令を出すから、お前はそれに従え。手駒といっても、普段は好きなように過ごしてもかまわん。ただ、命令が出されたときは絶対に実行するんだ』
「……えーっと、お前の要求を飲むと死なずに済む代わりに、命令に従わなければいけなくなるってこと?」
「そうだ」
「命令ってどんな内容なんだ?」
「今は言えん。実行すべきタイミングで出す。それまで待つんだな」
は? どんな命令が出るか分からないのに、手駒になるかどうか決めろってか?
「何だそれ、怖すぎるだろ……。ちなみに断ったらどうなるんだ」
『私はどうもしない。しかしこのままでは、じきにお前は死んでしまうだろう』
「何だと!? ……つまり生き延びて手駒になることを選ぶか、死を選ぶかの二択ってことかよ」
もし手駒になったとしたら、どんなひどい命令をされるか分からない。かといって、断ったら待っているのは死らしい。
『さあ、選べ。どちらを選んだ方が良いかは明白だと思うが』
「ぐっ……!」
断れば俺は死ぬ。要求を飲めば、命令にさえ従えば普通に過ごすことができる。確かにどちらを選べば良いかは明白だ。
「……分かった。あんたの手駒になってやるよ」
『よし、契約成立だ。ちなみに命令に逆らった場合、お前は死ぬ。それを肝に命じておけ』
「はあああっ!? それ先に言えよっ!?」
あまりにも凶悪すぎる後出しに度肝を抜かれた。
「命令をノーリスクで背けるのならば、わざわざ実行する必要がなくなってしまう。それでは手駒とは呼べんだろう」
「ぐうっ、それは……」
言ってることはごもっともだが、罰が重すぎないか……?
『まだ何か聞きたいことはあるか?』
「……じゃあ、一つだけ聞いていいか」
「もちろんだ」
「この契約は、一生続くのか?」
『おっと、私としたことがその件について話すのを忘れていた。そうだな。全ての目的が達成されたら、無条件で解約してやる。それまでは半永久的に続けるつもりだ』
「目的? あんたは俺を使って何をやろうとしてるんだ?」
『それは秘密事項だ。とにかくこの契約を解約したいのならば、命令通り動くんだな。なあに、そんなに理不尽な命令は出さないさ。心配するな』
「いや、心配しかないんだが……」
その言葉をどこまで信用していいのかは分からない。しかし取り敢えずは、下された命令に従う他に選択肢はないようだ。
『ではそろそろ、お前を現実世界に返そう。せいぜい良い人生を過ごすんだな』
「……うおっ!?」
声の主がそういうと、突然目の前がパアッと光に満ちた。
「ま、まぶし……!?」
その光がどんどん明るくなっていくとともに、俺の意識も次第に薄れていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
再び目が覚める。すると目の前には、心配そうにこちらを見ている女の子の顔があった。
その女の子は幼馴染みの一人、鶴日苺だった。銀色のショートカットと緑色の可愛らしい瞳が特徴の優しい女の子だ。今はその瞳が、涙でいっぱいになっていた。
「あ、純が目を覚ました!!」
苺がそう言うと、すぐ近くにいたであろう幼馴染み二人が、俺の元へと駆けつけてくれた。
「ホントだ! ふう~、安心したぜ。このまま目覚めないんじゃないかと思ったわ~」
二人のうち一人目は、菊一謙信という名の男。明るい金色の短髪が特徴の彼は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「ふん、心配させるんだから……!」
そして二人目の名前は篠田四葉。ピンクのポニーテールに、同じくピンクの双眸を持つ女の子だ。普段は毒舌な彼女だが、今は安堵の表情を浮かべている。
三人とも心の底から俺の目覚めを喜んでくれているようだった。
「ううっ、よかったよお……!」
苺が俺の手をとりながら泣きじゃくる。そんなに俺のことを心配してくれていたのか。三人の優しさが胸に沁みてとても暖かい。
これが、この温かい世界が、俺の生きる現実世界。
さっきの暗く不気味な闇の世界での出来事がまるで嘘のように、明るく幸せに満ちた世界だった。
そうだ、あれは悪い夢だったんだ。普通に考えてあんなことが現実で起こり得るはずがない。
そう自分に言い聞かせた時だった。
『命令。契約ふくめ、闇の世界で起こったことは誰にも口外するな』
「!?」
聞き覚えのある不気味な声が聞こえた。俺以外の三人は誰も反応していない。ということは俺だけに聞こえているのか。
今のは間違いなく、闇の世界で聞いた神の声であった。
何てことだ。あれは悪い夢じゃなかったのか。
だとしたらあの神の言う通り、俺はこれから命令に従い続けなければならない。この現実世界でヤツの声が聞こえるということは、そういうことだった。
「(はあ、マジかよ……。)」
実際に起こってしまったことなのでどうしようもないが、どんな命令が下されるのか分からない以上、この先の生活が心配だった。
あの神曰くそこまで理不尽な命令はでないらしいが、それが嘘じゃないことを願うしかない。
「(くよくよしててもしょうがないか)」
分からない未来のことにビビっていては、満足に生活もできやしない。あの神の言う通りならば、命令に従う以外は普通に生活できるんだ。
今は命令なんかにビビってないで、これからの生活を楽しむことだけ考えよう。それに俺は高校生だ。この貴重な時期、臆病になって青春を楽しめるか、いや楽しめない!
そうだ、例え神の手駒になったとしても、この最高の幼馴染みたちと共に、青春を謳歌してやるんだ!
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