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第22話

 私には、ある一点しか見えていなかった。

「美子、どうしたの一体。外でなんかあった? 大和がなんかしでかしてるとか?」

 確かに和歌の声は私の耳に届いていた。けれど、それに反応することが出来ないほどに余裕がなかった。

「あれ、もしかして、ユッキーなんじゃないの? あそこにいるのユッキーだよね。ユッキーだよっ」

 私の視線の先を追ってそれを見た和歌が、興奮したように私の肩を揺さ振る。

 見間違うはずがない。あれは確かに健だ。

 健の周りに小さな輪が出来ている。これから輪が広がって行くのか、それとも漸く沈静化してきたところなのか定かではない。

 この位置からでも見えるあの笑顔は、健のものだ。

「ねぇ、美子。ユッキーが待ってるよ。早く行かなきゃ」

 早く行きたい。行って、健の顔をよく見せて欲しい。

 だけど、健に会いたいと思っていた人は私の他にもいたはずなんだ。みんなが健と話したいはずなんだ。私が今出ていったら、話せない人が出て来てしまうんじゃないか。それに健が私を待っているとは限らないんじゃないか。

 私が今、そう考えていると和歌に話すと、和歌は少し怒った。

「美子以外の誰に会いに来るのよ。馬鹿なこと言わないの」

 馬鹿なこととは、思わない。人は時として心変わりをする生き物だと思うから。一年以上も何の音沙汰もなかったんだ、いくらあの時好きだと言われたからって、今もそうだとは思えない。

 でも、健の気持ちがどうあれ、私の気持ちが変わることはなかった。だから、健に会ったらきちんと気持ちを伝えると決めていた。

 その覚悟はとうに出来ている。

「健の周りに人がいなくなるまでここで待つ。和歌は先に帰っていいよ?」

「一緒に待っていたいけど、両親と約束しているの。ごめんね、美子」

「ううん。ありがとう。私は大丈夫だから」

 和歌は私が落とした筒を手渡すと、私をギュッと抱き締めたあと、名残惜しそうに教室を出ていった。

 優しい子……。

 一瞬抱き締められた肩がほんのりと温かかった。

 私は窓際の席に座りなおすと、窓の外を見た。

 そこには相変わらず囲まれている健の姿があった。

 会うのは少し怖かった。会いたい会いたいとずっと思っていたのに、今は少し怖い。

 健が変わってしまったんじゃないかと思うと、机の上に置いた手が震えた。

 しばらく健の様子を観察していると、校舎から和歌が出て来るのが見えた。

 真っ直ぐに正門に向かう和歌の頭が健の人だかりを前にしたとき、こちらを向いた。

 それはほんの一瞬のことで、再び顔を人だかりへと向けると、それを掻き分けて健の前に出た。

 私は、和歌の突然の行動に立ち上がって見入った。

 和歌が健に何かを言っている。和歌がこちらを指差し、それに伴い健もこちらに顔を向けた。

 心臓が止まるかと思った。

 確実ではない。気のせいかもしれない。けれど、健と目が合った気がした。

 再び和歌と向き合った健が何かを言っている。

 何も聞こえないことが、歯痒くて仕方ない。

 和歌はコクコクと二回頷くと、その場から再び人だかりを掻き分けながら出ていった。

 優しくて、お節介な子……。

 普段の和歌なら私が待つと言ったら、一緒に待ってくれる。たとえ両親との約束があっても。それがあっさりと帰って行ったので、よほど大切な約束なのだろうと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

 健に私がここで待っていると伝えるために、そうしたんだろう。

 友の優しさが胸にしみる。

 和歌が去ったあと健は、そこにいる人たちに何かを話していた。

 そして、話し終わると人だかりが二つに分かれ道が出来た。

 健がその道を通って校舎へと向かって走りだした。

 健が走ってる……。

 あの頃の癖で、健が倒れてしまうんじゃないかと心配になった。

 ゆらりゆらりと枯れ葉色の髪が揺れている様を私は、茫然と眺めていた。

 私がいるこの教室は四階にある。少しずつ近付いてくる足音が、とうとう教室の前で止まった。

 教室の中は、いつの間にか私だけになっていた。

 がらりとドアが開き、健が姿を現した。

「健……」

「美子。お久しぶりです。とても会いたかったです」

 ゆっくりと私の方へと歩を進める健の表情は、以前よりも明るい。

「私も、会いたかったよ」

 私がそう言うと笑顔が顔いっぱいに広がった。その笑顔は、前とどこま変わっていなくて、私を安心させた。

「体は?」

「手術は成功しました。それから、体力をつけるのに大分時間がかかってしまいました」

「もう、完全に治ったの?」

「はい。治りました」

 その言葉の通り、ここまで走って来たのに顔色は良かった。

「そっか、良かった」

 はい、と嬉しそうに誇らしそうに笑う健につられて笑った。

「健。私に会いに来てくれたの?」

「はい、勿論です。忘れてしまいましたか、俺の気持ちは変わらないと言いましたよね? 美子と会うことを考えて、ここまで耐えて来たんです。連絡を取りたいと何度も思いました。けど、俺の中で完全に治すまでは美子と連絡は取ってはいけないと決めていたんです。真っ先に美子に会いたかった。……美子、あなたが好きです」

 私が欲しい言葉を、健はいつもくれる人だ。

 ずっとずっと会いたかった。連絡が取れなくて落ち込んで、沈んで、泣いて、沢山苦しい想いをしたけれど、今日、その全ての苦しみが健の言葉と微笑みで帳消しになってしまった。

「美子の今の気持ちを聞かせてくれませんか?」

「ずっと、ずっとずっと会いたくて。声が聞きたくて。苦しくて。寂しくて。毎日、健のこと考えたよ。心変わりなんてする隙もなかった。心の中は、健だけだよ。私は、健のことが好きです。……やっと言えた」

 一年前に言えなかった言葉。一年前に言わせて貰えなかった言葉。それが、漸く伝えられた。

 気持ちが昂って勝手に涙がこぼれ出す。今までだって沢山涙してきたのに、涙はとめどなく溢れ出して行く。ただ、今までとは違うのは、それが悲し涙ではないということ。嬉し涙だということ。

 泣きじゃくる私を優しく腕の中に招き入れる健。健の温もりが、これが現実であると教えてくれる。

「美子。待っていてくれて、ありがとうございます。これからは、俺が美子を守ります。もう、離れたりしません」

 耳元で聞こえる健の声がかすれていた。

 見上げると、健も涙を流していた。手を上げて、健の涙を掬いあげる。

「健はもう姫じゃないね。色白で体の弱いお姫様じゃなくて、色白だけど逞しい王子様になったんだ」

 私が王子で、健が姫だと言われて来た。ここにきてやっとその立場が逆転したのだ。

 

 健は、王子様になって私を迎えに来てくれた。私だけの王子様になって……。





~~~終わり~~~


最後までお付き合い頂きましてありがとうございます。

次回作は「ひなたぼっこ」です。来週の水曜日辺りから始めたいと思います。こちらは20話に満たない程度の短い作品になるかと思います。

そちらの方も読んで頂けたら嬉しいです。

有難うございました。

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