04:友だち
茜色に染まった空を、数羽の鳥が飛んでいった。
結界にぶつかってしまうんじゃないかと心配になり、見えなくなるまで見送った。
そして、鳥たちが無事なことに胸を撫で下ろし、同じように空を仰いでいたノエルの姿を目の端に収めた。
「帰ろう、ノエル」
「うん。そうだね」
今日だけでたくさん得るものがあった。
アッシュ寮長は殺された可能性が高いということ、魔法を使って蔦で拘束された可能性が高いということ。そして、犯人は彼をかなり憎んでいた可能性が高いということ。
調査は進んでいるはずなのに、明るい気持ちになれないのは、殺人事件という深淵を覗いているからだろうか。
帰り道、私たちが交わした言葉は少なかった。
「アメジスト寮って夜に飲まれちゃいそうだよね」
森から出てすぐ、アメジスト寮を見上げたノエルが不意にそんな感想を呟いた。
つられるように、アメジスト寮を見上げた。
沈もうとしている太陽の光が、余すことなく建物に降り注いでいた。
そのため、所々に装飾としてつけられたアメジストが気の早い星のように輝いていた。
「そういうコンセプトなんじゃないのかな」
アメジスト寮は太陽が沈む方角に立っている。
夜が似合うのは至極当然のように感じた。
「ガーネット寮は真紅色が基調で、太陽が昇る方角に立っているし」
目を細め、校舎を挟んださらに奥にあるガーネット寮を見つめる。
おそらく、ガーネット寮は朝がコンセプトなんだろう。
「本当に対照的だよね。それぞれの寮生が仲良くなれないのもわかる」
少人数の学院なのにも関わらず、交流があまりないのにも頷ける。
朝と夜は、どうしたって交じり合えない。
「…そうかな?」
ぽつりと、ノエルは呟いた。
それに、思わず首を傾げた。
「ガーネット生にアメジスト生を馬鹿にしてる生徒が多いのは事実だし、そんなガーネット生と関わりたくないって思ってるアメジスト生が多いのもわかるけど ──」
ノエルはそこで言葉を区切ると、真っすぐに私を見つめた。
夕日に照らされて、彼の青い瞳が煌めく。それは夜が似合う、もう一つの宝石のようだった。
「今日、エンネと話して、アメジスト生とも仲良くなれるんじゃんって俺は思った」
ノエルは柔らかな笑みを浮かべた。
とくん、と心音が騒がしくなり、体が熱くなる。
(…もう、今さら友だちなんてできないと思ってたのに)
赤くなっていく顔を隠すために、慌ててフードを被り直した。
でも、そうやって逃げるのは印象が悪いと感じて、一生懸命に言葉を探した。
「わ、私も…ノエルは話しやすいと思ったよ」
それは、きっと、ノエルが人と付き合うのが上手いからだろう。
表情豊かで、空気を重くするような言動は取らず、距離感も適切。
誰かと一緒にいて、こんなにも心地良いのは初めてだった。
(ノエルみたいになりたい)
そう、思った。
「明日も、よろしくね」
フードから顔を覗かせ、チラリと彼を見上げる。
「うん、よろしくね!」
彼の頬が赤く見えたのは、夕日のせいなのか、それとも ──。
もう心臓が保ちそうになくて、ローブを翻してアメジスト寮に駆け込む。そのまま自室へと向かい、勢いよくドアを閉めた。
ドアに寄りかかり、息を整える。けれど、頭の中は乱れたままだった。
洗面所でフードを外し、青い髪を乱暴に梳かす。長めの前髪から覗く金色の瞳が、真っ赤になった私を、鏡越しに見つめている。
その赤さを取るために冷水で何度も顔を洗った。それでも、しばらく熱は冷めず、やっと落ち着いた頃には晩ご飯の時間になっていた。
賑やかになった廊下で、かなりの時間が経過していることに気がつき、私は慌てて食堂に向かった。
晩ご飯はいつもビュッフェ形式で、好きなものを好きなだけ食べていい。
カルボナーラのパスタ、野菜スープ、そしてデザートのプリン。それらをトレーに乗せ、空いている席がないかと、見渡す。
(あ…、ミラの隣が空いてる)
緊張で急激に喉が渇き、ごくりと唾を飲み込む。
(ノエルのように、笑顔で)
引きつる顔に笑みを浮かべ、私は震える足で彼女の元に向かった。
「ミ、ミラ…隣…良いかな?」
声をかけると、彼女はすぐに振り返った。
こちらを見上げる瞳は驚きに染まっていた。
「え、あ、エンネ。うん、もちろん良いよ!」
戸惑いながらもミラは私を受け入れてくれた。それにほっと胸を撫で下ろし、椅子に座る。
「ありがとう」
「ううん、話しかけてくれて嬉しいよ」
礼を伝えると、ミラは笑いかけてくれた。そんな、本当に嬉しそうな笑顔に救われた気がした。
するとミラの向かいに座っていたユイカが、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「エンネ、珍しいじゃん。どういう風の吹き回し?」
小馬鹿にしているのか、好奇心が溢れているだけなのか。どちらにせよ、ユイカは珍しいものを見つけたかのように楽しそうだった。
私は肩を竦め、彼女から目を逸らした。
「いや、あの…変わりたいなと思って」
脈絡もなく言葉にする。素直な気持ちだったけれど、もっと上手い伝え方があったのにと後悔した。
「へぇー、いいじゃん」
ユイカはそれだけ呟くと、スプーンでカレーライスを掬った。そして、口に運んでいく。
一応、彼女のお眼鏡には適ったようだった。
「ごめんね、ぶっきらぼうで」
ほっと胸を撫で下ろすと、何故かミラが謝罪してきた。
それに慌てて首を横に振った。
(仲が良いんだなぁ)
素直に、羨ましいと思った。
そんな二人を横目にスプーンを手に取り、野菜スープを飲んだ。
キャベツ、ニンジン、コーンがコンソメによく合い、緊張で冷えた体が温かくなっていくのを感じた。
思わず小さく息を吐くと、ミラが心配そうにこちらを見つめてきた。
「あの、エンネ…色々と嫌な噂を聞くけど、大丈夫?」
嫌な噂。
詳しい内容を聞かずとも、それはアッシュ寮長関連のものであるとすぐに気がついた。
大丈夫だと返そうとした。けれど、考え直し、違う言葉を選んだ。
「…あんまり大丈夫じゃない。だから、今調べてるの」
ミラとユイカの瞳の色が変わった。
二人は顔を見合わせると、再び私に視線を集めた。
「調べてるって、例えば?」
「えっと、今日は泉の周りを調査したよ」
「エンネ一人で?」
「ううん。ガーネット生のノエルと一緒に」
次々と飛んでくるミラの質問に、簡潔に答えていく。
ずっと心配そうにしていたミラは、ノエルの名前に眉を寄せた。
そして、小さな声で「話したことないな」と呟いた。
どうやら、ミラはノエルと接触したことがないらしい。
未知なる存在に不信感を抱く彼女に、慌てて補足した。
「ノエルは私を心配して、声をかけてくれたの」
そう伝えると、ユイカがテーブルに片肘をついた。
「ガーネット生が? 怪しい。騙されるんじゃない?」
細められたユイカの黒い瞳は疑心で染まっていた。
「今ごろ、馬鹿にされて笑われてるかもよ」
ユイカは鼻で笑った。
それはどこか確信めいていて、もしかしたら彼女にはそんな経験があったのかもしれないと、私に思わせた。
迷いながらも、私は再び口を開いた。
「…その可能性はあるかもしれない。でも、信じてみたいと…思ってる」
ガーネット生はアメジスト生を馬鹿にする。それは固定概念のように刷り込まれている事実だ。
でも、確かに、アッシュ寮長は本を取ってくれたし、カイル副寮長はいじめを止めてくれたし、ノエルは調査を手伝ってくれた。
ガーネット生にもそういう人はいるんだと、彼ら自身が教えてくれた。
「へぇー…」
ユイカは目を細めたまま呟いた。
「ねぇ、その調査のために、今日は“ここ”に座ったんでしょ?」
その言葉に、硬直した。それだけではないけれど、図星でもあったからだ。
ユイカは笑みを深めた。
「アメジスト生って感じがして、私は好きだよ。その行動。ガーネット生と手を組んでるのだって、調査のためでしょ」
「…それだけじゃないよ」
「言い訳はいいよ。で、何を聞きたいの?」
私の言い分をバッサリと切り捨て、ユイカは続きを促した。
重くなった空気にミラが戸惑いを見せる。私とユイカを忙しなく見比べている。
そんな彼女に申し訳ない気持ちになりながらも、ユイカとの会話を続けた。
「アッシュ寮長について、何か知ってることはない?」
私の質問に、ユイカはぐるりと天井に視線を走らせた。
「品行方正って聞いた。それにあの容姿でしょ。アメジスト生にも、憧れてる女子生徒も多いよ」
ファンクラブがあるという噂は本当だったのか。
私は胸ポケットからメモ帳を取り出し、その情報を書き記した。
そんな私から視線を移し、ユイカはミラに尋ねた。
「ミラは何か知らない?」
「うーん、直接話したことないから…。カイル副寮長とよく一緒にいる印象」
「あぁ、あの二人、いつも一緒だよね。休日に攻撃魔法の練習してるのを見た。アッシュ寮長が亡くなって、一番悲しんでるのはカイル副寮長かもね」
休日に攻撃魔法の練習。アメジスト生も見れたということは、外の訓練場で行われていたのだろう。
それも書き記していった。
ペンを止めた後、私は顔を上げて、ユイカに尋ねた。
「攻撃魔法の練習って、決闘形式?」
「そう。二人とも、全部の攻撃魔法使えるから迫力あったよ」
ユイカの言葉に、思わず前のめりになった。
「カイル副寮長も攻撃魔法をすべて習得してるの?」
「してたね。魔力自体はアッシュ寮長の方が上だったけど、カイル副寮長は影の魔法使って存在感を消したりして上手く立ち回ってた」
そんな優秀な生徒が、ガーネット生には二人もいたのか。
驚く私に、ユイカは続けて補足した。
「私の印象は、アッシュ寮長は脳筋で、カイル副寮長は小賢しいって感じ」
それはどこか楽しげな声色だった。
ミラが「もう…」と小さく嘆いた。
「どう? 参考になった?」
「うん、ありがとう」
アッシュ寮長とカイル副寮長が、印象とは真逆の戦法を取るとは知らなかった。
新たな発見に素直にお礼を言うと、ユイカは笑い声を噛み殺した。
「私、エンネのこと気に入ったかも」
「へ?」
メモ帳から顔をあげ、間抜けな声をあげた。
すると、ユイカは目を細めて笑っていた。その姿はどこかキツネに似ていた。
「調査、頑張って」
ユイカはそう言うと再びカレーライスを食べ始めた。




