03:現場検証
「実はさ、エンネのこと、ちょっと前から気になってたんだよね」
隣を歩くノエルは不意にそんなことを言い出した。
「急にガーネット生の間で名前を聞くようになったかと思えば、悪口ばっかり。いじめっぽいこともされてるって風の噂で聞いて、勝手に心配してたんだ」
「それで、声をかけてくれたの?」
ノエルは私の問いに頷いた。
クセのついた金髪がふわりと揺れた。
「最初は机に顔を埋めて泣いてるのかと思ってたんだけど、ものすごい勢いで何か書いてたからびっくりしちゃった」
ケラケラと彼の笑い声が響く。
それはどんよりとした空気を遠ざけてくれるような心地の良いものだった。
「君を犯人だと思ってるのなんて、ほんの一部だけだからね! 俺も含めてほとんどの人たちは違うと思ってる」
「そうなの…?」
思い返してみれば、敵意や悪意を向けてくる人たちの顔ぶれはいつも同じだったように思う。
そんな私の記憶を肯定するように、ノエルは真剣な表情を浮かべた。
「言葉は悪いかもしれないけど、アッシュ寮長はエンネに負けるほど弱くない」
その言葉からは、私への気遣いではなくアッシュ寮長への敬愛を感じた。
慕われていたんだろう。憧れていたのかもしれない。
(だからこそ、真相を知りたいのかな)
ノエルが私を手伝う理由に納得がいき、改めて前を向いた。
鬱蒼とした森が私たちを迎えた。
「この先に泉があるの?」
「うん。十五分ぐらい歩くけど大丈夫?」
「大丈夫。日もまだ高いしね」
ノエルは空を見上げると太陽の位置を確認した。
ガラスのような結界の先で太陽が輝いていた。まだまだ高い位置にあり、すぐに沈みそうではなかった。
その光から身を隠すように、私たちは木々に覆われた小道に足を踏み入れた。
「エンネはよく泉に行くの?」
「うん。行く」
「一人でここを通るの危なくない?」
「そんなことないよ」
確かに道は凸凹している。
木の根で転びそうになることもあるし、伸びた草花で足に小さな傷ができることもある。
でも、獰猛な獣に出会ったことはなく、命の危機に面したこともなかった。
「エンネは、泉で何してるの?」
「本を読んでる」
「へぇー、本が好きなんだね」
「うん。好き」
私はチラリと後方にいるノエルに視線を向けた。彼は足元を気にしながらも、わずかに口角を上げていた。
もしかしたら、その表情が彼にとっての真顔なのかもしれない。そんなことを考えながら、自分からも話題を振ってみた。
「ノエルは…休日に何をしてるの?」
頭を振り絞って出てきた話題がそれだった。
もっと盛り上がる内容が見つかればよかったのだけれど、人との会話に慣れていない私にはなかなかに難しかった。
けれどノエルは嫌な顔せずに、元々上がっていた口角を更に上げた。同時に、彼の青い瞳が空から降り注ぐ光を白く反射させた。
「俺は友だちと遊んでる。体を動かすのが好きなんだ。エンネも今度一緒に遊ぼうよ!」
「う、うん。機会があれば…」
良かれと思って話題を振ったら、とんでもない約束をする羽目になってしまった。
場を盛り下げてしまうだろうし、仲良くできる気もしなくて、その日が来ないことを願いながら、私は再び前を見据えた。
強い風が駆け抜け、木々の葉を一斉に揺らした。
枝にしがみつけなくなった葉がハラハラと落ちてきた。
その中には赤く染まったものもあり、秋の訪れを感じた。
(…冬だったら、私がアッシュ寮長を見つけることはなかったかもしれないな)
流石に、その時期に外で読書をするほど無謀ではない。
(もし、そうだったら、アッシュ寮長は長期的に見つからなくて行方不明だったのかな)
ふうと小さく息を吐く。
まだ、息が白く染まることはなかった。
「エンネ、疲れちゃった?」
ため息を目敏く聞き取ったノエルが後ろから尋ねてきた。
それに苦笑いを浮かべて頷く。
「少しだけね」
本格的に息があがった頃、泉にたどり着いた。
泉に来たのは、アッシュ寮長を見つけた日以来だった。
ぱっと見では、あの日と何も変わっていないように思えた。
「アッシュ寮長は泉に?」
「うん。ちょうど真ん中辺り」
ノエルはぐるりと辺りを見渡した後、空を仰いだ。
その横顔を見上げて、尋ねる。
「…ノエルは、アッシュ寮長が誤って泉に落ちた可能性ってどのぐらいあると思う?」
再び胸ポケットからメモ帳を取り出し、ノエルの回答を待った。
彼はすぐに答えてくれた。
「俺は限りなくゼロに近いと思う。しっかりした人だったから。それに誤って落ちたとしても、助かる方法はいくらでもあるし」
「アッシュ寮長が泳げないって話、聞いたことある?」
「ないね。泳げなくても、水を操る魔法を使える人だからどうとでもなったんじゃないかな」
「アッシュ寮長は、火・水・風・植物の攻撃魔法をすべて使える人だったの?」
「うん。俺はそう聞いた」
アッシュ寮長は攻撃魔法をすべて習得していた。
新たに得たその情報を書き記していった。
そんな私を横目に、ノエルは補足する。
「サポート魔法も簡単なものなら使えてたらしいよ。浮遊魔法だけじゃなくて、光の魔法や影の魔法も」
「…それは、まごうことなく優秀だね」
ガーネット生でサポート魔法が三つも使えるという生徒は稀だ。
だいたいの生徒が一番簡単な浮遊魔法だけを習得して卒業する。
やはり寮長というのは飛び抜けているんだと、そんな素直な感想を抱いた。
「アッシュ寮長には縛られた跡があったって聞いたけど本当?」
ノエルの質問に、私は静かに頷いた。
「何によるものなのかはわからない。ロープかもしれないし、泉の周囲に生えている蔦なのかもしれない」
そう説明しながら、ぐるりと周囲を見渡した。泉の近くに生えている木には長い蔦がいくつも絡まっていた。
ノエルもそれを確認し、考えるように顎に手を当てた。
「ロープなら、誰でも使えるよね。蔦を使ったなら、ガーネット生に限られるのかも」
「アメジスト生の中にも、植物を操る魔法を使える生徒もいるにはいるよ」
脳裏を過ったのはアメジスト寮の寮長を務めているツバキ寮長の姿だった。
けれど、規律を重んじる彼女が、殺しに手を染める姿は想像がつかなかった。
もしそうならば、どうしても許せない何かがあったのかもしれないと思えるほどに。
「もし、ロープを使ったのなら、痕跡が落ちてるんじゃないかな」
ノエルはそんな言葉を呟き、泉の周りを歩き始めた。
それを手伝うために、私も続いた。
「ここってさ、獣は出ないの?」
「見たことない。それに、獣の仕業だったなら、アッシュ寮長にはもっと外傷があったはず」
「…そっか」
ノエルは肩を落とすと、小さく息を吐いた。
「じゃあ、やっぱり…アッシュ寮長は誰かに殺されたのかな」
その声色は淋しげだった。
受け入れたくないのだろう。それもそうだ。ツバキ寮長に同じことがあったら、私も同じような心境になるはず。
だから、ノエルの気持ちを察することはできた。
「…アッシュ寮長、優しげな人だったよね。一度だけ話したけど、図書室で本を取ってくれたよ」
「うん。俺も、勉強を教えてもらったりした。…恨まれることなんて、なさそうなのになぁ」
でも、彼は何者かに殺された。
もしかしたら、彼には、私たちの知らない一面があるのかもしれない。
それか ──。
「アッシュ寮長の代わりに寮長を務める人って誰になるの?」
彼という存在が邪魔だった人がいるのかもしれない。
ノエルは勢いよく振り返ると、青い瞳で私を凝視した。
「…カイル副寮長だね。今も、寮長代理として色々と対応してる」
唇を開いた彼は、一度言葉を飲み込んだ。けれど、私が求めていた回答をくれた。
その様子に不愉快な思いをさせてしまったことを自覚し、罪悪感が湧いてきた。
「でも、あの二人は仲がよかった。性格は違うけど、助け合ってるように俺は思えた」
「そうなんだ」
ノエルの意見を受け入れた。
それでも、疑いは完全には消えなかった。
寮長という肩書きは将来の進路に大きな影響を与える。兵士になる者の多いガーネット生の中では、寮長を務めた生徒だけが王に仕える権利を得られると聞く。
王に仕えることが悲願ならば、カイル副寮長が犯人の可能性もゼロではない。
でも、正直に言えば ──。
「私も、カイル副寮長は犯人じゃないと思ってる。おそらく、彼は正義感がある人だから」
カイル副寮長は、私に悪意を向けるガーネット生をたしなめてくれた。
よっぽどのことがない限り、卑劣なことをするようには思えなかった。
私の発言に、ノエルはほっと胸を撫で下ろした。そして、口角をあげると、再び足元に視線を注いだ。
「ロープらしきものは見つからないね」
泉の周りを一周してもロープの痕跡は見つからなかった。その事実を改めて言葉にし、ノエルを見上げた。
ノエルはそんな私を見つめ返して、口を開いた。
「うん。そもそも、近づいてロープで縛るって、かなり難しそうだよね」
「確かに。なら、やっぱり縛られた跡は蔦によるものなのかもしれない。魔法でなら、不意もつけるから」
ノエルの意見に同意し、メモ帳にペンを走らせた。
私は近くの木に歩み寄り、絡まっている蔦に触れた。
蔦はかなりしっかりしていて、私の力ではどんなに引っ張っても、傷をつけることはできなかった。
「ノエルもやってみて」
お願いすると、彼は素直に実行してくれた。
そして、蔦を引っ張ったり、千切ろうと奮闘した。けれど、蔦が切れることはなかった。
(アッシュ寮長はノエルよりも華奢に見えた。おそらく力も弱いだろう)
この周囲に生えている蔦を力技でどうにかできるようには思えなかった。
再びメモ帳を開き、ノエルに話を振った。
「火や風の魔法で蔦を切ることはできるかもしれないけど、火傷や切り傷は免れないよね?」
「そうだね。そんな跡はなかったんでしょ?」
「うん。なかった」
アッシュ寮長はこの蔦で拘束され、それを解くことができずに溺死した可能性が高い。
そんな文章を、メモ帳に書き出して、思わず眉を寄せた。
(…溺死は、苦しむ時間が長そう)
アッシュ寮長が眠らされていたり、気を失っていたりしたら、話は別になる。けれど、それなら拘束する理由がない。
おそらく、彼は生きたまま沈められたに違いない。
(犯人は、そこまでアッシュ寮長を恨んでいたのかな)
もしそうならば、その恨みは事前に行動としても、現れていてもおかしくなかった。
「ノエル、アッシュ寮長の人間関係を調べてみない?」
ノエルは蔦から顔をあげると、私と視線を合わせた。
「なんで?」
「アッシュ寮長を殺した人は、彼を相当恨んでいた可能性がある。なら、以前から悪口を言っていたとか、嫌がらせをしていたとか、そういった行動を取ってるんじゃないかな?」
「確かに。そうだね…」
冷たい風が吹き、ノエルは目を細めた。
彼の背後で、泉の水面にいくつもの小さな波が生まれた。
「俺は、ガーネット生たちから聞いてみるよ。エンネは、アメジスト生から聞いてくれる?」
ノエルの言葉に、ぐっと息を飲む。
正直に言って、嫌だった。人と関わることは苦手だし、自分から話しかけに行くのは億劫だ。
でも、その役割分担は当たり前だし、そんなことを言っていられる状態じゃなかった。
明日は何を壊され、どんな怪我が増えているかわからない。
「…わかった。聞いてみるよ」
意を決し、音を立ててメモ帳を閉じた。




