24:共闘
ルカさんの手から魔法の杖が吹き飛んだと同時に、彼女の魔力が籠もっていた蔦がぐったりと脱力した。
私は、その隙に僅かに自由になった手で魔法の杖を掴み取り、魔力を込めた。すると、ローブの中で薄紫色の光がこぼれ落ちた。
「“アンロック”!」
私の体を木に縛り付けていた蔦を無力化し、転びそうになりながらノエルの元に走った。
ノエルも、そんな私に駆け寄って、転びそうになった体を支えてくれた。
「ごめん! 気づくのが遅くなった!」
眉尻を下げ、ノエルは心配そうに私の顔を確認した。そして、気遣うようにそっと髪を払って、こめかみを確認した。
ルカさんに殴られたせいで、毛先が微かに触れただけでズキリと痛みが走った。おそらく腫れ上がっているのだろう。
ノエルは下唇を噛み締めたあと、ルカさんを睨みつけた。
「カイル副寮長、皆が探してますよ。山のように仕事が残ってるのに、放課後からずっと見つからないって」
ノエルはいつもよりも低い声で言った。
その話から、カイル副寮長もといルカさんが放課後からずっと行方をくらましていたことを知った。
「俺たちを監視してたんですか?」
ノエルの問いかけに、ルカさんは答えなかった。大きくため息をつくと、膝を曲げて、落ちた魔法の杖を拾った。
無防備にも、こちらに背を向けている。
私はその様子を注意深く観察しながら、ノエルに伝えた。
「ノエル、あれはカイル副寮長じゃないよ。カイル副寮長の中にいるもう一人の人格・ルカさん」
「ルカさん…?」
「彼女が、アッシュ寮長を殺した真犯人だよ」
ノエルに説明をしながら、私は杖に魔力を込めた。
いまだにルカさんはこちらに背を向けている。その無防備さが、私たちを油断させる作戦にしか見えなかったからだ。
そして、その予感は、彼女の持つ杖の先端に付けられたガーネットが輝いたことで的中した。
「“ウィンド”!」
「“シールド”!」
ルカさんが放った風を操る魔法を、私の防御魔法が防いだ。しかし、ちゃんと魔力を込めたはずなのに、そのたった一回で、透明な盾にヒビが入ってしまった。
同じ威力の攻撃をもう一度受けたら、おそらく壊れてしまうだろう。
(強い…!)
セインさんよりも、魔力を充填するのが早くて、なおかつ威力もある。
この強さこそ、副寮長という肩書を得た証拠だった。
しかし、私たちを仕留められなかったことで、ルカさんは顔を歪めた。
「あぁ、もう、何もかもが上手くいかない…!」
ルカさんは苛立ちを隠すことなく、声を震わせた。
「ずっと! ずっとだ!」
ルカさんが力強く腕を振り払ったため、彼女が身にまとっているローブが大きくはためいた。まるでカラスが羽ばたく瞬間のようだった。
「本来ならカイルが受けるべき痛みをずっと受けてきた! 女であることも隠してきた! 全部、全部、諦めて、受け入れて、たった一つ、欲しいと思ったものを手に入れて、何故責められなくてはいけない!?」
赤い瞳が、ギラリと鋭い光を宿した。それに射抜かれながらも、ノエルは気圧されることなく魔法の杖を構えた。
「アッシュ寮長はルカさんのものになってないと思いますよ」
「なんだと…!」
ノエルの言葉にルカさんは激怒した。
ルカさんは、カイル副寮長と比べても明らかに感情的だ。
(精神的に我慢することが多かった反動かな)
もしそうならば、今回の殺人も衝動的に起こしてしまった可能性も十分にあり得た。
その可能性を探るために、私は口を開いた。
「ルカさん、あなたがアッシュ寮長を泉に誘ったんですか?」
あくまでも話し合いをしようとする私に、ルカさんは怪訝そうな顔をした。
「…いいや。アッシュからだ。気分転換がてら話がしたいと言われたんだ」
それでも、彼女は教えてくれた。私は続けて質問をした。
「そこで、結婚の話を聞いたんですね?」
結婚という言葉を聞くやいなや、ルカさんは顔色を変えた。まるで呪いの言葉を囁かれたかのように。
「そうだ!“結婚式には来てほしい”…と笑顔で…!」
決定的だった。トリガーを引いたのはアッシュ寮長の方だ。
「それで、カッとなって衝動的に殺してしまったんですね」
私は眉間にシワを寄せ、代弁するように言葉を発した。
「ルカさん、本当はアッシュ寮長を殺したことを後悔してるんじゃないんですか…?」
ルカさんの赤い瞳がゆっくりと見開かれた。それと同時に、彼女の中の焦りや怒りが一時的に霞んでいくのがわかった。
今なら冷静に話し合えるかもしれない。私はそんな期待から言葉を選んだ。
「自首しませんか? 隠し続ける方が辛いはずです」
二人の歴史の長さはわからない。いつ出会って、いつ名前をもらったのかも。けれど、ルカさんにとってアッシュ寮長が唯一の理解者だということは伝わってきた。
そんな人がいなくなったら、私だったらとても寂しいと思う。自分がした過ちを後悔すると思う。
だからこそ、自分のものになったと、自分自身を誤魔化しているような気がしてならなかった。
「…自首?」
ルカさんが小さな声で呟いたすぐ後、カエルが飛び込んだのか、泉の水面が音を立てて跳ねた。
その音に過剰なほど肩を震わせ、ルカさんは泉に視線を注いだ。
水面に映り込んだ満月が小さな波に合わせて揺れている。まるでルカさんに語りかけるかのように、何かを思い出させるかのように。
「ダメだ…ダメだダメだダメだ!」
ルカさんは、魔法の杖を掴む手に血管が浮き上がるほどの力を込めた。
ガーネットがチカチカと点滅する。
「そんなことをしてしまったら、親に見放されてしまう!」
ルカさんはそう叫んで、頭を抱えた。月光に照らされたその横顔は青白く、恐怖に歪んでいた。
(厳格な両親なのかな…)
両親の話は、談話室で対話した時にも少しだけ登場した。
アッシュ寮長と比べられてよく叱られた、と聞いた。
(あの時は軽い口調で話していたけど、口調ほど軽い叱咤ではなかったとしたら…)
そもそも、二重人格自体が、強いストレスなどから自分を守るために起こる症状だ。
ルカさんが生まれた原因が、彼女たちの両親である可能性は十分にあった。
「私は自首しない! 隠し切る! そのためにお前たちを消す!」
十分な魔力が込められたガーネットが強い光を放った。辺り一面を真っ赤に染め上げるほどの。
ゾワリ、と背筋が震え、私も慌てて杖に魔力を込めた。
カイル副寮長はすべての攻撃魔法が使える。おそらく、ルカさんになってもそれは変わらない。
火、水、風、植物。どれが来ても、あれほどの魔力が込められた攻撃を防ぐのは難しい。そう考えて、私は影の魔法を選択した。
「“シャドウ”!」
冷静さに欠けた彼女のコントロール力が下がるのを願って。
私とノエルの存在感が薄くなった。それと同時にノエルが、私の腕を強く引っ張った。
「“ウィンド”!」
私たちが森の中に身を隠したのと、一陣の風が通り過ぎたのはほとんど同じタイミングだった。
とてつもなく強い風だった。それを物語るかのように、先ほどまで私たちがいた場所のすぐ後ろに立っていた大木が地響きを立ててゆっくりと倒れていった。
「どこに行った!?」
大木が倒れた拍子に発生した土煙によって私たちを完全に見失ったらしく、ルカさんが叫んだ。
そして、見晴らしをよくするためか、風の魔法を何度も使用して、周囲の大木を切り倒していった。
「エンネ、どうする?」
私たちは小さく丸まって、話し合った。
大木が倒れる音で、私たちはうまい具合に身を潜めることができていた。影の魔法もまだ解けていない。
けれど、いつまでもこの状態を保てるとは限らなかった。
私は意を決して、ノエルを見上げた。
「ノエル、共闘しよう」
「でも、俺たちが勝てる相手じゃないよ」
声量を小さく保ちながらも、ノエルの声は焦りに満ちていた。
ノエルが言っていることは正論だ。協力したとしても、私たちが敵う相手ではない。それは、私にもわかっていた。
「勝たなくていい。耐え続けるんだ」
「耐える?」
「そう」
私はノエルを落ち着かせるためにも、彼の青い瞳を真っすぐに覗き込んだ。
正直、心臓が口から飛び出そうなほど暴れている。杖を掴む指先も震えている。
それでも、それを飲み込んで、必死に冷静さを装った。
「私とノエル、それにカイル副寮長が寮に帰ってきていない状態で、この騒音。きっと、いつか、誰かが気づいてくれる」
探してくれるという確証はない。一番近いアメジスト寮からもそれなりに離れている。
けれど、勝てる見込みがない以上、誰かが助けに来るのを待つしかなかった。
「私がサポートする。だから ──」
「わかった。俺が前に出て攻撃する。少しでもルカさんを消耗させよう」
私の中の僅かな不安をかき消すかのように、ノエルは力強く頷いてくれた。
それに、私はやっと呼吸が落ち着いていくのを感じた。




