23:もう一つの
(影の魔法を使って、私の背後をとったんだ)
落ち着いて周囲を観察すると、泉にいることに気がついた。
私の憩いの場であり、アッシュ寮長の事件現場。
そこで、魔力が宿った蔦によって木に拘束されている。
(アッシュ寮長も、こうやって…)
そんなことを考えてしまうほどに、目の前にいる人物が恐ろしかった。
「あなたの…名前はなんですか?」
私がそう尋ねると、カイル副寮長の姿をした人物は笑みを崩すことなく小首を傾げた。
「あなたは、カイル副寮長じゃないですよね」
自分の考えを確定させるために確認を取ると、高らかな笑い声が響いた。
それは楽しそうに夜空を駆け抜け、静まり返っていた森に混乱を招いた。
危機を感じたのか、数羽の鳥が逃げるように飛び立っていった。
「なるほど、そういう解釈をしたのか」
目の前の人物は目を細めると、指先でローブを掴み、ドレスの裾を持ち上げるような仕草と共に頭を下げた。
「“ルカ”と名乗っている。アッシュにつけてもらった名だ」
あぁ、やっぱり女性なんだ。
短い時間の中で私はそう確信した。
「一つ、聞きたい。男として振る舞っているだけだと解釈することもできたのに、何故、二重人格だと解釈した?」
ローブを離し、ルカさんは改めて魔法の杖を持ち直した。そして、先端を私に向けた。
月光に照らされてガーネットが光り輝く。
質問ではなく、脅しだと感じた。
「カイル副寮長は、アッシュさんをただの幼馴染として認識しているように感じました。けれど、アッシュ寮長に恋をしているようだと証言している人もいました」
「ほぅ…。だから、そうだと?」
「それだけではありません。カイル副寮長は、アッシュ寮長が他殺された説を知りませんでした。まるで少しの間、学院を休んでいたみたいに。それにも違和感を覚えました」
「なるほど。よく見ている…というよりも、よく嗅ぎ回ったものだ」
のんびりとした声色が紡いだ言葉は、どこか不快さを表すものだった。
私は緊張感から、喉がカラカラに渇いていくのを感じた。
「けれど、何故だろうなぁ。嗅ぎ回られて不快であるはずなのに、胸が躍っている。誰かに見つけてもらうのは、アッシュぶりだからかもしれない」
ルカさんは、私に向けていた魔法の杖を引き寄せ、自分の胸元をトントンっと軽く叩いた。
ゆっくりと彼女を観察する。確かに、頬が上気しているように感じた。
「察しの通り、カイルと私は、一つの体で共存している。入れ替わるタイミングはあらかた決まっている。カイルが逃げたくなった時と、私の我が強く出た時だ」
「それは、例えばどんな場面なんですか…?」
恐る恐る尋ねると、ルカさんは笑い声を噛み殺した。
呆れているのか、面白がっているのかはわからない。それでも、答えてくれた。
「親に酷く叱られた時、精神的に追い詰められた時、弱いカイルは眠ってしまう。その間は私がこの体を操作している」
「つまり、アッシュ寮長が亡くなった時、あまりのショックで、カイル副寮長は眠ってしまった…ということですか?」
「あぁ、そうだ。しばらくは私がこの体を操作していた。カイルはアッシュを愛してはいなかったが、幼馴染ではあったからな。何より、アッシュの死を防げなかったことに罪悪感を抱いていた」
ルカさんは、小さく鼻で笑った。
カイル副寮長を見下したような態度だと思った。けれど、眼差しは柔らかく、慈愛に満ちていた。
それだけで、ルカさんがカイル副寮長を全くの別人として認識していることが伝わってきた。
「私は、カイルがこの体を操作している時も起きているが、カイルは、私が操作している時は眠っている。日記を書いたりして記憶を引き継いではいるが、上手く共有されないこともある」
ルカさんは背中で手を合わせ、くるりと回転して、私に背を向けた。
ローブがふわりと広がり、立ち方も相まって、その後ろ姿は女性にしか見えなかった。
「アッシュ寮長と女性が一緒にいる時は、ルカさんが前に出てました…よね?」
「あぁ、そうだ。お前にもパートナーがいるからわかるだろ? 愛しい男を他に取られたくない、この気持ちが」
顔を半分だけこちらに向け、ルカさんは意地悪をする子どものように笑った。
自分の顔が熱くなっていき、赤面していることに気がついた。
「わ、私たちはそういうのじゃないです…!」
「そうなのか。つまらない」
ルカさんはまた笑い声を響かせると、夜空に浮かぶ満月を見上げた。
首筋を覆う短い襟足とローブが、風に吹かれてゆらゆらと揺れた。
「 ── 誰かと恋愛話というものをしてみたかったのだがなぁ」
ポツリと呟かれた言葉は寂しそうだった。
けれど、魔法の杖を持ち直し、改めて私と向き合ったルカさんはそんな空気を一変させた。
「さて、お前への慈悲はここまでにしよう」
目を細め、口角を上げ、ルカさんは睨みつけるように私を見つめた。
「今すぐこの学院から出ていくか、死ぬか、どちらを選ぶ?」
魔法の杖の先端につけられたガーネットが光を灯し始めた。
魔力が込められ始めた証拠だった。
「ま、待ってください…! 脅される理由がわかりません!」
確かにカイル副寮長を不審だと思っていた。けれど、まだ事件の真犯人だとは断定してはいなかった。
「事件を追う私を消したいのは、あなたがアッシュ寮長を殺したからですか!?」
私の声が荒々しく響いた。
ガーネットがチカチカと点滅する。まるでルカさんの戸惑いを表しているようだった。
「あれだけの情報を集めて、まだ結論を出せていないのか?」
ルカさんは肩を落とすと、目を細めた。
影を帯びた瞳は落胆の色に染まっていた。
「どうやら過剰に評価してしまったみたいだな。実に残念だ」
ルカさんが首を振ると、短くて赤い髪がゆらゆらと揺れた。
「けれど、それも時間の問題だろう。現にカイルは、お前たちの追求のせいで真実に気がつき、眠りについてしまった」
ルカさんは眉間にシワを寄せ、私を睨みつけた。
「あの日からカイルは目を覚まそうとしない。お前たちのせいだ」
気がついた。眠った。私たちのせい。
ルカさんの発する言葉を注意深く拾い続けた。
(ルカさんの言い分から、アッシュ寮長を殺したのはルカさんだと断言してもいい。でも、おそらくカイル副寮長は知らなかった。ルカさんがあえて共有しなかった。でも、私たちが色々と尋ねた時に気づいてしまったんだ。 ── 自分の中にいるもう一つの人格が幼馴染を殺したんだ、と)
気がついた時、カイル副寮長は何を思い、何を感じたのだろう。
罪悪感か、喪失感か。コントロールできないもう一つの人格に対する恐怖か。
どちらにせよ、眠ってしまったカイル副寮長には耐えられないものだったのだろう。
「な、なんで…。愛してたんですよね?」
愛は、その人の幸せを願える気持ちだと思っていた。今まで読んできた本はそう教えてくれた。
ルカさんはアッシュ寮長を愛していると言ってる。なら、どうして。
どうして、愛する者の未来を奪えるのだろうか。
「私というものがありながら、卒業してすぐに婚約者と籍を入れると言ったんだ!!」
地面を勢いよく踏みつけると同時にルカさんは叫んだ。まるで抑え込んでいた感情を爆発させたかのような声量に、私は目を見開いた。
「婚約者がいたのは知っていたさ! けれど、散々つまらない女だと馬鹿にしていたのに! 私といる方がよっぽど楽しいと、あんなに…!」
赤い瞳から一粒の涙がこぼれ落ちていくのが見えた。
燃え上がるような恋をしたことがないから、ルカさんの気持ちをきちんと理解することはできない。けれど、彼女が裏切られたと感じたことは理解できた。
「嫌々な結婚なら、私が婚約者を殺してくるとまで言ったのに! それなのに、アッシュは…!」
ルカさんはぐっと眉間に力を入れると、その先の言葉を飲み込んだ。
予想でしかないが、アッシュ寮長はルカさんを止めたのだろう。それが婚約者を思ってなのか、ルカさんを思ってなのかは、私にはわからなかった。
「それで、蔦で拘束して、泉に…?」
背中が冷たくなるのを感じながら、私は無意識に尋ねていた。
「誰かのものになってしまうなら、誰にも渡したくない。お前にはわからない気持ちだろうな」
瞳を涙で滲ませながら、ルカさんは笑った。何も期待していない、色んなものを諦めた、乾いた笑顔だった。
その時だ。ほんの一瞬、森の中で異質な風が生まれた。
「“ウィンド”!」
聞き覚えのある声が響くと同時に鋭い風がルカさんに向かって、空気を切り裂いた。
風は、ルカさんの持っていた魔法の杖に当たり、吹き飛ばした。
クルクルクル、とガーネットが弧を描き、足元に落ちていった。
「カイル副寮長が大声出してくれたおかげでたどり着けましたよ」
呆気に取られながらも、声がした方に顔を向けた。
魔法の杖を構えるノエルが立っていた。




