22:襲撃
事件の真相を知ってどうするのか。
そう聞かれて、頭の中が真っ白になってしまった。
当初は、自分に対するいじめをなくすことを目的としていた。けれど、ツバキ寮長の後ろ盾や、セインさんとの決闘を経て、私に対するいじめはほとんどなくなったと言える状況になっていた。
もちろん、まだ私のことを馬鹿にする生徒はいて、敵視する生徒もいる。けれど、これはなくすことができない存在だとも感じていた。
私の生活はずいぶんと好転した。でも、私はまだノエルと共に事件を追っている。
( ── 何のために?)
私はその問いに、すぐに答えることができなかった。
今、私たちはカイル副寮長について調べている。そして彼が周囲に開示していないであろうプライベートに踏み込もうとしている。
その理由は、彼がアッシュ寮長の事件に大きく関与している気がしているからだ。
「私は…事件の第一発見者だったので、そのせいで本当は加害者なんじゃないかと嫌がらせを受けました」
視線を斜め下に落とし、私はポツリポツリと話し始めた。
「その嫌がらせをなくすために調べ始めて、ノエルも手伝ってくれました。でも、ツバキ寮長と一緒に行動したり、セインさんと決闘したりして、私に対する嫌がらせはほとんどなくなりました」
黙って聞いていたマティスさんが、「うん」と静かに相槌を打った。短い音だったのに、私に同情しているように聞こえた。
「…ごめんなさい。質問の回答を、私は持ってないです」
なぜ、私はまだ事件を追っているのだろうか。こんなにも執着しているのだろうか。
私の目的はもう達しているはずなのに。
「謝らなくていいわ。エンネは、私に何も悪いことをしていないし」
思わず顔を上げると、マティスさんは眉尻を下げて、心配そうにこちらを見つめていた。
「私はエンネを止める気はないけれど、これ以上首を突っ込むべきではないとも思ってるわ。それは、あなたのことを心配しているからよ」
「心配…」
「そうよ。今日、話をして、あなたのことを好きになったから」
好き。その言葉に、視界がほんの少し明るくなった気がした。
「危ないことはしないでほしい。友人にそう思うのは普通のことでしょ?」
マティスさんは口角をあげて、どことなく寂しそうに笑った。
「今後も事件を追いかけるかどうか、改めてちゃんと考えてみたらどうかしら?」
マティスさんがそう言うと、目の端でノエルが私の顔色を窺った。
ノエルもきっと困惑していて、不安を抱えている。
私は眉間にシワを寄せ、「はい」と重々しく答えた。
「…私は寮に帰るわ」
音もなく静かに立ち上がり、マティスさんは真っすぐに私を見つめた。
黒い瞳は柔らかい光を宿していて、とても心地よかった。
「また、話をしましょう」
「はい。ぜひ」
私が笑みを浮かべると、マティスさんは肩の力を抜いた。そして、ノエルにも軽く頭を下げて、談話室から出ていった。
気がつくと、日はだいぶ沈んでいた。カーテンが閉じられていない窓には薄暗い空が広がっていた。
「エンネ、どうする?」
沈黙の後、ノエルが尋ねてきた。
相変わらず心配そうな顔をしていた。
「俺は真相を知りたいと思ってる。エンネのためっていうよりも、自分の好奇心で。でも、エンネがもういいなら、俺も手を引くよ」
ノエルは選択権を私に委ねた。
私もここまで調べたのだから真相を知りたいというのが本音だ。けれど、その好奇心を満たすために、カイル副寮長を不愉快にさせるのはまた違うような気がした。
カイル副寮長は怪しい。怪しいけれど真犯人だという証拠はまだない。
調べて、調べて、真犯人は別にいて、ただただカイル副寮長に害を加える結果になってしまったら ──。
「…少し、考えてもいい?」
私がそうお願いすると、ノエルは小首を傾げて微笑んだ。
「もちろんだよ! ゆっくり考えよう」
そして、私たちは休戦することにした。
ノエルと別れて寮に向かう間に、太陽は完全に沈んでしまった。
事件が起こり、ノエルと出会ったのは十月のこと。あの頃はまだ秋だったのに、もう冬の姿がちらつくようになっていた。
(もう一ヶ月近く経ったのか)
とても目まぐるしい日々だった。
たくさんの人と出会い、話をし、心を通わせ、疑ってきた。ジェムルート魔術学院で過ごしてきたこれまでの三年間は一体なんだったのかと思えるぐらいのイベント量だった。
(友だちに師匠、それにパートナー)
何も持っていなかった私がそれだけのものを手にすることができた。
それだけでもこの一ヶ月は意味があるものだったと思えた。
(真犯人を見つけてどうする?)
私は自分自身に問いかけた。
(警察に突き出す? 学院側が隠蔽したがってるのに、そんなことできるのかな)
そもそも、自力では警察を呼べない。
クロガネさんとフェンナさんなら協力してくれるかもしれないが、連絡を取ること自体が困難だった。
(皆の前で白状させる?)
その行為に意味があるのかがわからないし、そんな私刑のようなことをするのは気が引けた。
それは私をいじめてきた人たちと同類になってしまうから。
(でも、本当に真犯人がいるのなら、見つけた方がいいに決まっている)
誰かを殺したのに裁かれることなくのうのうと生きてしまったら、あまりにも被害者が報われない。
(…まとまらない。よくわからなくなってきた)
暗闇の中で、ほんのりと輝くアメジスト寮を見上げて、私は小さくため息をついた。
その時だった。背後で小さな風が起こり、僅かにだが物音がした。
「 ── アメジスト生ってのろまだなぁ」
鼓膜を揺らした声は低く冷たく、私を嘲笑うかのように弾んでいた。
ドンッと大きく視界が揺れたと同時にぼやけて、傾いていく。
(殴…られ…た)
そう理解した時にはもう意識を手放していた。
ズキズキとこめかみが痛み、その痛みが私の意識を浮上させた。小さく呻き、重いまぶたを持ち上げた。
まだ体が痺れていて上手く動かない。
そんな私の視界に映ったのは、自分の体を木にくくりつけて拘束する蔦の姿だった。
「けっこう調べているな。気持ち悪い」
また声が聞こえてきた。低くて冷たいのに、どこか楽しそうに弾んだ声だ。
カイル副寮長の声に、よく似ていた。
無意識に低い声が唇からこぼれ落ち、私はなんとか顔を上げた。すると、赤い瞳と視線が重なった。
「起きてしまったか。まぁ、あのまま寝続けてたら本物のマヌケだからな」
満月が浮かぶ夜空を背負って、カイル副寮長は赤い瞳を細めて笑った。
逆光を浴びて、顔に影がかかっている。それなのに、赤い瞳は不気味な存在感を発していた。
「カイル…副寮長?」
名前を呼ぶと、彼は口角を上げた。けれど、答えてはくれなかった。
何がなんだかわからない。自分に何が起きたのかもわからない。
混乱していると、彼は足を踏み直した。両足の踵を揃え、まるで女優やモデルのような佇まいだった。
ふと彼の手元に見覚えのあるメモ帳が握られていることに気がついた。それは私が常に胸ポケットに入れていたメモ帳だった。
中には、アッシュ寮長の事件を追って得た情報がズラリと並んでいる。
それを見られたのだとわかり、血の気が引いていった。
(隠蔽しに来た? 私を黙らせに来た?)
焦りながらも状況を理解し始めた私に、カイル副寮長は笑みを深めた。
「本当に理解力だけは高い。私のことを探らなければ、良い魔法使いになれたかもしれないのに。好奇心は猫を殺す、とはよく言ったものだ」
“私”。その一人称に違和感を抱き、私は再び彼を見つめた。
(カイル副寮長の一人称は“俺”のはず)
その違和感が、ここまで集めてきた情報を急速に繋ぎ合わせ、そして一つの結論を導き出した。
(ここにいるのは紳士的なカイル副寮長じゃない)
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
(アッシュ寮長に恋をしているもう一人の人格だ)




