19:秘め事
防護服からいつもの制服とローブに着替え、集合場所である談話室に向かった。
まだほんのりと体が熱いのは、決闘の余韻が残っているから。
談話室に向かう途中、たびたび声をかけられた。それは今まで話したことのない顔ぶればかりで、後輩だったり、先輩だったりと立場は様々だ。けれど口にする内容は皆同じで、セインさんとの決闘の感想だった。
キラキラとした瞳で簡潔な言葉で感動を伝えてくれたり、少しだけ高揚した様子で良かった場面を具体的に話してくれる生徒もいた。
どちらに対しても戸惑いを隠し切ることができず、居心地の悪さを覚えながら対応し、逃げるように離れること数回。
存在感を高めることがここ最近の目的だったけれど、注目されることの心構えがまだできていなかった自分の浅はかさを恥じた。
談話室がある校舎の隅は、妙な静けさに包まれていた。
(カイル副寮長と来た時も人気がなかった)
そんなことを思い出しながら、談話室へと続くドアを開けた。
途端、淡い夕日が視界を覆った。カーテンが明け放たれた窓から赤い光が差し込んでいた。
雨が降っていた前回と違い、談話室には温かい空気が流れている。
その中央、テーブルを囲うように置かれたソファにノエルとセインさんが向き合うように座っていた。
「あ、エンネ!」
私に気がついたノエルが顔を綻ばせ、ポンポンっと隣を叩いた。
どうやら、そこに座れと言いたいらしい。
私は笑みを浮かべて、彼へと歩み寄った。
「ずいぶんと時間がかかってたけど、エンネも色んな人に声かけられたの?」
「うん。色んな感想をもらった。二人も?」
ノエルの質問に頷きを返し、質問し返す。ノエルはすぐに首を横に振った。
「俺は戦ってないからされてないよ。でも、セインさんは掴まってたね」
ノエルがニシシッと笑うと、セインさんは気まずそうに眉間にシワを寄せた。
少しだけ頬が赤いのは、夕日のせいだけではないだろう。
きっと、彼も、私と同じように周囲の変化に喜びながらも戸惑っている。
「…世界って、こんな急激に変わったりするんだな」
ポツリ、と呟いたセインさんの言葉に私は深く頷いた。すると、ノエルがきょとんと目を丸くした。
「何言ってるんですか! セインさんとエンネが魔法の特訓を投げ出さずに努力し続けた結果ですよ」
今度は私たちが目を見開く番だった。
「やっと世間の評価が追いついただけなんだと俺は思いますよ!」
ノエルは満面の笑みを浮かべてそう言った。
明るく、軽やかな言葉だった。きっとノエルに励ますつもりなんて微塵もなく、思ったことをそのまま伝えたにすぎないのだろう。
だからこそ、努力が報われた気がした。チラリとセインさんを盗み見て、彼もまた同じ気持ちなんだろうと思った。
「…とりあえず、本題に入ろう」
照れ隠しをするように、話題を変えたセインさんに頷きを返して、視線を集めた。
談話室はいまだに温かい。けれど、自然と静寂に包まれ、緊張感が走った。
そんな空気の中、私は慣れた仕草でメモ帳とペンを取り出した。
「アッシュのこと、あと…カイルのことについて何か知っていたら教えてほしいって話だったね」
セインさんはノエルを見つめて、確認した。
どうやら事前にカイル副寮長の話も聞きたいということを伝えてくれていたらしい。
ノエルに心の中で感謝しながら、頷く彼の横顔を眺めた。
「前回、“やっと時間がとれるようになった”と言ってましたけど、アッシュ寮長と何か関係があるんですか?」
ノエルの質問にセインさんは斜め下に視線を落とした。
影を帯びた瞳が、彼を儚げに見せた。
「この話は、僕自身にも罰則があるかもしれないから他言しないでほしいんだけど、アッシュの提出物や課題をやっていたのは僕なんだ」
セインさんは小さな声でポツリと語ってくれた。
「僕が、五年生の中でも落ちこぼれなのは話したよね。そんな僕に、アッシュが提案してきたんだ。“提出物や課題を代わりにやってくれたら就職先を斡旋する”って」
「それは…いつからの話ですか?」
私は驚きを隠し切ることができないまま、質問した。
「三年生になった頃だよ」
それはつまり、二年近く、セインさんがアッシュさんの課題や提出物を代行していたことになる。
あまりにも長い期間だった。
思わず押し黙った私とノエルに、セインさんは苦笑いを浮かべた。
「そんな提案を受け入れるなんて馬鹿だと思うだろ? でも、当時は自分に就職先は見つからないと本気で思っていたんだ。一般家庭出身で、コネもなく、落ちこぼれの自分になんて。だから、アッシュの提案を受け入れてしまった。アッシュは家柄がよく、コネもあるから、本当に斡旋してくれると信じて」
セインさんはそう語りながら、太ももに乗せた両手を拳に変えた。
「大変だった。座学ぐらいはと頑張っていたからそこは大丈夫だったんだけど、自分の課題と内容が被ってはいけないし、文字も同じじゃいけない。アッシュの優等生という肩書を壊してもいけないから、自分の課題でわざと間違った回答を書いたりしてね…」
二人分の課題をこなしていた。
アッシュ寮長が亡くなったことで、その作業から解放されたのであれば、セインさんに時間の余裕が生まれたのも納得ができる内容だった。
「何度もアッシュの言葉を疑った。斡旋するなんて嘘で、良いように使われてるのかもしれないって。それでも、一縷の望みだった。送り出してくれた親をガッカリさせないための。正直、今も解放感を感じながらも、焦りを感じている。就職先を斡旋してくれるツテがなくなっちゃったからね」
セインさんはゆっくりと視線をあげ、私とノエルを見つめた。
ガラス玉のような透き通った眼差しだった。
「君たちは、僕がアッシュを殺したかもしれないって思ってるんだろ?」
淡々とした声に、私もノエルも否定することはできなかった。
セインさんは再び苦笑いを浮かべた。
「…僕じゃない。僕にできるわけがないんだ。アッシュに捧げた二年を自分で無駄にする勇気も度胸もないから」
セインさんは、アッシュさんへの殺意を否定した。
感情面だけでいったら、彼には十分動機があったように感じた。けれど、否定した彼の言葉から嘘を感じることはなかった。
おそらく、本当にやっていないんだろうと私は思った。
「その言葉を信じたいと思います」
私がそう伝えると、セインさんはほっとしたように肩の力を抜いた。
「えっと、次はカイルのことについてだったね」
セインさんは少しだけ疲労感を見せながらも、話を続けてくれた。
「僕はカイルとも、もちろん仲は良くなかった。アッシュの取り巻きだったからね」
「カイル副寮長は、課題を代行していたことは知ってたんですか?」
私が質問をすると、セインさんはぐるりと視線を斜め上に向けた。
「どうだろう。はっきりとはわからないけれど、知ってたんじゃないかな」
断言はできないらしい。
私はペンを走らせて、書き記していった。
「セインさんは、カイル副寮長に違和感を覚えたりしませんでしたか?」
「違和感? それは例えば、どんなの?」
ノエルが質問をすると、いまいちピンっとこなかったのか、セインさんが質問をし返した。
それに若干の迷いを覚えたのか、ノエルは珍しく拙い口調で答えた。
「例えば、二面性がある…とか。アッシュ寮長との関係とか」
セインさんは、考えるように顎に手を添えた。
「二面性か…。カイルに二面性があるとは感じなかった。でも、完璧な優等生と言われてたアッシュだって裏でズルをしていたんだから、なくはないのかもしれない」
カイル副寮長に感じた違和感を初めて肯定してもらえたからか、ノエルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
セインさんは話を続けた。
「関係性も、よくある幼馴染に思えたよ」
「そうなんですか…」
「………」
ノエルは落胆を見せながらも相槌を打つと、セインさんはそのまま考え込んでしまった。
伏し目がちな瞳を眺めること数秒。彼は思い出したように顔を上げた。
「今の今まで忘れてたんだけど、カイルの人格を非難してる子がいた。同級生のマティスなんだけど」
マティス。マティス・イグナート。
それはこれまでの調査で何度か登場した名前だった。
思わずペンを握りしめた私を横目に、セインさんは記憶を掘り起こしながらゆっくりと教えてくれた。
「事の発端は忘れちゃったけど、彼女、アッシュと揉めたんだよ。それなのに何故かカイルの人格を非難し始めた。なんて言ってたかな…。うーん、それも覚えてないな。数年前の話だよ」
カイル副寮長も、アッシュ寮長とマティスさんが揉めていた事は話していた。けれど、自分が非難されていることは話していなかった。
取るに足らないことだと思ったのか、不利な内容だと思って隠したのか、そもそもその事実を把握してなかったのか。
マティスさんと話す必要がある。
おそらく同じことを考えたであろうノエルと頷きあった。
そんな私たちにセインさんは苦言を呈した。
「彼女に話を聞くつもりなの?」
まさか止められると思っていなかった私たちがそれぞれ目を丸くすると、セインさんは眉間にシワを寄せた。
「人のことを言える立場じゃないけど、彼女もかなり偏屈なんだ。誰かと行動を共にしているのを見たことがない。まぁ、僕らの代での唯一の女子生徒っていうのもあるんだけどね」
唯一の女子生徒。それはアッシュ寮長と揉めたという事実がなくても、孤立してしまいそうだと、私は同情した。
「いや、もしかしたら…彼女も本当は話を聞いてくれる人を欲しているのかもしれない」
ふと、セインさんは憂いを帯びた表情を見せて、呟いた。
「マティスと話したいなら、きっとすぐに見つかる。彼女はとても目立つ容姿をしているからね」
セインさんは顔を上げ、眉尻を下げた。
「いい? 絶対に、マティスの容姿に言及しちゃダメだよ」
心配そうな顔をしたセインさんの瞳は、けれど強い光を放っていた。
それは警告を思わせる色をまとっていた。
「言及したら最後、彼女は決して心を開いてくれない」




