18:決闘
「ねぇ、本当に大丈夫?」
セインさんに決闘を申し込んでから五日後。防護服を身に着けた私にノエルが心配そうに尋ねてきた。
眉尻を下げ、濡れたゴールデンレトリバーのような彼に私は笑いかける。
「うん。一応作戦は立ててきたから」
「でも、怪我とか…」
「それは…うん、多少はしょうがないよ」
私はそう返して、数メートル先にいるセインさんを見つめた。
彼もまた防護服を身にまとい、利き手には杖を持っていた。杖の先端にはガーネットが埋め込まれていて、彼がまごうことなくガーネット生であることを示していた。
「そもそも、なんで決闘なんてしようと思ったの?」
私はノエルを一瞥した。
「自信を取り戻してほしかったから、かな」
「え、それって…」
ノエルが言葉を続けようとした時、それを遮るようにツバキ寮長の声が響いた。
「そろそろ始めましょう」
訓練場の中央に、いつものローブを身にまとったツバキ寮長が立っている。
相変わらずしゃんと伸びた背筋に、それに沿って流れる黒髪が圧倒的な存在感を放っていた。
訓練場の中には、ツバキ寮長とノエル、そしてセインさんと私しかいない。しかし、訓練場の外はとても賑やかだった。
どこからか聞きつけたのか、それともたまたま見かけて興味を持ったのか。多くの生徒が観客となり、訓練場を囲んでいる。
時たま、小馬鹿にするような野次も届いた。自称・落ちこぼれのセインさんと、後輩でありアメジスト生であり今もっとも動向を注目されているであろう私の決闘だからだろう。
派手で見応えのある展開は望めない。それでも、立ち去ろうとする生徒は誰もいなかった。
(…皆、娯楽に飢えているんだなぁ)
少数精鋭で、寮という閉鎖空間に何年も閉じ込められているのだから無理もない。
私でも、遠くから眺めるぐらいはしてしまいそうだった。
(きっと、セインさんを馬鹿にする人も、私をいじめる人も、退屈なんだ)
私はそんな確信を得て、セインさんと向き合った。
「両者、準備はよろしいですか?」
ツバキ寮長が、私とセインさんを交互に見つめて確認した。
私たちは二人とも、迷いなく頷いた。
「改めて決闘のルールを確認します。セインさんが魔法を放ち、エンネさんがそれを防ぐ。制限時間は十分です。エンネさんがダウンしたらセインさんの勝ち。エンネさんが最後まで立ち続けていたら、エンネさんの勝ちです」
ツバキ寮長のよく通る声が決闘のルールを説明すると、観客たちは自然と静まり返った。
風の音が聞こえるぐらいの静寂が辺りを包み込んでいる。
私は小さく息を吐き、杖を構えた。
少しだけ緊張している。けれど、パニックになるほどではない。それはきっと、決闘の結末を既に知っているから。
足を広げ、重心を低くした時、ツバキ寮長の声が鼓膜を揺らした。
「それでは、始め!」
決闘開始の合図と共にセインさんが杖を高く持ち上げた。
彼の杖に周囲の空気が吸い込まれ、つむじ風が生まれた。先端に付けられたガーネットに光が灯り始め、魔力が込められていくのがわかった。
「すぐに終わらせる」
眉間にシワを寄せて、こちらを睨みつけるセインさんから目を逸らさず、私も杖に魔力を込めた。
先に魔法を放ったのは、簡単な魔法を選択した私だった。
「“シャドウ”!」
私の杖に付けられたアメジストが光り輝き、魔法を放った。途端、私の存在が虚ろになった。
それに目を見開きながら、影の魔法が発動する直前に私がいた場所に向かって、セインさんは魔法を打った。
「“ウィンド”!」
鋭い風が、体スレスレを通り過ぎていった。
もし当たっていたら、押されて、転んでいただろう。
(セインさん、思ってたよりずっとコントロールが良い)
影の魔法で存在を虚ろにしたのに、大きく外すことはなかった。むしろ、ほとんどとらえていたと言っても過言ではない。
運動神経が悪いと聞いていたから、コントロールも悪いと思っていたのだが、予想が外れてしまった。
(体力面や俊敏さのことだったのかな)
そう考察しながら、私は再び杖を構えた。けれど、ローブが大きくはためいたせいで影の魔法が解けてしまった。
セインさんはしっかりと私を見つめて、次の魔法を放った。
「草の根よ、彼女を捕らえよ!“プラント”!」
ガーネットが光り輝くと、足元の地面がせり上がり、地中に埋まっていた草の根が飛び出してきた。そして、その草の根は私の足首に絡みつき、拘束した。
突然のことに体のバランスを崩しかけるも、歯を食いしばって耐えた。
(解除の魔法を、いや、違う!)
草の根を除去するのは後でいい。
目の端で、再び赤い光がちらついた。続け様に魔法を放とうとするセインさんに対抗すべく、私も杖に魔力を込めた。
「“ウィンド”!」
「“シールド”!」
私の前に透明な盾が現れ、風を防いでくれた。
けれど、十分な魔力を充填する前に発動したため、盾は脆く、その一撃で崩れてしまった。
思わず舌打ちをしながらも、すぐにまた杖に魔力を込めた。
「分解せよ、“アンロック”!」
解除の魔法を使うと、足に絡みついていた草の根がただの草の根へと戻っていった。
軽くなった足元によろけながらも、セインさんから目をそらすことなく、真っすぐに前を見つめた。
セインさんは、もう次の魔法を放つ準備をしていた。
(充填が速い…!)
簡単な魔法じゃないと追いつけない。
一か八かしか、選択肢は残されていなかった。
「ローブよ、浮いて! “フライ”!」
「“ウィンド”!」
足が宙を浮き、体が天高く舞い上がった。その下を通り過ぎていった鋭い風に、思わず安堵の息を吐いた。
私を見上げるセインさんは、なかなか仕留められないことに苛立ちを感じているようで、険しい表情をしていた。
「ちょこまかと…!」
またガーネットが光り輝く。
それはこれまでの光とは違うものだった。
(最大火力でくる!)
答えるように私も杖に魔力を込めた。
「目覚めよ、内なる力! “チャージ”!」
覚えたばかりの魔力向上魔法で、一時的に魔力量を少しだけ上げて、私は再び防御魔法を使う準備をした。
赤い光と紫色の光が折り重なった時、私たちの視線も重なった。
「押し流せ! 青き波動! “アクア”!」
「“シールド”!」
重く、勢いのある水がどこからともなく現れ、透明な盾にドリルのようにぶつかってきた。
歯を食いしばって耐えた。けれど、盾にヒビが入る音が聞こえた。
(ダメだ…っ)
他の魔法を使う時間はない。
思わず両腕で顔を覆うと同時に盾が砕け散った。体が水に押し流され、無防備な状態で空に放り出された。
目を強くつぶり、来るであろう落下衝撃を覚悟した時 ──。
「エンネのローブよ、浮け! “フライ”!」
ノエルの声が確かに聞こえた。
地面にぶつかる寸前。私の体は再び舞い上がった。物干し竿にぶら下がった洗濯物のように脱力しながら周囲を確認すると、私に向かって杖を構えているノエルがほっと胸を撫で下ろした。
「勝者、セイン・アルバ!」
静まり返った訓練場にツバキ寮長の声が響いた。そして、一拍置いてから、割れんばかりの歓声が辺りを揺らした。
「え、めちゃくちゃすごかった!」
「すげー見応えあったな!」
そんな感想が耳に届き、私は思わず狼狽えてしまった。そして、それはセインさんも同じだった。
彼は居心地が悪そうに周囲を見渡していた。そんなセインさんを助けるかのように、ツバキ寮長が両手を大きく叩いた。
「二人とも、とても良い決闘でした。僭越ながら、私からフィードバックをさせていただきます」
その一言に、周囲は再び落ち着きを取り戻した。
それを肌で確認し、ツバキ寮長はセインさんに視線を向けた。突然のことにセインさんはビクリと肩を跳ねさせた。
「セインさん、あなたのコントロールはズバ抜けていますね。特に浮遊している者に難易度の高い水の魔法を当てるのは至難の業です。ぜひ、誇ってください」
「え、あ…はい」
「また、一番練度の高い風の魔法を主軸に置きながら、途中で植物の魔法を取り入れた作戦もとても良かったです。冷静さが欠けた者が相手なら必ず隙を作れるでしょう。とても実戦的で戦術的な戦いでした」
「あ、ありがとう…ございます」
褒められることに慣れていないのか、セインさんは少しずつ後退しながら、顔を赤らめていった。
訓練場を囲む観客の中には、ツバキ寮長のフィードバックに同意するように頷く生徒や、讃えるように拍手する生徒もいた。
ゆっくりと高度が下がっていく視界で、そんな反応を見つけ、私は思わず笑みを浮かべた。
そして、完全に地に足がついた時、くるりとツバキ寮長がこちらを向いた。
「エンネさん、あなたも素晴らしかったです。とても冷静に、セインさんの攻撃魔法を捌いていましたね。魔法を使う順番を間違えていたら、勝敗はすぐについていました。けれど、エンネさんはセインさんに水の魔法を使わせるほどに追い詰めました。その冷静さを今後も忘れないようにしてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「また、覚えたばかりの魔力向上魔法を使った勇気も素晴らしかったです。今後は更に鍛錬を続け、魔力向上魔法の練度を上げましょう。きっと、あなたを救ってくれる魔法になります」
「はい、わかりました。ご指導、ありがとうございました」
私が深々と頭を下げると、濡れた防護服からポタポタと水滴が落ちていった。
(やっぱり負けちゃった)
最初から負けてしまうだろうと思っていた。どんなに作戦を立てても、二年という差を埋められる勝ち筋が見えなかったからだ。
(でも、全力は出した)
だから、負けたのに清々しい気持ちだった。
顔をあげると、ノエルが真っ先に駆け寄ってきた。決闘が始まる前と同じく眉尻を下げたまま、彼は私を心配していた。
「エンネ! 大丈夫? 怪我ない?」
「うん、大丈夫。ノエルのおかげだよ。ありがとう」
「あの場面で魔法を使わない選択肢がなかったよ…!」
気が抜けたのかノエルはしゃがみ込んだ。そんな彼につられるように私も膝を曲げた。
たくさん動き、魔力を消耗したため、疲労で体が重かった。
「あー、疲れた」
そんな本音をもらし、笑みを浮かべると、セインさんが複雑そうな顔をしながら歩み寄ってきた。
「あの、ありがとう。僕と戦ってくれて」
「セインさん、すごく強かったです」
「君も…手強かった」
セインさんは苦笑いを浮かべて、私に手を差し伸べてくれた。
「今まですごい人ばかりに気を取られすぎてたのかもしれない。少しだけ自信がついたよ」
ツバキ寮長は公平な人だから嘘はつかない。だからこそ、彼女の褒め言葉はセインさんの心にも響いたのだろう。
私は笑みを浮かべて、セインさんの手を取った。
「エンネ、ありがとう」
セインさんは私の手を握り返し、そして立ち上がらせてくれた。




