14:指導者
そのまま押し黙ってしまった私に、ツバキ寮長は補足するように話を続けた。
「確かにカイルさんは声が低いですし、声が聞こえてくる位置からして、背が高いのもわかります。男性だと納得できる要素をいくつも持っているのに、どうにも受け入れられないんです」
カイル副寮長が男性か女性か。それは一目見ればわかることで、疑問に思ったことはなかった。
けれど、見えないツバキ寮長だからこそ、感じた違和感があるのだろう。
私はペン先を顎に押し当て、慎重に言葉を選んだ。
「外見は男性的です。男子生徒が憧れるような逞しい風貌をしています。どちらかというとアッシュ寮長の方が中性的な外見をしています。ただ、カイル副寮長本人に性別について直接聞いたことはありません」
ツバキ寮長はどこか興味深そうに、私の話に耳を傾けていた。
外見が男性的なだけで女性である可能性は否めないし、世の中には体と心の性別が一致せずに生まれてくる人もいる。
カイル副寮長が絶対にそうではないとは現時点では断言できなかった。
「あの、アッシュ寮長に強い執着心を持っていたからといって、カイル副寮長が女性とは限りません。同性に恋をする人もいますから。ツバキ寮長は、なぜ、カイル副寮長を女性的に感じるのですか?」
私の問いかけに、ツバキ寮長はあらかじめ用意していたかのように流暢に答えた。
「私は、アッシュさんと一緒にいる時のカイルさんしか知らないので、もしかしたら見当違いなことを言っている可能性があります。それでも、カイルさんは、アッシュさんの前では可愛く振る舞っているように感じました」
「可愛く…?」
「はい。まず、歩いてる時の歩幅がアッシュさんと比べても狭かったです。また、布の擦れる音がよく聞こえていたので、比較的足を閉じて歩いていたのではないかと推測できます」
アッシュ寮長よりも、カイル副寮長の方が歩幅が狭い。それは、違和感を覚える点だった。
過去に二人が並んで歩いている場面を見かけたことがあるが、カイル副寮長の方が背が高かった。普通に考えれば、背が高いカイル副寮長の方が歩幅が広いはずだ。
(今日、談話室を去る時にカイル副寮長はどんな歩き方をしてたっけ?)
記憶がおぼろげで、あまりはっきりとは覚えていなかった。
(…座り方は覚えてる。途中で足を組み始めたけど、最初は足を広げて座っていた)
なんとなく重要な情報な気がして、私は忘れないようにメモ帳に書き記していった。
ペンが走る音が止まると、ツバキ寮長はさらに話を続けた。
「次に声です。私に話しかける時は刺々しく攻撃的だったのに対して、アッシュさんに話しかける時は僅かに高く甘えるような口調でした」
ツバキ寮長はそこで一呼吸を置くと、閉じた瞳で私と目線を合わせた。
「私は、男性を好きになる男性が、意中の相手を前にしてどのような振る舞いをするのかがわかりません。ただ、意中の相手に可愛いと思われたいという感情はとても女性的だと思いました」
ツバキ寮長は自分の意見を最後まで説明し終えると、またカップを口元に運んでいった。
自然と、部屋の中が静寂に満ちていった。お互いに無理に破ろうとはしなかった。
その心地よい沈黙の中で、私は情報を整理し、二つの仮説を作り上げた。
「ツバキ寮長。今、私の頭の中に二つの仮説があるんですが、ツバキ寮長の意見を聞かせてくれませんか?」
そう嘆願し、私は二つの仮説について説明をした。
一つは、カイル副寮長が女性でありながらも男性として振る舞っているという仮説。もう一つは、二つの人格が一つの体に同居しているという仮説。
今日のカイル副寮長との対談で私が感じたことと、ツバキ寮長が教えてくれた内容を組み合わせたものだった。
正直言って、どちらとも見当違いな気もするし、的を射ているような気もした。
話し終えて、小さく息を吐いた。たくさん話したから喉が渇いてしまった。カップに手を伸ばし、ハーブティーで喉を潤すと、ツバキ寮長が話し始めた。
「どちらもあり得る話かと思います。ただ、一つ言えることは、アッシュさんはカイルさんの振る舞いに違和感も疑問も抱いていませんでした」
「お二人は幼馴染だそうです」
「そうですか。なら、元々知っていて、カイルさんの振る舞いを受け入れていたのでしょうね」
アッシュ寮長とカイル副寮長。二人の間には長い歴史があり、私はその一部にさえ、まだ触れられていないのだと痛感した。
「あ、あの、ツバキ寮長から見て、アッシュ寮長とカイル副寮長は恋人同士に見えましたか?」
なんだか気恥ずかしくなりながらも、尋ねてみた。
カイル副寮長がアッシュ寮長に恋心を抱いていて、アッシュ寮長がそれを受け入れていた。
その説明だけ聞くと、そんな関係性を勘ぐってしまった。
ツバキ寮長はゆっくりとカップを持つ両手を下ろした。
「…どうでしょう。アッシュさんは確かにカイルさんの好意を受け止めているように見えましたが、同じ熱量を返しているようには見えませんでした。でも、そういう関係性の恋人もいるでしょう?」
「はい、そうですね」
「そればかりは直接聞かないとわからないことです」
ツバキ寮長はそう言い切ると、再びカップを口元に運んでいった。
その光景を見つめながら、もう一度カイル副寮長と会って話をするべきだと確信した。
まだまだ知らないことや、知りたいことが多すぎる。けれど、問題は、会ってくれるかどうかだった。
「…カイル副寮長は、寮長代理の仕事で忙しいみたいなんです」
今日だって、寮長代理の仕事をサボって、話を聞かせてくれた。そう何度も、大事な仕事を放り出して付き合ってくれるとは思えなかった。
私の呟きに、ツバキ寮長は頷いた。
「そうでしょうね。今までも副寮長としてアッシュさんのサポートをしていたでしょうが、サポートをするのと先導して動くのでは訳が違います」
「やはり、会う時間を作ってもらうのは難しそうですね…」
前途多難な状況に、思わずため息をついてしまった。
すると、ツバキ寮長が真っすぐに私を見つめて言った。
「果たして、本当にそうでしょうか」
その言葉に、私は何度目かわからない間の抜けた声を上げた。
「人には誰しも、優先順位というものがあります。優先順位が高いものに関しては、是が非でも時間を作ろうとするものです」
ツバキ寮長は淡々と語った。
「確かに、現状のままでは、カイルさんにとってエンネさんと対談することの優先順位は低いでしょう。影響力のないあなたを放っておいても害はない、と」
けれど、と彼女は続ける。
「エンネさんがより多くの情報を集めて、そしてそれがカイルさんにとって隠したい情報であればあるほど、あなたはカイルさんの脅威になります。そうなれば、カイルさんの方から声をかけてきます」
ツバキ寮長はゆっくりと瞼を持ち上げ、光のない漆黒の瞳で私を貫いた。
「エンネさん。自分の価値を、存在感を高めなさい。誰も無視できないぐらいに。ここまで調べることができたあなたなら、きっとできます」
形の良い桜色の唇が柔らかく弧を描き、私に向かって笑いかけた。同時に、手を差し伸べられた。
「私も、手解きをいたしましょう。後輩を導くのは先輩の役目ですから」
差し伸べられた白い手が、天井にぶら下がるライトの明かりを受け、より一層眩しく反射した。
「さぁ、手を取りなさい」
圧が全くなかったわけではない。ツバキ寮長を上手く言いくるめて、逃げられるような場面ではなかった。
でも、好奇心が疼いたのも確かだった。この手を取ってみたい、と。
ドキドキと煩い心臓のせいで、指先が微かに震えた。指の腹が、ツバキ寮長の手のひらに触れた時、彼女は優雅に、力強く、私の手を包み込んだ。




