15:優等生とは
周囲がザワザワと騒がしい。それは、ここがランチタイムの食堂だからという理由だけではなかった。
四人用のテーブルを囲うように座った私は、向かいに座って黙々と蕎麦を食べているツバキ寮長を一瞥した。
ただ食事をしているだけなのに、目を引く存在感がある。おそらく背筋がぴんっと伸びていて、堂々としているからだろう。
なんとなく真似をするように曲がっていた背筋を正した。
(この姿勢、慣れるまで時間がかかりそう)
視界の位置が高くなると同時に、体が無理をしていることがじわじわと伝わってくる。
立ち振る舞いは、一朝一夕で直せるものではないのだと痛感した。
思わず途方に暮れた時、ツバキ寮長の隣で同じように蕎麦を食べていたヒナタ副寮長と目が合った。
彼は憂いを帯びた表情を向けてきた。今日、初めて話した時からずっとそうだった。
(なんでそんな同情するような眼差しを…)
胸の内にあるその疑問を、いまだに本人に投げかけることはできていなかった。
昨日、ツバキ寮長が手解きをしてくれると言ってくれた。私の価値を高めて、カイル副寮長と再び対談するために。
その一環として、今日は朝からツバキ寮長と行動を共にしている。
もちろん、学年が違うのだから授業中は一緒にいられない。けれど、授業以外の自由が利く時間はツバキ寮長の元へと向かった。
「エンネさん、半日ほど、私と行動を共にしてどうですか?」
チラチラと盗み見てくる周囲の視線などものともせず、ツバキ寮長は尋ねてきた。
突然の問いかけに、私はびっくりして思わず肩を揺らした。そして、慌てて口を開いた。
「あの、すごく見られます…」
真っ先に出てきた感想がそれだった。
今もそうだ。すごく見られている。
理由は理解していた。ツバキ寮長が元々目立つ存在であることに加えて、彼女の隣に見慣れない存在である私が立っているという違和感が、多くの人の視線を引きつけていた。
わかる、と言いたげにヒナタ副寮長が何度も小さく頷いた。
「そうでしょうね。慣れてください」
「あ、はい…」
他に答えようがなくて、私は素直に受け入れた。
その時、耳が特定の声を拾い上げた。聞こえてきた方角に顔を向ければ、アッシュ寮長の事件が起こった日からたびたび私に嫌がらせをしてくるガーネット寮の生徒たちが立ち尽くしていた。
彼らは、眉間にシワを寄せ、警戒するようにこちらを眺めていた。いつもなら、玩具を見つけた赤ん坊のような嬉々とした表情を浮かべて近づいてくるのに、その気配はまるでなかった。
(ツバキ寮長が一緒にいるからだ)
答えはすぐに見つかった。
俯きながら一人で歩いている私よりも、ツバキ寮長と一緒に行動している私の方が話しかけにくい。それは、十中八九、後者の方が強くて厄介に見えるからだろう。
(これも、影響力や存在感を高める一環になってるんだ)
虎の威を借る狐。
まさに今の私にぴったりの言葉だった。
(でも、ツバキ寮長から離れた途端、元の私に戻ってしまう)
なら、どうするか。
おそらく、それが一番大事なことで、一朝一夕では手に入れられないものだ。
「エンネさん。なぜ、私とアッシュさんが寮長になったのか分かりますか?」
考え込む私に、ツバキ寮長が唐突に尋ねてきた。
顔を上げ、彼女と視線を合わせた。瞼が閉じたままの瞳は、相変わらず迷うことなく私を見つめていた。
「優秀だからです」
「はい。そうです」
私の回答に、ツバキ寮長はさも当然のように頷いた。
「この学院において、優秀な生徒とは、どんな生徒だと思いますか?」
続け様に問いかけられ、私は頭を働かせた。
優秀な生徒。それはつまり、試験の成績が良く、リーダーシップがあり、生活態度に問題がない生徒のことをいうのだろう。
ツバキ寮長にはその全てが備わっているように感じた。
それをつらつらと説明しようと口を開けば、声を出す前に止められてしまった。
手のひらをこちらに向けながら、ツバキ寮長は首を横に振った。
「ここ、ジェムルート魔術学院は“魔術学院”です。そこを忘れてはいけません」
魔術学院。そこを強調され、頭に浮かんでいた答えを白紙に戻した。
「…強い…魔法使い?」
自信を得られないまま、恐る恐る答えると、ツバキ寮長は利き手を下ろした。
そして、ゆっくりと首を縦に振った。
「そうです。私は今のアメジスト寮生の中で一番強く、アッシュさんは今のガーネット寮生の中で一番強かった。ただ、それだけです」
ただ強いだけ。単純明快な言葉だったけれど、納得のいく内容でもあった。
二人の強さに関しては、これまでに何度も耳にしてきていたからだ。
「さぁ、エンネさん。早くランチを終わらせましょう。そして、特訓を始めましょう」
ツバキ寮長は楽しそうに口角を持ち上げた。
「私が強くして差し上げます」
その言葉に、これこそがツバキ寮長が言っていた手解きだったんだと、私はようやく気がついた。
ランチを食べ終え、魔法の特訓をするために、訓練場へと向かう途中。隣に並んだヒナタ副寮長が、前を歩くツバキ寮長から隠れるように、小さな声で話しかけてきた。
「大丈夫? ついていけてる?」
相変わらず同情するような眼差しで見つめられ、私は戸惑いながらも頷きを返した。
「本当? 無理しなくていいんだよ」
「い、いえ。無理じゃないです。必要なことだとわかっているので…」
「…本当?」
ヒナタ副寮長とは初めて話すけれど、慎重な人だという印象が根づきつつあった。
もう一度頷くと、彼はようやく納得して、前を向いた。
「ツバキってさ、後輩が気さくに声をかけられるタイプの先輩じゃないでしょ。だから、君が何度も部屋を訪ねてきてくれて嬉しかったんだと思うよ。それで、あんなに張り切ってる」
眉尻を下げたまま、ため息交じりで、ヒナタ副寮長はそう言った。
けれど、その姿からはツバキ寮長の活動を迷惑がっているようには見えなかった。
呆れつつも、微笑ましく思っている。それが一番しっくりくる表現だった。
「まぁ、何かあったら、僕に言って。仲介役ぐらいにはなれるからさ」
おそらく、事情を知らないヒナタ副寮長からしたら、ツバキ寮長が私の腕を強引に引っ張っているように見えるのだろう。
もしくは、気の弱い私が断れずに渋々言うことを聞いているようにも。
気遣われていると感じ、笑みを浮かべながら、お礼の言葉を伝えた。
「エンネさん、一つ、尋ねてもいいですか」
まるで、私たちの会話が一段落つくのを待っていたかのように、ツバキ寮長が背を向けたまま話しかけてきた。
びっくりして慌てて返事をすると、彼女は淡々と続けた。
「エンネさんが使える魔法はいくつですか?」
指を折りながら、私は答えていった。
「光の魔法、浮遊の魔法、影の魔法、防御魔法、解除魔法…です」
「五つですね。わかりました」
校舎から外に出ると、日中の明るい日差しが降り注いできた。
訓練場が見えてきた。相変わらず人の気配はなく、砂ぼこりが舞っていた。
「エンネさんは現状、三年生の平均値に立っています。劣ってはいませんが、優秀でもありません」
ツバキ寮長のオブラートに包まないはっきりとした物言いに、私は静かに頷いた。間違いなく正論だったからだ。
ヒナタ副寮長が、気遣うように一瞥してきた。けれど、大丈夫そうだと判断したのか、すぐに前に向き直った。
「まずは、六つ目のサポート魔法・魔力向上魔法を覚えましょう。それであなたは、少しだけ優秀な生徒になります」
ツバキ寮長はゆっくりと振り返った。彼女の長い黒髪とローブが、動きに合わせて、優雅に揺れた。
「そして、あなたの成長速度次第ではさらに上を目指しましょう」
そんなに早く成長できるものなんだろうか。
今までも、全く勉強や訓練をしてこなかったわけではないからこそ抱いた疑問だった。
そんな私の不安をあらかじめ予想していたのか、ツバキ寮長は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫です。魔力を持たない者には無駄な努力になるでしょうが、エンネさんには魔力という基礎があります。訓練を続けていれば、いずれ到達します」
ツバキ寮長はそう言って口元を隠した。
「まぁ、スピードを求めるのであれば、それなりの対価が必要ですけどね」
その言葉にゾッとしたのは言うまでもなかった。




