11:談話室
まだ日が沈むような時間ではないのに、談話室の中は薄暗かった。
影の魔法を使って気配を消した私たちは、すれ違う誰からも関心を持たれず、声をかけられることもなく、無事にここまでたどり着いた。
私が魔法を解くと同時に、カイル副寮長が窓際に置かれた間接照明の明かりをつけた。その仄暗い光は、彼の赤い髪と赤い瞳を少しだけ鮮やかに染め上げた。
その光を見つめたまま、彼は口を開いた。
「エンネさん、鍵をかけてもらってもいいかな?」
その指示に頷きを返し、出入口に鍵をかけた。鍵がかかる音が、雨音の合間、静かに響き渡った。
それを合図にカイル副寮長はこちらに向き直った。
「立っているのもなんだ。座ろう」
今度はそう言われ、私たちは素直にソファに腰を下ろした。
中央に置かれたテーブルを挟むように、私とノエルが並んで座り、カイル副寮長が向かいに座った。
「さて、何から話そうか。俺が知っていることはあまりにも多いからな」
両膝に腕を乗せ、前かがみの姿勢を取りながら、カイル副寮長は頭の中の情報を整理していった。
役職を持っている先輩との対談。本来ならば緊張するはずなのに、ツバキ寮長の時とは違って、不思議と落ち着いていた。
隣にノエルがいるからだろうか。それとも、カイル副寮長のまとう雰囲気が比較的柔らかいからだろうか。
そんなことを考えながら、カイル副寮長の伏し目がちなまぶたを見つめていたら、視線が重なった。
「俺とアッシュは幼馴染なんだ」
静かに語り始めたカイル副寮長の話に耳を傾けた。
「元々家同士が懇意にしていてね、同い年なこともあってすぐに意気投合したよ」
低い声が紡ぐ、小説の始まりのような語りに思わず聞き入った。
けれど、すぐにはっと我に返り、慌てて胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。
雨音とペンが走る音とカイル副寮長の声が重なる。
「アッシュは幼い頃から魔力量に優れていた。おかげで、親からは大きな期待を抱かれていた。将来は立派な魔法騎士になると、近所に自慢されるほどにね」
ふとカイル副寮長の口元に笑みが浮かんだ。おそらく、当時の記憶を思い出し、懐かしい気持ちになったのだろう。
そんな空気を切り裂くように、ノエルが質問をした。
「親から魔法騎士になることを義務付けられてたんですか?」
ノエルの質問に、カイル副寮長は間を空けずに首を横に振った。
「いや、そんな大袈裟なものじゃない。それに、アッシュ自身も自分は偉大な魔法騎士になると意気込んでいた」
つまり、親からの期待は、過度なプレッシャーにはなっていなかったということなんだろう。
私はその内容をメモ帳にまとめた。
「むしろ、そういう面では俺の方が酷かった。身近にあんな天才がいたんだ。ずいぶんと親に比べられたものだよ」
カイル副寮長は口元を手で覆い隠し、眉尻を下げた。
外見から武骨な印象を受ける彼だが、幼い子どものようにコロコロと表情が変わる。だからこそ、あまり威圧感を感じることなく、対談できているのかもしれないと思った。
礼儀正しく、愛嬌があり、行動力もある。確かにこんな先輩がいたら、憧れてしまうのも頷けた。
「何故アッシュのようにできないんだ、と親からよく叱られた。そんな劣等感のせいで、アッシュを避けていた時期もあった」
アッシュ寮長を嫌っていた時期があった。思いも寄らない暴露に、ペンを握る手に無意識に力が入った。
続く言葉に注目していると、またカイル副寮長と視線が重なった。
「エンネさんは、アッシュからどういう印象を受けた?」
急に質問され、緊張が走った。けれど、カイル副寮長の表情は穏やかで、雑談の一種なんだとすぐに理解できた。
私は頭に浮かんできた単語を、素直に言葉にして伝えた。
「優等生だと思いました。あと、物静かで儚げだとも」
「あぁ、そうだろうな。アッシュの第一印象はだいたいそうで、俺もそうだった。銀色の髪が儚げで、強く腕を掴んだら簡単に折れてしまいそうだと思った」
カイル副寮長はそこで一呼吸を置くと、前かがみだった姿勢を正した。そして、腕を組んで柔らかく笑った。
「アイツは豪快で大雑把な男なんだ。机に向かうより攻撃魔法を練習するのが好きだし、考えるよりも行動する。そのせいで失言も多く、俺も何度かケンカをした。“なんでこんなことができないのか”と素で言ってくる奴なんだ」
新しい情報の羅列に目を見開いた。
ノエルは知っていたのだろうかと横顔を確認すると、あんぐりと口を開けて放心していた。
「そ、そうだったんですか!」
「ノエルも知らなかったんだ」
感情をそのまま吐き出したノエルに、思わず呟いてしまった。けれど、カイル副寮長がノエルを咎めることはなかった。
「ここに入学してからはだいぶ落ち着いた。いや、表向きはそう振る舞っていたと言った方が正しいのかもしれないな。寮長になると、入学当初から意気込んでいたから」
カイル副寮長は話を続けた。
「失言も多く、周囲とのトラブルが絶えなかったが、逆に言えば素直で言葉に嘘がない奴なんだ。だから、俺は劣等感を抱いても、ケンカをしても、アイツのことを嫌いになりきれなかった。むしろ、褒められることに飢えていたから、アイツの率直な褒め言葉に救われたこともあった」
カイル副寮長が語ったアッシュ寮長は、今まで聞いた話とは大きく異なっていた。それでも、妙な説得力があり、自然と納得することができた。
(失言が多い、か。悪気なく人を見下すと言い換えれば、ツバキ寮長の言葉とも一致する)
これはとても重要な情報だと感じ、ここまで書き出した文章をぐるりと円で囲った。
黒いインクはすぐに乾いて、ノートに馴染んでいった。
(アッシュ寮長が悪気なく失言をして、誰かから怒りを買っていたとか?)
ペンの先を顎に押し当て、私は小首を傾げて考えた。すると、補足するようにカイル副寮長が再び口を開いた。
「アッシュは事故で死んだと学院から説明があった。他の生徒はそれをあまり信じていないようだが、俺は信じている」
「大雑把な人だったからですか?」
私がそう尋ねると、カイル副寮長は迷うことなく頷いた。
「これは他言しないでほしいのだが、たびたび夜に寮を抜け出して、空を飛んだりしていた。自分を偽っているストレスからなのかもしれないが、危ないからやめるべきだと再三注意していたんだがな…」
カイル副寮長の瞳が陰りを見せた。おそらく、行動次第では止めることができた事故だと思っているからかもしれない。
私とノエルは思わず顔を見合わせた。そして、アイコンタクトを取った。
ノエルが首を縦に振り、私の背中を押した時、カイル副寮長が不思議そうに顔を上げた。
「あの、カイル副寮長。おそらく、アッシュ寮長は他殺です」
「え…」
私の言葉に、カイル副寮長は絶句した。
彼の赤い瞳は、信じられないものと対峙したかのように、激しく揺れていた。
「私が発見した時に、アッシュ寮長の腕に拘束された跡がありました。泉の近くに生えていた蔦によってついたものです。事故だったら、あり得ないと思います」
「………」
「カイル副寮長から見て、アッシュ寮長が誤って自分を蔦で拘束する可能性はありますか?」
「それは…さすがにないだろうな」
カイル副寮長の返答は、無理矢理声を押し出したかのように歯切れが悪かった。
まだ情報を上手く飲み込めていないのかもしれない。
戸惑いを隠しきれていない彼の表情に、一つの疑問が頭の中をよぎった。
(情報に疎いな)
アッシュ寮長が拘束されていた事は、学院内でも噂の一部になっていた。だからこそ、他殺という線が濃厚になり、私がいじめの標的にされた。
カイル副寮長は役職的にも人との交流が多い。だからこそ、情報に疎いということが引っかかった。
「アッシュ寮長に拘束された跡があったことは生徒内でも噂になっていました。本当に聞いたことがなかったんですか…?」
上目遣いでカイル副寮長を見つめた。
部屋の中が薄暗いから断言はできないが、先ほどよりも顔色が悪くなっている気がした。
それを証明するかのように、彼のこめかみから汗が一つ滑り落ちていった。
「…すまない。言い訳でしかないが、慣れない寮長代理の業務であまり追えていなかったんだ」
カイル副寮長はそう言い訳をした。
十分に説得力のある内容だったけれど、彼の話を聞いたあとだからこそ納得できない部分があった。
(付き合いの長い幼馴染が関わってる話なのに?)
今まで聞いた話をまとめれば、彼らは仲が良く、よく行動を共にしていた。
そんな片割れのような存在がいなくなって、真相に興味を持たないなんてことがあるのだろうか。それとも、仲が良かったからこそ、直視できないということなんだろうか。
問いただしたいが、失言にもなりうる。その恐怖心から、一歩踏み出せないでいると、ノエルが口を開いた。
「え、幼馴染の事件なのにですか?」
ノエルの口調は軽かった。おそらく、深く考えずに質問したのだろう。
それにカイル副寮長の顔が歪んでいくのがわかった。
不自然につり上がった口角からは、苛立ちを感じた。
「そう…思われても仕方がないな。あまりあの事件のことを聞きたくなかったんだ。俺も…まだ受け入れられていないから」
談話室に漂う雰囲気がピリピリとした鋭いものに変わっていく。
カイル副寮長が、私たちに敵意を向け始めたのがわかった。
もう話したくない。それが彼の本音だろう。だからこそ、私たちも逃がさないために、臨戦態勢に入った。
「カイル副寮長、いくつか気になったことをお尋ねしてもいいですか?」
メモ帳に記した内容を確認し、私はカイル副寮長を見つめた。
また赤い瞳と視線が重なった。それと同時に、窓の外に広がる曇天の中を、眩い雷が一つ落ちていった。




