64 事件とは油断した時に。
新学期が始まり、それなりに平和に時間は過ぎていく。
レオナルドが廊下で闘牛のあしらいも慣れたほど。
――事件とはそうした平和な日々にいきなり訪れるもの。
あとは各個撃破と決めたけど。
突撃突進され続けるレオナルドはパターン分けもしておいたように別として。
「まぁ、「主人公」さんの全部が全部、悪い人じゃあないだろうし。なかにはリィナさんみたいな人もいるかもだし」
助けられるときは助けもしよう。
それに「主人公」さんたちも妹と同い年のお嬢さんなのだ。酷い目には遭わせたくないのが、また彼の甘いところ。
メルヴィンにもそれとなく話しかけてくる下級生がいるが。いや同期や夜会に出れば御婦人たちからも。公爵家と何かしら関わりたい下心丸見えの。
こういうのはゲームあれこれ関係ないものだと。
「適正、お気になさらないで……」
「わ、私が土の適正があるので代わりに領地のことは御役に立てるかと……」
などと。
これは記憶持ちか、もしくはこの世界に選ばれた天然物かと、ゾワッとしつつ。
「氷適性、本当にありがたいので。夏場には学園でも庭園パーティがありますから、そのときは私の活躍をごらんくださいね」
と、にっこり。
夏に学園の庭園で行われるパーティが快適になったのは、彼が氷魔法で氷の彫像を要所に立てて空気を冷やしているからである。
「風の流れを見てね。冷たい空気を一箇所に留めるんじゃなくて。僕、風適性もあるから……」
メルヴィンの卒業後に引き継ごうと、二年生の氷適性をもつ後輩がすでにメルヴィンに教えを請うているくらい。風適性の生徒も。弟子みたいでかわいいとゲルトルーゲの持ちがわかるメルヴィンである。
当のメルヴィン本人が「氷適性、嬉しいです」という態度なために「あれ?」「あれぇ?」「あれれぇ?」と首を傾げられるのである。
撃破である。
勝利っ、と腕を掲げるメルヴィン。
これが幼い頃からの対策の勝利である。
彼の場合は様々な幸運や縁のおかげでもあるが。
一番はその思いつきや発想力の勝利。前世の知識も使いこなせなければ意味のない宝の持ち腐れ。
「確か凍らせた後に真空で減圧して水分抜くとできるんだよね――フリーズドライ」
氷適性と、風適性の応用で。
凍らせたスープを風で覆い、そこから空気を抜き出して固めていくメルヴィンに「魔法満喫してるよぉ」と呆れるより感心してしまうリィナだ。
「真空ですか……風魔法にそんな使い方が……」
「空気を抜くってのは前世の日本人の知識ないと思いつかなかったかもですね」
「……風魔法を泡だて器にするのも、ですけど」
メルヴィンの普段の風魔法の使い方はもっぱらそれで。
スープはまだまだ、改良を必要としたが。企業努力とはそういうものを乗り越えてくださっているのだ。
そしてフリーズドライに挑戦した理由は。
「スープとか、フリーズドライにしたら……リィナさんが寮のお部屋で熱々飲めるかな、て……」
「良い人かよおおお!」
やがて困ったことになったのはなんとルカの――19のイベント案件だった。
「テオドール目当てって、考えたら聖女を目指すというわけで」
それはつまり、今何故か不在のこの国に聖女ができるということで。
何故か、不在なので。
「これってテオドールルートもはじめから、ないのでは……成り立たないのでは……」
ジスランが学園に現れないように。
しかも同じく、分岐先のユベールもいないのである。
聖女コースはその攻略対象もライバル役もいないという現状。
なので。
「国も神殿も、治癒魔法や浄化魔法が得意な人が増えるのはありがたいわけで」
これも放っとこう案件となった。しかも良い意味になるかもしれない、ありがたい案件。
聖女の名誉称号がとれるほど魔力高い人が現れてくれたら。
そう、ただ魔力高いだけでは「聖女」の称号は与えられない。神殿の管轄だが、王宮付き魔法使いも狭き門なのだから、やはり試験などもあるんだろうなとメルヴィンは思う。きっとそれがゲーム内容なんだろう、とも。
「テオドールの場合は、普通に良い人ができるかもだよね。君、いまお付き合いしてる人いたっけ?」
「いえ、学生さんに手を出す気はないです」
「ですよねー」
さすが騎士。そもそもはじめからゲーム成り立たない設定だよねとも。彼本来のお相手の聖女さんは今何処。
そんなことをほのぼのと話していたら。
リィナさんが取調室に。
「……ルカさんっていうか、19目当てな人が、最近うろちょろしてません?」
さすがに不審者過ぎて学園の警護大丈夫かよと、気になったらしい。
お菓子持ってうろうろと徘徊する女生徒。
しかも19の潜んでいると思われる、人気の無いところを。
学園の校舎裏や今は使われていない職員寮。廃館になっている旧校舎など。
如何に学園内とはいえ危険じゃあないかしらと、リィナはその生徒のことも心配したようだ。
何せ19狙いであると、その行動理由も察することができたために。
「……何年かしたら学園七不思議とかになりそうです」
もしも事件などがあれば、そうなってしまう。
「うーん……それなんですが……」
メルヴィンはちらりと傍らのルカを見た。
「ルカ、いつも言っててごめんだけど、知らないひとになにかもらっても食べちゃだめだよ?」
「はい、もちろんです若様」
知らない人からもらっても食べません。いつものように忠犬は見えない尻尾を振るように。
「いやいや、変なお薬とか入っているかもだしね」
「それ、現代日本でも問題でしたね」
「この世界だと魔法薬とか普通にあるから、よけいに怖い」
その懸念は、ゲームが進んだというべきか、彼女らの料理のパラメーターが上がったというべきか。
リィナさんに教えてもらいメルヴィンも気にすることにして該当女生徒を見ていたら。
「うわぁ……」
話通りに手作りのクッキーを持って建物の影や茂みなどを除きこむ女生徒が現れた。
「明らかに19目当て……」
ほっときましょうと、その横を素通りするコーディング公爵家の執事に、メルヴィンは……――。
「いや、ルカ!? 堂々と歩くんじゃないって! 君もう卒業生!」
「あ、若様付きの御用聞きとして、学園に立ち入り許可取ってます。公爵家の跡取りとして若様も忙しくなってまいりますし」
わぁ、本当に堂々。
「まぁ、メルヴィンくんは一応帝国の継承権持ってるじゃないですか……」
一応同じく持っていて、教師側の眼鏡のひとが教えてくれた。
「君に護衛が一人もいないのも、学園としては不安だったらしいから」
護衛は王族であるレオナルドしか許可されないので、立ち場的には使用人である。
「昨年までは影から若様の守りについていましたが、今年は影に潜んでいたら……あのように探られたら鬱陶しかったので」
目の前で野良猫を探すがごとく茂みに頭を突っ込む女生徒に、さすがのルカもドン引きしたらしく。だったら堂々とメルヴィンの側に居ようと。
「彼女、とりあえず記憶持ちだよねー……」
「キャロラインさんていうみたいですよ」
あらかわいいお名前。
リィナは隣のクラスですがと、調べてきてくれたようだ。
「やっぱり「主人公」さんかなあ……」
「どうします? ご招待しますか?」
「誘拐やめれ」
ルカが慣れた様子でナイフを取り出すのを止めつつ。
メルヴィンがどうしようかなと悩んでいたら。
事件が、起きた。
「主人公」と「悪役令嬢」が、攫われたのである。
急展開もまたお約束。




