65 誘拐イベント…?
誘拐。
「主人公」と「悪役令嬢」が、一緒に。
「オーレリアが!?」
飛び出そうとしたメルヴィンの襟首を素早く掴んでいるのはテオドール。
話は聞いたとレオナルドが駆けつければ、彼付きの近衛騎士であるテオドールも共に来ることになる。そしてこの事件は近衛騎士たちが動くほどのことなのだ。
「父様も母様も、留守にしているのに……!」
二人は今、帝国の祖母が腰を痛めたというのでお見舞いに出かけている。母の里帰り息抜きかねて。ビアンカも一緒にだ。
お土産にと、メルヴィンも日持ちするブランデーケーキを作って保冷庫に念のための氷魔法をかけて渡していた。
二人は心配していたが、新学期も無事に始まり、魅了対策も万全だからと送り出してしまった。
よって今、公爵家の責任者は――メルヴィンだ。
「たまたま近くを通りかかった清掃の仕事をしていた者が言うには、校舎裏で他の女生徒が攫われそうになったときに、巻き添えのように二人の令嬢も……清掃員は助けようとして負傷し、少し意識が朦朧としていますが、銀髪の女生徒と茶色い髪の女生徒が攫われたと証言しました。茶色い髪の女生徒が隙を見て彼に逃げて助けをと……」
それはきっとリィナだ。
彼は銀髪の令嬢と茶色い髪の令嬢が数人の男たちに攫われるところに居合わせ、持っていた箒で立ち向かってくれたそうだ。
勇気ある彼が騒ぎを起こしたことにより、そして何とか警備に報せてくれたことにより。そして「銀髪の令嬢とお付きの茶髪の令嬢」に、察し良かったその警備から、学園に残っていた近衛騎士に知らせが走ったのだ。
そして馬車留場に公爵令嬢が来ていない確認も行われた。
学園に姿が、ないことも。
「まだ内密に確認と捜索をしておりました」
今回、これが一番の手柄であった。掃除夫と察し良かった警備が。その警備とは引退した元騎士であり。
「校舎裏……?」
賊がどこから侵入してきたのか、それも気になるところだ。
そして妹が何の用がありそんなところに。
「オーレリアは何故そこに?」
「調べている最中ですが、何やら生徒に呼び出されたのではと見ていた者が」
「呼び出された……公爵令嬢を?」
公爵令嬢の誘拐という事件だ。
今は内密にしなければならない。警備が近衛騎士に走ったのはつまりはそういうことだ。その元騎士は中々に判断力が高い。学園に再雇用されたのはそうした点を考慮されたのだろう。
王太子妃となる存在に物理的はもちろん、噂話程度でも傷をつけるわけにはいかない。
「オーレリアは、どうして……?」
彼女は公爵令嬢として、そして王太子の婚約者として教育されている。勝手に危険なところに行くはずがない。
「学園の警備の護衛たちはどうした?」
「近くの、今は裏門に番のものはおりますが、警備は巡回であり、常駐はおりませんでした」
「……くっ」
校舎裏は普段は近づく者はいない。
警備も巡回はするが常駐ではなく。
学園は広く、そんなところよりも護らねばならない場所があり。それが裏目に出てしまった。
「だからっ、公爵家からも護衛をって……!」
頭の固い学園が例外は認めないなどというから。
学園の警護や騎士団を信頼したのに。
どうしても許可がおりなかったのは、また強制力が働いているのだろうか。
護衛がいたら彼らが防いでイベントが起きなくなるから――……。
「……イベントに、あるのですか?」
ルカの心配そうな質問にメルヴィンは記憶を総動員だ。
「……誘拐事件は、なんかあった気がする。でも「主人公」の誘拐で、「悪役令嬢」が一緒だなんて……あ」
19のイベントだ。
裏路地育ちの彼が活躍するやつだ。
「誘拐事件、あるのですか?」
「あるにはあるけど、学園じゃなあなかったから違うかも……」
それは金持ちの令嬢を攫って身代金目当ての破落戸たちだ。
学園近くで攫われた「主人公」を、たまたま近くにいた19が、食い物の借りと助けるお約束なイベントだ。
「監視対象の公爵子息、放って置いて良いの?」
そう妹たちがツッコミ入れていたイベントだ。
19はもういないのだから、起きないと思っていたのに。
「それに治安だって……」
何もしなかったわけではない。そうした下町の治安改善を、生まれ変わって先を知るものの特権と、きちんと親やレオナルドを通じて国にも働きかけていた。
確かに改善は――多少は、した。多少は。
メルヴィンは甘かった。
記憶にかすかにあった組織を潰しておいたとしても、悪党など次から次にと生まれるものだ。
雑草のように。
芽をつんでいたとしても、どこか根が残っていればまたはえてくるように。
哀しく虚しいことだが。
「オーレリアと一緒に誰が攫われた?」
リィナは確実だろうが、情報のために確認だ。
「は、公爵令嬢様とお供の令嬢、それとおそらく居合わせた――男爵令嬢が」
「名前は?」
「まだわかりません……清掃員も名前までは存じ上げぬと」
「ただ、最近あの辺りは女生徒が何人かうろうろしていたので、気になってお声をかけたことがあると。その際に男爵家の娘だとは……」
人気がないし学園内とはいえ危ないだろう。校舎裏は廃館となっている旧校舎などにも近い。廃館というからには古く、いつ何がきっかけで崩れるかわからないものだ。
清掃員は三十代のおじさんらしいが、とても良識がある方だったのだろう。貴族令嬢に声をかけるには――助けるには、学園に雇われているとはいえ勇気がいっただろうに。
「名前と特徴ははっきりしませんが、攫われた茶色い髪の女生徒よりさらに赤みある髪色をしていたそうです」
赤みある茶色。
その色は黒髪と茶髪に続き、この国や近隣の国、そして帝国でも多い髪色だ。
「ルカ、キャロライン嬢の髪の色は?」
「赤みある茶色い髪をしています」
ならばやはり。
「攫われたのは、「主人公」だ!」
「悪役令嬢」と「取り巻きA」は、巻き添えだ。
まさかと油断したとメルヴィンは口元を押さえる。
「僕が、僕が、もっと……いっそ、学園なんて無くして、壊してしまえば良か――」
「落ち着けメルヴィン!」
その肩を掴んで、レオナルドが一喝した。
「考えろ! 後悔は後回しだ!」
「あ……」
「俺も考えるけど、お前の役割だろ! お前の方が絡め手得意じゃん!? 相手のこと考えてくれ!」
肩がすごく痛い。手加減を忘れているほどレオナルドも焦っているのに冷静であろうとしている。
「明鏡止水て、お前が教えてくれただろう?」
こういう時こそだ。
「い、痛いよレオナルド!」
そしてその痛みでメルヴィンも落ち着く事ができた。きっとあとで赤くなるだろうなと、冷静に。
「考えろって、冒険中じゃないんだけどなぁ……」
剣士、戦士、魔法使い、そしてシーフな彼らのパーティでは、お約束どおりにメルヴィンが頭脳担当ではあるのだが。
「……うん、ありがとうレオ」
そして考えた。
「賊はどこから入ったか報告は?」
近衛騎士の一人が手を挙げ答えてくれた。
「まだ確認中です。学園の使われていない校舎裏ですので、塀を乗り越えていたとしても人気なく目撃情報もありません」
学園をぐるりと囲むように塀はあるが、改築や増築で塀もまた新旧あるという。
「古いところからの出入りは、不可能と思われていますが……」
「しかし、令嬢たちに塀を乗り越えられるとは思えない」
「人を抱えて乗り越えるにはさすがに難しいかと」
塀は、外から学園の中が見えないようにされているし、そのために高さもある。人間を抱えて乗り越えてなんてしていたらさすがに時間もかかり、目撃情報があろう。
その報告を聞いて、考えて、メルヴィンは――。
「……門番は取り押さえてあるか?」
「門番ですか?」
「賊はどこから入ったか、不明だし、一番簡単に入れるのは人気がない裏門じゃないかな? 違ったらお詫びをするけど、賊が侵入している以上はやはり門番たちにも責任がある」
確かに。
「そしてどうしてオーレリアが……どうして二人が校舎裏に向かったかを」
うなずき行動に移る近衛騎士と公爵家の護衛たちに。メルヴィンは落ち着いたから、大事なことも指示をした。
「それと、清掃員さんには手厚い看護とお礼を」
穴ぽこと強制力のいろいろ。




