56 「……ほっときましょう」
「ヴェロニカさんは順調に科目をクリアしていますね」
「もしかしたら、他にも彼女みたいな人がいるかも……私が気がつけていないだけで……」
「いや、普通に授業を頑張っているだけの人もいると思いますよ……思いたい、うん」
「主人公」と思われるすべての女生徒がそうではなかろうが。
今回はパラメーターの上昇などに振って、次に活かす。
「……次に……ねぇ……」
彼女らの中ではここは「ゲームの世界」なのかもしれない。
そう思うのは簡単に「二周目」などと考えているからだ。
「……ほっときましょう」
メルヴィンはそうすることにした。
「放っておくんですか?」
ルカとリィナはついつい顔を見合わせた。
「主人公」として対策しなくて良いのか、と。
「別に放っておいても問題ないと思う」
メルヴィンは静かにうなずいた。静かに。
「……さっさと次に行きたいなら、放っておいてやる。勝手に行けばいい」
次に。
「それ、つまりは……今の命がいらないってことだろう?」
二周目とは――どうやって。
「せっかく生きてるのに、次にだなんて考えてる奴なんて、僕は関わりたくもない」
リィナは気がついた。同じような立ち場でもあるからだ。
誰にも地雷はあろう。触れられたくないことも。
それが、この高位貴族のくせにお人好しでツメが甘い青年には、これだったのだ。
病で死んだ人間にとって――生きたかった人間にとって、五体満足で健康であるのに、次だなんて考える奴らは。
「……僕は、次なんて、いらなかったっ!」
生まれ変わって今現在があるが。
楽しい日々ではあるが。
それでも――妹たちや家族と生きたかった!
「それに二周目狙いで勉強頑張って自分を高めるっていうなら、その分、優秀なひとも増えるわけだし」
それなら好きに頑張ってもらいましょうよ。
「途中で二周目なんて馬鹿らしいと気がついてくれたら良いわけですし……自分から気がつかないような人は、ほっときましょう」
あははと笑うこの青年にも闇深さがあるなと、リィナは――ほっとくことにした。彼なら「じゃあ対策と注意でもしますか?」なんて気楽に言うと、勝手に思ってた。
すべてをすべて、彼に任せるだなんて、なんて思い上がっていたのか。
彼は「主人公」でもなければ勇者でも神でもない。
そんな彼に地雷を踏ませるのは、酷だ。それこそこちらが何様だ。
誰にも、触れてほしくないところがあるのだ。本当に。
――自分にも。
「……ですが若様。もしも二周目とやらを自主的にあきらめて、途中で「主人公」として動き始める輩はいかがいたしましょう?」
ルカも彼らと同じコマンドを選んだようだ。彼もまた人生を、今世にて助けてもらったことを良く理解しているからだ。
もし自分が生まれ変わり二周目とやらにあったとしても――その時の自分は果たして今の自分と同じだろうか。
その自分はメルヴィンにこうして助けられ、拾われて、側にいることを許されているだろうか。
もし二周目がそうでないならば、二周目とはなんて恐ろしい。
またあの帝国の路地裏からの人生のスタートだなんて。
そしてルカは誰にも、決してこの主には言えぬことを思う。
「貴方が死んで生まれ変わってくれてよかった」
……など、とは。
でなければ自分は、今でも帝国の影で、19で。
今も薄暗い場所から彼を時に護るという名目で盗み見て監視して、帝国に報告するだけの命だった。
メルヴィンが前世の記憶を思い出してくれたから自分は――19は、ルカに、なった。
人間に、なれた。
人間らしい感情を持つことができた。人間らしい暮らしも日々できている。
人間らしく、笑うことも――泣くことも。
なんて幸せだ。
だから、決して言えない。
自分の幸せは、彼が病で早く亡くなったおかげであることは。
言えばきっと、この主は笑って「それなら死んだ甲斐はあったかな?」なんて、きっと言う。
言わせてしまう。
だから、だからだから、決して言えない。
言わぬよう彼に救われた幸せを噛み締める。唇を噛み、叫び声を上げそうになるのを堪える。
恩人の命のおかげで、自分はこんなにも――!
噛み締めて、彼のために己の命をかけて彼を護ると誓う。二周目などに自分たちは絶対に行かないと。
闇深さは実はさほど変わらない主従は――そっと微笑みあった。
「そうだね。気がついて今の人生を大切にしてくれる「主人公」さんたちだと良いんだけど……」
コマンドは「そっとしておこう」。
メルヴィンの前世はどこにでもいるちょっと料理や菓子作りが好きなだけの、ただの大学生のお兄ちゃんなのです。ただのお兄ちゃんだった、のです…。
…忠誠が重い。




