51 クライシー男爵家の事情。後編
「どうも、アレクシス・コーディングです」
「は、ははっ。お初にお目もじ仕ります。か、カール・クライシーと申します」
コーディング公爵自らの訪れである。身分差がありすぎて国の夜会などでも近づいたことのない方の訪れに、クライシー男爵は自らの館だというのに緊張ばかりだ。
コーディング公爵はその様子に申し訳ないと苦笑する。彼の妻もそうだが、自分の父親の年頃の男性をいじめる趣味はないのだ。
なので早々に要件を伝えることにした。
「我が家門に加わりませんか?」
話は、彼の孫娘が関わっていた。
「り、リィナをお嬢様のお側に……ですと?」
「すでにお友達なのです」
「おと……も、だち……?」
お友達というのはあれか、一緒に勉強したり、お茶をしたり、話をしたり出かけたり遊んだり――?
混乱している男爵に、公爵は「それです」と頷いた。どうやらびっくりしたあまりに声に出していたらしい。
「も、もしや孫がお嬢様に失礼を!?」
してしまったのではと青くなる男爵に、アレクシスはいやいやと今度は笑みを浮かべた。安心させるように。
「いえ、リィナ嬢は良い子ですよ。むしろ我が娘のほうが助けてもらったほどで」
「助け……?」
何が、起きている?
もう驚いてそればかりだ。
「けれど我々の世界は、簡単にお友達にはなれません……」
哀しいけれどもそれが身分世界というものだ。
公爵令嬢と男爵令嬢では間に何枚も分厚い壁がありすぎる。
「学園では身分の差などない……とありますが、あれは建て前のようなもの」
それを理解できないものは学園を卒業してから現実を知る。遅すぎることを。
「なので、こちらのわがままで申し訳ないのですが……リィナ嬢を護るためにも、我が家門に入って頂けませんか?」
そうすれば他の公爵家の寄り子貴族たちも、リィナを護りやすくなる。
今の宙ぶらりんな状態では、リィナに対して彼らこそが嫉妬などで敵となる。
しかし同じ派閥の仲間だとなれば。
彼らもまた矛先を同じくとして、オーレリアを護る同じ方向を向く仲間になれる。それは身分関係なく、同じ、だ。
本当に、オーレリアのためだけに公爵家はわがままを言っている。
「……我が子可愛さで、申し訳ない」
けれども最善だとクライシー男爵も理解できる。
何故ならその我が子――オーレリア嬢こそこの国で最も尊い存在になりうるからだ。
もしかしたら……いやむしろこの国の貴族として誰よりも何よりも護らねばならない存在ではないか。
その仲間にこの男爵家を加えてくださるというのは、何という誉れか。
しかし家門に加わるということは良いことばかりではない。それをコーディング公爵は知っているからこうして提案として来ているのだ。
呼びつけることなく彼のほうが訪れてくださったのは、それはクライシー男爵家に選択権をくださったのだ。
断っても良いと。
それは派閥争いなどが起きたときには、クライシー家はコーディング家と一蓮托生にもなる。
派閥争い。
昔は戦火の時代は、そうした争いもたくさんあった。
今は仲の良い三つある公爵家も、互いに王妃を出さんと争っていたという。それはそれは血と毒にまみれた争いを。
王妃。
すなわち未来のオーレリア嬢だ。
そんな存在の側に、平民育ちの我が孫娘がいても良いのか。
しかもお友達――。
クライシー男爵はリィナのためを思えば、断るべきだと思った。
きっと荷が重たすぎる。
妹の言うよう、商家や、もっと気楽な家に嫁がせることが孫の幸せに――……。
「私も少し話したのですが、リィナ嬢は良い子ですね。お父様とお母様に大切に育てられ、そしてお祖父様にも大切にされているからでしょう。彼女、ご両親を誇りに思っていましたよ。すぐに駆けつけてくれた貴方のことも。彼女のような子が娘のお友達になってくれて、親として嬉しく思います」
――それだけで、何もかも決まった。
「お、お兄様。リィナちゃんが!?」
どうやら妹の耳にも入ったようだ。
「学園でも公爵令嬢様のお側にいるって、サイモンからも。ねぇ、どういうこと!?」
「お友達だ」
「え」
「リィナは公爵令嬢様とお友達だ」
お友達。
それは何だと戦慄く妹に、彼はむしろ胸を張った。
「リィナは公爵令嬢様にお招きされて、何度も公爵家にお呼ばれしている」
「お、お呼ばれ」
「しかも別に気取った服を仕立てるでもなく、制服のままで」
サイモンなど、そのように気安く高位貴族に呼んでもらえているかどうか。
「しかも手土産などもなく、むしろリィナの方が土産をもらって帰ってきているようだ」
それはなんと公爵子息手作りの菓子やら……何でかご飯だとか。寮の食事では足りないのか、そこは一度尋ねるつもりではあるが。成長期の女の子ってそんなに食べるの?
まあ、そのあたりは妹たちには詳しく教えてやる必要もない。
妹がレイベル伯爵家とやらの名前を出していたから、今回ばかりは彼も公爵家の威を借りたが。
これからはクライシー男爵自身が頑張るところだ。
忘れ形見の――彼自身の宝物のために。
「リィナのおかげで我が家はコーディング公爵家の家門に入れることとなった。しかも新参者で男爵位だというのに、すでに他の家からも歓迎するとお祝いを頂戴した」
この国では最大の派閥だ。
近い将来王太子妃、そして未来の王妃を抱えるコーディング公爵家の派閥は、彼女が王妃の座にある間は安泰であろう。
「そんな伝手を、リィナは学園に入学して僅かな期間で繋いてきた。さて……ならばお前のご自慢の孫息子はどうだ?」
「あ、あの」
「これからはレイベル伯爵家から援助していただくと良い」
自分が実は怒っていたのだと気がついた。
妹は実家を心配するふりをして、孫娘をけなしてくれていたのだから。
不器用だけでなく鈍いと、亡き妻に叱られそうだ。
「まさか公爵令嬢様のお近くに侍る孫を押し退けて、この男爵家の跡を継ごうだなんてことは言わぬよな?」
「で、でも、跡取りは」
「リィナ自身に男爵位を譲るわい」
「え」
「将来の王妃様の側にお呼ばれする時、身分が平民では、な?」
それはそう。
平民では王城には上がれない。
男爵家の令嬢でもやや足りない。
だが、リィナ自身が「男爵」であれば。
そして今は昔と違い、女が跡を継ぐことも許されている。
確かに厳しい道ではあるが、乗り越える価値がある。
「リィナ嬢のこと。オーレリアは生涯のお友達になってほしいそうなので」
つまりは腹心の――側近に。
公爵家よりそう望まれている。
先に調べられているとクライシー男爵も察した。
そのために身ぎれいに。そして厄介な身内もきれいにしておくようにと。
口には出さないが、そのように言われていることを察することができずして、何が貴族か。
妹も実家が、そして心配するふりをして下に見ていたリィナが、自分の孫息子よりも良い縁を持ったことに。
ここで騒いで、反対して、完全に縁を切られるよりかは。これからも公爵家と縁がある実家と仲良くしたほうが良い。
「そ、そうよね。リィナちゃん、とっても偉いわ。自慢しちゃう!」
妹もさすが貴族。察し良かった。
「ああでも、今までのようにサイモンに援助することはないからな。その分はリィナにかけたいから。ほら、お前も言っていたように公爵家にお呼ばれする時、やはり仕立ての良い服や手土産が必要なときもあるかもしれない。だろう?」
今のところはそんなものは全く必要とされていないが。むしろオーレリアの飼っている犬の毛がついたら申し訳ないと汚れてもいい服で来てくれと言われているくらい。
「毛が抜けにくい犬種だけども、念のため」
けれども、妹には理解できたようだ。
これからは実家の援助が今までのようにはいかないことを。
「むしろ今まで、よくも息子を――嫁を、馬鹿にしてくれたな。リィナを産んでくれた息子の大切なひとだ。自慢するなら嫁のことを言え!」
自分もそうする――許してもらえるだろうか。
がっくりと膝を付く妹は。数日後、祖母からの手紙にがっくりと膝をつく孫息子は良く似ていたそうだ。
久しぶりにパッパにおねだり。パッパ嬉しくて頑張っちゃう。
こうして何かしら繋がり、ひっそりとざまぁが起きている。(嫌味な親戚のおばちゃん、成敗!




