49 「取り巻きA」ログイン。
「実は目が悪くなってしまいましてぇ」
学園に通学してきたリィナは眼鏡をかけていた。
彼女はクライシー男爵令嬢。
だが、しかし。
「リィナ、今日は授業が終わったら私のうちにいらっしゃらない? お兄様の新作お菓子、食べましょう?」
「はい、喜んでオーレリア様!」
「何でもババ……ババアて何か腹立たしい名前のお菓子だとか……」
「あ、それババロアですね、たぶん」
しかし彼女はコーディング公爵令嬢の――お友達だ。
名前を呼ぶ許可すら。
数日前は、その平凡な茶色い髪や瞳ながら、かわいいと評判になりかけていたはずの少女だが。
お友達となったとたん影が薄くなったと、不思議なことも。
その銀縁の眼鏡。
それは認識阻害付きの、伊達眼鏡である。
ジョブチェンジ。
「「取り巻きA」……つまり、それは……」
つまり、モブ。
しかしなから取り巻きとは悪役令嬢に必要な存在かもしれないポジションだ。
「でも、お友達ポジションでもありますよね……」
物語や作品によりけりだが。
「そうそう、「主人公」キャラに嫌がらせしたりするのもこのポジションだよね」
悪役令嬢は基本的に自分の手は汚さないのである。
「いざという時に悪役令嬢裏切ったりするポジションでもありますね……こわっ!?」
飛んでくる殺気も怖い。どうしてメルヴィンを飛ばしてこちらにだけ当てられるのか。怖い。
「でも、リィナさんはオーレリアを裏切ったりしないでしょ?」
「この魂にかけて!」
前世からの推しを裏切ったりするものか。
「「取り巻きA」。しかしながらその実態はただのお友達へと、喜んでジョブチェンジします!」
リィナの気持ちはありがたい。
けれども。
「うーん、ごめんなさい」
「え?」
「「主人公」のままでもあってほしいんです」
ジョブチェンジを言い出したのはメルヴィンなのに謝られてリィナは首を傾げる。え、お友達やっぱりだめなのかな、と。
そう、だめなのだ。
ただの、は。
オーレリアはやはり公爵令嬢であるのだ。
お友達が欲しいという妹の気持ちもわかるが、やはり――今回のことでそれは難しいことでもあると明らかになった。
「ただの、ではなく……妹の側に付く存在になってください」
「側に? それはお友達では……」
「いいえ、お友達ではなく――側近に」
だから、「主人公」のまま「取り巻きA」と。
「兼ね役、お願いしたいのです」
それは美術での一件で。
公爵家に連なる家の子らは、いざとなればオーレリアを護るものであるというのに。
彼らは出遅れた。
一番初めに動けたのはリィナだったのだ。
それはリィナが「主人公」という属性を持っていたからではないだろうか。
ゲームに強制力というものがあるのなら、それは「主人公」ためにこそ、ある。
クリスティアンからの話を聞いてそう考えて――ぞっとした。
もしも「主人公」が、動いてくれなければ「悪役令嬢」は。
あのまま、他の「主人公」へ虐めをした存在となっていたかもしれない。
「……こちらの理由で、申し訳ない」
せっかくお友達になってくれようとしたのに、自分は「ただの友達」だけではなく「側近」そして「護衛」として雇いたいと言っているのだ。
「つまりは、「主人公」としての属性で動きながら「取り巻きA」として……オーレリア様のお友達となりながら、護りに」
兼ね役すぎる。
「そして「取り巻きA」ということは、貴方も言ったように……もしも「悪役令嬢」が何かしたときの実行役と疑われる存在でもあります」
そう、物語やゲームなどではそういう存在であろう。
「今まで、オーレリアにはあえてつけていなかったのは、そのためです……」
オーレリアが自分でお友達を見つけたいという気持ちもあったけれど。
少しでも「悪役令嬢」となる要素をなくしたかった。
親たちは微妙な顔をしていたが、妹の「お友達」な気持ちをメルヴィンが後押ししてしまったために。
メルヴィンはまたツメが甘かったと後悔した。
今回の美術の時間。リィナがいなければ――。
「とても難しいから、断ってもらっても――」
「やります!」
けれどもリィナはすでに覚悟完了だった。
「魂にかけて!」
むしろリィナの目は輝いた。生気が宿ったとも。
三十路で――暗く亡くなった女の目に、生きる意味が。
「しかも推しのために!」
輝いた。まぶしいほどに。
「一応は、家門のものたちも周りには配置してありますけれど」
出遅れたものたちだ。
やはり教育が足りていないのではと、ルカやその母であるビアンカを思う。だが彼らは規格外でもあるし。
帝国の影のせいでそのあたりの感覚がズレてしまっているメルヴィンだ。
家門の子らも、その実、一生懸命だ。
リィナの後になってしまったが、きちんと見ていたと申告してくれた生徒など。
彼らにはリィナ・クライシー男爵令嬢がオーレリアのお友達になると報せるつもりではあるが、そこにもまた軋轢が生まれそうだなぁと、頭を抱えてしまいそう。
リィナは男爵令嬢である。
オーレリアは公爵令嬢である。
やはり身分差。
家門の子らも、自分たちを差し置いて見ず知らずの数年前までは平民暮らしであったぽっと出の存在が、自分たちより近くにいるのを気にいるはずがない。
そういうものだ、人間というやつは。
家門の子らは、学園が始まれば自分こそがオーレリアの「お友達」になると――将来の王妃の側にと、野望を抱いていただろうに。
コーディング公爵家としては彼ら彼女らに、それを期待していたのだが。彼らはそのために育てられていたはずなのだから。
内心では失望でもある。
彼らはこれからは、リィナをオーレリアの「お友達」であると認められるかどうかでふるいにかけられる。
「ままならないものだなぁ……」
そしてリィナと先んじて知り合って、その人となりや魔法印文が反応しなかったことなどを確認しておいて良かった。そればかり。
「オーレリアには、話すから」
「……はい」
精神年齢が大人でもあるリィナにも、オーレリアには普通にお友達は作れないと、もう解っていて。
「でも、せめて……」
「うん……」
せめて、学園内、学生のうちだけでも。
「将来、側に置く存在として、今からすでにという体なら、男爵家のお嬢さんも……」
将来、側に。
それは公爵家は彼女を王妃付きの侍女として雇いたいと考えていると周りに思わせることができる。本当に侍女などに雇うかどうかはこれからだが。
そういったことなくお友達を作りたかったオーレリアには悪いが。
しかしきちんと話せば。
「リィナさんはこれからも……えっと、人の目のないところならお友達でいてくれるということでしょ? 学園を卒業しても……その方が、嬉しい」
学園内だけでなく将来もお友達でいてくれると前向きにも。
自分ではお友達はやはり――いや、初めてのお友達は、ちゃんと自分でお願いできたではないか! 作れたではないか!
それだけでも喜ぶべきだ。
自分で生涯の友を得た。
兄たちはおむつの頃から親たちの思惑で、だったはず。
「私は自分で手に入れたの。お願いしたのだもの」
嬉しい。
「リィナさん……いえ、リィナ。これからもよろしくしてね?」
「うちの妹、良い子ぉ……」
「尊すぎかよぉ……」
執事が慣れた様子でハンカチを、二枚。
「あと、認識阻害眼鏡、どうぞ」
「認識阻害眼鏡?」
「普段は取り巻きとして側にいてもらうなら、こうした違いがあった方が良いかと」
「なるほど、「主人公」が「悪役令嬢」の側にいたら。もしかしたら私の方に強制力が働いてオーレリア様に何かしてしまうかもですものね」
「理解早くて助かります」
もしもリィナにその気がなくても、彼女を「主人公」にするために何かしら――それを防ぐ。
「眼鏡、大丈夫です?」
「前世も自宅帰ったら眼鏡にしてましたから大丈夫ですよ」
普段や仕事中はコンタクトだったらしい。
ずっと視力は良く過ごしてきたメルヴィンには慣れなくて、たまに耳が痛くなるのだが。まぁ、リィナ嬢もこれからまた慣れていってもらうこととなり。
「デザインとか予備とか、色々ありますから」
そこでも地味な銀縁眼鏡を選ぶリィナ嬢。
そうして茶色い髪と瞳で、地味な眼鏡の「取り巻きA」がこの物語にログインしたのであった。
眼鏡装備! ついでに実は髪型もおさげにチェンジなリィナさん。完璧モブ!
(彼女の闇深さはまたそのうち…)




