47 勇気出した、から。
「ああ、それはリィナ嬢がオーレリアちゃんをかばったんだよ」
私が知っていますと、メルヴィンに教えてくれたのは帰宅したクリス先生だった。
妹たちはオーレリアのお部屋でお茶だ。そこに立ち入るほど野暮ではない。
生前の妹たちの躾である。「お兄ちゃん、お友だち来ているときは邪魔しないで」との。
いかに兄とはいえ、女の園に立ち入りを許されるのは、おやつの差し入れの時と、そのおかわりを差し入れる時だけである。
「リィナさんがわんこ好きで良かった」
オーレリアは犬を飼っている。普段は彼女の部屋でゴロゴロしている犬なだけなのだが、犬がお苦手、もしくは犬アレルギーなどあったら妹のお友だちはいきなりお家にご招待できなくなるところであった。
「相変わらず過保護すぎ」
クリスは丸い眼鏡を外すと、曇っていたそれを磨いてかけ直す。
メガネを外していたときはそのくすんでいた金髪が美しく輝いていたのは、もう見慣れたメルヴィンたちだ。
認識阻害眼鏡である。
先に対策の一つとして開発したそれがここにて活躍している。
それは帝国の第二皇子。
クリスティアン。
今は遠縁のコーディング公爵家に居候中の美術教師である。
帝国は彼が継承権を放棄すると公表しても、まだまだ水面下では争いが続いている。
なので火種そのものが避難することにしたのだ。
国外逃亡な避難で。
「薬盛られて女性と部屋に閉じ込められたり……」
話を聞いて「うわぁ」と青くなるメルヴィンだったが、それを命じたのが彼の実の母であるとまでは、まだまだ子どもな彼にはきついとクリスティアンは飲み込んでいたが。それほどのこともされたのだ。
それは兄弟たちの手引きで助かったが、クリスティアンが逃げ出したいと思っても仕方がないだろう。
それを精神年齢的にはすでにおっさんなフリードリヒは哀れに思い。
「実のおっかさんが酷すぎらぁ」
と。
そういうわけで、クリスティアンは帝国から姿を消した。
母親の陣営を兄のジークヴァルトの陣営が抑えられるまで。
その身柄を実は第三皇子が匿っているとは思いもすまい。
まだまだ敵であると兄弟陣営はそれぞれが勝手に疑いあっているから。
だからはじめは兄たちに任せて逃げることを悩んでいたクリスティアンであったが。
「メル坊のところなら俺が作るのとかわらねぇ、美味いもんが食えるぜ?」
食欲は、人間が生きるために必要なのです。三大欲求である。
そうして、クリスティアンは信用あるメルヴィンに預けられた。
しかしその美しい金髪はコーディング公爵夫人と繋がりがあるとわかるものには。それはすなわち帝国の――。
なので彼はこの国では認識阻害眼鏡をかけることにした。メルヴィンたちが対処として開発していたものが役立ったのである。
魔法で髪の色を変えたりするより、この眼鏡の方がはるかに負担が少ないのもあり。
ただ、公爵家に居候というのもそれはそれで目立ち。使用人としてではなく、客としているというのは案外噂になるもので。
なので学園にて空きが出た美術教師として彼はその居場所を得た。そういうことだったのかと噂も沈静化だ。
確かに美術の才能がある彼を、教師として招いたのだという体裁も整った。
「タイミング良く美術の先生にパトロンがついて、長年の夢だった美術旅行のアテができるだなんてねー」
「ヨカッタデスネー」
そのパトロンが帝国の謎の好事家であるのはなんて不思議だろう。
「あ、本当に彼の風景画は良いものですよ。私、そのあたりは妥協しませんから。良い作品が増えるのは世のためでもあるんだからね」
「そっすか……」
美術の先生の夢も叶ってウィンウィンという――目の前の謎の好事家。
そんなわけでクリス先生は学園の美術教師であり。
オーレリアはお家でも良くしてくれる彼の授業を選択していたのだが。
「今日は天気も良かったし、学園の庭園で好きなものをスケッチして、としていたんだけれどね」
手始めとして好きなものを。美術の始まりとしては良くある授業だ。
「その移動中にオーレリアちゃんにぶつかろうとしたのがいたんだよ」
「なんですって!?」
「なんか男爵家の女生徒でね。オーレリアちゃんに足を引っ掛けられたとか言いがかりを――」
飛び出そうとするメルヴィンの袖を掴みつつクリス先生は話を続けた。すでに彼も兄馬鹿の扱いにお慣れである。
「それをリィナ嬢が「見ていました!」と、無実の証明を。むしろその男爵令嬢の方からぶつかっていたと」
リィナがオーレリアをみていたから。そして勇気を出したから。
「はじめに彼女が勇気を出して声を上げたから、他にも見ていたと手を上げてくれる生徒もいてね」
はじめは言い訳をしていたその生徒も、それだけ目撃があれば自分が悪いと認めるしかなかったとか。
「なのでその生徒には美術の選択は外れてもらうし、職員室で他の先生にもお話しておいた」
「そう、ですか……」
「ぶつかったのが公爵令嬢だったから、身分低い自分を虐めたのだと理由のわからないことも言っていたから……ちょっとお家にも注意勧告を」
クリスティアン、けっこうちゃんと教師だった。
彼は何故そんなことをしたのかと不思議だと首を傾げていたが、それは――相手は、男爵令嬢。
すなわち、「主人公」の枠?
「もしや第二の主人公……こんなに早く?」
メルヴィンは嫌な予感もうっすらする。
「まさか、イベント……」
クリスティアンはリィナのことを覚えていて。
「何? 彼女、公爵家で雇ったの? 護衛?」
「いえ、そうではなかったのですが……」
むしろリィナにしては影からハァハァ拝んでいたかったのであろうが。崇拝対象に気が付かれずに。
ちなみにちゃんと護衛もいた。しかし帝国の影に慣れている彼らには物足りないレベルだ。この国は所詮属国に過ぎず。そこまで求められるのも無理であり。
「でもうちの家門の下にいる子どもたちが出遅れたのは確かなので……」
これが考えもので。
やはり何かしら強制力的なものが働いたのだろうか。
「じゃあ、勇気ある子だったのですね。それなら私もお礼言わなきゃ。私の授業でだったから……」
先日はその打合わせだったのかと思ったのだが。あのカツ丼。
偶然であると聞いて、勇気ある子だったんだなぁと感心していた。
自分の受け持ち授業で問題が大きくならなくて助かったのはリィナのおかげである。
「……でも、これでリィナ嬢も目立ってしまうね」
……どうしよう。
こういうときに見ていたと、勇気出して言ってくれる方のありがたさ。




