46 …お約束。
「メルヴィンくんがまた美味しいものを作っていると聞いて」
わくわくといった雰囲気で小部屋を覗いてきたのは少しくすんだ金髪の男だった。
丸い眼鏡が特徴的な。
「なんでこんな部屋の端っこがわかるんですか……」
メルヴィンが呆れながらも苦笑してしまう。
この「取調室」は公爵家の本当に端の部屋だったからだ。
広大で客室含めていくつも部屋があるこの公爵家の館は、メルヴィンの前世感覚ではお城にも近い。
この部屋はそんな城の端、本当に――ある意味、取り調べやそういった秘密に使う部屋だからだ。
お客様が訪れる場所ではない。
リィナが別に、本当にゲームに関係なく、「主人公」でもなく。そして「モブキャラ」としても日本や前世の記憶を持たないならば。
本当に無関係の男爵令嬢であれば。
公爵家に連れこまれたなんて噂にもならないように、そっとまたお帰しするつもりだったから。カツ丼はスタッフが美味しくいただきましたとなるやつで。
口止め料にまた何かしら便宜は図るつもりであった、相変わらずツメが甘いメルヴィンである。
一応は金貨の十枚ほどの小袋をご用意してあったり。お小遣いにも十分過ぎる枚数だとルカに言われながらも。
しかしそれらのもしもの用意より、別な――「主人公」であったらの準備の方が役立った。
カツ丼。
そちらの方に彼女が反応したために。
ルカも涙ながらにかっこむ様子にかつての自分を重ねたようだ。その切れ長の黒い瞳から、わずかながらにリィナを見る険しさが和らいでいた。
そんな空気の中に、むしろ空気を読みながらも彼は入り込んできて。
「晩御飯にはまだ早いですよ」
呆れるメルヴィンはそれでも慣れた様子。
「おや、お客さんにお振る舞いでしたか」
彼はメルヴィンが話していた相手が学園の制服を着た女生徒であることに。そのリボンの色で新入生だとも気がついたようで。どうしたの、とメルヴィンに対して首を傾げる。
どうして新入生がここに、と。
「彼はうちの居候で、学園で美術を受け持つクリス先生です」
メルヴィンが先んじて紹介することにした。
「よろしくね。新入生さんなら来週くらいに科目別の選択があるのでしたね。美術を選んでくれたら嬉しいです」
ちゃっかり生徒を勧誘しつつ。
「は、はあ、よろしくお願いします……美術の先生ですか……うん」
突然のことにリィナはびっくりしているが、内心でオーレリアが選ぶ科目はなんだろうと気にしているのはメルヴィンたちにはバレバレである。
でも彼女はわきまえていた。きちんと。
「オーレリア様を、拝めることができるだけで幸せなので……」
崇拝対象とお近づきになる気はない。
何より自分は男爵令嬢。
身分差、だ。
ゲームなどの「主人公」はその身分差を気にせずに攻略対象に近づいてくる。
まさにレオナルドはその貴族令嬢にはない明るさや朗らかさに惹かれるとあるのだが。
しかしもうすでに現実を見て知って、体験すらしている彼にはどうだろうか。
またリィナも自分はこの世界できちんと男爵令嬢として、生きていくのだと理解していた。記憶が蘇ったことにより、なおさらに。
「そうでなければ亡き両親にも……引き取ってくれた祖父にも迷惑をかけることになりますから」
本当に、そこだ。
彼女は今を、現実をきちんと生きている。
「でも実は、学園でもう一度勉強できるのも嬉しいんです」
「そうなんですか?」
「うふふ、大人になると、あの時学んでおいたらってことはたくさんあるんですよ」
リィナには、これが生まれ変わりの何よりな利点や目的かもしれないと思えていた。
それはまだ学生で、前世も最期は学生であったメルヴィンには難しいところで。
事情わからないだろうにクリスにはその言葉には共感できるところがあったようで頷いている。
「何歳になっても学べるとはありますが、それはなかなか難しいので。お若いのにそういった意欲が高いのは素晴らしいですよ」
「あ、ありがとうございます」
「よかったら美術も学んでみませんか?」
「あ、はい。そうですねー……」
「オーレリアちゃんも美術を選択してくれるって言っていましたですよ?」
「あ、はい。よろしくお願いしますクリス先生」
……。
久しぶりにチベスナ顔メルヴィンであった。
「これからはあまり目立たないように、その……影から見ることはお許し願えたら……」
「まぁ、そういうのはたくさんいますから。リィナさんの気持ちもわかりますし」
「ありがとうございますぅぅう」
保護者のお許しがでたとリィナは涙すら。そんなに、とメルヴィンたちの方が驚くことに。
「推しは活力ですよ」
なるほど。
彼女を支えていたもの。
その活きる、ちから。
それは大事だ。
そうして来た時の逆でリィナは無事に寮まで。お土産に残ったご飯でおむすびを作ってもらって。
「夜食にどうぞ」
この時間にご飯だったので。いかにカツ丼といえど育ち盛りの少女には物足りないだろう。
夜にお腹空いて切ないのは寝不足の元。
「……ご飯ー」
「また炊きますから」
匂いにつられて来たどなたさんには晩ご飯時まで我慢してもらいつつ。
「今日はレオナルドも食べに来るって言っていたからたくさん炊かないと」
すでに五合炊きや一升炊きの土鍋を、お譲りいただいていたりする。
「食べ盛り大変だろ。米も増やしてやっから」
と、彼は笑って届けてくれたが――色々頼むと、途中から真顔になっていたのが手紙からも伝わり。
それから数日後。
「お友だちができました」
嬉しそうに妹が。
初めてのお友だちだ。
「良かったね」
妹にお友だちができたことは兄としても嬉しく。妹の学園入学の目標も一つ叶ったのだ。嬉し涙を何故か兄のメルヴィンの方が流してしまう。
妹は本当に嬉しそうに、お友だちをお家にご招待した。
「あの、リィナ・クライシーです……ハジメマシテー……」
「兄のメルヴィンです。ハジメマシテー……」
互いの顔が、目が。
言葉なく言っている――どうしてこうなった!?
お約束w (いろいろと)




