35 「今夜は春夏冬予定」
前世の記憶を取り戻したフリードリヒは愕然とした。
料理人として一応は他国の食事の知識もありはしたが。
「この国……ドイツ風っていうか、冷たい食事もね、うん……悪かない、ぜんぜん悪かないんだけどさぁ……」
冷たい食事。
作り置きしておいたスープや蒸したじゃが芋やソーセージやハム。パンとチーズといったもので洗い物少なく。それはそれで悪くはないが。その家事仕事の分、家族との時間も取れるのだから。
ソーセージやハムなども、別に不味くはない。むしろ美味い。
素材や材質には凝りに凝るが、それにさらに手を加えることをあまりしない。美味いものはシンプルに食うに限ることもある。ソーセージなんて、ただ焼いてプリプリなところをかじるに限る。肉汁と一緒にビールで乾杯だ。
しかしながら。
そもそも食事に娯楽を求めていない。そんな国の仕組みがそもそも。
属国の公爵子息のやっていることなんて新し過ぎて、実は周りはついて行けていないほどだ。
これは長くこの大陸が戦火にまみれていたからもある。
それ故に推奨されて育てられたのが――芋。
踏まれても地面の下で育ってくれるお芋さまだ。腹持ちもなんとありがたい存在か。
そのおかげでか、昨今は多少は食べ物のレパートリーも増えたのだそうだが。
これはつまんねぇ。
だから余計な喧嘩もするんだろ。
フリードリヒはそうして兄たちに招待状を書いた。
「開店のお知らせ」
として。
前世から書道の段持ちである。字の上手さでも兄は釣られたと後に話の種にもなった。
「まだまだ満足の行くシャリじゃねぇけれど……」
赤酢に近いものをようやく作ることができたとか、兄たちには興味なく難しいことを話されたが。
「ふぅん、海老、ですか?」
クリスティアンの興味持ったらしい様子に、掴んだとフリードリヒは内心で拳を握る。玉の皿は空になっていた。それはジークヴァルトのも。
「生ものはまだちっとばかし怖いだろうし……まずは茹で海老からおあがりよ」
初めてで生もの。それは食べてもらえるかわからなかったから。いきなり食中毒も怖かったし。
前世の外国の客人を相手をしたように。
本当は鮪を出したいが。
漁師さんが頑張って獲ってきてくれたのが氷室にあるから。
「あ、手でそのまま食ってくれ」
だから手拭きがまず先に渡されたのか。
納得しつつ、帝国の中にも手づかみで食べる風習はあるので躊躇いは少ない。
何よりここで食べないのは――逃げたとみなされる。
もしもここに二人で呼ばれていなければどうだったか。弱みを見せられないものが同席にあるいうのは、フリードリヒも考えたものだと感心すら。
フリードリヒとしては同時におもてなしの心だけだったのだけれど。
「これは……!?」
「美味しい、ですね……」
海老が甘い。それに口の中でほろりと崩れたこの穀物の粒はなんだ。甘酸っぱいこれが、海老と一緒に口の中で何と合うことか。
マリアージュとは良く言ったもの。
海老と米とマヨネーズに。
兄たちの目が驚きと
いつからか末弟フリードリヒが氷魔法の使える影たちを多く囲っているとは聞いていたが。
海などから食材を集めているのだと、ここでようやく知ることになり。
弟の手が不思議な動きをしたと思ったら。
目の前に置かれた皿の上に、何やら美しく整えられた海老の食べ物が。
木の――寿司下駄の用意が間に合わなかったとフリードリヒは何やら悔しそうなことをつぶやいていたが。
「醤油こそまだ満足いかねぇ。ここは邪道かもだが――マヨネーズで食ってくれい」
そもそも、寿司とは庶民の食べ物だ。
歴史ある寿司屋であったが。前世の彼は頭の硬い頑固者ではなかった。
子どもの客にも喜んで食べてもらえるのが一番大事。ときに回転すしとて手本にした。
そしてマヨネーズソースの寿司は。
また兄たちの胃袋を掴んだ。
「卵様々。神殿様々。おありがてぇ」
もしも生卵が危険な世界であったら、マヨネーズこそ――毒殺未遂になってしまう。
神殿の先にいらした転生の先輩に感謝ばかりだ。
「続いては蒸しタコ。これはレモンと塩で。それと意外といけるイカ天だ。これは手巻きで。塩とマヨ、どちらが良いかい?」
後に満足の行く醤油が手に入ったとき、クリスティアンはこちらのほうがより美味いとなってくれたが、意外とジークヴァルトの方がマヨネーズの沼に落ちていた。
そうして。
皇子としての公務の合間。自ら仕入れなどに行く時間ができた日に。
ときにフリードリヒは兄たちに招待状を出す。
いつしか兄たちはそれを楽しみにしていた。
そう、兄弟で美味いものを食ってりゃ、喧嘩なんてしねぇやと。
フリードリヒが誰かさんからうつった甘い考えでもって。ツメが甘くならないように気をつけて。
「穴子が手に入ったらのために甘ぇツメ、今のうちから仕込んでおくか……」
ツメが甘いで思いつきつつ。
なので今宵も。
「あの、いつだったか作ってくれた……ツナマヨ。あれを頼めるか?」
「あいよ!」
ツナマヨ――加熱した鮪の身とあえたのが、長兄の一番お口にあったらしい。
子ども舌だとは、この異世界では口にすまい。
ちなみに酒の〆はメルヴィンから物々交換しているアイスクリーム。
これもまた、ずいぶんとお口に合い。
「これ、これは……っ!」
「冷たい……甘い……なのに美味!」
あの時、風で撹拌することを覚えたメルヴィンのアイスクリームは舌触りや滑らかさを増して。
「メル坊、年々腕上げていきやがる」
ひっそりとアイスクリームだけは彼らの宮にも分けてやることにした。営業時間外でも食べられるように。
「その属国……手放せませんね……」
「いや、侵略とかしないで贔屓してやってくれよ。俺の大事な弟分だから! アイスクリーム、俺じゃこんなに上手く作れないからな! これからも食べたかったら……」
「それは……うん、わかった。絶対に大切にしよう。コーディング公爵家か。覚えておこう」
思わぬところで他の皇子たちにも覚えられたメルヴィンだった。
ちなみに「海苔」の類は。
フリードリヒ直々に海に行き、岩にへばりついているのを採って干しての手作りだ。フリードリヒの前世の記憶ではこれが精いっぱい。そのうちメルヴィンと相談したいところだ。あの子は頭が柔らかく、意外な発想で解決策を見つけてくれる。
こないだなど「小麦粉あるなら作れるんじゃない!?」と――なんと「うどん」を作っていた。こちらから分けた醤油と味噌で、採れたきのこなどで汁も美味いこと作ったとお手紙を頂戴し。その手があったかと、フリードリヒも膝を打った。
パンがないならうどんを食べれば良いんじゃない、だ。いやきっと意味が違うだろうが世界史が苦手だった彼にはこれが限界。
「干し椎茸……いやぁ、美味いことやるよなぁ、メル坊」
そのうち「昆布」を見つけなければとお互いに。「鰹節」も類似品で乾物にしているところで。やはり帝国の皇子のフリードリヒの方が探索も加工も大きく手を伸ばせるが、発想はメルヴィンの方が柔らかく頼りになる。
「海苔」も送ってやったら感謝もされた。
まだまだ改良が必要な海苔だが。
その浜辺に住むものたちにこれからは採って干して作ってくれと。使いやすかろう四角にするようにとも伝えて。できたら発展させて欲しい。養殖なども、いつか。
こうしてとある貧しい海村に、名物が生まれたのはまた別の話。
「そもそも、私自身は皇帝になりたくないのですよね……」
その日、腹割って話そうと決意したのはクリスティアンだった。
彼はぬか漬けもお気に召して。鯖のぬか漬け――へしこ漬けをお供に杯を傾けていた。ようやく日本酒――米からの酒も形になってきて。
正妃を母に持つ彼は、実のところ一番帝位の座に近いのに。
「私、愛する人がいるのです」
思わずその時飲んでいたエールにむせかけたのはジークヴァルト。
彼の好きなツナマヨはエールにもワインも合うようで。それを待ちつつ、お通しをつまみつつ。
「そいつぁ、うちのかーちゃんみたいな……」
「かーちゃん?」
「あ、うちの母みたいな」
フリードリヒも驚いていた。
今日は長兄の好きな芋にマヨネーズを混ぜたのがお通し。すなわちポテトサラダだ。芋とマヨネーズがあるならば作るのがある意味礼儀。ぬか漬けのキュウリを混ぜるのがフリードリヒのこだわりだ。ハムやらそうしたものは元から美味いのはこの帝国の幸いで。
ツナマヨの手巻き寿司。マヨネーズ被るけれど良いのかと尋ねたら、むしろどんとこいなうなずきを頂戴した。その作る手を止めて。
一見寡黙で切れ者な雰囲気の長兄である。マヨネーズ沼に落ちているが。そして今はエールにむせて苦しそうな涙目だ。
ちなみにこの世界は酒に対する年齢制限が低い。開店時はまだ全員二十歳前であった。
現在フリードリヒは十七。兄たちは一つ上の十八歳である。彼ら同士はわずか数週間という歳の差だから余計に面倒というかなんというか。
本日、とうとうそこにクリスティアンが腹の中をぶちまけに来た。
彼らにいよいよ結婚話しが来たために。
――政略開始だ。
メルヴィンアイスクリームは冷蔵庫のおかげで帝国にも広まっているけれど。
彼のは一人、ハーゲン◯ッツレベルなイメージでw
…私がお寿司食べたい…。江戸前寿司ぃ…。




