33 ひっそり交換同盟。
「この鍋、三合炊きだから」
「はい」
フリードリヒが職人に作らせた鍋は使い勝手の良い三合用だった。
職人と色々と試作した中で、比較的軽く十歳の子供に使いやすかろうというものを選んで持ってきていた。弟子をとっていたこともある彼は、生来面倒見が良いのだ。
帝国にある彼専用の厨房――二年前に記憶を取り戻してからこちらも作らせた――には、様々な鍋や調理器具が並んでいる。
部屋の隅の涼しいところには糠床も。
彼は公爵家の氷室をみて仕切りに感心していた。帝国に帰ったら真似して作らせようとも考えて。
「帝国も夏は暑いからな……」
「ぬか漬け、傷んじゃいますもんね」
灼熱の日本を知っている二人。傷んだ糠床の匂いも。思い出してうなずきあってしまう。
メルヴィンが慣れた手つきで米を研ぐ。
「そうそう、吸水は……今の季節なら一時間くらいかな。まぁ念のためな。長めで」
「はい」
その間はメルヴィン作のおやつで休憩だ。
「へぇ、こりゃ美味い」
作っておいたマフィンはドライフルーツ入りで。
「お前さん、きちんとしてるな。料理の筋が良いよ」
「えへへ。ありがとうございます」
帝国にも――むしろ皇帝の近くにこそ、この国の菓子が入り込んでいると帰宅してフリードリヒの方が驚いたのは後の話。
分野外で知るのが遅れたバニラビーンズ、メルヴィンが理由だったのかと。
「お、これくらい水吸って白くふっくらしたなら大丈夫だ」
これからが難しいところ。
「火加減は大事」
料理人の世界では焼き方を任せてもらえるようになるまでもまた大変なのだという。寿司職であってもだ。
といっても、今日は米の炊き方である。
「コンロがあれば良かったんだがなぁ……」
「文明の利器、再び」
冷蔵庫に精米機。まだたくさん。
「僕、泡立て機も欲しいです」
「ああ、菓子作りに……」
「泡立てで腕鍛えられます」
製菓職人さんの二の腕は案外たくましく。
「でも七輪みたいなのあって良かった」
この世界にも七輪のような焜炉があった。煮炊きは人の生活には必要だからこうしたものはどのような世界にも生み出されるのだろう。
「この鍋、すでに俺が何度か炊いてるから大丈夫だけど、初めて炊くなら目止めもいる……が、まあもし割れたら新しく送ってやるから、またそのときにな」
きちんとした土鍋の使い始めには米の研ぎ汁で、などとあったりするが、メルヴィンには自分がまだまだ試作した鍋をやれば良いかと思いつつ。むしろ試作品が溜まっていくのでもらってほしい。
「水加減も自分の好みの探してくれ」
「はい。僕はちょっと固めが好きかも……」
「お、じゃあこんくらいかな?」
水加減を確認したら、いよいよだ。
すでに焜炉には赤々と炭が。公爵家の料理人さんが気をつかって入れておいてくれたのだ。彼らがお茶をしているうちに。
でもちょっと多いとフリードリヒは火消し壺にうつしつつ。気をつかってたくさんいれてくださったのはありがたいのたけれど。
「そう、沸騰するまで……まあ沸騰するまでは蓋開けて確認してくれてもいいぜ。そこまでこだわるここたぁねぇ」
素人や初心者に目くじらを立てるほど頭の硬い職人ではない。フリードリヒの前世は弟子たちや跡取りである息子にも慕われていた。こだわりは持つ頑固職人ではあったが、昔気質の怒鳴るばかりの職人ではなかったのだ。
「そうそう、沸騰したら弱火にして、十五分炊いたら火から下ろす」
ここから先はメルヴィンが自分でできるようにと手を出さないのもフリードリヒの優しさ。火の取り扱いは危険でもあるので後方でいつでも手助けできるよう構えながらも。
おかげで自分で炭の量を調節し、ミトングローブで土鍋を落とさないよう鍋敷きにおくことに成功したメルヴィンだ。
影の皆さまも、ほっ。
「これからまた十分は蒸らして……もしももっと寒い季節ならタオルとかでくるんで冷めないようにな」
そうして蒸らしが終われば……――。
「銀シャリだぁ」
艶々ぴかぴかの、メルヴィンが夢にまで見た炊きたてご飯。お焦げ付き。
「ささ、どうぞ」
そして差し出される――卵!
「これが食べたかったあ……!」
ほかほか炊きたてご飯に生卵。
「塩しかないが、あとぬか漬け……」
それでも十分だ。
カツカツとかっ込むメルヴィンには聞こえていない。
「……ふっ」
フリードリヒは良し良しと頷いて。
これが料理人冥利よ。
「醤油とか、早いとこ送ってやるか」
メルヴィンが一杯を、米粒一つ残さず食べて、満足そうにため息を。
ハッとしたのは夢中で食べていたと、フリードリヒのその微笑みに。
「なれたら炊き込みご飯とかも試してみるが良いさ。自分好みの味を探してな」
「はい!」
フリードリヒはそうして「土鍋」と「糠床」を。米の炊き方を伝授したのであった。
「師弟関係でも良かったのでは?」
と、少しだけ思う二人であった。
だが、フリードリヒも出されたメルヴィンの菓子に目を見張るものがあり。
滞在中に出されたデザート。
とくに――アイスクリームに。
彼は日本食に関してはベテランだが、製菓の方はそれほどでもだ。近くにあった和菓子屋とは馴染みはあったのだが、やはり分野外。むしろうちの方が歴史が長いとマウントとっていた幼馴染が和菓子職人で――息子の嫁の実家。
息子の嫁が時々作ってくれた菓子も和菓子が多かったが、パンケーキやこうした洋菓子も懐かしい。
パンケーキに添えられたアイスクリームが、ひっそり好物だと見抜かれていた気もしなくて。
「坊主……いやメルヴィン! これ、交換しねぇか!?」
「是非とも! あ、坊主で良いですよ?」
そうして。
師弟関係ではなく、同盟となり。
フリードリヒは転生のよしみでそのつもりだったらしいのだが、ただで米を頂戴するのは心苦しかったので。
それからほどなくして。
帝国の影に任務が増えた。
行きは米を始めとした荷を運び。帰りはメルヴィン作のアイスクリームや果物のジャム、コンポートなどを。
ここでもまた氷魔法が活躍し。
背負子の中にはほどよい低温を一定に。
氷魔法使いの影たちは、不遇職からまたありがたいと感謝をするのであった。
ただ、山越えだけが大変だけれども。
「鮮度も大事!」
美味しいご飯は今後も必要なので。今のうちにしっかりと書いときます。
これを読んだ方に炊きたてご飯、卵かけご飯が食べたくなる呪いがかかりますようにw




