28 「い、いただきます」
白米。
ぬか漬け。
お米大好き日本人の前世を持つメルヴィンには、今は金塊や宝石より何より輝いているものだった。
ちょっとお人払いして二人でお話をとフリードリヒが申し出たとき、大丈夫かとハラハラする王国側の皆さまの心配を他所にメルヴィンも「是非」と。今日までの、帝国から偉い人が来ると、年相応に怯えていたのはなんであったのか。
怖さなど、米の前には吹き飛ぶのである。やはりご飯は最強である。ルカにしたことを今度はメルヴィン自身が食らう羽目になったのだ。
なので別室で二人きり。と言っても、帝国の皇子と公爵家の跡取り息子である。
影たちはそれなく配置されているし、メルヴィン至上のルカもこっそり潜んでいる。
話を聞かれることになるが、仕方がないと諦める。
「それに聞かれてもあんまり伝わらないんじゃないか?」
「ですね」
生まれ変わりがあれこれとこんなこと――自分たちでも未だ信じられないことなのだから。
「冷蔵庫、あれで思い出したよ」
なんと、フリードリヒが前世を思い出したのは二年前。
メルヴィンが氷魔法に目覚めて、氷菓をはじめとした菓子を作りたくて発明した冷蔵庫がきっかけに。
それは公爵家によく行くレオナルドから王家に、すなわち国に伝わり。それはそのものの素晴らしさから料理人たちの間に伝わり、特許をあえて取らなかった事により模倣して作り売る者たちが現れて。そして帝国にまで伝わった。
そしてそれはフリードリヒの食卓にまで届き。
その前に皇帝にも伝わってもいて。
今まで冬季にしか食べれなかった冷たい料理が並べば誰もが疑問に思うもの。
そうして興味引かれたフリードリヒは皇子でありながら自ら調理場に赴きて――。
「おかげでさんでぶわっと思い出したわけよ」
冷蔵庫。
その存在に。
何故ならば彼の前世はその恩恵があってこそのお仕事を。
彼の前世は料理人。
「神田で寿司屋をやってた」
のである。
「あー……それで秋葉原」
「近いし出前もよく行ってた」
しかも話を進めていけば――フリードリヒにおいおいと号泣されることになったメルヴィンであった。
「お、お前ぇさん、そんな若くしておっ死んじまったてぇのかい。しかも可愛い妹さんたちを残して……っ!」
おーいおいおい。
影の誰かがそっとハンカチとちり紙を差し入れてくれた。さすが帝国の影さん。
フリードリヒは前世を思い出したときに、自らの年齢も――末期も思い出したとか。
「亡くなったのは還暦間近だった」
フリードリヒの前世はメルヴィンより大先輩であり。
「あ、ってことはパソコンゲームの全盛期まっさなかを生きていらしたのでは?」
メルヴィンは花札が本業の会社の入手難しかった携帯据え置きファミリーゲームなどの時代な子である。
「おう、自分で組んだりもしていたぜ」
組む。すなわちパソコンを自分で。
メモリやグラフィックにこだわる方は自作パソコンをいじったりもする。彼の前世はそうであったのだろう。聞けばそんなパーツがすぐに手に入る街のお近くに住んでいて、三十代四十代はまさにそうした電脳全盛期だ。
「まぁ、五十過ぎた頃から身体にガタが来てな。おかしいと思ったら肝臓をやっちまっててなぁ。いやあ、俺は寿司握るから煙草は指にヤニや匂いが残らねぇようやらなかったんだが。いや酒もたまの晩酌や付き合い程度だったんだが……それでも病気になるときはなるもんなんだと、神様ぁ恨んだけどな……」
でも神様も粋なことしやがると、この生まれ変わりに。
「僕も煙草は一ぺんも吸うことなくでした」
同じく、いやさらに若いのに痛ましいメルヴィンだ。
お酒は二十歳過ぎてからちょこちょこ。父の晩酌に付き合ったと言ったら、また目の前で「そいつぁ親孝行したなぁ。親父さん、きっと嬉しかったぜぇ。親父冥利よぉ」と男泣きされた。彼にも息子さんがいたそうで。メルヴィンより年上だったそうだ。ご結婚もされていたそうで、そうした話を聞いて少しばかりメルヴィンの心臓が、キュッと音をたてた。自分も妹たちの花嫁姿をみたかった――と、また少し斜め上でちょっとばかり親不孝の兄馬鹿だ。きっと彼の親御さんも……――。
「息子が肝臓くれるとか言いやがったんだがよ、若ぇ息子もこれから先に何があるかわかったもんじゃねぇし。もしも手前ぇの子供に、そっちに必要になったらどうすんだってよ……気持ちだけもらってさ」
それで趣味より仕事を息子や弟子にきちんと仕込むことを優先して――亡くなったそうだ。
彼もまた、人生のカウントタウンをきちんと使い果たしてきたのだ。
「パソコンゲーム、僕の亡くなったころは……うん、むしろパソコンが主流なゲームとかありました」
もしもフリードリヒの前世が御存命なら、ゲーミングパソコンを自作していたのではと思うメルヴィンだった。
そう、この世界はゲームの世界だといつ打ち明けようか、相談しようかとメルヴィンが悩んでいるところ。パソコンを自作できるような、ある意味オタク趣味ももっていた方なら理解もお早そう。
この人なら相談できるとすでにその辺りの葛藤はなく。隠しキャラと身構えていたら、まさかの棚ぼた気分だ。
「あの……」
「そうだった! ほらこれ、白飯の塩にぎり! ぬか漬けはキュウリに似た野菜だけど、けっこういけるぜ!」
「いただきます!」
まずは腹ごしらえになった。
彼は竹の葉に似た包みを、また風呂敷のようなハンカチに包んで来てくれていた。
「いやぁ、もしかしたら話に聞く公爵家の息子、お前さんも生まれ変わりなんじゃねぇかと思ってよぉ。だったら米食いてぇって、俺とおんなじこと恋しがってるかもしんねぇと思ってさ」
彼はこの公務の荷物の中に「米」と「土鍋」。そして「糠床」を入れ、わざわざ持ってきてくれたのだ。
メルヴィンのために。
もしかしたら同じ生まれ変わった存在がいたときのために。
そして朝、用意された迎賓館の厨房にてわざわざ炊いて握ってきてくれたのだとか。
「もしも違ったら自分で食えば良いしなぁ」
「い、いただきます」
なんて良い人なんだと感動しながらメルヴィンはおにぎりを頬張った。改めて出た感謝の言葉が震えてしまう。
まさか自分以外にも生まれ変わりがいて――まさか、お米。いつか自分の領地でもと、まだまだ取りかかれなかった憧れの食材。
「皇子様って堅苦しいもんに生まれ変わってどうしようか悩んだけどよ。権力あるってのも悪かねぇ。むしろありがてぇ」
そのおかげで帝国の権力の及ぶところにあった「米」を手に入れられたのだから。
生前、寿司職人であった彼には米の扱い、炊き方も仕事のうちで。修行時代には精米からその際に出る米糠を使った糠床の世話も。
「あああ……お米、おいしぃ……」
「……ほら、ゆっくり食いねぇ」
ルカが泣いたのを、メルヴィンも思い出す。
「ご飯おいしいの、やっぱりだいじぃ……」
「おう、お前さん、わかってるねぇ。あ、だから冷蔵庫かい?」
おかげで思い出せたとフリードリヒは嬉しそうに笑ってご飯にむせたメルヴィンの背中をさすってやった。
影の一人、いやルカが慌てて水を取りに行くのを感じつつ。
「さすがに魚まではもってくるか悩んでなぁ。寿司、そのうち握ってやっから! 今、酢と醤油も仕込んでるからよ……麹が上手く生きてくれりゃあ良いんだが」
酢や醤油の作り方も、世話になっている調味料は作るところや作業を見学させてもらっていたのだ。そういう方々との付き合いはまた、先祖代々、戦前からで。
米と一緒に大豆も探していたので、醤油も味噌も仕込んでいると聞いて、メルヴィンはもうフリードリヒを拝むしかない。
……影の皆さまが公爵子息が皇子を拝んでいるとこっそりハラハラしたり、ルカがギリギリしたり。
「はい! 楽しみにしてます!」
この「米」は、メルヴィンが自分で招くことができたようなもの。
フリードリヒは、その時は息子……いや、もうすぐ生まれてくるはずだった孫を見る目であった。
もしも、もう少し生きていられたら――……。
この暑い中、そして震災のニュースをみて。献血に行ってくださったという方のツィを見ました。本当にありがたいことです。そうした方々に。ここより届くかわかりませんが、心よりの感謝を。
ぬか漬け。乳酸菌とビタミンB1が豊富で身体にも良いので。脚気の予防にもなりますし。でも塩分の取り過ぎにはお気をつけてー。




