25 ところでレオナルド。後編
王弟バルドル。
彼は王の二人いるうちの下の弟だった。第三王子と、かつては呼ばれていた。
父と母を同じくする、三兄弟だ。
だが彼は王籍からは抜けていた。彼の上にもう一人、スペアとなる次兄のエッカルト王子がいたから――も、あるのだが、実はもっと複雑だった。
彼は金の髪に青い瞳で、王族の色を濃く受け継いでいた。それこそ兄たちより。
そしてダスティン王に容貌も良く似ていた。
彼の生まれたタイミングも悪かった。
彼は王妃が亡くなり、王が慟哭を叫び、かつて婚約者であった王弟妃を求めた――その後に生まれたのだ。
その色や容貌。
伯父と甥なのだから似ていて当然だ。ハーロルトとバルドルとて兄弟だから、一見て血の繋がりがあるとわかるほど似ている。
そもそも彼らはダスティン王というよりは、そのまた祖父似でもあるのだから。またその祖先にも、だ。
王弟たる父は妻を信じていたし、母も主神女神に誓って不貞はしていなかった。むしろそれまでは元婚約者であるが王妃と王弟のために、そして自分のためにと婚約をあれこれ、誰もが幸せになるよう整えた義兄として、敬愛はしていたが――今や、その反動で触れられ見られることすら嫌悪していたというのに。
――ダスティン王がやがて離宮に籠もったのは、愛した元婚約者にそのような目で見られたことに耐えられなかった説もある。
バルドルの兄王子たちとて母を信じていた。
間違いなくバルドルは、血をすべて同じくする弟である、と――。
けれどもダスティン王のやらかしが、王弟妃を妻にと口にしてしまったこともあり。
口さがないものはどこにでもいる。
それに嫌気が差したとて仕方がないというもの。
バルドルは早々に王籍より抜けた。
正しく言えば――バルドルはブチ切れて家出した。
そんなに疑ってあれこれ言うなら出っててやらぁ。
バルドル、気が短く思われがちだがそれは計画的だった。
十五歳になり学園に入学するふりをして、冒険者ギルドの門を叩いた。
彼は第三王子ということもあり、兄たちに比べれば自由であった。
それに王宮にいたら陰でこそこそ「年々ダスティン王に似てきて」などと。
そのために騎士団にちょくちょくお邪魔しては鍛えてもらっていた。騎士の兄貴たちも、彼のせいではない生まれの疑惑を気の毒に思っていたので。
「身体を動かせば頭空っぽにできますからね」
と、よく面倒をみてくれていたそうだ。脳筋素晴らし。
そして騎士団には平民出の者たちもいる。貴族出身とは違い、叩き上げの本当の実力者も。
バルドルはそうした彼らから下町の話や言葉を習い。
彼らに金銭感覚も習ったのは本当に計画的だったとしか。
平民出の騎士たちも、薄っすらと察していたのだろう。それとなく冒険者ギルドについて話したものもいる。
そうして十五歳になったバルドルは。
すべてを捨てて冒険者になった。
――のだが。
「お兄ちゃんは家出なんて許しません!」
まず次兄エッカルトが泣き落としに。冒険者ギルドのカウンターで王族がべそべそ泣きながら駄々をこねた。バルドルが帰らないなら居座るぞ、と。
それはなんて営業妨害。
王族が市井にということは当然護衛も――ずらりと並んだ顔なじみの騎士の兄貴たちのすまなさそうな顔よ。
兄弟の中で唯一母親似の次兄の涙にはバルドルも弱かった。
なので、家出したけど連絡はするからとなんとか説得を。帰ってもらえないのは本当に大問題。王族に自分自身を人質にギルドに立て籠もられるという、前代未聞の事件であった――揉み消したけど。
「月イチで手紙を! ほら、これ便箋とペンとインク。お兄ちゃんに直通の宛先と切手貼り付けてある封筒用意してきたから! ギルドに置かしてもらいなさいね? 受け付けのレディ、弟が急がしいときは貴方からも弟の様子書いて頂けます?」
なんてご用意周到。エッカルト直通とは、王族直通の極秘なのだが。
「せめて年末年始! 新年の祝いにはお城に帰って来なさい! あとお前の誕生日にも!」
「誕生日って……」
「祝わせなさい。私たちはお前を愛してます」
次兄にはやはり、勝てない。
弟が冒険者としてそれなりにちゃんとできていると、ギルドにて弟とパーティを組んでくれていた中堅どころの冒険者たちに説得されて。仲間の冒険者の一人に騎士団に入った弟がいて、それとなく面倒をみてもらえているのに気がついたり。
その騎士経由で自分の居場所は、実はずっと親たちには見守られていたと。
ハーロルトからも心配していると、「せめてお守りに……」と、城に伝わる武器が届けられたりしたら。新米冒険者が持つには逆目立ちするような。本来は王となる兄が持つべき国宝級のそれは丁重にお返しし、年末に里帰りしたときにほどほどの業物を押し付けら――賜わった。王弟が授かるには相応しい品を。
何だかんだ、すべて、は捨てられなかった。
家族は大事だし、バルドルも同じだけ愛していた。
そうしてバルドルは時に城に顔を出し。家出はそうした形に落ち着いた。
いつしか彼が冒険者ギルドにて顔役となったのもある。
兄たちには家族ができ、孫も。
中でも一番初めに産まれたレオナルドはたまに城に来る大叔父バルドルに懐いて。
少年というものは冒険に憧れるのだ。
そうした憧れの大叔父の口調――わざと平民寄りにしたもの――をレオナルドは真似るところがあり。
そしてコーディング公爵子息の夢見である。
ハーロルトは信頼する弟に、時々レオナルドを預けることとした。
バルドルの遠縁を引き取った、見習い冒険者レオとして。
社会勉強ということにもなろう。
王族として平民の暮らしや生活を知ることも、また大切だ。
自分たちは弟がこうして城に来てくれるときに話を聞かせてもらえたが、これからはこうして直に見せ、体験させるのも良いかも知れない。弟のように信頼できる者たちがいたら――。
「それならギルドが……俺の弟子たちが請け負ってくれるよ」
弟はなんて頼もしい存在なのだろうか。
魔物討伐の際には、騎士団と神官では間に合わないときに、冒険者ギルドも手助けをしてくれる。騎士にはできないところを。適材適所と、冒険者は笑って引き受けてくれるのはギルドにおける弟の存在のおかげだろう。
「あ、なんなら公爵子息も一緒に連れてくか?」
「いや、その子は帝国の血を引いているから何かあったらこまる」
孫でこの国の王子であるレオナルドがケガをする以上に。
「それは、ヤバいな……」
弟の庶民の言葉。意味はわからないが伝わるものがある。
「それに、その子は何だか不思議……というか、すでにきちんと見ているというか……平民との立場を、こう……」
時折、平民目線も理解するような。それなのに自分が貴族で民を護る側だとも、きちんと。
「公爵も息子が、自分がとてつもない権力の前借りができることを知っている上で使いたがらない。かわいいおねだりしかしないし、少しばかりツメが甘いのが気がかりなそうだ……」
「ほう?」
「きちんと権力を使うときに使えるかどうか、逆な心配しなくてはならないだなんて、変わった子だ」
世の貴族の子供など、その権力の前借り――自分にはまだ何の力もないというのに、親の威光を勘違いして痛い目に遭うのもお約束だというのに。
「少し、エッカルトに似ている子だよ」
兄弟に対してちょっと愛が重たい真ん中の。けれども誰よりも頼りになる男。そう聞いたらバルドルもその少年を信頼できると思った。
「彼がいてくれるなら、レオナルドも大丈夫な気もする……」
けれどもまだ幼い少年一人にすべてをのしかからせるわけにはいかない。
来たるべき日のために。王として、年長者としてやれるべきことはと、ハーロルトとバルドルは頷きあった。
そうした少年たちは。
「はいこれ、今回のお土産! 花熊蜂の蜜!」
「うっわあ、ありがとう!」
レオナルドが時々、どこかに出かけてはお土産をくれるようになり。
「ハニーコームバターにしよ! パンケーキ作るね、食べてって!」
「やりぃ、パンケーキパンケーキ!」
それはレオナルドが――未来の王太子さまが冒険者に混じって自分で討伐してきていると。その際のドロップ品だとは。
口調がますます平民ぽくなっていくのも――もともと一般庶民だったメルヴィンが気がつくのは、もう少しあとのお話。
冒険者ただのレオが。花や果物、蜜などの新種や珍しい採取をしてくるという噂話も――ただのという割には金髪青眼でどうみても――な、冒険者レオの。
どの世界にも生まれのせいで苦労するというのは哀しいもので。
ハーロルトとバルドルは一回り近く年が離れている設定です。そりゃあお兄ちゃんたち、弟がかわいいよ。
そして何気に強いレオナルドくんなのです。




