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「それなら魅了にかからないようにしようぜ!」  作者: イチイ アキラ


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16 真っ当であることこそが難しい。

「提案があって参りましたの」


 当代が倒れていなければ、笑顔の裏には、甘い話には、と息子をいさめることができただろうが。

 数時間後に目醒めた彼は「そもそも、こちらが断れるわけがないか……」と乾いた笑いするしかなかったというが。

 それに決して、悪い話ではなかったのもあり……――。



「香辛料……スパイス類に興味はございませんこと?」

「スパイスですか?」

 ロシーク商会の次代、名をデニスというらしい。

 彼はフロレンツィアから持ちかけられた話に更に目を輝かせた。

「帝国にあるわたくしの実家も商会をいくつか持っているのですが、その傘下に入りませんか?」

 傘下。

 それは支配下に入るという意味もあるが、平民から成り上がってきたご先祖たちが喉から欲した大きな後見人を得るということでもある。


 しかも内容は。

 もともとロシーク商会は乾物を扱う地味な店であった。

 けれども干した魚や茸、豆などは。地味ではあるが食卓には必要だ。

 父親たちが海がある村や里に伝手を作って、こうして店を大きくし、爵位を買うこともできた。

 もしもこの通りならば十年後にはまた店を大きくできていることだろう。

 それこそ扱う品も珍しかなものや高級品となり――その財力で彼らの息子は「主人公」の相手役にもなるわけだ。


 それなら、そのお店――取り込んじゃえば良いんじゃない?


 将来繁盛するとわかっているならなおのこと。

「青田買いだぁ……」

 あとからメルヴィンがそわっとしながらそんなことをつぶやいていたのだが。

 ただ取り込むのだけではない。

 きちんとこちらが上であると教え込むことも。

 どうしてただの商人上がりの男爵家か、公爵家の令嬢相手に楯突くことができるのか。そこはまったくわからないが……。

「たぶん、僕が魅了にかかるから……」

 きっと自分がその味方をしてしまうからだと絶望に染まった顔で息子が助けを求めてきた。

 なんて可哀想な夢を。


 予知夢――悪夢を。


 けれども、その夢は救いでもある。きっと神々の慈悲だ。

 息子がそんな、あれほど愛おしんでいる妹を蔑ろにしてしまうような夢を現実にならないように。

 やがて夢の通りに。己の息子が、公爵家の跡取りが後ろについているからと大きな顔をするようになるのならば。


 その前にきちんと躾けて――遠ざけてあげましょう。


「帝国の我が実家で、新たな商品の仕入れをすることになりましたの。香辛料を」

 とくに「バニラ」を。

 息子が菓子作りをしていてしきりと欲しがる香辛料の一つだ。

 それを彼女は実家に手に入れられないかと相談し。

 この度めでたく、お取り寄せしてもらえることとなった。

 帝国から定期的にこの国へと分けてもらいたいと話も進んだ。

 そこでどうせなら。


 この店を使えば一石二鳥。


「帝国に支店を置いて、この国へときちんと品を届けてくれるお店を探していますの」

「帝国の……」

 ゴクリと彼らの喉がなる。

「あら、帝国にお店を出していただけるならそちらが本店かしら?」

「は、はい。そうします! あ、ですがこの店は親父がようやく出せた店なので愛着ありましょうから、はい、是非私が帝国に!」

 もしも傘下に入るのならば、その店のある程度の負債は手助けも考えてある。もちろん、店を出す手助けも、だ。

 それを説明されて、デニスは素早く計算した。この店を父から引き継いで盛り上げていくぞと彼も男爵位をもらったときに決意したばかりだったが。

 またたく間に「親からではなく、自分も店を持てる」という話に飛びついた。

 うまい話にはなんとやら、なのだが。見極め、うまい話に即座に乗れないようでは商人としてもだめだ。

 そういう野望がある人間の方が商人としては信頼できるとフロレンツィアは微笑んだ。

「この店はもともと乾物を扱っていらしたから、その手の品もお得意かと思いまして」

「そ、そうですね。スパイスもわずかですが扱っております! あ、さらに勉強します!」

「そうそう、勉強ですが……確かうちの娘と同い年の息子さんがいらっしゃるとか?」

「は、はい!」

「おります。ジョナサン、四歳です!」

 まさか息子をお嬢様の友人、いやそれは高望みすぎる、遊び相手、お付の使用人にと――と、夫妻はそれでもまた図々しい高望みを一瞬希望したけれど。

「もしも御子息が成長したら、帝国の老舗にて修行をさせませんか。わたくしが贔屓にしていた店のいくつかに紹介状を書きましょう」

 高望みは図々しかったが、それはまたとてつもないありがたい話だった。

 公爵夫人が口にした店は帝国の老舗商会。自分たちからしてみたら雲の遥か上。

 デニス自身、まだまだ平民であった幼い頃は父の店ではなく他の店を見てこいと、丁稚奉公してきたのだ。

 成り上がりの自分たちの子には、せっかく貴族に成れたのだから、貴族たちが通う学園に通わせて、そこで貴族の方々に気にいられるようにと言い含めるつもりだった。


 だが、この国より帝国に縁ができる方が遥かに。


 可愛い我が子を遠くにやるのはと妻は渋ったが、自分も修行していたことのあるデニスは「むしろ商人として他の店で勉強させていただけるのは息子のためになる」と説得した。それは本当にそうなので。

 それに帝国に店を出せたら自分たちも近くに住める。どんな店でも従業員に、それこそ修行中の小僧にも、休みの日は絶対にくれるはずだから。そうしたら労ってあげればいいじゃあないか。

 自分なんて休みの日は、実家に帰りたくても遠くて無理だった、なんて話をして。

「ありがとうございます。必ずご期待にそうように」


 そうしてロシーク商会の息子、ジョナサンくんは。

 舞台となる学園には現れず、その頃は帝国の老舗のお店で修行していたのでしたとさ。



「おー、今日もいい天気だ。商売日和だぜ」

 下っ端のお仕事はまずお客様がおいでになるお店の前の掃き掃除から。

 お店はいつも清潔に。それこそ老舗でもそうでなくても、どこの店も一番大切にしているところ。

「おじいちゃんが頑張って出したお店、俺がもっと大きくしてやんよ」

 実はおじいちゃん子で帝国に来るのを渋ったジョナサンくんだったのだれども。帝国に住まう父と母と、そして商売を頑張る祖父の背中をみて。やがて彼は自分から公爵夫人の紹介状を手に取った。

 清々しいほどの真っ当な夢を持って。

「まずは掃除!」

 祖父も毎日、男爵になってもやっていた。基本を忘れないために。意外にも父も。

 それをおじいちゃん子のジョナサンはお手伝いしながら覚えており。

 彼のそうしたおじいさんたちに知らず仕込まれていた丁寧さは老舗のご店主たちにも気に入られて。


 彼の欲望ありありであったご両親は、帝国に来て「洗礼」を受けて――父親のふるえていたことをよく理解した。貴族の、帝国の、その怖ろしさを。

 けれども我が子の将来のためにも。せっかく良い繋がりを得られた幸運を、自分たちの不始末で手放すわけにはいかない。

 彼らはきちんと畏れることを覚え、きちんとわきまえることを覚えた。

 良き商人として。

 ロシーク商会は物語とおりに――いや、公爵家の足元でさらに繁盛することとなった。たまにプルプルふるえてしまうのは仕方なし。

 


 ジョナサンは箒で丁寧に埃を掃いた――知らないうちに自分の身に降りかかる厄介事も。そうして遠ざけられていたと気が付かないうちに。


 真っ当に生きることの難しさ。

 なんで真面目に生きているひとほど損する世の中なんでしょね。


 小説の中くれぇ、きれいごとを書きたいし、読んでもらいてぇです。

 …ざまぁも書くけどwww

(ジョナサンの両親は帝国でかなり痛い目みてますが、頑張りました)


 きゅうりうめぇです。お味噌美味しい…


 書いているときにタイムリーにも日本でバニラ栽培に成功した企業さまがあるとか!すごいやぁ…


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