13 希望と絶望はたぶん背中合わせだけど、希望がある方が絶望が大きいのはなんでだろうね。
19もまた、実は攻略対象だ。
帝国からの影として。
悪役令嬢とその兄であるメルヴィンが帝国の血を引いていること。そして後にでてくる隠しキャラに関わる存在として。
彼はなかなかに人気のキャラだった。後にたまたま中古屋で見かけた昔のゲーム雑誌でランクインしていた。
黒髪黒目で、実は整った容姿をその覆面で隠していて。
影として、文字通りにどこか影のあるキャラクターは人気である。
好感度が上がったら彼はその男らしくも鋭く整った顔立ちを、主人公だけに見せてくれるのだ。
やがて影に日向に、「主人公」を助けてくれる存在となり。
もしも彼を選び、結ばれることになったら、影から抜ける彼と――……。
彼を攻略するためには学力や体力、そして魔力と魅力。基本のそれらとともに「料理」のパラメーターをあげる必要があるのだ。
ろくなものを食べていない彼を見つけた「主人公」はたまたま持っていた手作りクッキーをあげるわけなのだが。
「……まあ、さきに食べさせちゃったんだけどね」
しかも「主人公」の素朴さが売りなどこにでもあるプレーンなクッキーどころではなく。公爵家のご自慢小麦も、バターも砂糖もケチらず、料理長が材料から厳選し仕込んだジャムたっぷりな。
ずるいとは言わない。
何故ならばそれはつまり。ゲームの舞台になるまで19の食生活がずっとこのままなら、この微妙な携帯食料となるわけで。
そんなのはメルヴィンがなんだか嫌だったのである。
「偽善かもだけど、やらない善よりやる偽善て、よく言うし」
彼はメルヴィンが少し手を伸ばせば届く位置にいるのに。何もしないで自分たちが日々美味しいものを食べる姿を監視させて、見せつけるのってどうなんだろう。
もちろん彼一人を助けたって、もっと酷い状況にいる子だっているだろう。彼を助けたのも、たまたま存在を先んじて知っていたからだし。
わかってはいる。こんなのはほんのちっぽけなことだとは。
「いや、この場合は善だろ」
後に王太子らしくなった友人には言われたけれど。彼は彼で、王族として善の手をどこまで伸ばせるか悩ましいようだった。彼もまた成長だ。本当は国の隅まで手を伸ばしたい。
そう、19のような子が生まれないように。
「私の養子とします」
ビアンカに言われて、当の本人が一番驚いていた。
「え、お、俺は……」
「養子兼弟子にします」
「あ、はい」
既にヘビに睨まれた蛙状態だけど。
アレクシスもフロレンツィアも、ビアンカに家族が増えることは賛成してくれた。
ビアンカはフロレンツィアの姉妹のような存在ではあるが、やはりどうしようもない壁がある。フロレンツィアが頑張って薄皮レベルにしたけれど――壁は消えない。彼女にその壁の必要のない「家族」ができるのは喜ばしいことだった。
「だからまず、貴方に名前をあげます」
「あ……」
番号ではない、彼だけの名前を。
「もし、影になる前に親御さんにつけられた名前があるなら……」
ビアンカの気づかいに、彼は小さく首を横に振った。
彼が孤児になったのは物心付く前だ。
路地裏に捨てられ、孤児院に入れられたときに適当につけられた名前が確かにあった。でもそれも番号と大差ない。
孤児院長がろくでもなく、帝国からの支援金を横領しているようなやつだった。
その院長に影の家に売られた。
そんな記憶がぶわりとよみがえった。
であれば。
どんな名前でも同じ気持ちだけど。
けれども自分と同じ黒髪の、今日から師であり――母となるひとに、つけてもらいたいと思った。
ずっと見ていた。この一年間。
彼女が監視対象――今日から「若様」と呼ぶようにと一番に教えられた――に向ける鋭くもあたたかい目をした彼女に、つけてもらいたいと思った。
「では、ルカ、は……どうでしょう?」
ルカ。
自分などに良いのだろうか。
戸惑っていたら優しく頭を撫でられた。今まではぶつことでしか誰も触れなかったのに。
黒蛇――この手こそが実は鋭い武器なのは先ほど身をもって知ったはずなのに。
不思議と、あたたかい。
顔を上げたら銀髪の若様とお嬢様。そして金髪の王子が呼んでくれた。
「よろしくね、ルカ!」
それから。
ルカはビアンカの養子としてメルヴィンたちと暮らすこととなった。
母が帝国に手紙を書いてくれて。
その際に、影の家々も少しばかり監査が入ったようだった。
この国で戸籍もきちんと作り直されたルカは、メルヴィンたちに先んじて学園にも通った。彼は栄養の足りなさのせいで出会ったときはわかり辛かったが、メルヴィンの五つも年上だったのだ。
「十歳そこそこで……」
聞いて絶句してしまった。
その幼さでメルヴィンの監視に。どれだけ影として詰め込まれたのだ。使い捨てとして、なんてことだ。
影の家々に監査が入ったのはさもありなん。
ゲーム開始時まで捨てられず、ずっと生き延びていた19――ルカの能力が高くて良かった。
「若様、学園を卒業しましたので今日より本格的にお付きとして、よろしくお願いします」
「うん、こちらこそ」
ルカは今では執事服を着てメルヴィンの後ろに控えている。学園を卒業したことで今度は執事の見習いから始まることに。
これはビアンカからメルヴィンの護衛を引き継いでもいて。
彼には学園在学中は学園生活と学業を優先してもらっていたのだが。休日や他の時間は公爵家で働くことで、その学費は公爵家が出していた。
ルカは自分に戸籍ができたことや人間らしく学園に通えたことに感謝を。
……そしてビアンカの弟子としての修行も最優先で。
ゲームの設定中にあった影のある美形ぶりは健在だが、今は更に洗練された仕草まで加わって。影として詰め込まれたことで、何気に学力も高かったとか。なのでなかなか良い成績で卒業できたらしい。ゲーム中では「影」として建物の影に隠れて通った学園にだ。
聞けば学園在学中、かなりのファンレター的なものをもらっていたらしい。
彼はこの公爵家の使用人として将来も安泰だし、なるほどである。自分も下位貴族のお嬢さんたちの気持ちもわからなくもなかったり。
男爵や子爵などの娘であれば、家のために高位貴族のお家に行儀見習いや使用人として就職もありなので。現に公爵家ではそうした使用人さんが何人も。
「ルカは誰がいい人いないの? 学園で恋人できた?」
そんなことを尋ねてしまう前世含め彼女無し年齢の悲しさだけれども。
「私には若様やお嬢様がいますから」
その忠心。それは嬉しいけれど。それはそれじゃんと、メルヴィンは思った反応でなくてつまらなかったのだけれど。
「それにまだまだ母から黒蛇の名を受け継げておりませんし。恋愛にうつつを抜かす暇など、とてもとても」
「……そっか。頑張れ」
血は繋がっていないはずだけれど、不思議とその鋭くもあたたかい目は似ていて。
彼もまたメルヴィンが夢をみて――いや、手を伸ばして未来が変わったのだった。
きっと良い方に。
そのために、メルヴィンは引き続き魅了にかからないで良い「若様」、何れは「旦那様」と呼んでもらえるように頑張ろうと。
――……。
でもビアンカでルカな素敵なお名前なのに、黒蛇で良いの? うん……?
あれ、もしかしたら設定より強くなってない?
……ま、いっかぁ!
――……。
メルヴィンは知らなかったのだが。
もしもゲーム通りに彼が「主人公」に選ばれ、影を抜けた道を選んでいたら。
そのエンディングの後がどうなっていたか。
正気に戻ったあとが残酷なのは、前例とおりに。
彼は主に、帝国に仇をなしたと、粛清される。
初めてできた愛おしい存在と結ばれ、新しい人生を始めたその幸せの絶頂の瞬間に。
――黒蛇ビアンカに。
敵キャラが味方キャラになったりとか、そういうのも好き。(ルカくんはちょっと違うけど)
案の定、今日は一日不調でした。
昨夜は念のため、エアコンつけっぱなしにして寝ました。はい、昨年新調してよかったです…(わかるひとにはわかる当方のエアコン事情。良かったらそちらも読んだってください(涙)




