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「それなら魅了にかからないようにしようぜ!」  作者: イチイ アキラ


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12/13

12 甘いものの力ってすごいよね。

「そろそろいいかなぁ?」

 休ませていた生地も馴染み合って良い頃合いだろう。

「半分こして、四角く薄くのばして……」

 麺棒でコロコロ。こういうのは楽しいので妹に譲るメルヴィンだ。可愛く優しい妹はそんな兄が大好きだ。彼女は半分終わったら残りもやっても良いのにメルヴィンにちゃんと麺棒を渡してくれた。

 だから半分ずつなんだから喧嘩すんな、そこ。

 レオナルドと19も無事に四角くのばし。

 さあ、ここからも楽しいのだ。

「のばした生地の片方に好きなジャムを塗りましょう!」

 ジャムとドライフルーツをサンドするのだ。

 型抜きとかあったらまた違う楽しみもあるので、それはまた後々のお楽しみ。花や星の型があれば妹はきっと喜んでくれるだろう。

 のばしていた間に料理長さんにドライフルーツを荒く刻んでもらっていた。まだまだ彼らには刃物は早くて。

「オーレリア、今日はどのジャムが良い?」

「えっとね……マーマレードにします」

「うん、良いよぉ」

 マーマレードは彼女と母の瞳の色に近くて。ほろ苦いが、幸い幼いメルヴィンもオーレリアも苦みは嫌いではない。コーディング家ではオレンジメインのマーマレードだから苦味が少なめなのもあるだろうか。

 とくに父の好物なので。

 後で焼き上がったら届けてあげたら喜ぶだろう。何せ今日は子供たちがお菓子作りしてると父はそわそわしているらしいので。

 うん、愛娘の手作り、嬉しいよねぇ。


 ……あとでおねだりあるので賄賂は必要だし。


「苺ジャムもブルーベリーも、どちらも気になる……」

 隣では将来の王太子が判断が遅いことを。しかしまぁ、食べ物くらいは許されよう。

「……両方塗れば良いんじゃないのか?」

 レオナルドの悩みように、わからないと19が――。

「お前!」

「な、なんだよ?」

「天才じゃん!」

「……は?」

 そっかー、両方塗れば良いんじゃん、とレオナルドは嬉しそうに。瓶から鮮やかに赤いジャムと艷やかな紫のジャムを生地に広げはじめ。

 横で「……なんだよ」と、また嬉しそうにむず痒そうにしていることには気がついていなくて。

 メルヴィンと、ビアンカと料理長は、頷いてしまいつつ。レオナルドぐっじょぶ。

「ジャムとドライフルーツのせるのできた? じゃあ残しておいた生地の半分乗せて、この表に好きな模様を描いて……えーと、簡単なのはこう、斜めに格子状に。後で食べやすいサイズに切るからなんでもいよ」

 手本として串で線が重なるように引いたメルヴィンの模様を真似て、オーレリアは器用に線を描いていく。

 隣では料理長に「半分ずつ描きなさい」と真ん中で区切られていたり。

 レオナルドはぐねぐねと不思議な模様を描いているが、どうしてどうして19はなかなか上手い葉の模様だ。

「へぇ、君、器用だね」

 返事はなかったが、口もとがまたむずむずしている。こういうのはからかってはいけない。何か言いそうだったレオナルドの口を抑えた料理長、ナイス。

 焼き上がりの艶を出すために溶き卵をヘラで薄く塗って。これであとは焼くだけだ。

 ここからは鉄板も重く、熱くて危ないから料理長におまかせだ。ここでメルヴィンとオーレリア、そして王子が火傷をしたら彼らの方が首の危機なので。


 そうして三十分ほどして焼き上がり。

 クッキーを焼いている時の甘い匂いって、どうしてこうも幸せなのだろう。

 もれなく子供たちの腹から音色が。

 焼き上がったのを程よいサイズに切り分けて。

「さぁ、お外で食べようか!」

 楽しいピクニックのはじまりだ。


 ジャムサンドクッキーだけではバランス的に良くないので、料理長さんたちが手早く作ってれたサンドイッチも。ビアンカが庭にまで器用にワゴンを押して来てくれたので、美味しいお茶付きでなかなか素敵なピクニック――いや、これティータイムだ。

 前世の敷物敷いて皆で好き勝手に座るのとはやっぱりランクが違ったり。

 そんなことをひとり、メルヴィンがこういうところはこの世界の方が古き良きかもと悩む横で。

「どうしたの?」

 せっかく作ったのに食べないの、とオーレリアに尋ねられて。19はどう答えたら良いのかわからないと、迷子のような顔をした。腹は確実に減っているだろうに。

「自分で作ったんだから変なものは入っていないと解ってもらえると思うけど……ほら、僕たちも同じの食べているし」

「あ……」

 そのためにわざわざ……と、彼にもメルヴィンの気づかいも伝わった。いや、公爵家の子供たちが自ら調理場に立ってどうなのと、影として「貴族」を教えこまされたイメージが崩れかけているけれども。


 どうして、貴族が自分と一緒に食いたがる?

 貴族とは貧しい者を、弱い者を、唾を吐きかけ、甚振り偉ぶる存在だろうに?


 影としての警戒心も、その甘い匂いにずっと崩れて負けかけていた。

「あ……う……」

 武器も何もかも奪われて、逃げようにもずっと、鋭い蛇のような視線も感じている。

 これはもしや、最後の晩餐というやつなのだろうかと。


「はい、あーん」


「……え?」

 悩んでいる19に天使のような少女がクッキーを差し出してきた。

 眉をすごく寄せて悩んでいる19に、オーレリアは彼がどれから食べようかで悩んでいるのかしらと助け舟を出したのだ。彼が自分で作ったクッキーを、まずいかがかしら、と。

 その幼い心は、親切心、ただそれだけで。


 まさに天使。

 銀色のふわりとした髪の。

 これはやはり最後の――。



 可愛い妹が「あーん」してやってんだ。泣かせんなよ感謝して、食え。

 この野郎、俺だってたまにしか「あーん」てしてもらっていないんだぞ。うらやまだろうが、食え。

 お嬢様からのお恵みを断りでもしたらどうなるかわかっていますね。この小僧、食え。



 ――圧。

 19はその謎の圧に負けた。料理長さんだけは「がんばれっ」と謎のエールをおくってくれている。彼もきっと圧をくらったことがあるのだろう。


 怖々と開いた口の中にクッキーが。

 それはほろりと崩れて、とても甘くて……。

「苺ジャムとブルーベリー、これ悪くないね」

「な、両方てアイデア良かったなー」

「別々なところもいけるし、二つが混じったところも美味しい」

「ドライフルーツ入っているのもいいよな、これ」

「あ、今度はナッツも入れようか」


 なんだこれ。

 こんな甘いの食ったことない。

 甘くて、ちょっと酸っぱくて、でもそれも良くて。

 飲み込むのがもったいない。でも、もっと食べたい。そのためには飲み込まなくちゃ……。


 天使が不思議そうにもう一つ差し出してくれた。

 まだあるよ、と。

 それは彼女の瞳のような金橙色が挟まていて。

 今度は甘さの中にちょっとほろ苦さもあった。

 でもそれは焦げても腐ってもいない苦さと酸っぱさだった。



 19はビアンカが察したとおりに帝国の路地裏で拾われた子どもだった。

 影となるべく育てられても、与えられる食事は家畜と変わりなく。

 番号と任務を与えられて、そして定期報告の時に補充される携帯食も、味などあってないようなもの。むしろ不味いのだが、彼は「不味い」ということを知らなかった。

 食えるか食えないか、腹を壊すか壊さないか。

 彼が知っているのはそれだけだったのだ。


「……それは、美味しいって言うんですよ」

 影として自分より遥かに格上の女性が。

 今日まで気が付かれていないことに自分は驕っていた。二つ名持ちもたわいないものだと。

 でも、遥かに格上だった。

 彼女は自分程度いつでも処せると放置していたのだと。

 その彼女が優しくハンカチを差し出してくれた。

「美味しいもので泣けるのは、とても良いことです。嬉し涙のひとつです」

 私もかつてそう思いましたと……――。

「……え」

 言われてはじめて自分が泣いていたことに気がついた。

 頬伝う涙は、影となった時に枯れさせられたと思っていた。鍛錬で痛みつけられても泣かないように。

 それが、何故……。

「美味しかったのなら良かったね」

 銀色の、自分の監視対象の少年が微笑んだ。


 ――ああ……。


 今日は、ずっとむず痒い。口もとがわななく。

 心が痛いような、あたたかいような、こんなの……初めてで……。

 金色の髪をした少年が背中を撫でてくれた。自分がそれで、嗚咽をこぼしているとようやく。

 あとからそれはこの国の王子だったと思い出し――大丈夫だったのか、それは。王族がそんなに気安くて。思い出すと笑えてしまう。彼のためにも誰にも言わないと誓い、心に秘めた。


「若様、おねだりをしてもよろしいでしょうか」

「奇遇だねビアンカ、僕も父様と母様におねだりしようと思っていたんだ」


 雇うのは父となるが、帝国に手紙を書くのはやはり母の方が話が通りやすいだろう。


 影を一人、譲ってもらうには。


 ビアンカは19の様子を見て、決めたようだった。

 彼がもしもこの子供たちに悪さをするようならば、処理(・・)は自分ひとりでするつもりだった。

 けれども、それは主の意にはそうまい。

 こんな……――。


「やっぱり甘いものは元気になるよね」


 近くにお腹をすかせている子どもがいるのが嫌だという、こんな優しい主の意には。

 フロレンツィアにはすでに主としてメルヴィン(息子)を優先するように頼まれている。

 しかし、自分は彼女と同い年だ。

 どうあってもその年月――いつまでも自分が守れるとは限らない。

 だから彼女は彼に手を差し伸ばした。

 既にそれを握り返されると確信はある。

 19の目の色は今日までと――クッキーを口にするまでと、明らかに違う。


 ――良い目です。


 ジャムサンドクッキーの作り方が気になった方は、検索したらたくさん出てきますからお好みのレシピで是非。当方も色んな方のレシピを試させてもらっているので。


 そして、今日。

 ちゃんと日陰ではあったのですが、洗車していたら目眩おこしてしまいました。(だって鳥さんに糞落とされてっ(怒)

 はい、熱中症…。

 幸い、冷房効かせた部屋までは戻れ、休んだら回復できましたが…ちょっとまだ頭痛が。日陰だからと油断してしまいました。

 どうか皆様もお気をつけください。

 暑いですねぇ…とほん…。

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