第4章:王位継承の陰謀編 〜地雷を踏み抜いた哀れな王族〜
薄暗く、不気味な魔法陣が幾重にも描かれた地下室。
アルビオン王宮の最深部に位置するその隠し部屋で、私、アルティナ・フォン・グランベルは、魔力を強制的に吸い上げるための禍々しい鉄の椅子に拘束されていた。
「ははは! 素晴らしい! これが、一般の魔法使いの一〇〇倍と謳われる『生きた魔法』の魔力か!」
狂ったような笑声をあげているのは、金髪碧眼の傲慢な青年――この国の第二王子、エドワード・ルミナス・アルビオンだった。
魔力量の多さが王位継承権の強さに直結するこの国において、彼は第一王子に勝てない焦りから、私を拉致して自分専用の「魔力増幅器(奴隷)」にしようという、最悪の暴挙に出たのだ。
鉄の椅子に取り付けられたアーティファクトが怪しく光り、私の魔力を吸い上げようと脈動する。けれど、私は身動き一つ取れない状態であるにもかかわらず、至極冷静だった。
「どうだアルティナ。お前のその膨大な魔力、この私が正しく世界のために使ってやろう。まずは、その美しいプラチナブロンドの髪から、私の色に染めてやろうか……」
エドワードが下卑た笑みを浮かべ、私の髪に指先を伸ばす。
その瞬間、私は彼に向かって、心底からの憐れみを込めた、極めて美しい微笑みを向けた。
「可哀想に。エドワード殿下、それ以上私に触れない方が身のためですよ? ――彼、怒ると私にも止められませんから」
「あ? 何を負け惜しみを――」
エドワードが言葉を言い切ることは、二度となかった。
ズウゥゥゥゥンッ!!!
王宮全体、いや、王都全域を揺るがすほどの凄まじい地鳴りが炸裂した。
直後、この部屋に施されていた、国家最高峰の強度を誇るはずの防衛結界が、まるでおもちゃのガラス細工のように、悲惨な音を立てて内側から粉々に爆砕した。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
狼狽するエドワードの視線の先。
幾重にも張り巡らされていた鋼鉄の隔壁を、文字通り『素手(強化魔法)』で叩き割り、へし折りながら、一人の少年が乱入してきた。
ニケ・フォン・グランベル。
漆黒の髪を激しく逆立て、ルビーレッドの瞳を血のように濁らせた彼の形相は、完全に理性を失い、この世のすべてを呪い殺す悪鬼そのものだった。
少し前、我が専属のパシリ(情報屋)である名門四のカイルから、私の拉致を知らされた時のニケの表情は、まさに「世界の終わり」そのものだったという。今、その終わりが具現化してここへ現れたのだ。
「アルティナに……、俺の、俺だけのアルティナに触ろうとした……?」
ニケの喉から、地獄の底から響くような、掠れた獣の咆哮が漏れる。彼が足を踏み出すたびに、王宮の頑強な床が自重に耐えかねて陥没していく。
ニケの姿を見た私は、愛おしさに胸を詰まらせながら、拘束器具を無視して彼に呼びかけた。
「ニケ、ここへ。私の魔力を全てあげます」
私がそう言った瞬間、私を縛っていたアーティファクトが、私の意志で逆流した膨大な魔力の圧力に耐えきれず、火花を散らして爆発した。
自由になった私は、一瞬で距離を詰めてきたニケの首に、優しく両腕を回す。
至近距離で交わる、アイスブルーとルビーレッドの瞳。二人のヤンデレの意志が、今、完全に合致した。
「いいですよ、ニケ。私に触れようとしたその汚物を、この世界ごと、形も残さず消し去りなさい」
「ああ、アルティナ……! 君の魔力で、君の命令で、すべてを塵にしてあげる……!!」
一〇〇倍の魔力の蛇口が、完全にへし折られた。
ニケの肉体に流れ込む、神話規模の魔力の濁流。天才である彼は、アルティナの「魔力を視る眼」が導くままに、空間全体に見たこともない巨大な、そして幾何学的に美しく残酷な魔法陣を、何重にも、何百重にも展開していく。
それは、歴史上失われたはずの『神話級の殲滅魔法』。
ただそこにあるだけで、王宮の天井が蒸発し、夜空が剥き出しになるほどの絶対的な破壊の光。
「ひ、あ、あああああ!? 化け物、化け物だあぁぁぁっ!!」
エドワードは腰を抜かし、涙と尿にまみれながら後ずさるが、もう遅い。
ニケが歓喜の笑顔を浮かべ、その破滅の手を振り下ろそうとした、その時。
私の影の中から、つぶらな瞳を限界まで血走らせた白いモフモフの幻獣アッシュが、魂の絶叫の念話を叩き込んできた。
『な!? 言ったろ!? この二人を引き離すのは、活火山にガソリン注ぐようなもんだって!!! おいエドワード! お前が余計な地雷を踏み抜いたせいで、王宮どころか王都が消滅しかけてるんだが!? っていうかお嬢様も「世界ごと消し去りなさい」じゃねえよ! ノリノリでガソリン給油してんじゃねえ!!! カイル! おいカイル、どこにいる!? 早く裏工作(片付け)の準備をしてくれ! 俺のツッコミじゃ、この物理的な世界の終わりは止められんわーーー!!!』
崩壊していく王宮の瓦礫の陰で、名門四の暗部であるカイルが「もう無理です、隠蔽できる規模を超えてます……」と頭を抱えて泣いていたが、やはり、恋人たちの耳にその悲痛な声が届くことはなかった。
直後、王宮を包み込んだのは、すべてを白く染め上げる、圧倒的な破滅の光だった。




