第5章:卒業、そしてハッピーエンド 〜一生、解けない愛の呪い〜
エドワード王子一派が引き起こした「王宮一部崩壊事件」は、表向きは大規模な魔力炉の暴走事故として処理された。真実を知る王上層部は、グランベル家の二人が持つ規格外の武力に完全に恐怖し、それ以降、私たちに手出しすることを完全に諦めた。国にとって、私たちは触れてはならない「歩く神域」となったのだ。
それから二年。一五歳になった私、アルティナ・フォン・グランベルは、王立学院の卒業式を迎えていた。
式典の壇上。婚約者であるニケの胸元には、国家最高峰の功績を挙げた者に贈られる、輝かしい最高の「称号」の勲章がピンで留められている。一五歳での称号授与など、かつての私に並ぶ異例の事態だが、今の彼に異を唱える者などこの国には一人もいない。
式典の後、控室に戻ると、そこには我が家の厳格なる当主――だったはずの母親、エレノアが待っていた。
かつては私を冷酷に見下ろしていた彼女だが、今の私の前では、端正な顔を心なしか引きつらせ、額に薄らと冷や汗をにじませている。
「アルティナ……、そしてニケ。貴方たちの力は、もはや一つの家系で縛れるものではありません。本日をもって、私はグランベル家当主の座をアルティナ、貴方に譲ります。……その代わり、くれぐれもその『狂犬』の手綱だけは、死んでも離さないでおくれ」
「ええ、お母様。お任せください。私のニケは、とてもお利口ですから」
私が物静かに微笑むと、エレノアは小さく身震いして部屋を去っていった。
「やったねアルティナ! これで今日からお前が当主だ! 面倒な書類仕事や内政の実務は、全部このお父さんが嬉々として片付けてあげるから、お前たちは二人の時間を大切にするんだよ!」と、背後で父親のクリストフが涙を流して喜んでいる。彼だけは最後までただの親バカだった。
廊下へ出ると、そこには見知った顔ぶれが集まっていた。
名門三のいとこ、レオンは、すっかりプライドをへし折られ、怯えた目をしながらも、不器用な口調で私に声をかけてきた。
「……ふん、卒業おめでとう、アルティナ。認めざるを得ないが、あいつ(ニケ)を御せるのは世界でお前だけだ。アークライト家は、今後もお前たちグランベルに従おう」
「あら、賢明な判断ですね、レオン君」
その横では、名門五のセレナが「ねえ、結婚式には絶対に呼んでね。未来視で最高の席を予約しておくから」と眠たげに目を細め、名門四のカイルは「これでやっと僕のパシリ生活も終わる……わけないですよね、知ってました……」と、完全に私の犬として諦めの境地に達した顔で見守っている。
――そして、夜が訪れた。
卒業パーティーの喧騒を離れ、月光が優しく降り注ぐ王宮の静かなバルコニー。
プラチナブロンドの髪を夜風に揺らす私の前で、漆黒の髪をなびかせたニケが、静かにその場に跪いた。
彼のルビーレッドの瞳には、夜空の星など映っていない。ただ、私一人の姿だけが狂おしいほどの熱量を持って映り込んでいる。ニケはそっと私の手を取り、そのまま私の靴のつま先に、深く、誓いを立てるように唇を寄せた。
「アルティナ、アルティナ……。君以外の魔力じゃ、もう俺の身体は受け付けないんだ。他の魔法を使うだけで拒絶反応が起きる。……一生、俺を君の魔力で満たして。君の愛で、俺を支配して、首輪を握り続けて……」
魔法の天才でありながら、私がいなければ呼吸をすることすら苦痛に感じる。そんな完璧な共依存の調教(愛)の完成形が、ここにあった。
私は妖艶な笑みを浮かべ、跪く彼の頬を愛おしそうに撫で上げた。
「ええ、約束します、私の可愛いニケ。一生、私の側で、私のためにだけその魔法を使い続けなさい。あなたの魂も、魔法も、すべて私のものです」
「あぁ……っ、はい、アルティナ……!」
ニケが歓喜に顔を上気させ、立ち上がって私の手を強く握りしめる。
瞬間、お互いの手が触れ合った場所から、一般的な魔法使いの一〇〇倍の魔力が、一切の抵抗なく完璧に混ざり合い、同調していった。
ニケの天才的な感覚が、私の「魔力を視る眼」とリンクする。
私たちが同時に微笑んだ瞬間、夜空の全域を埋め尽くすように、見たこともないほど巨大で、幾何学的に洗練された魔法陣が展開された。
ドォォォォォン!!!
それは、世界で一番美しく、同時に世界を三回は滅ぼせるほど危険な『愛の魔法』。
夜空に咲き誇ったのは、世界の理を書き換えるほどの魔力密度で燃え盛る、大輪の花の模様だった。王都の住民たちが「なんと美しい卒業の祝砲だ」と歓声をあげているが、これが一歩間違えれば自分たちを消滅させる質量兵器だとは誰も知らない。
極上の輝きに照らされる中、私たちは深く見つめ合い、一生解けない愛の呪いをお互いにかけ直すのだった。
――と、その歪極まる幸福な二人の足元で。
白いモフモフの姿をした最上位幻獣アッシュが、完全に疲れ果てた目で夜空を見上げ、最後となる念話を脳内に叩き込んできた。
『……はいはい、ごちそうさま。一生勝手に二人だけの世界でイチャついてろ。っていうか、最後の最後に打ち上げたその大輪の花の魔法、術式の構造が完全に「これに触れる奴は一族郎党消し去る」っていう物騒な防衛術式になってるじゃねえか! どこがハッピーの祝砲なんだよ! ……まあいい。この制御不能の狂犬が世に放たれたら世界が滅ぶから、お嬢様が一生その首輪をがっちり握り続けてくれるのが、この世界にとって一番の平和だな。うん、ある意味でこれ以上ない平和的解決だわ。……よし、ハッピーエンド! 文句は一切認めん! 末長く爆発しろクソバカップル!!!』
影の中のツッコミ役がどれだけ叫ぼうとも、夜空に咲く危険で美しい愛の大輪は、二人の行く末を祝福するように、どこまでも眩く輝き続けるのであった。




