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第2章:学院入学編 〜周囲の勘違いと、煮詰まる二人〜

大理石の柱がそびえ立ち、色鮮やかな魔法陣のステンドグラスから美しい光が差し込むアルビオン王立学院。13歳になった私、アルティナ・フォン・グランベルは、新入生の喧騒の中にいた。

プラチナブロンドの髪を揺らし、いつも通りの物静かな微笑みを浮かべる私の周囲からは、容赦のないひそひそ話が聞こえてくる。

「おい、あれがグランベル家の長女だろ……」

「5歳で『生きた魔法』の称号を授かった神童だって聞いたけど、実は他人に魔力を渡すことしかできないらしいぞ」

「なんだ、ただの無能な魔力タンクか」

蔑み、嘲笑、好奇の視線。前世の記憶を持つ私にとって、子供たちの陰口などそよ風にも満たない。私はただ、一歩斜め後ろを歩く婚約者兼護衛の少年に意識を向けていた。

漆黒の髪を無造作に伸ばし、死んだ魚のような三白眼で周囲をねめつけるニケ。彼は、私への侮蔑を口にする有象無象を、いつでもこの世から消し去るための算段を頭の中で組み立てている。その証拠に、彼の周囲の空気は、常軌を逸した殺気でパキパキと凍りついていた。

「おい、アルティナ!」

その時、行く手を遮るように現れたのは、縦ロールの一歩手前のような金髪をきっちりと固めた少年だった。名門三アークライト家の嫡男であり、私の1歳年上のいとこ、レオン・フォン・アークライトだ。

従姉妹いとこのお前が、魔法も使えないくせに私と同じ魔法学部に席を置くなど不愉快だ! アークライトの血を引く天才であるこの私を差し置いて、『生きた魔法』などという大層な称号を名乗るなど、恥を知るといい!」

ふん、と鼻を鳴らして傲慢に言い放つレオン。血統至上主義の彼にとって、私は格好の標的なのだろう。

だが、レオンが口を開いた瞬間、私の背後で凄まじい密度の魔力が編み上がった。

ニケのルビーレッドの瞳が赫く燃え上がり、彼の手元に、不可視のはずの幾何学模様――肉体を分子レベルで切断する「殺しの魔法の形」が、鋭利な刃となって出現したのだ。ニケの限界突破した殺意が、空間を歪ませていた。

私はレオンの言葉を完全に無視し、すっと振り返ってニケの冷え切った手を優しく包み込んだ。そして、底冷えするほど冷徹なアイスブルーの瞳で彼をじっと見つめる。

「めっ、ですよ、ニケ。お洋服が汚れてしまいます」

それは、「ここでこの虫ケラを殺したら、後片付けが面倒でしょう?」という意味を込めた、猛獣使いの牽制だった。

「……っ、ごめんなさい、アルティナ。君がそう言うなら、我慢する」

さっきまで世界を滅ぼしそうな顔をしていた狂犬が、私の視線一つで一瞬にして耳を伏せた借りてきた猫のようになる。編み上がっていた殺戮の術式が、霧のように霧散していった。

その様子を見た周囲の生徒たちは、感極まったようにため息をもらした。

「素晴らしい……。あの魔法狂いのニケが、アルティナ様の制止一つで大人しくなるなんて」

「自分は魔法が使えないのに、健気に婚約者の暴走を抑えているんだわ。なんて美しい主従の絆、いえ、愛の力かしら!」

(おい周りの奴ら、目を凝らせ!!! あれは美談でも純愛でも何でもない、猛獣使いと首輪のついた狂犬のアイコンタクトだ! 完全に『これ以上やったらエサ(魔力)お預けだからね』『ごめんなさい大人しくします』のやり取りだろ! あとレオン君、お前が自慢げに口を開くたびに、ニケの手元で処刑用の幾何学模様(殺意)がパキパキ鳴り響いてたからな! 命拾いした自覚を持て、早く家に帰れ!!)

私の影の中から、モフモフの幻獣アッシュが必死の形相で念話を飛ばしてくるが、もちろん私は優雅にスルーする。

「あら、相変わらず面白いおもちゃね、あなたたち」

次に声をかけてきたのは、ダボダボのローブを着て、眠たげな目を眼鏡の奥からのぞかせた黒髪おさげの少女――名門五ステラ家の令嬢、セレナだった。未来視の能力を持つ彼女だけは、二人の歪な本質を正確に見抜いている。

「あの男、あなたの魔力なしじゃ生きられない体にされてる。魂まで握られてるわね。……ねえニケ、アルティナを別の男に寝取られたらどうする?」

「その男の血筋ごと、魂まで消滅させる魔法を開発するだけだ」

「ふふ、傑作。もっと執着するといいわ」

クスクスと笑いながらニケの狂気を煽るセレナを横目に、私はふと、少し離れた場所に立つ一人の男子生徒に目を留めた。

前髪が長く、猫背で、いかにも冴えない「庶民の特待生」といった風貌の少年。名はカイル。

周囲は彼をただのモブとして扱っているが、私の「魔力を視る眼」は騙せない。彼の体内で不自然に息を潜める魔力の波形は、間違いなく名門四シャドウハイド家――国の暗部を担う「影」の秘伝術式の形だった。

私はカイルの背後に音もなく忍び寄り、その肩にそっと手を置いた。

「見つけたわ、可愛い密偵さん」

「――ひっ!?」

カイルが飛び上がって振り返る。彼の目には、明らかな恐怖が浮かんでいた。私の眼が、彼の正体を完全に「視て」いることに気づいたのだ。さらに私の背後からは、ニケが「いつでも首を撥ねる準備はできている」とでも言いたげに、暗黒の魔力を指先から這わせている。

私はカイルの耳元で、甘く、同時に逃げ場のない声で囁いた。

「名門四の次男様が、こんなところで何をしているのかしら? お母様に報告してもいいのだけれど……。もし、私の『専属の情報屋パシリ』になってくれるなら、黙っておいてあげます。もちろん、手料理(胃袋の調教)と、ご褒美の魔力もたっぷり差し上げますよ?」

「う、拒否権は……」

「あるわけないでしょう?」

私が最高に冷たくて美しい微笑みを向けると、カイルは完全に戦意を喪失し、幽霊のように青ざめてコクコクと首を縦に振った。こうして、学院初日にして、私は国の暗部のエリートを合法的に犬へと調教することに成功したのだった。

(おいおいおい、入学初日から人脈の広げ方が極道の手口なんだよお嬢様! 名門四の暗部ともあろう者が、冷たい微笑み一つで震え上がってパシリにされてるんじゃねえ! まあ、逆らったらニケに影ごと物理的に消去されるから、彼の選択は100%正解だけどな!)

影の中で頭を抱えるアッシュのツッコミをBGM代わりに、私はニケの手を引いて歩き出す。

私たちの、煮詰まりきった狂気の学院生活は、まだ始まったばかりだった。


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