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集灯町~廃校舎の七不思議~  作者: パパパパーン


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6/8

第六章 子供達の選択

【輪唱カノンの狂気】


 月明かりに照らされた音楽室。

 ピアノの余韻が静かに消えていく。


 その静寂の中で——

 輪唱カノンはゆっくりと立ち上がり、

 僕等の方を向いて、胸に手を当て、深々とお辞儀をした。


 長い綺麗な髪がサラリと揺れ、白いワンピースがふわりと翻る。


 顔を上げたカノンお姉ちゃんは優しく笑っていた。

 でも・・・

 瞳だけが、深い闇を湛えている事に誰もが気付き・・・戦慄した。


 カノンお姉ちゃんはの笑顔がほんの一瞬だけ影を落とし・・・

 歌うように語り始めた。



「ねぇ・・・聞いてくれる・・・?」


ドーーーー♪!!


人差し指で力強く鍵盤を鳴らす。


ドキッ!


 全員の心臓が飛び跳ねる。

 僕達はカノンお姉ちゃんの動き一つ一つに目を離せなくなっていた。


「私ね・・・

 学校でずっと・・・いじめられてたの。」


レーーーー♪!!!!!


 鍵盤に人差し指を叩きつける様にさらに強く叩く。


音が僕たちの心臓に突き刺さる。


「誰も助けてくれなかった!」


ド・ミ・ソーーーー♪!!!


明るく清々しい音が音楽室に響く。


 先生も・・・


ド・ミ♭・ソ♭


 生徒も・・・


ド・ミ♭・ソ♭


 友達も・・・


ド・ミ♭・ソ♭


 親友でさえ・・・


ド・ミ♭・ソ♭


 誰も・・・。」


 カノンが鍵盤を叩く度に

 不安と緊張感のある音が音楽室に響き、軋むように歪む。


 月明かりが揺れ、

 壁の楽譜がざわりと震えた。


「でもね・・・

 ひとつだけ・・・

 私を救ってくれたものがあったの。」


ファ・ラ・ドーーーー♪!!!


爽やかな音が満ち、カノンお姉ちゃんの表情がパッと明るくなる。


「それはね。

 うふふふふふ!!!

 ・・・朝の音楽室で弾くピアノ。


 ・・・あれだけで

 ・・・あれだけで

 ・・・あれだけで

 私は全部我慢できたの。」


レ・ファ♯・ラーーーー♪!!!!


 華やかな喜びがカノンお姉ちゃんから溢れ出る。


 痛いのも・・・

 苦しいのも・・・

 寂しいのも・・・

 全部・・・全部・・・」


カノンはまるで舞台女優の様にピアノを弾きながら、

声を荒らげ、

囁き、

身を翻し、

走り、

止まり、

音楽室の中を動き回る。


 ぼく達は身動きできず、ただただ見ている事しか出来ない観客になっていた。



「でもね・・・

 2年生の夏休みの最後の日。


 私がピアノを弾いていたら・・・

 『あいつ』が来たの。」


ラ ・ ド ・ ミ♭ーーー♪!!!!


 一気に表情が暗くなり、音楽室の中に重い空気が流れる。


「そして・・・

 私の目の前で・・・

 ・・・・・・・ピアノを壊した。


 私の・・・

 たったひとつの・・・

 居場所を・・・

 ・・・・・・・壊したの。」


 カノンの笑顔が、

 ほんの少しだけ歪んだ。


 その瞬間、

 音楽室の空気が ギィ・・・・

 と軋むように沈む。


「それだけじゃない。


 ピアノを壊したのは・・・

 『私のせい』にされた。


 誰も・・・・信じてくれなかった。


 その日・・・

 私は・・・・絶望して・・・・・

 ・・・・・命を絶ったの。」


 カノンお姉ちゃんの声は静かだった。

 静かすぎて・・・・怖かった。


ソ ・ シ♭ ・ レ♭ーーーー♪!!!!


絶望と悲しみが音と共に押し寄せる。


「気づいたら・・・

 私はこの学校から動けなくなってた。


 この学校に・・・・閉じ込められたの。」


 その言葉に呼応するように、

 音楽室の窓ガラスが ピシ・・・・・

 と細かくひび割れた。


ふふふふふふふ!!!!

あはははははは!!!!


 カノンお姉ちゃんはお腹を抱えて笑い出した。

 


ひっひひひひひひひひひ!!!!!


壊れた様に笑い出し。

涙を溢している。


ジャーーーーーーーン♪!!!!!


 ピアノのペダルを強く踏み、魂を込める様に指で鍵盤を叩きつけた。


「・・・でもね・・・

 ・・・・あなたたちに出会った時

 ・・・・・・・一目で分かったの。


 あなたたちの親が

 誰なのか。


 だから・・・

 ここからピアノを弾いたの。


 あなたたちに届くように。


 あなたたちを誘い込むために。


 そして・・・

 あなたたちの親を・・・

 かつての私の友達や親友を・・・

 ここに呼び寄せるための・・・・

 ・・・・・『餌』として。」


 カノンは優しく微笑んだ。

 その笑みは、

 優しさと狂気が同時に存在する笑み だった。


 音楽室の空気がざわりと揺れ、

 黒板のチョークが勝手に転がる。


「さぁ・・・

 今からコンサートを始めるよ。


 楽しんでいってね。」


 カノンが椅子に座り、

 鍵盤に指を置いた瞬間——


 音楽室の空気が一気に凍りついた。


 月明かりが白く爆ぜ、

 影が床に広がり、

 世界が静かに沈んでいく。


輪唱カノンの最後のコンサートが始まる。


【反発の旋律:怒りのプレリュード】


「1曲目【怒りのプレリュード】」


 カノンお姉ちゃんが鍵盤に指を置いた瞬間、音楽室の空気がビリッと裂けた。


 月明かりがピアノの黒い表面で乱反射し、

 影が床を走り、壁の楽譜がざわりと震える。


 そして——


ドォォォォンッ!!


 鍵盤から鳴り響く怒りのような一撃が音楽室を貫いた。


 子どもたちの胸が一斉に跳ねる。


 カノンは微笑んでいた。

 優しい笑顔で。

 でも、その笑みは——

 怒りを煽るための笑み だった。



「ねぇ・・・

 酷いよね・・・?

 可哀想だよね・・・?

 ・・・・・怒っていいんだよ・・・。」


 囁くような声と同時に、


レェェェェンッ!!


 鍵盤を叩きつける。


 音が床を震わせ、

 子どもたちの胸に突き刺さる。


 カノンの髪がふわりと揺れ、

 白いワンピースが舞台衣装のように翻る。


 その指は鋭く、

 まるで鍵盤を『刺す』ように動いていた。


 ぼく達の心から怒りが噴き出してきた。普段から親に言われている事。

七不思議で見た『親の罪』。

そこにある矛盾が、胸の奥で爆ぜた。


 カノンお姉ちゃんの指が鍵盤を走るたびに、ぼく達の怒りが増してくる。

 

「本当に辛かった。

・・・毎日、毎日。

・・・・地獄だったの。」


カノンお姉ちゃんの言葉が胸を抉る。

 さっき見たばかりの、カノンお姉ちゃんが虐められた光景が脳裏をよぎる。

 


「なんで・・・

 なんでこんなことしたの!!」


 雷斗が体を震わせながら叫ぶと同時に、


ド・ミ・ソォォォォン!!


 カノンが和音を叩きつける。

 音楽室の空気がビリビリ震える。


「・・・わるかった。

・・・・わるかった。」


 雷轟パパは俯き、謝り続けている。


「いじめはダメって言ってたじゃん!!

 大人のくせに!!」


 まつりちゃんの叫びに呼応して、


ド・ミ♭・ソ♭ッ!!

 ド・ミ♭・ソ♭ッ!!

 ド・ミ♭・ソ♭ッ!!


 不協和音が連続で響き、

 壁の掲示物がバサッと落ちる。


「申し訳ない。」

「ごめんなさい。」

「ごめん。」


ママ達は謝り続けた。

 ぼく達に、そして・・・カノンお姉ちゃんに。


それでもぼく達の怒りは収まらない。

 カノンお姉ちゃんが奏でる曲が、僕達の怒りをどんどん大きくしていく。


「どうして・・・

 どうして助けなかったの・・・!」


 賽ちゃんの震える声に合わせて、


ゴォォォォン……!!


 低音が床を波打たせる。


「自分がイジメてたのに、ぼく達にどうして虐めるななんて言えたの!?」


 ぼくの声は震えていた。恐怖ではなく、抑えきれない怒りで。

 ぼくは今まで言ったことのないほど強く

い言葉をママにぶつけた。


「・・・ごめんなさい。」


ママはずっと泣いている。


ぼく達子供は、毎日の様に親から怒られる。

でも、ぼく達子供が親を怒った事は今までなかった。


こんな事言いたくないのに、怒りたくなんかないのに、パパもママも立派な大人であって欲しいのに・・・。


 今はパパとママへの怒りで心が埋め尽くされている。


あははははははは!!!!


 カノンお姉ちゃんは笑っていた。


 優しく、楽しそうに。

 でも、その瞳は怒りの炎を宿していた。


「もっと怒って・・・

 もっと叫んで・・・

 あなたたちの『本当』を聞かせて・・?」


 その声に合わせて、


ジャラララララッ!!


 鍵盤を怒り任せに叩きつける。


 音が空気を裂き、

 月明かりが乱反射し、

 影が暴れ出す。


 音楽室そのものが、

 カノンの怒りに呼応しているようだった。



「親父なんて大嫌いだ!!

 なんで助けなかったんだよ!!」


バァァァァンッ!!


「ママは・・・

 どうして・・・どうして・・・!

  大嫌い・・・最低だよ・・・!。」


ギャァァァァンッ!!


「大人のくせに・・・

 親のくせに・・・!


ドドドドドドドドッ!!


 カノンはテンポを上げ、

 怒りの音を重ね、

 子どもたちの叫びを『音楽』に変えていく。


 怒りが音になり、

 音が怒りを煽り、

 音楽室全体が『怒りの舞台』と化した。


きゃはははははは!!!


 最後の不協和音が

 音楽室の天井を震わせた。


ガァァァァァンッ!!


 その余韻が消えると同時に、

 音楽室は一瞬だけ、

 完全な静寂に沈んだ。


 不協和音の残響が、

 まだ空気のどこかで震えている。


 カノンお姉ちゃんは立ち上がり、僕達に深々とお辞儀をした。

 顔を上げたカノンお姉ちゃんは満面の笑顔で満足そうに笑っていた。


 白雪は、ぼくの胸に顔を埋めたままギュッと抱き着いている。それだけで、僕は少し冷静になれた気がした。


1曲目《怒りのプレリュード》終了。


 

【哀しみの旋律:涙のノクターン】

 

怒りのプレリュードが終わり、音楽室に静寂が落ちた。


 カノンお姉ちゃんは、ゆっくりと深呼吸をしてから椅子に座り、鍵盤にそっと指を置いた。


「2曲目【涙のノクターン】」

 

 ポロン・・・・♪


 さっきまでの鋭い音とは違う。

透明で、壊れそうで、泣き出しそうな音だった。

月明かりが柔らかく揺れ、音楽室の空気がしっとりと湿り始める。

カノンお姉ちゃんの肩が震えていた。

 

でも——

 

微笑んでいた。

その笑みは、悲しみではなく・・・・歪んだ喜び に見えた。


ポロン・・・♪ポロン・・・♪

 

「・・・・ねぇ・・・

まだ・・・・見てないよね・・・・?」

 

カノンお姉ちゃんの涙が、


 ポタリ・・・


と鍵盤に落ちた。


 その瞬間・・・・音楽室の空気が変わった。

冷たく、静かで、胸が締め付けられるような空気。

そして、ぼくたちの目の前に『映像』が浮かび上がった。


 

【廃校舎灯影小学校:美術室の動く肖像画】

 

カノンお姉ちゃんの奏でる高音が震えだし『映像』が動き出す。


美術室の壁に並ぶ肖像画。

『あいつ』を中心にいじめっ子達は肖像画を外し、目をくり抜き、お面のように顔に当てて——

 

「カノン〜? どこ〜?」


 くり抜かれた“目”から覗く笑顔。

 そのままカノンを追い回し、泣き叫ぶカノンを囲む。

 

カノンお姉ちゃんのピアノが、すすり泣くように震え、僕達は虐めを目の当たりにする。


【廃校舎灯影小学校:誰もいない体育館で鳴るボールの音】


 低音の連打と共に『映像』が映し出される。


場面が変わり、そこは体育館。

 

誰もいないはずなのに——

 

ドンッ!ドンッ!!ドンッ!!!


 ボールが床に叩きつけられる音。

 

そして、いじめっ子たちがカノンを囲み、ボールをぶつけ始める。

その中には——雷斗のパパもママも

まつりのママもパパも

賽ちゃんのママもパパも。

僕のパパもママもみんないた。

 

『あいつ』に命令されて。

 

大人たちの顔が青ざめる。


カノンお姉ちゃんは壁際で体を丸くして、ひたすら耐えていた。

ボールがぶつかっても、悲鳴をあげず、痛がらず、ひたすら耐えていた。


「・・・・・」


 過ぎ去るのを、飽きるのを、興味を無くすのを、ひたすら耐えて待っていた。


 「・・・俺・・・こんな・・・ことを・・・?」

「・・・嘘・・・でしょ・・・?」

「こんな・・・酷い事・・・・」

 

大人たちの膝が震え始める。


【廃校舎灯影小学校:4:44の合わせ鏡】


不安を煽る旋律と共に映像が動き出し、不協和音の余韻を引きずっている。


校長室。

校長先生がカノンを睨みつけている。

 

「いじめられる原因は君にもある」


 その言葉が、

音楽室にまで響く。


 カノンが合わせ鏡を見ると——そこに映っていたのは、死人のような自分の顔。

 

ぼくたちは息を呑んだ。

大人たちは、もう立っていられなかった。

 

「俺は・・・こんな卑怯なヤツだったのか・・・・。」

「・・・私・・・こんなカノンを・・・見捨てたの・・・?・・・どうして・・・どうして止めなかったの……?」


黒羽ママは口を開こうとして「・・・・・」でも声が出なかった。


 大人たちの心が、音もなく崩れていく。


これが自分の親なの?

こんな卑怯で弱い存在が僕達の親?

『あいつ』に言われたから虐めた?カノンお姉ちゃんをみんなで虐めた?

 なんでこんな酷い出来るの?言われたから?『あいつ』が怖かったから?

 全部良い訳だよ。僕が同じ事言ったら絶対に「良い訳するな!」って言うよね。

 自分の非を認めろって言うよね。

 自分はいいの?自分の非は認めないの?自分は良い訳するの?それが親なの?

 僕達は親の全てを信じられなくなっていた。

 

「・・・最低だ・・・」

「・・・こんなの・・・許せない・・・」

「・・・大人なんて・・・信じられない・・・」

「こんな大人に・・・・なりたくない」

 

ぼくたちの声は震えていた。

怒りじゃない。軽蔑でもない。絶望 だった。

ぼくは、胸の奥が冷たくなるのを感じた。

もう・・・何を信じればいいのか分からなかった。

 

カノンのピアノが、その絶望をなぞるように静かに、静かに響く。


カノンは涙を流しながら、

微笑んでいた。

その笑みは、悲しみと喜びが混ざった、壊れそうな笑み。

 

「・・・ねぇ・・・見えた・・・?これが・・・私の『毎日』だったの・・・・」

 

ピアノの音が、まるで子供のすすり泣きのように震えた。


カノンお姉ちゃんは立ち上がり、僕達に深々とお辞儀をした。

 顔を上げたカノンお姉ちゃんの微笑みは、まるで『自分の痛みを誰かに見せられること』に喜びを感じているようだった。


僕に抱き着いたままの白雪が、僕の胸にそっと手を添えて心配そうに見つめている。

無言の白雪から温もりが伝わり、僕の怒りが少し和らいだ。


2曲目【涙のノクターン】終了

 


【死の誘い:冥界のエチュード】


 涙のノクターンが終わり、

 音楽室にまた深い深い静寂が落ちた。


 カノンお姉ちゃんは、

 ゆっくりと顔を上げた。


 さっきまで涙を流していたその瞳が——

 今は、底の見えない闇に変わっていた。


 微笑みも消えている。

 代わりにあるのは、

 『静かな怒り』と『深い狂気』。


 カノンお姉ちゃんは立ち上がり、

 闇の様に深い瞳を細めて天井に向け、怒りと狂気に渦巻く気持ちが最高潮まで高まった瞬間、何かが決壊した。


「3曲目【冥界のエチュード】」


 鍵盤を力強く押し込んだ。


ゴォォォォォン・・・・


 低音が、

 まるで地の底から響くように鳴った。


 音楽室の空気が一気に冷え、

 月明かりが青黒く濁る。


 僕達は息を呑み、

 大人達は震え、後ずさった。


そしてさらに強く強く鍵盤を押し込む。


ゴォォォォォン・・・・

ゴォォォォォン・・・・


 その低音から『静かな怒り』と『深い狂気』が伝わり、心臓を鷲掴みにされ、命を握られている様な圧力で、僕達は全身を震わせ慄いた。


「・・・ねぇ・・・」


ゴォォォォォン・・・・


 その声は、

 さっきまでの優しい声ではなかった。


 冷たく、乾いていて、

 どこか『死んだ声』。


「私は・・・死を選んだの・・・。」


ゴォォォォォン・・・・


「貴方達から・・・逃げる為に。

 私が・・・私を・・・守る為に・・・。」


ゴォォォォォン・・・・


「貴方達のせいで・・・・

 ・・・死を選ぶしか・・・なかった。」


ゴォォォォォン・・・・


熱を帯びないカノンお姉ちゃんの声は、僕達をさらなる恐怖へと誘う。


 恐怖と化した言葉と旋律が、音楽室を満たして、僕達を襲い続けている。


「私が・・・死んだんだから・・・。」


 カノンお姉ちゃんはゆっくりと笑った。

 その笑みは、人間のものではなかった。


「貴方達も・・・

 死ぬべきだよね・・・?」


 大人たちの顔が一斉に青ざめた。



ゴォン!ゴォン!ゴォン!ゴォン!


 低音が連続して鳴り、

 音楽室の空気が波打つ。

 床は揺れ、壁が震える。


 黒板のチョークが勝手に転がり、

 窓ガラスがビシビシとひび割れる。


 カノンの髪が風もないのに揺れて逆立ち、影が床に広がっていく。

音楽室そのものが、カノンお姉ちゃんの怒りに呼応している。


ゴォン!ゴォン!ゴォン!ゴォン!

ゴォン!ゴォン!ゴォン!ゴォン!


「ねぇ・・・聞いてよ・・・。」


 カノンは鍵盤を撫でるように弾きながら、静かに語り始めた。


「私は・・・

 毎日、毎日・・・

 こんなふうに苦しんでたの。」


ゴォン・・・


「誰も助けてくれなかった。

 先生も・・・

 友達も・・・

 親友も・・・

 あなたたちも。」


ゴォォォン・・・


「死んでからも・・・

 私はずっと・・・

 この学校で苦しんでたのに・・・。」


 カノンお姉ちゃんの声が震える。


「貴方達は・・・

 幸せになってた。」


 その言葉に、

 大人たちの心が砕ける音がした。

 膝を折り、床に手をついて胸を押さえ、嗚咽混じりに泣きじゃくる。



「ねぇ・・・

 これって・・・平等かな・・・?」


 カノンは首をかしげ、

 子どものように笑った。


「なんで・・・

 私だけが・・・

 こんなに不幸なの・・・?」


 鍵盤を強く叩く。


ガァァァン!!


「不公平だよね・・・?」


 カノンの瞳が細くなる。


「だから・・・

 あなたたちも・・

 私と同じ不幸になってよ。」


 その声は、

 優しくて、甘くて、

 そして——残酷だった。


ガァァァン!!

ガァァァン!!!


 カノンはゆっくりと子どもたちの方を向いた。


「ねぇ・・・

 貴方達は・・・どう思う・・・?」


 ぼくたちは息を呑んだ。


「あなたたちの親は・・・

 私を・・・見捨てたんだよ・・・?

 親を許せる?」


 カノンの指が鍵盤を撫でる。


ポロン・・・


「死んで・・・償うべきだよね・・・?」


 子どもたちは震えた。

 怒りでも、軽蔑でもない。


 恐怖。


 音楽室の空気が、

 まるで『死の宣告』のように重く沈んだ。



「・・・やめて・・・」

「・・・すまなかった・・・」

「・・・ごめんなさい・・・」


 大人たちは震え、

 涙を流し、心の底から懇願した。


 でもカノンは微笑んだ。


「謝っても・・・

 お願いしても・・・

  止めてくれないんだよ・・・

    ・・そうだったでしょう・・・。」


「雷轟・・・・

 私が何度お願いしても助けてくれかなったでしょう。」


雷轟パパは大声を上げて泣いた。


「黒羽・・・・

 止めてって言っても止めなかったでしょう。」


黒羽ママが声も上げられず泣いた。


「玲奈・・・・

 どれだけ大きな声で言っても、私の声が届かなかったんでしょう。」


 玲奈ママは廃人の様に虚な眼をしたまま静かに引き攣る様に泣いている。


 僕達は何も言えず、身動きも出来ず、ただただ震え見ているだけしか出来なかった。


 ぼくに抱きついたまま離れない、白雪の温もりだけが、ぼくの心を繋ぎ止めていた。


 低音が鳴り止み、カノンお姉ちゃんが鍵盤から手を離して立ち上がった。


そしてまた————

深々とお辞儀をする。


顔を上げたカノンお姉ちゃんは狂気に満ちた顔で冷たく笑っている。


3曲目【冥界のエチュード】終了


 

冥界のエチュードが終わり、音楽室に『重さ』だけが残った。


 

【絶望の受容:罪のレクイエム】


カノンお姉ちゃんは、ゆっくりと椅子に座り直し鍵盤に触れた。


「4曲目・・・【罪のレクイエム】」

 

ゴォォォーーーーーンーーーーー

 

低く、沈むような音。

 

その音色は告別の鐘のように、音楽室の空気を震わせる。

 

窓から刺す月明かりは弱まり、影が長く伸び、大人達は顔を歪めた。

 

カノンお姉ちゃんの表情は無表情で、涙も笑みもない。ただ淡々と、『死者のように』鍵盤を叩いていた。


「・・・カノン・・・俺達が・・・お前を・・・・」

「ごめん・・・本当に・・・ごめん・・・」

 

大人たちは泣き崩れ、床に手をつき、頭をこすり付けて、震える声で謝り続けた。

 

その姿は、もはや『親』ではなく、ただの壊れた大人だった。

 

でも——

カノンはその姿を見て、ゆっくりと微笑んだ。

 

「・・・うん・・・それでいいの。」


カノンは鍵盤を撫でるように弾きながら、静かに語り始めた。

 

「親ってね・・・・子どもに『背中』を見せるものなんだよ・・・・?」

 

ポロンーーーーーー♪

 

「子どもが間違えたら叱る。子どもが泣いたら抱きしめる。子どもが苦しんだら守る。」

 

ポロンーーーーポロンーーーー♪


 「でもね・・・貴方達は・・・私がどれだけ泣いても・・・どれだけ苦しんでも・・・・背中を向けたままだった。」

 

カノンの声は淡々としていた。怒りも悲しみもない。ただ『事実』を述べる声。

 

「だから、今の貴方達に出来る事は一つだけ。『覚悟を子供に見せる』それが、私を虐めた貴方達が出来る最後の親の姿なの。分かってくれるよね。」


大人達は、放心状態のまま、力なく何も言わず頷いた。

彼らの心は、もう自分自身を支える力を失っていた。罪悪感だけが残り、それに従うしかなかった。


ポロンーーーーポロンーーーー♪

 

「・・・・ありがとう。

 そして・・・・おめでとう。・・・・・今こうして・・・自分の罪を受け入れて・・・・

『死』を受け入れる覚悟を見せる貴方達は・・・・」

 

カノンは微笑んだ。

 

「とても立派な親だよ。」


カノンは僕達の方を向いた。


 「見てごらん・・・これが『本当の親』なんだよ。」

 

僕達は息を呑んだ。


 「子供に背中を見せる。子供のために覚悟を決める。子供のために・・・自分の命さえ差し出せる。」

 

カノンお姉ちゃんの瞳は狂気に光っていた。


 「貴方達の親は・・・・今やっと・・・・『本当の親』になれたんだよ。」

 

大人たちは涙を流しながら、その言葉を受け入れていた。まるで、それ以外の選択肢がもう存在しないかのように。


「・・・いいなぁ・・・・。親って・・・こうあるべきだよね・・・・?」

 

 カノンお姉ちゃんは、大人達を羨ましそうに見て呟いた。その言葉は、誰に言っているのかは分からない。でも、カノンお姉ちゃんが求める理想の親の姿なんだろう。

 まるで自分が欲しかった『親の姿』を、目の前のママ達に重ねている様だった。


ポロンーーーーポロンーーーー♪

ポロンーーーーポロンーーーー♪

 

「嬉しい!!本当に嬉しい。やっと分かってくれたんだもん。雷轟、黒羽、玲奈。私達友達だもんね。

 ・・・・・・死を選んでくれてありがとう。ありがとうみんな。」


ゴォォォーーーーンーーーー♪


最後の低音が響き、音楽室が深い沈黙に沈んだ。

カノンお姉ちゃんは立ち上がり、深々とお辞儀をした。

顔を上げたその表情は——冷たく、満足げな笑み。


僕は、何が正しいのか分からなくなっていた。

ただ、白雪の温もりだけが僕を支えていた。


【罪のレクイエム】終了


そして、雷轟パパ、黒羽ママ、玲奈ママは、静かに立ち上がり、僕達の前を無言で通り過ぎまるで何かに導かれる様に窓際までフラフラと歩きだした。



「親父!!!」

「ママ!!」

「ママ!!」

「止めて!!」


 僕達がママ達のもとに駆け寄ると、一際低く強い低音と共にカノンお姉ちゃんから伸びた影が僕達の体に巻き付き動きを止める。


ゴォ―――――ン♪


「・・・・ダメ。『本当の親』の背中を見るのは子供の役目だんかたら。」


その声は優しいのに、僕達の心を冷たく締め付けた。


 

【守りの旋律:家族のカデンツァ】


 罪のレクイエムの余韻が消え、音楽室に重い沈黙が落ちていた。


 カノンお姉ちゃんは鍵盤に指を置いたまま、無表情で窓に向かう大人たちを見つめている。


「5曲目・・・・【家族のカデンツァ】」

 

その瞬間——


 「やめて!!!」


 僕達の叫び声と共に白雪の冷気が、僕達を縛っていた影を切り裂いた。


僕は迷わず大人達の前に飛び出し、両手をめいいっぱい広げて立ちはだかった。


ポ―――ン♪ポ――――ン♪


カノンお姉ちゃんの指が、ほんの一瞬止まった。

 

「ママを・・・・ママを連れていかないで!!」


 声が震えていた。でも、胸の奥から溢れる熱い気持ちが止められなかった。白雪の温もりが僕に勇気をくれた。

 

「ママは・・・悪いことしたよ・・・。でも・・・・でも・・・。ぼくのママなんだ!!」

 

涙が勝手に溢れた。


「叱られたあと、ぎゅって抱きしめてくれた・・・。僕が怖くて泣いた時、ずっとそばにいてくれた・・・・!」


白雪が僕の手を握ってくれた。


「パパもママも病弱な僕の側にずっといてくれたんだ。大丈夫だよって抱きしめてくれたんだ。でも、僕のいない所で泣いてた。とっても優しいパパとママなんだ。僕は、パパとママが大好きだなんだ。」

 

ぼくの声に、雷斗、賽ちゃん、まつりちゃんも続いた。


ポ―――ン♪ポ――――ン♪


 「親父は・・・・確かに最低だよ・・・・でも・・・・でもな・・・・!」

 

雷斗は涙をこらえながら叫んだ。


「運動会で一番大きな声で応援してくれたんだ!俺が転んだとき、立て!立って最後まで走り抜けろ!!って大声で叫んでくれたんだ。すぐに怒って雷落として、短気でがさつでおざっぱだけど、最高に強くてカッコいい親父が大好きなんだ。」


ポ―――ン♪ポ――――ン♪


賽ちゃんは声を震わせて小さな声で、でも真っすぐに黒羽ママを見つめて言った。 

 

「ママは・・・寂しがりやでいつも私にべったりなの。

 学校であった事や友達の事をいつも聞いてくれる。静かに、『うん、うん。』って優しく聞いてくれる。

 私が悩んだ時も、笑った時も、怒った時も、優しく聞いてくれる。

 私はそんなママが大好きなの。私の話を聞いて優しく微笑んでくれるママが大好きなの。」


ポ―――ン♪ポ――――ン♪


まつりちゃんも両手を広げて大人達の前に立ちふさがった。


「もう、なんで私のパパとママはいないの?!

 私だって、パパとママ大好きだもん。いつも笑って、笑って、笑って・・・・・。

 あれ?笑ってばかり・・・・。

 もぉー、笑ってばかりだけど、それが良いんだもん。『本当の親』なんて知らない。

 私のパパとママは、今のままが本当のパパとママなんだよぉ。」


ポ―――ン♪ポ――――ン♪

ポ―――ン♪ポ――――ン♪

 

ぼくは胸に手を当てて言った。


 「カノンお姉ちゃんが言う『本当の親』なんて・・・・僕には分からない。」


白雪の手が僕の手をそっと握ってくれた。冷たい白雪の手と熱い僕の手が重なり、僕の中の不安が崩れていく。僕はカノンお姉ちゃんを見つめ一歩前に出た。

 

「でも・・・僕の思い出の中のパパとママは・・・・いつも笑ってた。

 僕を守ってくれた。僕を抱きしめてくれた。僕を・・・・愛してくれた。」


 僕は涙を拭って、まっすぐカノンお姉ちゃんを見た。

 

「理想の親なんていらない。僕には・・・『今のままのパパとママ』が必要なんだ。だって・・・僕はパパとママが大好きだから。」

「・・・・オレも親父が大好きだ。」

「・・・私も・・・ママが大好き。」

「・・・・私も、パパとママが大好き。」


僕達は溢れる涙を拭きもせず、ママ達をギューッと力強く、抱きしめ泣いた。


ママの胸の中で大声で泣く僕は、全てを委ね安心して泣く赤ちゃんみたいだった。


ポ―――ン♪ポ――――ン♪

ポ―――ン♪ポ――――ン♪

 

抱き着く僕達の涙と言葉で大人たちの瞳に光が戻った。

 

「・・・・悪かった・・・・もう二度と・・・お前を傷つけない・・・・」


雷轟パパは強く雷斗を抱きしめ泣いた。

 

「生きて・・・・償わせて・・・・」


黒羽ママは、賽ちゃんを優しく抱きしめ泣いた。

 

「あなたのために・・・・生き直したい・・・」

 

玲奈ママが僕とまつりちゃんを抱きしめ、涙で床を濡らした。


ポーン♪ポ―ン♪ポ―ン♪ポ―ン♪


カノンお姉ちゃんは、驚いたように目を見開いた。

でも——まだ笑わない。


 カノンお姉ちゃんは小さく息を吸った。

 鍵盤の上で指が震えている。

その震えは、怒りでも狂気でもなく・・・・揺らぎだった。


【家族のカデンツァ】終了


【孤独の告白:独奏のラメント】

 

家族のカデンツァが終わり、音楽室に静かな余韻が漂っていた。


子供達の涙と抱擁で、大人たちの瞳に光が戻り始めたその時——

 

カノンお姉ちゃんの指が、鍵盤の上でふるりと震えた。


「6曲目・・・・【独奏のラメント】」

 

ポロ・・・ン・・・♪

 

幼い子のすすり泣きのような音が響く。


 月明かりが、カノンお姉ちゃんだけを照らしていた。その光の中で、カノンお姉ちゃんの肩が小さく震えていた。


ポロ・・・ン・・・♪

 

「・・・いいなぁ・・・・」


カノンは、誰に向けるでもなく呟いた。

 

「守ってくれる親がいて・・・・。守ってくれる友達がいて・・・・。いいなぁ・・・・」

 

その声は、怒りでも狂気でもない。ただの、ひとりの子どもの声だった。

 

ポロ・・・・ポロ・・・・ン・・・・♪


 鍵盤に涙が落ちる。

 

「私ね・・・本当は・・・助けて欲しかったの・・・・」

 

カノンお姉ちゃんの手が震え、鍵盤を押し間違える。

 

「守ってほしかった・・・・抱きしめて欲しかった・・・・『頑張ったね』って・・・・言ってほしかった・・・」


ポロ・・・ン・・・♪

 

「大好きだったの・・・・パパも・・・ママも・・・だから・・・ピアノ、頑張ったの・・・・

 パパとママが喜んでくれるから・・・・それだけでよかったのに・・・」

 

ポロ・・・・ン・・・・♪

 

「でも・・・・パパとママは・・・いつも怒ってた・・・・

 もっと頑張れって・・・もっと練習しろって・・・なんで間違えたんだって・・・・」

 

カノンお姉ちゃんの声が震える。


 「『本気にならないとプロになれない』『あなたは特別なんだから』『私たちができなかった夢を叶えて』」

 ・・・・そんなの・・・私じゃないよ・・・・私はただ、喜んで欲しいだけだったのに・・・・」


ポロ・・・ン・・・♪ポロ・・・ン・・・♪

 

「私は・・・親が望む私になれなかった・・・」

 友達が望む私にもなれなかった・・・・」

 そして・・・私が望む私にも・・・なれなかった・・・・」

 

カノンお姉ちゃんは胸に手を当てた。

 

「音楽室のピアノだけが・・・私の味方だったのに・・・

 それが壊れたとき・・・私も・・・・壊れちゃった・・・・」


ポロロロロン♪ポロロロロン♪ポロロロロン♪


「いいなぁ・・・守ってくれる親がいて・・・

 いいなぁ・・・守ってくれる友達がいて・・・」

 

カノンお姉ちゃんは涙を流しながら微笑んだ。


「私も・・・欲しかったなぁ・・・そんなパパとママ・・・

 私も・・・・欲しかったなぁ・・・そんな友達・・・」


ポロ・・・ポロ・・・ポロ・・・ン・・・・


ピアノの音が、まるで音楽室全体のすすり泣きのように響いた。空気が震え、月明かりが揺れ、カノンの涙が鍵盤に落ち続けた。

 

その姿は、怒りでも狂気でもなく——ただ、愛を求めて泣くひとりの少女だった。

 

【独奏のラメント】終了



【赦しの輪唱:光のカノン】


 独奏のラメントが静かに消え、

 音楽室には張り詰めた静寂だけが残った。


 カノンお姉ちゃんは、

 涙で濡れた指をそっと鍵盤に置いた。


「7曲目・・・【光のカノン】」


ポロン・・・ポロロン♪


 幼い子のすすり泣きのような音が、

 やがて優しい輪唱のように重なり始める。


 月明かりが揺れ、

 音に合わせて白く広がり、

 音楽室全体が光に満ちていく。


 カノンお姉ちゃんは、涙を流しながら、

 ゆっくりと笑った。


 それは今まで一度も見せたことのない、

 本物の笑顔 だった。


「・・・もう・・・いいよ・・・」


 その声は震えていたけれど、

 確かに前へ進もうとする声だった。


「あの時の事は忘れない・・・

 なかった事にもできない・・・」


ポロン・・ポロン・・ポロロン♪


「でも・・・

 前に進むために・・・

 私は・・・許すよ・・・。」


 大人たちが息を呑む。


「繰り返さないために・・・

 忘れないために・・・

 私は・・・許すって決めたの・・。

 でも・・・苦しいね・・・・

 許したくなんかないのに・・・・

 ずっとずっと苦しんで欲しいのに・・

 私と同じ様に・・・苦しんで欲しいのに

 ・・・私が・・・前に・・・進むために

 ・・・必要なんだね・・・・

 私の為に・・・必要なんだね・・・。」


 カノンお姉ちゃんの表情から強さと優しさが伝わってきた。

 そしてぼく達を見つめた。


「貴方達が・・・

 パパとママを守ったとき・・・

 私・・・見えたんだ・・・。」


 涙が頬を伝う。


「私が・・・

 本当に欲しかったもの・・・。」


ポロロン・・ポロロン・・・ポロロン♪


「守ってくれる親・・・

 寄り添ってくれる友達・・・

 『あなたが大事だよ』って言ってくれる人・・・」


 カノンは胸に手を当てた。


「・・・いいなぁ・・・

 あなたたち・・・

 本当に・・・いいなぁ・・・。」


 でもその声には、

 もう嫉妬も憎しみもなかった。


 ただ、

 憧れと、救われた安堵 があった。


ポロン・・ポロン・・ポロロン♪

ポロン・・ポロン・・ポロロン♪


 カノンの体が、

 光に溶けるように淡く揺れ始める。


 輪唱のように重なるピアノの音が、

 音楽室全体を包み込む。


「・・・良いな・・・本当に良いな。

 私も・・・欲しかったな・・・。」


 カノンの声は、光の中に溶けていった。


ポロン・・ポロン・・ポロン・・♪

ポロロン・・ポロン・・ポロロン♪


 カノンお姉ちゃんが鍵盤から静かに手を下ろして立ち上がった。

 満面の笑顔で優雅にお辞儀をする姿は、全てを出し切った達成感で溢れ、長い長い夜の向こうにやっと見つけた朝日の様だった。


「・・・ありがとう・・・

・・・最後まで聞いてくれて。」


【光のカノン】終了


 光が満ちる音楽室の中で、

 ただ一ヶ所だけ、黒い影が揺れた。

 まるで光に拒まれた様に。


 カノンお姉ちゃんの背後。

 月明かりが届かない、お姉ちゃんの影が身震いする様に震え出す。


 カノンお姉ちゃんの背後に、

 二つの影が立っていた。男と女の形をして。


 カノンお姉ちゃんの笑顔が、ふっと止まり、空気がヒヤリと沈んだ。


 影は、震えるカノンお姉ちゃんに寄り添うように近づき、耳元で囁いた。


「赦さない!」


 光を吸い込むような真っ黒な手でカノンお姉ちゃんを抱きしめ、低く霞んだ声を発する。


「赦さない!」

「赦さない!」


 カノンは震える声で呟いた。


「・・・パパ・・・

 ・・・ママ・・・?」


 月明かりが閉ざされ、空気が張り詰める。

 影から放たれる憎悪が音楽室に蔓延し、息苦しく、濁った、腐臭が僕達を蝕む。

 

 カノンを縛り続けた『親の影』が、ついに姿を現した。

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