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集灯町~廃校舎の七不思議~  作者: パパパパーン


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第四章 廃校舎の七不思議へ

【賽ちゃんの提案】


午後2時。

 真夏の太陽がギラギラ照りつける木の葉公園に、僕たちトラブルファイブは再び集まった。


「福大ぁぁぁ!!遅いぞぉぉ!!」


雷斗が黒こげのまま叫んでいる。

 まつりちゃんは噴水の縁でポニーテールを振り回しながら水遊び中。

 賽ちゃんは木陰で静かに読書中。白雪は僕の胸ポケットでスヤスヤ寝ている。


 いつも通りの、わちゃわちゃした午後の始まり。


「よし、全員揃ったね。」


 賽ちゃんが読んでいた本をパタンと閉じて小さく言った。

 その声はいつもより少しだけ低くて、真剣だった。


「ねぇ・・・これから。

 廃校舎、行かない?」


「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 雷斗が飛び上がって滑り台に頭をぶつけ、


「痛てぇ!」

 

 まつりちゃんが噴水にドボンと落ちて溺れ


「あばばばばば!!」

 

 僕は白雪を落としそうになった。


「う、うわぁ!ご、ごめん白雪!」


「・・・・」


 賽ちゃんはそんなぼく達の様子を、何も言わず目を離さず見ている。


「さ、賽ちゃん!?

 何言ってんだよ。

 あ、朝、町内会長の光代さんも言ってただろう。

 廃校舎には絶対に行くなって、あのおっかねぇ親父ですら、光代さんの言う事には逆らわないんだぞ。

 無理無理無理。絶対無理!!」


 雷斗は冷や汗をかきながら全身をビリビリさせてしどろもどろに叫んだ。


「そ、そうだよ。賽ちゃん。

 学校でも校長先生が言ってたでしょう。

 廃校舎は工事するから危ないって。絶対に行っちゃダメだって。

 光代さんも言ってたし、ラジオ体操の後、パパとママからも絶対に行っちゃダメだって言ってたんだよ。」


 まつりちゃんも必死だ。


「ぼくのママにもさっき言われた。

 凄い顔で、絶対に行くなって。

 ・・・行っちゃダメだって。」

 

「・・・・」


賽ちゃんは何も言わない。

ただ、ぼくたちを見続けている。

何かを決意したかのように・・・。


「・・・賽ちゃん

 ・・・冗談だよね?」

「冗談じゃないよ。」


 賽ちゃんはぼくの言葉に間髪入れず、でも静かに首を振った。

 その表情は、いつもの『ホラー大好き』の笑顔じゃない。

 もっと深い、もっと切実な何かを訴えてる顔だった。

 

「・・・どうして行きたいの?」


 僕が聞くと、賽ちゃんは真っ直ぐと僕達を見つめて言った。


「あそこで、誰かが泣いてるから。」


 賽ちゃんははっきりと、そして覚悟を決めて僕達に伝えた。


「よし!じゃあ行くか!!

 廃校舎によぉ!!」

「そうだね。行くしかないね。」

「今すぐ行かないとね。ね、白雪。

「・・・うん。」


 賽ちゃんはキョトンッとした顔で僕達を見回した。


「え!?・・・みんな・・・?

 良いの?

 みんな行っちゃダメだって言った廃校舎に行くんだよ。

 本当に行くんだよ。」


 賽ちゃんが驚きを隠せないって顔で、まじまじと僕達を見ている。


「お、賽ちゃんがビックリする顔とかレアじゃねぇ。いつもオレ達が驚かされてるからな。

 良いねぇ、最高のビックリ顔じゃん。」


雷斗がおどけて笑ってる。


「賽ちゃんマジウケる!

 もしかしてホラー大好き賽ちゃんも怖がってるのかな?

 キャハハハハハ面白ーい!」


まつりちゃんも大笑いだ。


「どうして、どうして行ってくれるの?」


「え?だって誰かが泣いてるんでしょう。だったら行かなくちゃ。

 誰かが泣いてたら助けてあげるのは当たり前でしょう。

 だから賽ちゃんは行きたいんでしょう。

 ね。」


 賽ちゃんは俯いて長い髪で顔を隠してポタポタと涙を流した。


「・・・福大。女の子泣かした。」


 白雪が、僕の胸ポケットからチョコンと顔を出して呟いた

 

「え!!ちょ、ちょっと白雪!

 僕、泣かしてなんかないよ。

 やめてよそんな言い方!!」

「福大、女を泣かせるのは良くないな。父ちゃんが言ってたぞ。」

「キャハハハハハ!!

 福大最低!!」

「止めてよみんな。

 僕、泣かせてなんかないよ。

 ね、賽ちゃん。

 僕、泣かせてないよね。」


 賽ちゃんは目を擦って、長い髪の隙間から片目だけを出して


「・・・本当、女の子を泣かせるなんて最低。」


と、怪談を語るように呟いた。


ヒィィィーーーーー


 僕はあまりの怖さに思わず悲鳴を上げてしまった。


 賽ちゃんの長い髪が天に昇るように逆だった。まるで、どこかの念能力者『ゴンさん』の様に。

 賽ちゃんが今まで出したことのない程の大声で叫んだ。

「トラブルファイブ全員集合!!」

「「「おう!!」」」

「私達は今から廃校舎へと行き、学校の七不思議を探索する。

 そして泣いてる誰かを助ける。

 分かったかぁ!」

「「「おう!!」」」


「私は、七不思議ブルー河原賽!!

 七不思議ファイブ名乗れ!!」

「七不思議シルバー白雪!」

「七不思議ピンク万来まつり!」

「七不思議レッド千葉福大!

「いや、七不思議って、聞いてないんだけど、それ完全に怖いやつじゃん。」

「何か問題があるのか雷斗!!」

「ダメだよ雷斗、髪を逆立てた賽ちゃんに逆らっちゃ。」


 まつりちゃんがオロオロしながら雷斗にダメ出ししている。

 

「雷斗!名前!!」

「ヒョエー、怖ぇー。

 七不思議イエロー藤原雷斗!」

「全員揃って」

「「「「「七不思議ファイブ!!」」」」」


チュドーーーン!!

 

 賽ちゃんの熱い想いが燃え盛り、ぼくらの背後で5色の爆発が巻き起こる。

 

「じゃあ、廃校舎へ行って、泣いてる誰かを救いに行くわよ。

 ヒントは七不思議あるわ。」


「ちょーーと待ってよ賽ちゃん!

 泣いてる誰かを救いに行くのは聞いてたけど、七不思議は後出しじゃない?

 そうゆうの最初に言ってよ。」

 廃校舎の七不思議って事でしょう。

 それマジのやつじゃん。」


 手足をブルブル震わせてる雷斗は、完全にビビっていた。


 賽ちゃんは両目に涙を溜めて、ウルウル顔で雷斗に近づいた。

 

「雷斗・・・ダメ?」

「ダッ!!ダメじゃあねぇーよ。

 全然ダメじゃねぇーよ

 ただ、初めに知っておきたかったなぁーって思っただけだよ。」

「雷斗・・・ありがとう。」


 賽ちゃんは涙を拭きながら、囁くように言った。


「おう!!任せろ。オレが絶対に泣いてる誰かを救って、七不思議も探索してやるぜ。

 よーし。やってやるぜ!!」


 雷斗の心に火がついた。全身に雷を纏い、逆だった髪の毛がバチバチと放電している。


「ふっ・・・チョロい。」

「賽ちゃんって、本当に怖いよね。」

「キャハハハハハ!!

 男がバカなだけだよ。」


 まつりちゃん、本当にそうだとしても言わないで欲しかったな。

 僕はつくづくそう思った。


 突然、風が止まり、セミの声が遠くなった瞬間。

 

ポロン・・・♪ポロン・・・♪


「あ!聞こえた。」

 

 ゆっくりと、優しく、でもどこか悲しい曲が廃校舎から流れてきた。

 この曲は間違いなく【カノン】だ。


「賽ちゃん!?」

「うん。」


 僕と賽ちゃんは廃校舎の方に耳を澄ませた。

 白雪はぼくの胸ポケットから顔を出して廃校舎を見つめている。


「な、なんだよ。なんだよ。3人で廃校舎見つめて、早速何かあったのか?」


雷斗には全く聞こえてないようだ。


「やっぱり何か霊的なのいるのかな?」


 まつりちゃんにも聞こえてないようだけど、雰囲気は察している。


「・・・行こう。」


 ぼく達、七不思議ファイブは賽ちゃんを先頭にして廃校舎へと向かった。


【廃校舎の七不思議】


 廃校舎へ向かう道は、昼間なのに妙に静かだった。

 分厚く黒い雲がどんよりとゆっくり広がり、太陽が段々と隠れていく。

 陽は翳り、風は弱く、セミの声は遠く、人通りは減っていた。


 僕たち七不思議ファイブは、賽ちゃんを先頭にそんな中を先頭に歩いていた。



「ねぇ・・・。

せっかくだから、廃校舎の七不思議、教えてあげる。」


 賽ちゃんがふっと笑った。

 その笑顔は可愛いのに、どこか背筋がゾワッとする。


「や、やめろよ・・・歩きながらホラー説明とか・・・。」

「・・・雷斗、もうビビってるの?」

「ビビってねぇし!!」


 引き攣る雷斗の顔を見て、賽ちゃんが目を見開いてニヤリと笑っている。


 賽ちゃんの笑顔が怖すぎる。これは雷斗じゃなくても泣き出す怖さだ。


「廃校舎の七不思議。

・・・・その1。トイレの花子さん」


「トイレの!花子さん!!」


雷斗が耳を抑えて叫んでる。


「4階女子トイレの一番奥、4番目の個室を4回ノックして・・・

『花子さん・・・遊びましょう。』

って言うとね。

・・・中には誰もいないはずなのに返事があるの。

『・・・はい』って。


「ひぃぃぃぃぃ!!」

「ヒィ!」


 雷斗が飛び上がり、まつりちゃんが小さく悲鳴をあげた。


「・・・そ、それから。ど、どうなるの?」


まつりちゃんが震えながら聞く。


「・・・トイレのドアが・・・

ギィィィィっと鳴って、中から花子さんが現れるの。

その姿は・・・

目が隠れるおかっぱ頭。

薄汚れた白いブラウス。

真っ赤な吊りスカート。」


「やめろぉぉぉぉぉ!!」


雷斗が半泣きだ。


「・・・それでね。

『遊びましょう』って言って、

トイレの中に引き摺り込まれるの。」


ギャャァーーーー!!

キャーーーーーー!!


 雷斗、まつりちゃんの悲鳴がぼくの恐怖をさらに煽っていく。



「廃校舎の七不思議。

・・・その2、動く理科室の人体模型。」


「人体模型って、人間に似てるから余計に怖いよな。」

「内臓とかもそうだけど、理科室のどこにいても見られてる気がするんだよね。」


 雷斗とまつりちゃんは震えながら話している。


「理科室の人体模型は・・・動き出す。

体を震わせ、自分が入ってるケースを中から


バン!バン!バン!!


何度も叩いて・・・外に出るの。


ペタッ、ペタッ、ペタッ。

コロン、コロン、コロン。


臓器を落としては拾い、体に詰め込み


ペタッ、ペタッ、ペタッ。

コロン、コロン、コロン。


臓器を落としては拾い、体に詰め込む。


その姿を見た者は・・・・」


「・・・見た者は?」


雷斗がゴクンと唾を飲み込み続きを聞く。


「人体模型が走り寄り・・・・

・・・臓器を奪いに来る。。」


ああああああ!!!!

やめてぇーーー!!!


いや、賽ちゃん怖すぎるでしょ。

これガチの奴じゃん。



「廃校舎の七不思議。

・・・その3、13階段。」


「階段が12段しかないのに・・・

13段になるんだって。」


「え、増えるだけ?

それ、そんなに怖い?」


まつりちゃんが少しほっとしている。


「・・・ただ昇るだけではダメ。

目を・・・閉じて。

一段ずつ、一段ずつ、数を数える。


1・・、2・・、3・・


・・・そうするとね。

あるはずのない・・・13段目が現れるの。


・・・13段目を昇り・・・目を開けると。」


「目を開けるなよ。

数えるなよ。

昇るなよ。

もういいよそうゆうの。」


雷斗がガクガク震え出した。


「目を開けると・・・血の海が広がり、死体が見える。


・・・真っ赤でドス黒い血の海。

・・・死体は目が落ち窪みジィっとこちらを見ている。

・・・死体の四肢が折れ曲がり、頭から血を流している。


「なんなんだよそれ。なんで血の海と死体なんか見えるんだよ。」

「もう嫌だ。話さなくていいよ。」


2人は泣き始めた。


「・・・その血は・・・自分の血。

・・・その死体は・・・自分。

目の前に映った光景は・・・

階段下の踊り場の鏡に映った自分の姿。」



無理無理無理無理!!!!

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!


雷斗と賽ちゃんが壊れた。


「廃校舎の


「さ、賽ちゃん・・・!

・・・もういいかな?

これは流石に・・・・。」


 ぼくは意を決して、語り続ける賽ちゃんの前に立って無理やり話を終わらせた。


「うん。・・・もう終わり。」


 賽ちゃんは髪の毛の隙間から、目の前に広がる廃校舎を見上げて言った。


「・・・着いた。」


白雪がボソリと呟いた。


 その時だった。


ヒューーーー!!


っと、一陣の風が吹き


ポロン・・・♪ポロン・・・♪


 あの旋律が、廃校舎の方から聞こえてきた。


「賽ちゃん、あの曲って・・・」

「・・・カノン。」


賽ちゃんが呟く。


 白雪も胸ポケットから顔を出し、無表情のまま廃校舎を見つめていた。

 その瞳は、何かを射抜くかの様に鋭かった。


「な、なんだよ。何か聞こえてるのか?

 やっぱり何かあるのか?あの廃校舎。」


雷斗が震える。


「・・・行こう。」


賽ちゃんが静かに言った。


 

【廃校舎:灯影小学校】


 廃校舎:灯影小学校が見えてきた瞬間、僕たちは思わず足を止めた。


 そこに立っていたのは、

 学校の形をした『巨大な亡骸”』だった。


 校舎全体が、時の流れに飲み込まれたように朽ち果てている。

 壁はひび割れ、灰色のコンクリートは所々剥がれ落ち、

 鉄筋が骨のようにむき出しになっていた。


 まるで、長い年月をかけてゆっくりと腐っていく巨大生物を見ているようだった。


 校庭は草が腰の高さまで伸び、

 風が吹くたびにザワザワと波のように揺れる。


 校庭の端に、錆びついた鉄棒が一本だけ、墓標みたいに突き立っていた。


 かつて子どもたちが遊んだであろう砂場は、

 今では雑草に飲み込まれ、

 ブランコの鎖はちぎれ、

 タイヤの遊具は壊れて裂けていた。


 まつりちゃんが小声で言った。


「・・・ここ、本当に学校だったの・・?」


 誰も答えなかった。



 校舎の窓ガラスはほとんど割れていて、

 黒い穴のようにぽっかりと口を開けている。


 その隙間から吹き抜ける風が、

 古びたカーテンをゆっくり揺らした。


 カーテンは色が抜け、

 端はボロボロに裂け、

 風に吹かれたカーテンは、

 教室の中から外に向かって、

 まるで 『手招き』をしているように見えた。


「・・・あれ、動いてる・・・?」


まつりちゃんが震える声で言う。


「風・・・だよね・・・?」


 雷斗が自分に言い聞かせるように呟く。

 


 灯影小学校は、

 ただ古いだけじゃない。


 『生きているのに死んでいる』

 そんな矛盾した気配をまとっていた。


 近づくほどに、

 空気が重く、冷たく、湿っていく。


 胸の奥がぎゅっと掴まれるような感覚がして、

 僕は思わず白雪のいる胸ポケットを押さえた。


 白雪は無表情のまま、

 じっと校舎を睨め付けていた。



「白雪・・・どうしたの?」

「・・・・・」


白雪は無言で何も答えてくれなかった。



「・・・ここの・・・入るのか?」


雷斗が震える。


「本当に・・・行くんだよね。賽ちゃん。」


 まつりちゃんが賽ちゃんの袖を掴む。

2人とも灯影小学校の雰囲気に圧倒され、心が折れかかっている。


 僕だって、白雪がそばにいなかったら逃げ出していただろう。


 でも、賽ちゃんは違った。

 風に揺れる長い髪の隙間から、

 真っ直ぐに校舎を見つめていた。


「・・・今・・・行くね。」


 その声は小さかったけれど、

 誰よりも強かった。

 

【廃校舎灯影小学校:体育館】


校舎の横を抜けると、

 巨大な影が地面に落ちていた。


 それが・・・体育館だ。


 近づくほどに、その異様さがはっきりと伝わってくる。


 体育館の外壁は、

 まるで巨大な獣に爪で引き裂かれたように深い傷が何本も走っていた。


 白かったはずの壁は、

 雨と風と時間に溶かされて黒ずみ、

 ところどころ苔がびっしりと張り付いている。


 窓はほとんど割れていて、

 残ったガラスはギザギザに尖り、

 巨大な口を開けている怪物の歯みたいだった。


 風が吹くたびに、

 割れた窓枠がカタカタと震え、

 体育館全体が低く唸っているように聞こえる。


「・・・ここ、絶対に入っちゃいけない場所じゃん・・・」


 雷斗が小声で呟いた。


 体育館の入口は、

 錆びついた鉄の扉が半分だけ開いていて、中は真っ暗だった。


 扉の隙間から、冷たい空気がスーッと流れ出てくる。


 夏なのに、その空気だけは冬みたいに冷たかった。


「・・・なんで体育館だけ、こんなに寒いの・・・?」


 まつりちゃんが僕の袖を掴む。


 体育館の屋根はところどころ凹んでいて、雨漏りした跡が黒い筋になって壁を伝っている。


 入口の上に掲げられた

 【灯影小学校 体育館】

 という看板は、文字が半分消え、

 残った部分も黒く煤けていた。


 まるで・・・

 この場所が『忘れられた存在』であることを訴えているようだった。


「・・・入るよ。」


 賽ちゃんが静かに言った。


 その声は小さいのに、

 体育館の前ではやけに響いて聞こえた。


 僕たちは息を呑み、錆びた扉を押し開けた。


ギィィィィ・・・・


 その音は、

 まるで体育館が悲鳴を上げているようだった。


 錆びついた扉を開けた瞬間、湿った空気が肌にまとわりつき、外よりも空気が冷たい風が体を包み込んだ。


 中は湿った木とカビの臭いが混ざり合ってい、嫌な臭いが漂っている。

 床は黒ずみ、ワックスの跡がまだらに残っり、バスケットゴールは片方だけ傾いている。


ギシギシギシ!


ヒィーーー!

キャーーー!


 天井の鉄骨が鳴る音に雷斗とまつりちゃんが驚く。


 体育倉庫の扉が半開きで、中は真っ暗。その暗闇の中から今にも何かが出てきそうな雰囲気を漂わせている。


 そして汚れたバスケットボールが一つだけ転がっていた。


 僕達は体育館の雰囲気に飲まれ、身じろぎも出来ないまま、何も言えないでいた。



 そんな中、賽ちゃんが体育館の中央で立ち止まり、一度だけ深く深呼吸をして静かに語り始める。


「廃校舎の七不思議。

・・・・その4。誰もいない体育館でボールの音がする。」


「・・・ドリブル・・・かな?」


 雷斗がバスケットボールを見て小声で話す。


「うん。ボールが『床や壁に当たる音』なんだって。」


ダムッ!ダムッ!ダムッ!ダムッ!


ビチャッ!ビチャッ!


ドン!ドン!ドン!ドン!


ビチャッ!ビチャッ!


「・・・体育館はね。」


 みんなが賽ちゃんの一つ一つの言動に注目している。

 

「・・・体育館は、みんなの残留思念が残る場所。

 多くの生徒が毎日必死に練習して、勝ちたい、負けたくない、悔しい、楽しいって強い感情が渦巻く場所。

 特にボールは、その想いを強く受けるの。

・・・だからね

・・・ボールが動くの、強い想いに動かされて。

・・・血塗れになるまで。」


ダムッ!ダムッ!ダムッ!


ビチャッ!ビチャッ!


ドン!ドン!ドン!ドン!


ビチャッ!ビチャッ!


「・・・なんで血塗れ?」

「・・・分からない。」

「分からないのが、余計に怖いよぉ。」


ギシギシギシ!


 時折聞こえる天井からの音以外、体育館は怖いぐらいの静寂に包まれていた。

 賽ちゃんの小さな囁き声と、僕達の息遣いが妙に体育館にこだましていた。


体育館を出ようとした瞬間


ポロン・・・♪ポロン・・・♪


今度は全員が立ち止まる。


「今の・・・聞こえた?」

「うん・・・聞こえた・・・

この曲って・・・カノン・・・だよね。」


 まつりちゃんが顔を青くしてみんなの顔を交互に見る。


「や、やめろよ・・・ピアノはよくないよ。

なんで誰もいない廃校舎からピアノの音がするんだよ。」


雷斗は床に手をついて震え出した。


音は2階の廊下の奥、音楽室から。


賽ちゃんの声が震える。


「・・・行こう。」


体育館を出ると、

 外の空気が一瞬だけ温かく感じた。

 でも、それもすぐに消えた。


 灯影小学校の二階へ続く階段は、

 誰かが何度も踏みしめた跡が残っている。そして階段は黒ずみ、ひび割れ、ところどころ欠けていた。


ギシ・・・ギシ・・・


 一段昇るたびに、階段が小さく悲鳴を上げる。


「・・・やめろよ、階段がギシギシ鳴くなよ・・・。」

「本当だよぉ〜。そんなに鳴かないでぇー。」


 雷斗もまつりちゃんの同じ様に泣いているのを止めて欲しい。


 階段を昇りきると、

 長い廊下がまっすぐ伸びていた。


 廊下の窓はほとんど割れていて、風が無造作に飛び込んでくる。


 廊下の床には砂埃が積もり、足を踏み出すたびにザリッと音がする。


「・・・廃校舎みたいだよー。」


まつりちゃん・・・廃校舎なんだよ。


 廊下の壁には、

かつての掲示物の破れた紙が貼りついたまま残っていて、色はすっかり抜け落ちていた。


 まるで、

 この学校の時間だけが止まっている

 そんな感覚だった。



 廊下の途中、

 『2年2組』と書かれたプレートがぶら下がっていた。


 僕たちと同じ学年、同じ組の教室だ。


 扉は半開きで、ぼく達は何気なく中を覗いてしまった。

 机と椅子が整然と並んでいる普通の教室。

 机には落書きや、名前を彫った傷も残っている。


「あ、藤原って彫ってある。」

「ハハハ。藤原って意外といるよね。」

「へっへぇー、まぁな。」

「ハハ。嫌、別に褒めてはないけど。」


 雷斗とまつりちゃんが笑い合ってるけど、どこか不自然だ。

 

 ・・・分かってる。さっきからずっと聞こえてくるカノンのせいだ。


ポロン・・・♪

ポロン・・・♪ポロン・・・♪


みんなこの曲が気になって仕方がない。

賽ちゃんはじぃーと音楽室だけを見つめ、

白雪もぼくのポケットの中から音楽室を見つめている。

雷斗とまつりちゃんは、怖がり半笑いになり、ぼくはそんなみんなを一番後ろから見る事しか出来なかった。



 他の教室の中を見ると、机がひっくり返り、椅子が折れ、黒板が割れている教室もあった。


 別の教室の奥の窓は割れていて、

 風が吹くたびに黒板のチョークの粉が舞い上がる。


 その粉が光に照らされて、まるで白い影がふわふわ漂っているように見えた。


 どの教室にも共通しているのは、

『誰もいないのに、誰かがいた気配だけが残っている』


 という事だった。



ポロン・・・♪

ポロン・・・♪ポロン・・・♪


 進むたびに廊下の奥から聞こえる音が大きくなる。


「廃校舎の七不思議。

・・・・その5。誰もいない音楽室で鳴るピアノ。」


「それ、なんで今なんだよ。」

「止めてよ賽ちゃん!

絶対にこの事だよ。」


 賽ちゃんじゃ2人を無視して話し続ける。足を止めず音楽室に近づきながら。


「誰もいない音楽室で、まるで誰かが弾いている様に鍵盤が鳴り響く。

・・・それを見た人は。」

「聞きたくないよぉ〜。絶対何か起きるよぉ〜。」

「・・・ヒィッく!・・・ヒィッく!」


 まつりちゃんは絶望し、雷斗は恐怖からしゃっくりし始めた。


「・・・それを見た人は。

最後まで聞くと・・・ピアノに引き摺り込まれるの。」


「・・・・」

「・・・・ヒィッく!。」


ポロン・・・♪

ポロン・・・♪ポロン・・・♪


カノンは終わる事なく鳴り響いている。


 廊下の一番奥。

 『音楽室』と書かれたプレートが斜めにぶら下がっている。


 扉は隙間が空いており、中から陽の光が漏れていた。

 

 そして、


ポロロロン・・・♪

ポロロロロロン・・・♪

ポロンポロンポロンポロン♪



 扉の隙間から、音がはっきりと聞こえる。


 僕たちは息を呑み、雷斗が誰にも聞こえない様な蚊の鳴く声で呟いた。


「・・・誰か・・・いる。」


 ぼくはそぉーと扉の隙間を覗くが、ピアノしか見えない。


 白雪が胸ポケットから顔を出し、

 無表情のまま扉を見つめている。


 賽ちゃんが小さく呟いた。


「・・・行こう。」


 僕たちは、

 ゆっくりと音楽室の扉に手をかけた。


 【廃校舎灯影小学校:音楽室】


音楽室の扉は隙間が空いており

 そこから、やわらかな陽の光がこぼれている。


 廃校舎の中とは思えないほど、

 その光は温かくて優しくて、

 まるで別世界に続いているみたいだった。


 僕たちは息を呑み、そっと扉に手をかけた。


 ギィ・・・と鳴ると思っていた扉は、

 音もなく、すっと軽く開いた。


 その瞬間、

 僕たちの目の前に広がった光景は、

 廃校舎のどこにもなかった『美しさ』だった。


 音楽室の中は確かに朽ちていた。


 カーテンは破れ、端がほつれて風に揺れている。

 壁は色が剥げ、床にはほこりが積もっている。

 窓ガラスは割れ、光が斜めに差し込んでいる。

 なのに、ピアノだけが、異様なほど綺麗だった。


 黒い艶は新品のように光を反射し、

 周りのほこりだけが避けるように舞っている。


 まるでピアノの周囲だけ、

 空気が澄んでいるみたいだ。


 床に差し込む陽の光が反射して、

 ピアノの黒がさらに深く、美しく見えた。


 そのピアノの前に、

 一人の女性が座っていた。


 陽の光に照らされた横顔は、

 まるで絵画の中から抜け出したみたいに美しい。


 髪は柔らかく波打つセミロング。

 光を受けると、ふわりと茶色がかって見える。

 自然に下ろされた髪が肩に流れ、

 その揺れがピアノの音と同じリズムで揺れていた。


 彼女が着ているのは、

 白を基調としたシフォンのワンピース。

 胸元には小さなリボンがついていて、

 スカートはふわりと広がり、

 短いパフスリーブが光を柔らかく反射している。


 足元には白いバレエシューズ。

 腰には細いサテンのリボンベルト。


どのアクセサリーも、彼女がどれだけ音楽を愛しているかを物語っていた。


 そして何より、彼女の表情。


 大きな瞳は優しい光を宿し、

 笑うと周りがぱっと明るくなるような柔らかさがある。


 廃校舎の中にいるはずなのに、

 彼女だけが『舞台の上』にいるようで、

 指先が鍵盤の上を滑るたびに、音が部屋いっぱいに広がっていく。


 廃校舎のはずなのに、

 音楽室だけが光で満たされていた。


 カノンの旋律が、

 光の粒になって舞っているように感じた。


 僕たちは誰も言葉を発せず、

 ただその光景に見とれていた。


 最後の一音が、静かに空気へ溶けていく。


その瞬間、音楽室に差し込む陽の光が彼女の姿を包み込んだ。


「す、すげぇ・・・!!姉ちゃんすげぇ!」


 雷斗が涙目で拍手した。


「凄い!凄い!凄い上手」


 まつりちゃんもパチパチと大きな拍手をしている。

 ぼくも賽ちゃんも見惚れる様に拍手をしていた。


「わっ!?びっくりしたぁ・・・!?」


 彼女は胸に手を当てて大袈裟に体を引いた。


パチパチパチパチ!


「姉ちゃんすげぇ。すごくピアノ上手いじゃん。奏先生より上手いよ!!。」


 雷斗が拍手を続けながら興奮しているのが分かる。

 でも雷斗。音楽の奏先生よりって言われてもきっと全然ピンとこないと思うよ。


あ、でもめっちゃ照れてる。まんざらでもなさそうなぐらい顔を赤らめてめっちゃ照れてる。


「ありがとう!!

うんうん。お姉さんのピアノでそんなに感動してくれたんだね。

もう感謝感激雨霰だよ。

どれぐらい?

どれぐらい感動したの?。」


 ん?なんだこのお姉さん、かなりの欲しがりさんか?


雷斗が両手で大きく円を描くと、雷の大きな円が出来上がる。


「なにそれなにそれ、凄い凄い。

君、雷出せるの?

凄くかっこいい。」

「ま、まぁな。これぐらい感動したぜ。」

「すごーい。可愛い。」


 お姉さんが感激してぎゅうっと雷斗を抱きしめた。

 雷斗は顔を真っ赤にして髪の毛をバチバチさせて体を硬直させている。


「はーい、はーい。

 私は、私は、こーーーんなに凄いと思ったよ。」


まつりちゃんが両手を広げて、

キーーンと言いながら音楽室の中をグルリと周った。


「可愛い♡」


 お姉さんはまつりちゃんもギュッと抱きしめて喜んでいる。


 まつりちゃんも、きゃーと言いながら、お姉さんに両手両足で抱きついた。


 そして何かを期待する様にお姉さんがぼくをじぃーっと見つめた。

 お姉さんの目が


『あなたはなにをしてくれるの?

 ワクワク、ワクワク。』


って感じで見つめるのは止めて欲しい。


ジィーーーーーー。


「あ、あの・・・お、お姉さん、こ、こんなところで何してるの?」


 ぼくは期待の眼差しを振り切って、しどろもどろに言った。


「私?私の事、聞きたいの?私の事、気になるの?私の事・・・好きなの?」

「好きではありません。僕が好きなのは白雪なので。」

「え?あ・・・・そんな・・・冗談だよ。」

「お姉さん・・・誰?」


 賽ちゃんが長い髪の隙間から片目だけを覗かせてボソリと呟いた。


「あー、私、輪唱カノン。私、大学生なんだ。

 実はコンクールが近くて・・・なのにね、家のピアノが壊れちゃって。

どうしようかな?

どうしたもんだろうな?

どうにかならないかな?

って思ってたら、

あ、そうだ。そう言えば、ここにピアノがあった!って思い出して。

取るものもとりあえず、ダダダダダーっここまで来たわけですよ。イエイ!!」


 そう言ってカノンさんは全力で人差し指を天井に向けて叫んだ。


「はい、はい、はーーーい。私もみんなの事聞きたいでーーす。

そこの雷ボーイのお名前は?」

「お、オレは、藤原雷斗だ。」

「藤原雷斗君だね。君かっこイイね。」

「まぁ、まぁな。」

「そこのお祭りガールは?」

「私は、万来まつりです!」

「万来まつりちゃんだね。可愛い。」

「ま、まぁね。」

「で、そこの白雪大好き少年は?」

「僕は、千葉福大です。」

「うんうん、千葉福大君だね。次は、長髪ロングちゃん。」

「・・・私は河原賽。」

「そうかそうか、河原賽ちゃんか。みんなは小学生かな?」

「うん、小学2年生だよ。」

「そうか・・・2年生か。」


 カノンさんはクルリと僕達に背を向けてピアノを見つめた。

 そして、ポン♪と『シ』を叩いた。


音楽室に『シ』の音が響く。


 カノンさんも、僕たちも鳴り止むまで何も言わなかった。


そして音が途切れ静寂がやってくる。

その瞬間、さっきまで満ちていた光が、少しだけ薄くなった気がした


そして誰もが静寂に飲まれて、

身動き一つ、声一つあげられない。


「・・・もしかして。」


静寂を破ったのはカノンさんだった。

 また、クルリと振り向いたカノンさんの笑顔は、廃校舎の中とは思えないほど明るい。


「学校の七不思議を探検しに来たのかな?。」

「そうなんだよ。オレ達、学校の七不思議を探検しに来たんだ。」

「だと思った。

よーし、だったらこのカノンお姉様が、学校の七不思議探検に着いて行ってあげよう。」

「え!良いの?カノンお姉ちゃん一緒に来てくれるの?」

「もちのロンよ。

良し!善は急げだ。早速言ってみよう。」


おーーー!


雷斗とまつりちゃんが大騒ぎで喜んだ。


そして、3人は音楽室から颯爽と出ていった。


 音楽室に残されたのは、僕と僕の胸ポケットから出てこない白雪と賽ちゃんだ。


「白雪ちゃん、あのお姉ちゃん・・・。」

「うん、そうだね。」


 白雪はポケットから顔を出して音楽室を見渡した。

 

「どうしたの?みんなで行こう。」


 カノンお姉さんがドアから顔だけ出して呼びに来た。


「何かあった?」

「何もないよ。行こう。」

「・・・うん。行こう。」


 僕と賽ちゃんもカノンお姉さんの後に続いて音楽室から出ていった。


 窓から差し込む陽の光が、優しくピアノにあたっていた。



【廃校舎灯影小学校:美術室】


「廃校舎の七不思議。

・・・・その6。美術室の動く肖像画。」


「きゃー!怖ーーーい!」


カノンお姉ちゃんが、雷斗とまつりちゃんの腕を掴んで駆け出した。


「うわぁーー!やめろーーー!。」

「廊下は走っちゃダ―ー―メ―――!!」

 「面白ーーーーい!行こう行こう!」


雷斗とまつりちゃんは、もうカノンお姉ちゃんと仲良くなっていた。まるで似た物同士だ。類供だよ。

そんな3人を他所に、僕達はゆっくりと後をついていった。

 

カノンお姉ちゃんはテンションMAXで躊躇いなく美術室に飛び込んだ。

 

「やめろぉぉぉ!!」


 雷斗が泣きながら抵抗するが、カノンお姉ちゃんの勢いには勝てなかったみたいだ。


美術室の中は、他の教室よりも空気が重かった。

窓はほとんど割れていて、風が吹くたびにカーテンの残骸がゆらりと揺れる。

床には絵の具の跡がまだ残っていて、乾いた色がひび割れ、まるで古い地図みたいに広がっていた。


机の上には、色あせたパレットや、毛先が広がった筆が散らばっている。

どれも長い間、誰にも触れられていないのが分かった。


壁にはいくつもの肖像画が並んでいた。

どれも埃をかぶり、色がくすんでいる。

でも——

目だけは、妙に鮮明だった。

描かれた人物たちが、こちらを見ているような、見ていないような、

そんな曖昧な視線を投げかけてくる。


「ひぃぃぃ……動くなよ……絶対動くなよ……」


雷斗が小声で呟く。


「それ、動く時のフラグだから。ダメだよ。そんな事言ったら、言ったら絶対動くよ。」

 

カノンお姉ちゃんは笑いながら近づいていく。


「だったらなんて言えばいいんだよ。」

「決まってるじゃない。動けよ。動けよ。絶対に動けよ。よ。」

「キャハハハ。それも絶対動くやつだよ。」

「だよね。」

「じゃあどうすれば良いんだよ。」


 まつりちゃんは笑い転げ、雷斗は頭を抱えていた。


「あ、この人、ちょっとイケメンじゃない?ウインクしてくれないかな?」

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

まつりちゃんはゲラゲラとお腹を抱えて笑っている。



「ねぇねぇ、次はどこ行くの?七不思議って全部こんな感じなの?全然怖くないじゃん!楽しいよね!」


カノンお姉ちゃんはまるでバレリーナみたいに、笑顔でくるくる回っている。

ハイテンション過ぎないですか?


「カノンお姉ちゃん、次はどこー?」

「よーし。次はねぇ〜……校長室っ!」

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「キャハハハハ!!最高!行こう以行こう。」

 

カノンお姉ちゃんが再び雷斗とまつりちゃんの手を掴んで走りだした。

はぁ、あのテンションにはついていけないかも。


賽ちゃんが1枚の肖像画の前で止まっていた。

その一枚だけ、妙に丁寧に描かれた少女の絵があった。肖像画の下に書かれている名前は読めない、でも『2年2組』と書かれているのはかろうじて読み取れた。


賽ちゃんは、長い髪の隙間から肖像画を覗き込み。白雪もその肖像画を見つめていた。


「二人ともどうしたの?」

「・・・・行こう。」

「・・・・うん。」


 僕には何も分からなかった。でも・・・・きっと何かが起こってるんだと思った。

 だってまだ、泣いてる誰かが誰か分かってないから。



【廃校舎灯影小学校:校長室】


「廃校舎の七不思議。

・・・・その7。4:44に校長室の合わせ鏡を見ると、自分の死に顔が現れる。」


校長室の合わせ鏡


廊下の突き当たりにある校長室の扉は、他の教室よりも重そうだった。

表面の木は黒ずみ、金色だったはずのプレートは色が剥げて『校長室』の文字がかろうじて読める程度だ。

 

「ここが噂の合わせ鏡ね!きゃー!怖い!面白い!入ろ入ろ!」

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

雷斗が泣きながら止めるけど、

カノンお姉さんはノリノリで扉を押し開けた。


ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィーーーーーー


「ダメダメ。重すぎる。みんな手伝って。」

 

ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィーーーーーー

 

僕達みんなで重い扉を開け、校長室の中に入った。


中は薄暗く、カーテンは破れ、

机の上には古い書類が散らばっていた。

 

床には砂埃が積もり、

誰もいないのに、誰かがついさっきまで座っていたような気配 が残っている。


部屋の奥に合わせ鏡が置かれていた。

大きな姿見が二枚、向かい合わせに立てられている。

鏡の縁は錆び、ガラスは少し曇っている。

 

「これが・・・合わせ鏡・・・・?」

「ダメだよ。カノン姉ちゃん。」

 

カノンお姉ちゃんが無造作に鏡を鑑の中を覗き込もうとするのを雷斗が必死に止めた。


「4:44に見ると死に顔が映るんでしょう。きゃー!怖い!」

「知ってんならなんで覗いたんだよ。死んじまうぞ。」

「え?だって、今4:44じゃないから。」

「あ、そっか。じゃあ、大丈夫じゃね?」

「じゃあ雷斗覗いてみてよ。」

「な!なんでオレが覗かなくちゃいけないんだよ。」

「雷斗怖いの?」

「怖い訳あるか!?」

「じゃあ、私が覗くね。」


カノンお姉ちゃんが元気一杯手をあげた。


 「はいはーい。私も覗きまーす。」


次にまつりちゃんも元気一杯に手をあげた。


「じゃあ、オレも。」


雷斗は恐る恐る手をあげ、


「「じゃあ、どうぞどうぞ。」」


 と、2人に譲られた。


「おい!なんでそうなるんだよ。」


いやいや、なんでそうなるも何も、それお決まりのパターンだから。


雷斗はカノンお姉ちゃんとまつりちゃんに背中を押され、 

  

「やめろぉぉぉぉ!!押すな押すな押すな!!」


と叫んでいる。

・・・・それもお約束なんだけど。

3人は合わせ鏡の前で楽しそうに騒いでいた。

 

合わせ鏡を覗き込んだ雷斗が悲鳴をあげ、まつりちゃんが怖がる雷斗を見て大笑いし、そんな二人を見てカノンお姉ちゃんも笑っていた。


「よし、こうなったら七不思議全て制覇してやるぜ。行くぜ野郎ども。おーーー!!」

「「おーーー!!」」


カノンお姉ちゃんがノリノリで校長室から駆け出し、雷斗もまつりちゃんも腕を振り上げながらついていった。


3人が出て行った校長室は静まり返っている。

 

合わせ鏡はただ古いだけ。

何も映らなかった。

ただ、僕たちの姿が何重にも奥へ奥へと続いていくだけだ。


でも、

賽ちゃんだけは鏡を見つめたまま動かなかった。

長い髪の隙間から覗く目は、

鏡の奥の『何か』を探しているようだった。

 

白雪はポケットから出てこない。まるでこの部屋の空気を嫌がっているみたいに。


僕は賽ちゃんの沈黙の間で、どうしていいか分からず立ち尽くしていた。



【廃校舎灯影小学校:七不思議巡り】


この後、カノンお姉ちゃんは次々と灯影小学校の七不思議を見て周った。


【トイレの花子さん】

  

「花子さーん!遊びましょー!」

「呼ぶなぁぁぁぁ!!」

「キャハハハハ!!」

 

トイレの個室から返事はなく、ただ古いだけだった。

 

・・・・賽ちゃんは個室の前で立ち止まったまま動かない。


【13階段】

 

「普通の階段じゃん!ほら、雷斗君、数えてみよ?」

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

12段。ただの普通の階段。

 

・・・賽ちゃんは階段の下をじっと見つめ、白雪はポケットの中で固まっている。


【理科室の動く人体模型】


「わぁ!人体模型だ!かわいい〜!」

「かわいくねぇぇぇぇ!!」

 

人体模型は動かない。ただの壊れた模型だった。

カノンお姉さんは模型の腕を持ってポーズを取らせて遊んでいる。

 

「見て見て!この子、バイバーイってしてるよ!バイバーイって。」

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

まつりちゃんは笑いすぎて転げ回っている。

・・・賽ちゃんは模型の“目”をじっと見ていた。

白雪はポケットの中で息を潜めている。

 

カノンお姉ちゃん、雷斗、まつりちゃんの三人はずっと笑っていた。

 

「全然怖くねぇじゃん!」

「むしろ楽しいね!」

「七不思議ってこんなに面白いんだね!」

 

廃校舎とは思えないほど明るい3人の声が響く。


でも、賽ちゃんだけは一度も笑わなかった。

長い髪の隙間から覗く目は、ずっと何かを見つめていた。

 

白雪は僕の胸ポケットから出てこない。

まるで『ここは危ない』と分かっているみたいに。

 

僕はその二つの空気の間で、どうしていいか分からなかった。

 

片方は馬鹿騒ぎ。

片方は静かな恐怖。

そのギャップが、廃校舎の空気をさらに不気味にしていた。


昇降口を出ると外はすでに日が影っていた。

 空はまだ少し明るいのに、校舎の影だけが妙に濃く、長く伸びている。


 風が吹くたびに、

 割れた窓ガラスがかすかに揺れ、

 夕陽の光を細かく砕いて散らしていた。


 校舎を吹き抜ける風が、昇降口から飛び出し、大きな音を立てて校庭に轟く。

 まるで校舎そのものが、

 眠りから目を覚まし始めた様な、

 そんな気配があった。


 校庭でも、カノンお姉ちゃんと雷斗とまつりちゃん大笑いで騒いでいた。

 3人はまるで、お化け屋敷を終えたあとの様に


「全然怖くなかったじゃん。」

「拍子抜けだよ。」

「でも、あの中に本物のお化けがいたかも。」


と笑い合っている。


 賽ちゃんはずっとカノンお姉ちゃんを見つめたままだ。

 白雪もぼくのポケットの中で静かに目を閉じている。


 正門の前で、

 カノンお姉ちゃんがくるりと振り返る。


「今日はありがとう!

すっごく楽しかったね。」

「うん、最高だったぜ。カノンお姉ちゃんまた会えるか?」

「ちょっと、私を口説くつもり?

私・・・そんない安い女じゃないわよ。」

「そ、そんなんじゃねぇよ。」

「カノンお姉ちゃんのコンサート行きたいな。いつ?どこでやるの?」

「そうだね。

・・・・じゃあ、こんなに仲良くなったんだからみんな招待しようかな。

私の・・・コンサートに。

みんな来たい?。」


 『コンサート』その言い方がどこか懐かしむ様な、遠い昔を思い出すかの様だと僕は一瞬違和感を抱いた。


「あ。」


 賽ちゃんの小さな声を遮る様に、雷斗とまつりちゃんが元気よく返事をした。


「絶対行くぜ!」

「みんなで行くね。」

「嬉しい。

じゃあ、みんなのパパもママも呼んで良いからね。」

「もちろんだぜ、みんなみんな連れてカノンお姉ちゃんのコンサートに行くぜ。」

「当然だよね。」

「よーし、だったらもっともっと練習しなくちゃ。

私はもう少し練習してから帰るから、

みんなは真っ直ぐ帰るんだよ。

もうすぐ暗くなるからね。

寄り道なんかしちゃダメだよ。」


 カノンお姉ちゃんはカバンからチラシを取り出し僕達に渡した。



輪唱カノン

ピアノリサイタル


202◯年 8月31日(夏休み最後の日)

開場 17:00 開演 17:30

場所:灯影市文化ホール

入場無料(ご家族・ご友人ご招待OK)



 カノンお姉ちゃんが渡してくれたチラシは、背景に淡い金色の光が広がっていて、

 中央にはピアノの前に座るカノンお姉ちゃんの写真が大きく載っている。


 白いシフォンワンピースがふわりと広がり、

 指先は鍵盤に触れたまま、

 まるで『誰もいない客席に向けて演奏している』ような姿だった。


 写真の中のカノンお姉ちゃんは、

 優しく微笑んでいるのに、

 どこか寂しげで、

 光の中に溶けていきそうな儚さがあった。


「これカノンお姉ちゃん!」

「ふっふっふ!

 最高にかっこいいでしょう。」

「うん最高だぜ。」

「本当に綺麗。」

「ありがとう。みんな。じゃあね。待ってるからね。絶対来てね。」


 いつものように明るく笑って、

 大きく手を振る。


 夕陽が彼女の髪を照らし、

 柔らかい波のように揺れる。


 でも、


 その影が薄い。

 影があるのに輪郭が何故か曖昧だった。


 僕たちの影は長く伸びているのに、

 カノンお姉ちゃんの影だけは

 地面に溶けるように淡かった。


 夕陽の色も、

 彼女だけにうまく乗らない。

 光がすり抜けていくみたいだった。


 賽ちゃんは黙ったまま、

 長い髪の隙間からカノンお姉ちゃんを見つめている。


 白雪はポケットの中で震えていた。

 まるで『行かないで』と言っているみたいに。


「・・・またね!」


 カノンお姉ちゃんは笑顔のまま、

 ひらひらと手を振りながら

 廃校舎の中へ戻っていく。


 その後ろ姿は、

 夕陽の中に溶けていくように見えた。


 雷斗とまつりちゃんは大きく手を振って大声で「バイバイ」を繰り返していた。


 夕日に照らされた灯影小学校は、

 どこか懐かしくて、

 どこか寂しくて、

 そして——

 何かを隠しているように見えた。


 カノンお姉ちゃんの白いワンピースが

 校舎の影がまるでカノンお姉ちゃんを飲み込む様に吸い込み消えていった。


 最後に見えたのは、

 ピアノ鍵盤のヘアピンが

 夕陽にきらりと光った一瞬だけ。


 僕たちは安堵しながら帰路についた。

 でも胸の奥には、

 言葉にできないざわつきが残っていた。


 ・・・あの後ろ姿は、

 本当に『帰っていく人』のものだったのだろうか。


「今日はありがとう!

 私、もう少し練習していくね!」


 カノンお姉ちゃんは明るく笑って手を振る。


 夕陽が彼女の髪を照らし、

 柔らかく波打つセミロングが金色に輝く。


 でも、影が薄い。


 僕たちの影は地面に長く伸びているのに、

 カノンお姉ちゃんの影だけは

 夕陽に溶けるように淡かった。


 夕陽の色も、

 彼女だけにうまく乗らない。

 光がすり抜けていくみたいだった。


 賽ちゃんは黙ったまま、

 長い髪の隙間からカノンお姉ちゃんを見つめている。


 白雪はポケットの中で震えていた。


「・・・またね!」


 カノンお姉ちゃんは笑顔のまま、

 ひらひらと手を振りながら

 校舎の中へ戻っていく。


 その後ろ姿は、

 夕陽の光と校舎の影の境界線に吸い込まれるように

 ゆっくりと消えていった。


 夕日に照らされた灯影小学校は、

 どこか懐かしくて、

 どこか寂しくて、

 そして——

 何かを待っているように見えた。


 僕たちは安堵しながら帰路についた。

 でも胸の奥には、

 言葉にできないざわつきが残っていた。


 ——あの校舎は、

 今、誰を迎え入れたんだろう。


 

【帰らぬ子供達】

 

 家に着く頃には、陽は沈みあたりは暗くなっていた。

 

「ただいまー。」


 と、玄関を開けると目の前にパパが仁王立ちして待ち構えていた。


「ガッハッハッハ!2年生の夏休み初日はどうだった福大。」

「ま、まぁ・・・。」

「ハッハッハッハッ、みなまで言うな!

楽しくて時間を忘れたのは分かる。

分かり過ぎるぐらいに十分分かる。

でもない福大、日が暮れる前には戻って来い。

みんな心配するからな。

見てみろ、今日はこれぐらいで済んだが、これからもそうとは限らないからな。」


 そう言って、パパは頬をグイッっと近づけて来た。

 パパの顔はまるでトマトみたいに真っ赤だった。


「怒ったママを宥めるのは、パパの役目だが、パパにだって限界はあるからな。」


ぼくの額にツーっと冷や汗が垂れた。


「福大〜!今日のご飯は〜

冷凍チャーハンと冷凍餃子と冷凍唐揚げの三本立てだよ〜!」


 ママが胸を張ってのほほんと言う。


「全部冷凍じゃないかい!。」


 パパが大笑いしながらツッコむ。


「いいのいいの!美味しいんだから!」

「美味いよな!ニンニクと生姜と塩コショウぶっかければ最強だ!」

「きゃっはっはっはっ。」

「はっはっはっは!」


 テレビではお笑い番組が流れ、

 パパはゲラゲラ笑い、

 ママはのんびりアイスを食べている。


 千葉家の夜はいつもこうだ。

 明るくて、煩くて、温かい。


 だから僕も笑っていた。

 ・・・笑おうとしていた。

 ・・・でも笑えなかった。


 胸ポケットの中の白雪は、

 ずっと黙ったままだったからだ。


 夕飯の間も、

 お風呂の間も、

 歯を磨いている間も——

 一度もぼくのポケットから顔を出さなかった。


 パジャマに着替えたあと、

 僕はそっと白雪に声をかけた。


「白雪・・・大丈夫?」


 返事はない。


 ただ、胸元のポケットがかすかに震え冷気が増した。


 白雪は体を震わせている。

 灯影小学校での『何か』を感じている。

 僕には分からない『何か』を。


 その白雪の震えを見て、

 僕の胸にも重たいものが落ちてきた。


 パパとママの笑い声が、

 遠くに聞こえる。


 家の中は明るいのに、

 僕の心だけが夕方の灯影小学校みたいに暗かった。


 その時、家の中の笑いがふっと途切れた。


プルルルルル・・・

プルルルルル・・・


 ママの携帯が鳴った。


「・・・誰だろ?」


 ママはのんびりした声で画面を見て、


「あら、まつりちゃんママからだ。」


 そのまま通話ボタンを押した。


「はーい。どうしたの?」

「ごめんねぇー遅くに。

まつりがまだ戻ってないけど、そっで遊んでる?。」


 ママの声が止まった。


 次の瞬間、

 ママの顔から血の気が引いていくのが分かった。


「・・・まつりちゃんが?

 まだ帰ってきてない?」


 僕の心臓がドクンと跳ねた。


「福大は・・・帰ってきてるよ。

うん、・・・大丈夫。・・・分かった。

大丈夫?私も探しに行くね。」


 ママは震える声で答えた。


 電話の向こうからは、

 万来ママの明るい声が聞こえていた。


『大丈夫大丈夫〜。

 あの子、夏になると元気すぎて帰ってこないのよ〜。

 ちょっと外の方、見てくるね〜。』


 電話が切れた直後、


ドンッ!!


 玄関の扉が勢いよく開いた。


「福大!!

雷斗は!?雷斗は帰ってるか!!?」


 雷斗パパ、藤原雷轟が立っていた。

 2メートル近い大男が、

 汗だくで、息を荒げている。


「雷斗が・・・

まだ、帰ってこねぇ・・・!」


 その声は震えていた。


 続いて、

 賽ちゃんのママ、河原黒羽が駆け込んできた。


「賽!いる?賽!!ねぇ、賽は……?

一緒にいる?。」


 黒羽ママの黒いワンピースが揺れ、

 その目は涙で濡れていた。


「・・・まだ、帰らないの?。」


 僕が答えると、

 黒羽ママは胸を押さえて崩れ落ちそうになった。


 雷斗パパと黒羽ママが揃ったことで、

 家の中の空気が一気に重くなる。


「福大・・・。」


 ママが僕の肩を掴んだ。


「今日・・・どこで遊んでたの。」


 ママの真剣な表情に気圧される様にぼくはゆっくりと答えた。


「・・・灯影小学校。」


 その瞬間、ママの手が震えた。


「灯影・・・小学校・・・?」


 黒羽ママは口元を押さえ、

 雷斗パパは青ざめて固まった。


「そこで・・・誰かに会った・・・?」


 黒羽ママが震える声で聞いた。


「・・・大学生の輪唱カノンお姉ちゃんに。」


 その名前を言った瞬間。


「きゃああああああ!!」

「やめて……その名前……!」


 ママと黒羽ママが同時に悲鳴をあげた。


 雷斗パパは壁に手をつき、

 大きな体を震わせていた。


「・・・輪唱カノン・・・

 なんで・・・なんでその名前を・・・。」


 僕は震える手で、

 ポケットからチラシを取り出した。


「これ・・・もらったんだ・・・。」


 チラシは、

 さっきまで綺麗だったはずなのに——


 ボロボロになっていた。


 端は破れ、

 紙は黄ばんで、

 まるで何十年も前のものみたいだった。


 そして——


 コンサート開催日が『今日の日付』になっていた。


「・・・嘘。」


 ママが崩れ落ちる。


「輪唱カノンは・・・大学生じゃない・・・。」


 黒羽ママが震える声で言った。


「・・・あの子は・・・

 賽たちと同じ歳のまま・・・

 ずっと・・・。」


 雷斗パパと僕のパパは顔を覆い、

 その場に膝をついた。


 家の中の空気が、

 完全に変わっていた。


 僕はただ立ち尽くすしかなかった。


 家の中は、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静まり返っていた。


 雷轟パパは拳を握りしめ、

 黒羽ママは震える手で涙を拭い、

 ママは僕の肩を掴んだまま離さなかった。

 誰も椅子に座らず、立ったまま動き回っている。


「・・・警察にも連絡だ。」


 パパが低い声で言った。


「私は・・・灯影小学校へ。」


 黒羽ママが震えながらも、強い声で言った。


「俺も行く。」


 雷轟パパは玄関の方を睨みつけるように見た。


「雷斗が・・・あそこにいるなら、迎えに行くしかねぇ。」

「黒羽も雷轟も良いの?

・・・あそこには

あそこには・・・・カノンがいるんだよ。」


ママの声は震え泣いている。

その目には昔の記憶が浮かんでいるようだった。


 雷轟パパは歯を食いしばり、拳を握りしめ雷を纏いながら言った。


「・・・分かってる。

・・・カノンに会いたくなんかねぇ。

でも・・・行かなきゃいけねぇ。

向き合うしかねぇ。

ケジメをつける時が来たんだ。

俺は行くぞ。雷斗を迎えに。」


黒羽ママは涙を拭いながら、震える声で続けた。


「私も・・・行く。

・・・賽を・・・助けたいの。

でも・・・それだけじゃない。

カノンに謝らなきゃ・・・

ごめんなさいって・・・謝らなきゃ。

だから・・・行くしかないの。」



 黒羽ママの体は異常なほどに震え、涙は止めどなく流れている。


「私も行こう。男手が必要だろう。」

ママは警察に行ってくれ。」


 パパと雷轟パパと黒羽ママが家を出ようとする。


「ダメェ!」


ママが大声で3人を止めた。


「カノンに会うなら・・・

・・・私が行かないと。

私じゃないと・・・ダメ。

カノンは・・・私の親友なんだから。

そうでしょ。」


 3人は顔を見合わせて、ゆっくりと頷いた。


「警察へはパパが行って。

私は・・・雷轟と黒羽の3人で灯影小学校に行く。」


 ママが震える体を抱きしめるように決意した。



「分かった・・・私が警察に行く。」


 パパが決意したように頷いた。


「ぼ、僕も行く!」


 気づいたら声が出ていた。


 その瞬間、ママが振り返り、

 僕を抱きしめるように肩を掴んだ。


「絶対にダメ!!」


 その声は、今まで聞いたことがないほど強かった。


「福大・・・あなたがいなくなったら・・

私は・・・私でいられなくなる・・・。」


 ママの声が震えていた。

 涙がぽろぽろと落ちて、僕の手の甲に落ちた。


「お願い・・・来ないで・・・

 あなたまでいなくなったら・・・

 私・・・どうしたらいいの・・・。」


 ママの涙は、僕の胸に重く沈んだ。


「福大、頼む。」


 パパも静かに言った。


「ここで待っててくれ。

 お前まで危険な目に遭わせたくない。」


 雷轟パパも黒羽ママも、

 僕を見て小さく頷いた。


「子どもは・・・来ちゃダメ。」


 黒羽ママが震える声で言った。


 僕は唇を噛んだ。

 悔しくて、怖くて、どうしていいか分からなかった。


「行くぞ。」


 雷轟パパが玄関を開けた。


 夜風が吹き込み、

 家の中の空気が一気に冷たくなる。


 黒羽ママは胸に手を当て、

 何かを祈るように目を閉じた。


 ママは最後まで僕の手を握っていたが、

 震える指をゆっくり離した。


「絶対に・・・ここにいてね・・・。」


 そう言って、

 ママは涙を拭いながら玄関へ向かった。


 パパは僕の頭を軽く撫でて、

 「大丈夫だ」と言うように微笑んだ。


 そして——

 三人は夜の道へ消えていった。


 玄関の扉が閉まる音が、

 家の中に重く響いた。



 静寂の中、

 胸ポケットがひんやりと冷たくなった。


「・・・白雪?」


 そっと覗くと、

 白雪が小さな顔を出していた。


 その表情は、

 いつもの無邪気さとは違っていた。


 真剣で、悲しそうで、

 そして、

 全てを悟っているようだった。


「・・・行かないと。」


 白雪の声は震えていたけれど、

 その言葉ははっきりしていた。


「行かないと・・・

 誰も救えない・・・」


 僕の心臓が強く脈打った。


「みんな・・・連れて行かれる・・・

 あの学校に・・・。」


 白雪は僕の胸元をぎゅっと掴んだ。


「福大・・・行こう・・・

 みんなを・・・助けに・・・。」


 僕は息を呑んだ。


 怖い。

 行きたくない。

 でも——


 白雪の震える手を見て、

 僕はゆっくりと頷いた。


「・・・行こう。」


 玄関の扉をそっと開けると、

 夜の空気が肌に刺さるように冷たかった。


 遠くでパパたちの足音が聞こえる。


 僕は白雪を胸に抱き、小さく息を吸った。


「・・・行こう。灯影小学校へ。」


 そして僕は、

 両親たちの後を追って走り出した。

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