第三章 廃校舎から聞こえるカノン
10時になった木の葉公園は、もう子供達の熱気でムンムンしていた。
セミの声がミンミン騒ぎ立て。
噴水の音がシャワシャワーーと噴き出し。
風の音がビュオンビュオン吹き荒れ。
その音が全部かき消されるくらいの騒がしさだ。
ワァァーーーーー!!
キャァ――――ー!!
ウワァッホォ――!!
「ここは動物園か!?」
僕の突っ込みを聞いてる人なんかいないだろうけど、とにかく騒がしい。
「よーし!まずは木の葉ジェットだぁぁぁ!!」
バチバチバチバチ!!!
雷斗が叫んだ瞬間、全身から雷が弾けた。
滑り台のてっぺんに立った雷斗は、すでに髪がチリチリで黒こげだ。
「いっくぞおおおおおおお!!」
雷斗が滑り出した瞬間、滑り台全体が「サワァァァァッ」と葉擦れの音を立て、
雷斗の体は光の線みたいに高速で落ちていく。
「うおおおおおおおおおお!!速い速い速い速い!!」
途中で木葉の精霊が「ヒュンッ」と追い越していき、
「抜かすなぁぁぁぁぁ!!」
と叫びながら雷斗は地面に着地し
ドッカァーーーーン!!!
盛大に転んだ。
「速すぎるわぁーーー、死んでまうやろぉーーー!!」
「・・・あれが雷の呼吸なんだね、今のは何の型かな雷斗?」
僕は呆れながら拍手した。
「次はブランコねぇぇぇぇ!!」
まつりちゃんがポニーテールを揺らしながら、木葉特大ブランコに飛び乗った。
「いっけぇぇぇぇ!!」
漕ぐたびに風が巻き起こり、葉っぱが舞い散る。
そこに風の妖怪が「ほいっ」と押した瞬間・・・・
ポ――――――ン!!
「飛んだぁぁぁぁぁぁぁ!!キャァ―――――!!!」
まつりちゃんは空へ飛び、
そのまま木葉大噴水にダイブした。
「キャハハハハ!!冷たぁぁぁい!!」
噴水の水しぶきが虹を作り、まつりちゃんは大笑いしている。
「You Can Fly! You Can Fly! You Can Fly!
僕はまつりちゃんがウェンディに見えたよ。」
僕は呆れながら拍手した。
「……賽ちゃん、どこ行った?」
気付くと賽ちゃんが木葉迷いの小路に入っていた。通称、木葉ラビリンスだ。
迷路の中で、誰かと話している。
「うん……そこ右?ありがとう。
え?今日は『来てる』って……?」
賽ちゃんの声が風に乗って聞こえる。
「賽ちゃん、誰と話してるの!?」
「……内緒♡」
髪の隙間から見える笑顔が、いつもより少し不気味だった。
「賽ちゃん、去年よりホラー感増し増しだね。まるで貞子だよ。」
僕は呆れながら拍手した。
白雪はというと、木葉大噴水の縁に座っていた。
これの通称は確か、木葉ウォーターパラダイス・・・。
何がパラダイスなんだ?
白雪が噴水の水にそっと触れると・・・・。
バキバキバキッ!!
噴水の水が一瞬で凍りついた。
「白雪ちゃん、ありがとう!!最高に気持ち良い!!」
まつりちゃんが大きな葉っぱで氷の上を滑っている。
「……えっへん。」
白雪!凄い!!そのドヤ顔が最高に可愛らしい。
僕は全力で拍手した
「いやいや、それ喜ぶところじゃなくね?ダメじゃね?」
雷斗の突っ込みは無視無視。
白雪は噴水を凍らあせたあと、ふっと笑った表情が一瞬で消えた。
まるで『何かを思い出したみたいに』すぐに廃校舎の方を見つめて固まった。
「白雪?どうしたの?」
「……なんでもない。」
その無表情は、いつもの無表情じゃなかった。
「よーし、次はアスレチックだ!」
僕たちは木葉超絶アスレチックに向かった。
雷斗はビビりながら先頭を歩き、
まつりちゃんは元気に突っ込み、
賽ちゃんは霊に案内されて最短ルートを進み、
僕は胸ポケットの白雪を愛でながら進んだ。
わちゃわちゃしながら進んでいると——
ふと、僕の足が止まった。
「ん?何か聞こえる?」
風が止まり、
セミの鳴き声が遠くなり、
世界が一瞬だけ薄くなる。
その隙間から、
ピアノの音が流れ込んできた。
ポロン・・・♪ポロン・・・♪
ゆっくりと、優しく、でもどこか悲しい音。
そして、聞き覚えのある旋律。
「・・・カ・・・ノン」
「……え?」
賽ちゃんが本当に小さい声で呟いた。何か言ったのは分かるけど僕には全然聞き取れなかった。
雷斗も、まつりちゃんも聞こえていないみたいだ。ピアノの音も賽ちゃんの小さな声も。
白雪と賽ちゃんが廃校舎の方を見つめていた。
「2人ともどうしたの?向こうに何かあるの?」
「「・・・・・」」
2人は何も答えてくれなかった。
僕は妙に頭から離れないあの旋律を頭で繰り返しながら公園で遊んでいた。
「よぉーし、昼飯食ったらまた集合な。今度は2時にここに集まろうぜ。」
僕達は午後も遊ぶ約束をして家に帰った。
【ママの異常な反応】
「ただいまー。」
「おかえりぃーーー。」
ママののんびりした声が返ってきた。
家に帰ると、リビングから味噌汁のいい匂いがした。
「うーん、良い匂い。これは『マルコメ料亭の味』だね。
ママ、またインスタント使ったでしょう。」
ママがエプロン姿でテーブルを拭いているけど、絶対料理何かしてないのが分かる。
「えー、だってだって。美味しいんだよ。インスタント。」
「はいはい。お昼ご飯なに?
「本格炒め炒飯よ。」
「ああ、ニチレイのね。ママ・・・・・・。」
「だって、だって美味しいんだもん。」
「はいはい。白雪は何食べたい?」
「・・・そーーうめん。」
「うん。可愛い。そーうめんね。かしこまりました。」
「デザートにかき氷も食べる?」
「うん食べる・・・・・沢山。」
「まかせてよ。いっぱい作るからね。」
「あー、ママにも頂戴よかき氷。」
「はいはい。ママにもね。分かりましたよ。」
「ちゃんと手洗ってきなねぇーー。」
「はーい。」
僕は手を洗いながら、さっきの旋律が頭から離れなかった。
あの曲……なんだったんだろう。
リビングに戻ると、ママがコップに冷たい麦茶を注いでくれた。
「ママ、今日……公園でね……」
「ん?どうしたの?」
僕は麦茶を飲みながら、
さっき聞こえた曲を鼻歌で再現してみた。
ポロン……ポロン……
ゆっくりと、優しく、でもどこか悲しい旋律。
その瞬間だった。
ママの手がピタッと止まった。
麦茶の入ったコップがカタカタ震え、
ママの顔から血の気がスーッと引いていく。
「……福大。
今の……どこで聞いたの?」
声が震えていた。いつものママじゃない。
「え?公園で……でも、たぶん廃校舎の方からかな?
なんか向こうから聞こえてきて……」
「廃校舎・・・?」
ママの顔が青ざめていく。
唇が震えて、目が見開かれて、
まるで“何か”を思い出したみたいに。
「……カノン……?」
ママがぽつりとその言葉を呟いた。
その瞬間、ママの瞳から『生気』が消えた。
「あー、それそれ。カノンだ。音楽の授業で習ったやつだ。
そうそうカノン。カノンだよ。」
ママの体がビクッと震えた。
「福大!!」
ママが突然、僕の肩を掴んだ。
強く、痛いくらいに。
「絶対に廃校舎に近づいちゃダメ!!」
「えっ……ママ……?」
「いい!?絶対よ!!
廃校舎には……絶対に行かないで……!!」
ママの声は震えていて、
目には涙が浮かんでいた。
僕は初めて見た。
『ママの恐怖』 を。
「ママ……どうしたの……?」
「……お願い。
福大だけは……絶対に……」
ママは言葉を詰まらせ、僕を抱きしめた。
その腕は震えていた。
僕は何も言えなかった。
ただ、ママの震える背中を感じていた。
どうしてママは、
『カノン』を聞いただけでこんなに怯えるんだろう。
どうして『廃校舎』の話になると泣きそうになるんだろう。
胸の奥がざわざわして、
さっき聞いた旋律がまた頭の中で鳴り始めた。
ポロン……ポロン……
あの優しいのに、どこか悲しい音。
その音が、僕の心にじわじわと広がっていく。
白雪は僕の胸ポケットからジィーっとママを見つめていた。
その瞳は、まるで何かを確かめるように静かだった。




