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2週間程後、拓真とユミルは、シエラの案内で魔術具を見せてもらった。思った通り、ユミルは魔術具と聞くと分かりやすく興味深々で付いて来た。シエラは、『拓真の師匠』が魔術師ユミルであると知って、ひどく驚いていた。そんな高名な魔術師とは思わなかっただろうし、ユミルが表舞台で活動していたのは数十年前になる。何故そんなに若い姿でいるのか、と誰だって思う。
その一方で、ユミルもまた、シエラの魔操力に驚いていた。噂は聞いていたはずだし、拓真も話はしていたが、実際に見ると想像以上だったようだ。
魔術具は、洞窟の中に隠されていた。入り組んだ洞窟の一角、壁を魔術で崩すと通路が現れた。その先に、魔術具が置かれている。
シエラの説明の通り、巨大な卵のような形をした魔術具だ。細部を観察し、魔力回路の再起動を試みる。魔力を流せば、反応がないわけではなかったが、残念ながら、魔力回路が完全な状態で構築され、動き出すことはなかった。けれどそのおかげで分かったこともある。
この魔術具は、金属らしき材質でできた二重殻といった様子の筐体でできている。シエラが脱出する時に筐体の一部を切断したため、壊れてしまったようだが、本来、魔力と物質の相互作用は微弱だ。相当な魔力勾配がなければ、魔力の流れは物質にほとんど影響されない。筐体の一部が無くなったから魔力回路が構築されないというのは、不思議な話だった。けれど、二重殻の中に高密度魔力を形成したらどうだろうか。二重殻は魔力勾配から力を受け、互いに遠ざかる方向に動こうとするだろう。その反作用で、魔力は二重殻の中間に集まろうとするはずだ。魔力の散逸を、全く防げるわけではないかもしれないが、かなり緩和することはできるだろう。二重殻が部分的に破壊されてしまったため、そこから魔力が散逸しており、そのせいで安定した魔力回路ができないのだと思われる。さらに、二重殻の中の壁面には複雑で精緻な模様が彫り込まれ、また部分的に繋がった部分もあった。魔力と物質の距離を局所的に調整することで、魔力の空間的なパターンを生み出すのではないか。そのパターンを再現することで、魔術具を複製できるのではないか。さらには、そのパターンを解析することで、魔術具の魔術をアレンジできるようになるかもしれなかった。様々な魔術具を作れれば、きっと人々の生活レベルはかなり向上する。魔物への対処も容易になるだろう。
それから、拓真とユミルは、魔術具の開発に着手した。シエラにも、時間がある時には手伝ってもらう。単純に戦力になるからというのもあるが、それ以上に、拓真とユミルだけでは、開発できた時にそれを普及させる手段がない。シエラが開発したものとして、世に公開してもらいたかった。
「ですが、主な開発者はおふたりですから」
などと言われたが、
「権力に目をつけられたくないんだ。俺達は、多くの人に使ってもらえればそれで十分だ。自分の作った物が、改良されながら後世まで残って行くなんて、これ以上ないおまけだろ。むしろ、面倒事を全部シエラさんに押し付けて悪いと思ってる。まあ、もし許されるなら、こっそり名前だけ残しといてくれよ」
そんな風に返せば、
「…まあ、おふたりがそれで良いのでしたら。仕方ないですね、面倒事は引き受けましょう。感謝して下さっていいですよ?」
前半は躊躇いの滲んだ声、後半は打って変わって多分に笑いを含んだ声だった。こういう辺り、絶妙なセンスだと拓真は思う。
魔術具の開発は、まず古代魔術具の魔力回路を理解するところからだ。古代魔術具は壊れているとはいえ、魔力を流せば反応はある。しばらくの間は魔力の流れが維持されるのだが、筐体の切断された部位を中心に、やがて魔力が散逸してしまうのだった。これは、魔力回路を維持するための構造は概ね生きているということだ。恐らく、魔力回路を維持するモジュールと、魔術具としての機能を発現するモジュールというように、構造がモジュール化されているのだろう。回路維持のモジュールはこの古代魔術具で解析できそうだ。後は、機能モジュールと、モジュールの接続部だ。
ここで役立つのは、やはりコピーの魔術だろう。幸い、封印の魔術具改め保管の魔術具は人体と比較すれば遥かに単純な無機物でできている。原子量の大きな金属であることを差し引いても、人体よりはコピーしやすい。
「って言っても、このサイズを一度にコピーするのは厳しいよな…」
人よりも大きなこのサイズを、一度にコピーしなければならないのが、難しいところだった。人体は、少しずつコピーして行っても問題なかった。むしろ、少しずつコピーすることで、人体が自身の組織を整えようとする機能を利用することができた。けれど、この魔術具は、締結のための部品を除けば、ただふたつの部品でできている。真ん中で縦半分に分かれる形だ。部分的にコピーしても、それを繋ぎ合わせる方法がなかった。
「そうですね。私やタクマの魔操力では無理があります。シエラさんはどうでしょう?」
「やってみましょう」
シエラが挑戦するが、コピーとはならない。不完全なガラクタができてしまう。それでも、割合それらしい魔力パターンが出来ているのは、流石としか言いようがなかった。
「むむ…。もう一度やってみます」
負けず嫌いなのか。まあ、そうでなければそこまでの実力には達していないか。
「オーケイ。細かい部分はサポートしよう」
「でしたら、タクマは上半分を。私は下半分をサポートしましょう」
ユミルの言葉に頷いたところで、シエラが魔力操作を始める。
(ん…、これ、結構、難しいな)
思うように魔力を操作できない。シエラの魔力操作とバッティングしているようだ。初回の方がむしろ現物に近い魔力パターンを形成できていたかもしれない。何度か試すが、やはり上手く行かなかった。
「これは、戦略を変える必要があるかもしれません。シエラさんの魔力操作を捻じ曲げるのは、なかなか難しい」
シエラの操作が広範囲に分散しているから、曲げられないこともないが。
「では、ユミルさんかタクマさんが全体の魔力操作をするのはどうでしょう」
「そうだな…。ただ、俺もユミルさんも、全体をイメージした大まかな魔力操作って苦手だしなあ」
「そう言われると、私も、精密な操作はお二人に劣りますね」
「うん、役割は変えない方がいいな。ある程度魔力の流れを把握して、慣れるしかないか?」
「シエラさんは、毎回同じ魔力操作をしてもらえると助かりますね」
「それはまた難しい要求ですね…。ですが、やってみせましょう」
古代魔術具の魔力パターンを確認し、3人で魔力操作を行う。その繰り返し。徐々に魔力パターンを覚え、魔力操作の感覚を掴んで行く。魔力操作の練度は次第に上がり、コピーに十分と思われるレベルに達した。しかし、それでもコピーは生成されず、ガラクタが積み上がるばかり。魔力変換が古代魔術具の形に収斂する気配が感じられない。
「ダメですね…。どうしてでしょう?」
「コピーの魔術はタクマの方が詳しいです。何か思い当たることはありますか?」
そう言われて考えるが、思い当たることは多くない。
「そうだな……遠過ぎるのかもしれない」
対応する部位が元の古代魔術具から遠過ぎてコピーできないのではないか。古代魔術具は、下部が平たい卵形だ。半々に分かれた部品をひとつひとつコピーしようとしても、どうしても対応する部位同士、かなり距離が空く。何故か、離れた場所にはコピーを作れないのだ。試しに、シエラが脱出の際に切断した部位だけを至近にコピーすれば、問題なくコピーできた。
「対応する部位を近づけようとすると、どうしても元の古代魔術具が邪魔になりますね…」
距離の問題を回避するには、どうすれば良いだろうか。
「……縮小コピーって、作れないかな?」




