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「それで、タクマさんは何故歳を取っていないんですか?」
そろそろ宿に戻るか、と思っていたところへ、シエラから尋ねられる。それを言うと、シエラは?と聞き返したくはなるのだが、聞いていいものだろうか。
「ああ、悪い。後でとは言ったけど、実のところ、あんまりよく分かってなくてな。説明できることもないんだ」
シエラには、不老の魔術について話してもいいかと思ったが、考え直した。公開できない技術を知る者は少ない方がいい。どこで不老の魔術を欲する場面に出くわすか、分かりはしないのだから。その時、一度でも不老の魔術を使ってしまえば、噂は広まって行くだろう。そうなれば、大きな混乱を生むことは想像に難くない。不老の魔術には、高い魔操力と相当な労力を要する。望む者皆に施せるものではないのだ。それに、仮に魔操力と労力の問題を解決したとして、人間の寿命が急激に延びた時、人間社会にどんな影響が出るだろうか。人が死なないということは、人口が増えて行く。となれば、資源が不足するだろう。あまり良い未来が待っていそうに思えない。
不自然だとは思うが、察してくれたか、シエラは引き下がってくれた。
「そう、ですか。あ、ちなみに私も見た目に変化がない理由は良く分かりません。封印されていた間は、外界から完全に隔離された空間で、脱出する方法を模索し続けていまして。時間の感覚がなかったのですが、流石に20年間も経ったとは思わないので、時間の流れが違ったのではないでしょうか」
それについては、聞きたいことだらけなのだが。まあ、事情を詮索するのは憚られる。魔術的な興味に絞って聞いてみることにする。
「古代魔術だって聞いたけど、封印ってのは結局何だったんだ?」
「外部からも内部からも、一切の干渉を受けないという魔術具ですね。真っ黒な卵の殻といった姿のものなのですが。無限大と言っていいくらいの魔力に覆われていまして、魔力操作を全く受け付けませんでした」
「え、シエラさんの魔操力でもか!?そいつは凄まじいな……。あ、じゃあ、光はどうだった?」
「え、光、ですか?狭かったもので、魔力変換した上での攻撃は避けたのですが。そうですね、明かりは灯しましたが、真っ黒でどこに壁があるのか分かり難いくらいでした」
「真っ黒ってのは、光をほとんど吸収してるってことだ。吸収された光エネルギーは、通常熱になる。それを利用して脱出したのかと思ったが、違うんだな」
「それも、『科学』の知識ですか?そういう発想は思いつきませんでした。『科学』は凄いですね」
「うん、まあ、凄いのは確かだ。俺の故郷じゃ、『科学』で世界の成立ちをかなり理解してたからな。必ずしも、それが人類の幸福に繋がってたとは言い切れないけど。…って、この話、前にもしたか?」
科学や技術によって、人類の脅威も生まれた。それに、生活は便利になったが、その結果幸福度が増したかは疑問だ。ただ便利な生活が当たり前になっただけだったように思う。便利な物が生み出されれば、それの使用を前提に社会が動いて行く。それは、その物の使用が義務になって行くということだ。それは、何の為の便利さなのだろうか。
とはいえ、この世界に来て、進歩を欲する切実な思いも理解できた。現に苦しんでいる人達を見れば、何とかしたいと思うのは当然だ。現代の地球も、多くの課題を抱えていた。まだ止まることはできない。
「まあ、高密度な魔力だけじゃ、説明できないことも多いか。多分、そんなに単純には行かなかっただろうよ。それで、それじゃどうやって脱出したんだ?」
「はい、何物の干渉も受けないならば、干渉せずに抜け出すしかないと思いまして。空間を切断する魔術を開発しました」
「……マジか。できんのか」
「できちゃいました。それでですね。空間をこう、四角く切断します。切断した空間を、スライドさせると言いますか、圧縮させるような感じで動かします。そうすると、空間に空白ができる形になるわけですが、空間がない、という状態はあり得ないようでして。周囲の空間が、その空白を埋めるように入り込むのです。魔術具の外装が存在する空間も、例外ではありません。その結果、魔術具は切断され、抜け出すことができました」
「へええ、そうなんのか。そういうもんなのか。へええ」
地球で空間を切断した事例はないはずだ。面白い。
「あ、空間を切断するアイデアは、タクマさんのお話がヒントになりました。お陰で戻って来ることができました。ありがとうございます」
「ああ、そういやそんな話したか?大した話はしてない気がするけどな。でも、助けになったなら良かったよ」
本当に、微力も微力でしかないように思うけれど。
「これこそ、おまけをもらった気分だな。うん、ありがとう」
そう笑むと、シエラも静かに微笑んだ。




