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その後、魔物生息域から戻った二人は、タレス村の村長、ガレル町とレイナード町の冒険者ギルドへ、事態が収拾したことを報告した。いずれも、魔族が関わっていたこと、フレイムベアに加えてその魔族を倒したため、当面タレス村への魔物襲撃はないだろうことを説明すると、案外すんなり納得してくれた。事態が収拾したことに関しては、嘘を吐いたところで、再度村が襲撃されれば責任を問われるのだから、嘘を吐いても仕方ないということらしい。相手は魔族だったということで、随分と感謝された。
ただ、冒険者ギルドでは、倒した魔族について、詳しい説明を求められた。冒険者が自身の功績を過大に報告することはあり得るし、それ以上に魔物や魔族の情報を蓄積したいのだろう。魔力生命体とでも呼ぶべき魔族の詳細を説明したが、信じ難いが信じざるを得ないといった反応だった。当然だろう。曲がりなりにも説明が受け入れられたことの方が不思議なくらいだ。
聖女の肩書は、効果絶大だ。シエラには、拓真の仕事ぶりが信用されているのでは?と言われたが。
「それじゃ、今回は助かった。あの魔族はシエラさんがいなかったら倒せなかった。ありがとう」
「こちらこそ。魔族との戦いでは助けて頂きましたし、色々と、そうですね、勉強になりました。ありがとうございます」
「ああ、『科学』の話を聞きたくなったら、ギルドに手紙でも寄越してくれよ。魔術を扱う上でも役に立つはずだ」
「あ、それはぜひ!」
いい食い付きだ。興味を共有できるというのは嬉しい。
「手紙でやり取りしてもいいし、レイナード町に寄ることがあれば、事前に教えてくれてもいい。ちょっと辺鄙な場所に住んでるもんで、手紙を見るまで、ちょっと時間が空くかもしれないけどな。あと、できれば聖女からって分からない形だと助かる」
「目立つことは避けたいんでしたね。では、差出人はアリエスとしておきましょう。返信の宛先は、最初の手紙で」
「アナグラムか。うん、知ってりゃ分かりやすい。オーケイ、それで頼む」
「はい。それでは、またお会いしましょう」
「ああ、それじゃまた」
そうして、拓真は聖女シエラを見送った。
久し振りに家に帰れば、ユミルが迎えてくれた。
「任務、お疲れ様です。お茶でも飲んでゆっくりして下さい」
「ユミルさん、サンキュー。あー、落ち着く」
しばし無言の時が流れる。
家の中は、少し散らかっていた。普段はそうでもないのだが、ユミルは魔術研究に没頭すると、生活が乱れるところがある。拓真も気持ちはよく分かるので、何も言わないが。
「何か、面白い魔術ができた?」
「いえ、中々うまく行きません。まだもう暫く掛かりそうです」
拓真の向かいに座ってユミルもゆっくりしているから、てっきり区切りがついたのかと思ったのだが。少し意外だ。
「今回の依頼は、タレス村に赴いたそうですが、魔王の侵攻箇所に近い土地です。魔族など遭遇しませんでしたか?」
「あー、それそれ!正に魔族と戦ってきたんだよ!しかも、物質でできた身体がなくて、魔力だけのやつ!ユミルさん、知ってる?」
「魔族でしたか!まあ、余程でなければ大丈夫だとは思っていましたが、無事で良かったです。それで、魔力だけで身体がない魔族ですか?それは知りませんね。どういうことですか?」
ユミルに一通り説明する。ユミルは驚きつつ、興味を持った様子だった。
「脳の代わりとなる魔力回路、それを維持する強力な魔力シールド……面白いですね。ですが、それは下手をすると魔王以上に強力な魔族ではないでしょうか。よく倒せましたね」
「ああ、俺一人じゃ無理だったな。同行した聖女さんが倒したようなもんだよ」
「聖女、というと、今話題の聖女ですか?」
「うん、話題の聖女だな」
「前例がない程強い力を持つと聞きます。どんな人物でしたか?」
「気になる?」
「ええ、突出した力を持つ者は、英雄にも災厄にもなり得ますから」
「あの聖女さんは大丈夫だと思う。悪事を働く感じではなかったし、誰かの言いなりになる感じでもなかった。ちゃんと自分で考えて行動してたよ。機会があったら、ユミルさんも会ってみるか?そのうち聖女さんから連絡があるかもしれない」
「いえ、タクマがそう判断したなら、大丈夫でしょう」
あまり他人の評価には自信がないが。まあ、シエラに関しては、大丈夫ではないだろうか。野心とは無縁に見えたし、もし野心を持つとしても、他者の利益に配慮したものになりそうだ。
その後、シエラからは本当に手紙が届いた。直接会うことはなかったが、手紙の往復で科学教師らしきことをした。その間、魔物の被害は次第に減り、レイナード町の冒険者ギルド支部は解散した。そうして、4年程が経った頃。
聖女が、禁術を常用した罪で古代魔術によって封印されたという噂が広まった。どうやら事実であるらしかった。
禁術とは何か。使用者に莫大な魔操力を与えるものの、不安定で魔力の暴走による災害を引き起こしかねない、薬のようなもの、だそうだ。
古代魔術による封印とは何か。古代遺跡から見つかった魔術具という噂だ。魔術具?それは、魔術を保存しているのか?どうやって?それも、シエラを拘束する程の強力なものを?
疑問は尽きなかったが、その最たるものが、シエラが禁術を、というところだろう。確かにシエラの魔操力はとてつもなかったが、完璧に制御していた。不安定さなど欠片もない。あれは、単に才能と努力の成果だろう。依頼を熟す間も、魔操力のトレーニングをしている姿を時折見た。
何らかの悪意が働いたと思われるが、誰かの恨みを買うタイプには見えなかった。まあ、あれだけ秀でた能力を持ち、実績もあれば人気もある。突出して目立つ者は、それだけで敵視されることもあろう。
少し調査してみようかと思わなくもなかったが、調査の当てもなければ、調べたところで何ができるわけでもない。ただ、残念だという思いだけを懐き、拓真は日常を過ごして行った。ユミルと魔術を探求し、時に世界を見て回る、そんな日常を。




