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念のためもう少し周囲を探索してから、タレス村に戻ろうと歩き始めたところで、拓真はふと聞いてみた。
「けどさ、あれ、シエラさんだけで倒せたんじゃないか?最初に意識操作にかかっちまったのはあるけど、それを除けば」
「いえ、サポート助かりましたよ?魔力を集めて放り込むというのも思いつきませんでしたし」
「でも、多分魔力シールドを一定以上弱めてしまえば、それで終わりなんだよなあ」
「あ、それでしたら確かに、できなくはないですね」
「だよなあ。本当、とんでもない魔操力だな…」
国の中枢には、こんな人材が他にもいるのか。いや、拓真で宮廷魔術師のトップクラスと言っていたから、それだけシエラが規格外なのだろう。
一方で、拓真でトップクラスということは、効率良く訓練できれば、容易に、とは言わないまでもーー拓真もそれなりに努力はしたつもりだーー現在のトップクラスまでは多くの人が到達できるだろう。異世界から来た拓真が、特別優れた魔術の資質を持っているとは思われない。
「やっぱ教育って大事だよな…」
「どうしました?急に」
「ああ、いや、俺が魔術を学んだのって、ここ数年でしかないんだ」
「え、たったの数年ですか!?20〜30年かかって、一握りの魔術師だけが到達できるレベルだと思いますよ」
「やっぱそうだよな。この国の標準からすれば、相当に効率のいい訓練を受けたとは思うけど、それは裏を返せば、教育次第で格段に魔術のレベルは上がるってことだ」
非貴族階級も含め、質の良い魔術教育が浸透すれば。
「そしたら、もう魔物なんて脅威じゃない」
「なるほど、そうですね…。拓真さんは、教師になる気は?」
そうきたか。
「うーん、地位も後ろ盾もない、ぽっと出の奴が受け入れられるもんか?一人で活動してもたかが知れてるしな…。国、というか、貴族や王族の意識が変わらないと非貴族階級には広まって行かないだろう。後は…正直に言えば、国の中枢に目をつけられそうなことは極力避けたい。俺は異邦人だからな」
「あら、残念です。拓真さんの魔術理論、私も教わりたいのですけど。でも、拓真さんの言うことも尤もですね…」
「シエラさん、教わる必要あるか?まあ、俺の存在を秘匿してくれるんだったら、教えること自体は構わないんだが…」
「いいんですか!?それではぜひ!」
ちょっと食い気味だ。そんなにか。
「構わないんだが、時間と場所がなあ。空間転移の魔術とかあればやりやすいんだが…」
「空間転移は、私の知る限り存在しないですね。『科学』的に見ると、どうでしょう?実現はできそうですか?」
「どうかな……。重たい物体があると、その周囲で空間が歪むと言われてる。滅茶苦茶重たかったら、その中心で空間に穴が開いて別の場所に繋がるんじゃないかっていう説もあるんだが。人が通れるようなものではなさそうだし、どこに繋がるか制御はできなそうに思うぞ」
空間転移は、原理的には可能と言っていいだろう。拓真がここにいることがその証明になる。けれど、拓真がその空間の穴、つまりブラックホールを通って来たとして、同じ場所でもう一度ブラックホールを作ったら、また地球に繋がるだろうか?もしかしたら繋がるのかもしれないが、そうではない可能性の方が高いように思う。試してみる気にはなれなかった。
「ともかく、滅茶苦茶重たいものがあれば、空間を引き延ばして切断することはできるらしい。それを好きな場所に繋げられるか、どうやってそこを通るか、あるいは人が通れるような方法で空間を切断できるのかってのが課題じゃないか」
ユミルが作り、拓真を転移させたものは、多分極小のブラックホールだっただろう。仮に違うとしても、空間に穴を開けて別の空間に繋げる程のエネルギー、それは莫大だったはずだ。魔術は物理法則の一部だが、普通に物質や波動を扱うよりも遥かに強大なエネルギーを生み出せることが、魔術の最大の利点だと拓真は思う。無限のエネルギーがあれば、ほとんど何だってできると地球の科学者は言う。ならば、魔術の使い方次第で、自在な空間転移だって実現できるかもしれない。
「ところで、タレス村やギルドには何て説明するかな、これ。問題は解決しましたって言っても、それを証明するものが何もないぞ。あんな、魔族?の存在も知られてないよな?」
「あれ、何か持ち帰るのは、できればでいいって聞きましたけど。あ、最後にシールドに魔族が使う文字が浮き上がってましたから、魔族なのは間違いないですよ」
「ああ、あれ、魔族の文字だったのか。なんて書いてあったんだ?」
「待て、やめろ、みたいな感じでしたね」
「うわあ、テンプレ」
「魔王が同じ文字を使っていましたから、繋がりがあったかもしれません」
「へえ。そうか、分隊というか、別働で混乱を生じさせるとかか。だとしたら、魔王が倒されて取り残された形になるな」
前にシエラが推測していた通りだったろうか。タイミング的には、納得できる推測だ。
「魔王よりも余程厄介でしたけどね」
「そうなのか?まあ、取り残されたんだとしたら、奴にとっては災難だったな。可哀想に」
「可哀想、でしょうか?人を襲っているのに?」
「そりゃ、人間から見たら許せないって話になるけどな。魔族が侵攻して来るのにもそれなりの事情がある。魔族にとってはそれが正義なんだろう」
「それは……随分と身勝手な正義に感じますが」
「そうか?そうしなきゃ、魔族自身が殺し合うか、死んで行く者達を黙って見ているしかないとしたらどうだ?正義なんて身勝手なもんさ。人間だって、生きるために動物を殺し、植物の実や種や葉なんかを奪ってる。それを罪と、思う人達もいるが、大抵の人はそう思わない。立場によって、正義や価値観ってのは変わるんだ」
「そう、なのでしょうか…?」
「俺はそう思ってる。人間には人間の価値観があるように、魔族には魔族の価値観がある。どちらかが間違っているってことはないんだ。だから、自分の正義を貫くってのはいいんだけど、自分の正義を他者に強要しちゃいけない。ただ、俺たちは人間だから、人間の価値観と魔族の価値観が衝突したら、人間の価値観を優先させる。衝突を回避できればそれに越したことはないが、それが難しければ、申し訳ないけれども、自分の価値観を優先させるしかない。それでいいはずだ。……って、14歳に話す話じゃないか?」
「いえ、分かる、ような気はするのですが…」
「一言で言えば、他者を尊重せよってことかな。まあ、納得できなきゃ、忘れてもらっていいよ。ただし、他者の尊重を正義とするってことは、他者を尊重しない者とは戦わなきゃいけない。もし、シエラさんが狭量な正義を掲げるなら、俺は敵対するからな。覚悟してくれよ?」
「ふふ、それはちょっと困りますね。でも、私負けませんよ?」
「そりゃそうだ。実力も後ろ盾も違い過ぎる。脅威にはなり得ないな」
拓真があっさり潰されるだろう。敵対する、とは言ったものの、そんな未来は遠慮したかった。




