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「何かいます」

 シエラの魔力探索にそれが引っかかったのは、フレイムベアの縄張りを見て回り、さらに奥地へと進む最中だった。

 何か、とは何だろうか。

「獣か?」

「いえ……何でしょうか。すみません、人くらいの大きさの何か、としか」

 獣であればそう分かるはずだ。それくらいは魔力の形や流れで分かる。獣でないとしたら、何がいるのか。

 何か、と表現するしかなかった理由は、拓真にも感覚できる範囲に入って分かった。生物の魔力パターンとは明らかに異なる、球形をした、恐ろしく高密度な魔力パターン。魔力が濃過ぎて、中がどうなっているか感覚できない。

 さらに近づけば、その異常さは際立った。目に見える実体がない。透明な物体、というわけではないだろう。いくら透明だとしても、よく見れば見え方に違和感はあるものだが、それすらない。

 魔力の球体。それが、空中を漂っている。

 二人が警戒を高めながらも、どう動くべきか判断できず立ち尽くす中、拓真の頭の中で、魔力操作の気配が生じた。不穏なものを感じ、咄嗟に魔力操作を妨害する。誰かが操作している魔力を、別の誰かが操作できないという道理はない。魔力操作を乱してやることで、魔術の成立を妨げることが可能だ。ユミル相手には使えない手段。何故なら、拓真よりもユミルの方が魔操力が高いから、魔術の成立まで押し切られてしまう。

 魔力操作に対抗していると、ふいに横合いから裂帛の気合い。

「やあぁっ!」

 そちらを見遣れば、拳を振りかぶるシエラの姿。拳を。拓真に向かって。

 慌てて運動補助をシールドとして運用して防御する。さらに追撃を防御。

「……まさか本当に意識操作か!?」

 後ろ蹴り、掌底、突き上げ。その全てを、魔力のシールドで防御する。

「ちょ……待っ……!」

 拓真に武術やら喧嘩の心得はない。避けるのは難しい。自身の前に広く魔力勾配を作って防御すると共に、攻撃を当てられた箇所を補強する。そうしながら、継続される自身への魔力操作に対抗。さらに、シエラに対する魔力操作も打消そうと試みる。中々ハードだ。

 後ろ回し蹴り、防御。

 運動補助をほぼ無意識で扱えるよう、訓練しておいて良かった。

 身を沈めて当て身、これはシールドで押し留めながら、下がって距離を取る。首筋を狙う手刀、これも防御。

 中々シエラへの魔術を妨害できない。良くない状況だ。現在は膠着状態と言えるが、それはシエラが若干の運動補助以外に魔術を使っていないからだ。もしシエラが本気で魔力操作して来たら、どうしようもない。何故、魔術を使わないのかは分からないが、分からない以上、いつ使って来てもおかしくない。そうなる前に、この状況を打開しなければ。

「オーケイ、覚悟を決めますか」

 とにかく、シエラにかけられた意識操作を解除するしかない。そちらへと意識を振り向ける。自身へ向けられた魔力操作への対抗が疎かになってしまうが、仕方がない。拓真への魔力操作は、徐々に進行するに任せる。いつ、こちらへの魔力変換が成されるか分からない状態だ。シエラへの意識操作を解除するのが先か、拓真が意識操作されるのが先か。予測はできないが、意識操作なんてきっと複雑だろう。魔術を構築するより崩す方が簡単だと思いたい。焦るな。シエラへの魔力操作には、妨害の兆しが見え始めている。

 シエラの攻撃も続く。鉄槌打ち、足払い、貫手突き。貫手は厄介だ。衝撃が局所に集中する分、魔力が散逸し易い。しかも、効果があると見るや、明らかに貫手の頻度が高くなった。まずい。

 意識操作の魔術は、どれだけ魔力操作を乱せば解除されるだろうか。もう少しか。まだまだなのか。

 急げ、しかし焦るな。

 一発や二発はもらう覚悟で、意識操作の妨害に集中すべきだろうか。そう、意識を切り替えようとしたところで。

 シエラの攻撃の手が止まった。

「すみません!私」「気にするな!魔力操作を打消すんだ!普段の魔力の流れに戻してやればいい!」

「!!分かりました!」

 拓真とは別に、魔力操作を妨げる動きが現れる。初っ端少し苦戦していたが、直ぐに軌道に乗った。シエラへの補助を徐々に弱め、自身への魔術の妨害に専念する。

 そこへ、新たな魔力制御の気配。地面に転がった石が飛んで来る。けれど、これは容易く避けられる。次は炎を生み出す気配。かなり広範囲だ。シエラの元へ駆け寄る。

「シエラさん、シールドを!」

「お任せ下さい!」

 短い呪文の後、ふたりを急峻な魔力勾配が包む。拓真はシールド内の魔力操作を打消して行く。魔力の壁に阻まれ、敵の魔力操作は効率が低下する。シールド内の魔術を無効化するのは容易だった。

 シールドの外で炎が燃え上がる。けれど、中は少し気温が上がったくらいだ。熱を伝える分子も、質量を持つ以上、魔力勾配から力を受ける。尤も、これ程強力なシールドは、拓真には張れない。ユミルでも、到底無理なレベルではないか。

 敵は次の魔術を構成するが、魔力操作の流れを見れば、対処はできそうだ。

 少し余裕が出て来た。

 シエラもそう感じたのだろう、話しかけて来る。

「魔術の無効化なんて、できるんですね。思いつきませんでした」

「便利だろ?この一瞬で身につけたのは流石だな」

 加えて、思い起こされるのはその前の体術だ。

「シエラさん、体術習ってるんだな。なかなか様になってたじゃないか」

 拓真は武術の類いには詳しくないが、身体の捻りや体重を適切に使って攻撃に力を乗せていたように思う。

「いえ、あの、本当に、すみません。不覚でした…。それから、体術はまだ習い始めて1年弱というところでして。これからもっと強くなりますよ!」

 まだやるのか。操られているせいか魔力による運動補助は控えめだったが、それでもかなりの威力になっていたはずだ。既に護身レベルは疾うに超えている。聖女とは?と問いたい。

 それを言うなら、聖女が単身魔王を倒すというのも疑問ではあるのだが、シエラの魔操力を見れば、魔術で圧倒するというのは分からないでもなかった。だが、もしかして、魔王も殴ったのだろうか…?

「否定する気は全くないんだが、そんなに強くなる必要はあるのか?」

「……今回のように、魔族に襲撃されると、対処できる人や組織はほとんどいません。魔王よりもっと強力な存在はかつていたようですし、魔物が群れで押し寄せて大きな被害を出すこともなくはありません。それに、人々にとっての脅威は、魔物や魔族だけでもありません。私は、魔術の才能に恵まれました。その力でなるべく多くの人を、生活を、幸せを、笑顔を、守りたいと思っています。強くなればそれだけ、守れる人の数が増えると思うんです」

「それは、立派な考えだな。すごいな、シエラさんは」

 すごい、という思いと同時に、何故そこまで、とも思う。その考えに至った背景は、どんなものだったか。あまり無理をしていないといい。

「ところで、少し伝承に似ていませんか?」

「伝承?……悪い、この辺りの伝承はあまり知らなくてな」

 あまりというか、全く知らない。

「あ、そうですよね。すみません。あまり参考になる話ではないのですが…。昔、ある村で、子供が幽霊に攫われる、と騒ぎになりました。子供が一人また一人と、夜の間にいなくなるのです。何者かが家に侵入した気配もなく、それなのに子供だけがいなくなってしまうのです。いなくなった子供が、村に帰って来ることはありません」

 童話や民話なんかでありそうな話ではある。地球の絵本にもそういうものがなかっただろうか。

「子供に向けて、悪いことしてるとおばけに連れて行かれるよ、などと使われる話なのですが。伝承としては、少し続きがありますーー。村は恐怖に包まれました。子を持つ親は、夜も眠れません。見張りを立てておくと、子供がふらふらと村を出て行きます。その先は魔族の住まう土地。見張りの1人を残して後を追えば、追った見張りも戻って来ません。捜索隊が組まれますが、それすら消えて行きます。それでも、1人だけ、回復術師が帰還しました。その回復術師が言うには、捜索に参加した者達で、自分を含めて突然戦い始めたと。どういうわけか、戦わなければならないと思い込んでしまったそうです。回復術師は、その中で大怪我を負って一時意識を失ったのですが、意識が回復してから自身を回復して帰還しました。回復した時、周囲には捜索隊メンバーの遺体が打ち捨てられていたそうです。戦いが始まった時、周りには何もおらず、何故そんなことになったのか、全く前触れがなかったそうです。ただ魔力の異常を感じたような気がする、そういう話です」

「…姿の見えない存在、操られているかのような行動、それに異常な魔力か。そうだな、似てる。その後、それがどうなったかは…?」

「はい。残念ながら、分かりません。伝承はそこまでです」

 分かるのはせいぜい、遥か昔から確認されている存在だということくらいか。流石に、同一個体ということはない、と常識的には思うが、どうだろうか。目の前の魔力球に常識を当て嵌めるのはナンセンスにも思う。あくまで伝承であって、現在まで続いている話ではないことから、何らか対処されたか、単に人を襲わなくなったか。今は、前者だと思っておこう。それなら、対処法はあるということだ。それを見出すことに集中しよう。

 さて。話している間に敵を観察して、少し分かってきた。魔術を行使する際、この魔力球ーー多彩な魔術を行使しているから、取り敢えず魔族と見做すーーの一部の魔力が薄くなる。魔力操作する方向の魔力を薄くしているようだ。そして、魔力操作を終えると直ぐに魔力濃度を戻す。何故、わざわざそんな操作をするのか。

 どう考えても、魔力操作の主体である意識は、この魔力球の中に存在するだろう。意識が高濃度の魔力に囲まれていては、その外の魔力を操作できないから、部分的に薄くしている、と考えられる。そうまでしても魔力球で囲むということは、魔力球はシールドの役割を果たしていそうだ。見た目には何もないのだが、一体何をシールドしているのか。

「迅雷!」

「氷結!」

「竜巻!」

 こちらも魔術を放つ。シエラの魔術の威力は凄まじいが、魔力球に阻まれてしまう。ならば、魔力シールドを貫通できるものを。レーザを放つ。これはシールドを透過したものの、ただ魔力球の向こうへと抜けて行っただけ。魔族にダメージを与えた様子は感じられない。せめて、レーザの通り道にチラつく光でも見えるかと思えば、それもない。

 となれば、普通に考えてまずは魔力球をなんとかしなければならないだろう。けれど、その中には一体何があるというのか。見た目には、ただ空間が存在しているだけだ。

 この魔族が魔力でシールドしたいものは、意識そのものだと考えてみる。しかも、それは高度な思考を備えた意識だ。

 拓真は、依然として意識は単体では存在し得ないと考えている。意識の基盤となる何らかの構造がきっとある。通常の生物は、脳神経系が意識の基盤になっている。けれど、この魔族には、どう見ても脳神経系は存在しない。ならば、それに類する機能を、何らか別の形で持っているはずだ。

 目に見えない物質といえば、微細粒子か気体といったところか。けれど、微細粒子ならばレーザ光を照射した時にチラつく光が見えるはずだが、それはなかった。一方、気体分子で脳の機能を実現するのは無理があるだろう。気体分子は魔力シールドによって閉じ込めはできるかもしれないが、気体分子でどうやって情報を処理するのか。

 他に、魔力でシールドすべきものは?

 魔力そのものだ。

 そして、魔力は意識で操作できる。意識も、テレパシーのように魔力からの影響を受ける。ならば、魔力によって意識を形成することも可能かもしれない。脳と意識の関係が推定双方向であるように、魔力と意識も双方向ということだ。あり得ないとは言えない。

 魔力の自己組織化による情報処理、それに伴う意識の形成。とすれば、結論は単純。シールド内の魔力を乱してやれば、きっと容易に意識を消滅させられるだろう。

 本当か?という思いはある。けれど、今は他に思いつくものもない。違っていたら、また考えればいいだけの話。

(オーケイ。仮説検証と行こう)

 シエラにざっと考えを伝える。

「魔力が形成する意識、ですか。分かりました。その作戦、やってみましょう」

 まず、魔族が魔術を構築し始めたタイミングで、シールドの薄くなった箇所の魔力をシエラの魔力操作で引き剥がす。

 思った通り、魔族の魔術構築の手が止まる。シールドの維持に集中しているのだろう。それでも、シールドは次第に削れて行く。

 再び、シエラに意識操作の気配。これは拓真が妨害する。

(さっきより強力だな…。つまり、方向性は間違ってないってことだろ?)

 魔族は魔術の対象をシエラに絞って来ている。だが、魔族も対象を絞っているかもしれないが、こちらもそこに意識を集中できる。マルチタスクは苦手だ。こちらの方がやり易い。どうにか魔力操作を抑え込む。

 直に、シエラへの意識操作は有効でないと判断したか、魔族は攻撃の魔術を放って来る。だが、これは先述の通り避けてしまえばいい。

(そろそろ、行けるか…?)

 魔族のシールドが薄くなり、魔力球の中を感覚できるようになってきた。

 渦巻き、交差し、衝突する魔力の流れを感じる。恐ろしく複雑な流れ。それでいて、全体的な流れの方向性は感じられる。神経回路ならぬ、魔力回路とでもいう趣き。じっくり眺めてみたい気もするが、その片鱗を感じ取るくらいで手一杯なのが、残念と言えば残念だ。

 魔族による魔力操作は、弱くなり、強くなり、拓真の方にも来てと、忙しない。相当焦っていると見える。

「そろそろ、行きますよ!」

「ああ、頼んだ!」

 魔力球から引き剥がした魔力。それが今、シエラの横で凝縮されている。サイズは小さいものの、密度は魔族の魔力球をも凌ぐ程。

 それを、魔力を薄めたその場所を通して、魔力球の中へと叩き込む。

 その瞬間、魔力球に濃淡の模様が現れる。一瞬身構えるが、シエラの魔力操作に躊躇いはなかった。叩き込んだ魔力を中で縦横に動き回らせる。

 魔力回路が遮られ、反発し、統一性を急速に失って行く。気づけば、敵の魔力操作は途絶え、魔力球は拡散して行った。

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