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ここまで見て来た限りでは、魔物が極端に増えているとか、逆に少な過ぎるとか、分布が変わっているといった、棲息域から出て来るような兆候は見られなかった。タレス村襲撃の根本原因は、まだ全く不明と言っていい。
「さて、それじゃここからが本番だな」
倒したフレイムベアは、欠けた爪を持って行くことにした。これからフレイムベア襲撃の根本原因を探ろうと言うのに、流石にこの巨体を引きずって歩きたくはない。食糧の足しに、肉は少量を取った。
フレイムベアに村を襲撃させた原因が何かは分からない。操られでもしたか、と思いはするが、生物を操るというのは、脳の活動を強制的にコントロールすることだ。そんなことが可能だろうか。何となく気分が落ち込むとか、何かしないといけない気がするとか、そういう大雑把な行動の規制はできるかもしれない。一方、マリオネットのように操るというのは無理があるだろう。
いや、脳活動を直接操作すると考えると無理だが、意識を経由したらどうだろうか。思い返せば、ユミルのテレパシーはイメージを投射していると言っていた。これは、脳活動を直接引き起こしているわけではないはずだ。あるイメージを想起させる脳活動のパターンが、人に依らず皆同じであるはずがない。神経回路は、ある程度はヒトに共通の遺伝子によって形作られるが、遺伝子が全く同一の人間は一卵性双生児以外にあり得ないし、神経細胞同士の接続は、生きて行く中で組み変わって行くものだ。だから、細胞レベルで見れば、神経回路というのは個々人で皆全く別物であるはずだ。何らかの刺激に対して、自分と他人の神経回路が同じ応答パターンを生じることは、どう考えてもあり得ない。そして、その脳活動パターンは、地球でも不可能だったレベルの精密かつ大規模な神経活動計測をしない限り、他人には知りようのないものだ。
では、意識が介在するとどうだろうか。意識が何なのかは今もって不明だが、意識が魔力を感覚するということは、意識は魔力から何らかの作用を受けている。魔術で意識に働きかけることはできそうだ。意識の描くイメージが魔力操作に影響しそうだから、逆に魔力で意識にイメージを投射することはできるのだろう。ユミルのテレパシーは、そういう魔術なのではないか。では、怒りや恐ろしいといった感情を投射すれば?歩く、腕を振るといった動作のイメージを投射すれば?イメージと脳活動は、間違いなく密接に関係している。地球の神経科学で考えれば、脳の活動なくして意識はあり得ない。どこまで精密にできるかというのはあるが、ある程度行動を操ることはできるのかもしれない。
(テレパシーがありなら、これもありな気がするな。試してみたいとは思わないけど)
他人を操ってまでやりたいこともないし、他人は他人、自分は自分。行動を強制しても仕方がない。
(にしたって、意識って本当、何なん)「タクマさん?また何か考えてます?」
「あ、ああ、悪い。えーと、うん、その通りだ」
一瞬、言葉が頭に入らず、変な返答になってしまった。ちょっと笑われる。
「今度は何ですか?」
「生物を操る魔術はあり得るのか」
「あ、面白そうですね。そういう魔術は実現されていないと思いますが、できそうですか?」
「できる、かもしれない。シエラさんは、テレパシーの魔術って知ってるか?」
「もちろんです。あの高名な魔術師ユミルが開発した魔術ですね。ただ、ユミルにしか扱えなかったと聞きます」
「んっ…!?」
さらっと新たな事実が明らかになってしまった。そんなに有名なのか。
それが俺の師匠だ、と喉元まで出かかったが、明かしていいものか。詳しく聞いたことはないが、あんな人里離れた森に隠れ住むには理由がある。ユミルに迷惑がかかることは避けたい。
「?どうしました?」
「いや、気にしないでくれ。テレパシーができるんなら、その応用で操るってのもできそうな気がする。…気になるか?」
「はい!」
「じゃあ、歩きながら話すか。で、原因の調査はどこを探ってみるか、だな」
「あ、そうですね。…魔物棲息域の奥へ向かうのが良いのではないでしょうか。フレイムベアより強力な魔物か魔族がいる、と考えれば、やっぱり奥地でないかと」
「ああ、魔物も魔族も、魔力の濃い土地を好むからな。それに、フレイムベアがここまで戻ったのに、本来の縄張りまでは行かなかったのもちょっと気になる。何かを警戒して留まった、と思えないこともない」
根拠とは呼べないような、ほとんど妄想くらいの話だ。それでも、まずどこから手をつけるか決めるには、妄想だとしてもないよりはいい。フレイムベアの縄張りを探索しながら奥地へ向かうことに決めた。




