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 翌朝早く、ふたりは村の門を出て、修復された防壁の前に立った。

「さて、それじゃ行くか」

「はい。いざ、フレイムベア捜索!ですね」

 ひとつ頷き、歩き始める。

 ふたりの背負った荷物は多い。タレス村から魔物棲息域まで、真っ直ぐ歩いても域内に入るのは夕方になる。フレイムベアの縄張りまで、となるとさらにもう1日。捜索しながらとなると、1週間は見ておくべきだ。

 ガレル町からタレス村に向かった時と同じく、周辺を探索しながら進んだが、魔物棲息域に入るまでフレイムベアの痕跡は見つからなかった。

「そろそろ魔物棲息域に入ったはずだ。基本的に魔物とは接触しないように動くけど、いいよな?」

「あれ、倒さなくて良いんですか?」

「魔物の数が明らかに増えてると思えば別だけど、それはその時方針転換だな。魔物って言っても、放っておけば悪さをするわけじゃない。魔物が人里に現れることは時々あるけど、頻繁という程ではないし、死者が出るような大きな被害って、実のところかなり少ないだろ。なら、殺していい道理がない、てのが俺のスタンスでな」

「凶暴な魔物というのはイメージでしかない、ということですか?」

「そうだ。魔物はそういうものだって、俺はその、師匠、から教わったし、あまり多くはないが経験上もその通りだと思う。まあ、何かの拍子に襲われたら、一般の人には対処しようがないから、恐れる気持ちも分かるけどな。俺も最初にフレイムベアに遭遇した時は、凶暴で恐ろしい存在だと思った。けど、実際はどちらかというと向こうも警戒しての反応だったみたいだ」

「そう、ですか…」

 流石に納得し難いだろうか。

 そもそも、魔物が棲息域から出ることは少ないと言える。魔物は魔力濃度の高い土地で生まれていて、魔術を行使するには魔力濃度が高い方が楽ということもあるし、第一そこに縄張りがある。さらに、拓真とユミルは、魔物は魔力を生命活動に利用しているのではないかと考えている。普通の動物と比べて狩りの頻度は少ないようだし、そうでなければ、資源に乏しい荒野で、フレイムベアのような大型生物が生きていけるだろうか。

「まあ、俺が正しいとも限らないし、価値観も人それぞれだ。シエラさんの目で良く見て、魔物への対応はそれから考えてみるといい」

「はい。……ふふ、それにしても、タクマさんは常識外ればかりですね」

「あー、そうだな、まあ、生まれのせいかな」

 冗談めかして言うが、実際その通りだった。この地で拓真が非常識であるように、この世界は拓真にとって非常識だ。お互い様だな、と思う。拓真だって、常識が覆る発見がこれからもきっとあるだろう。


 村を襲ったフレイムベアは、本来の縄張りからやや離れた場所で、それぞれ別個に見つかった。爪が欠けていることで、村を襲撃した個体と知れた。これだけ魔物棲息域の奥であれば、討伐の必要はないと拓真は思う。けれど、手ぶらで村に戻るわけにもいかない。1頭だけ狩ることにする。

「今度は俺に任せてもらおうかな」

「私でも構いませんよ?」

「結局、捜索はほとんどシエラさんに任せきりみたいなもんだったからな。少しは働いておかないと」

 言いながら、魔力を操作する。丁度、手頃な大きさの石が転がっている。あの時ユミルに助けられた、あれを再現してみよう。

 石を手に取り、投げる。全力で投げる必要はない。手元からフレイムベアの腹へ、魔力の急勾配を作った。石は加速され、銃弾さながらにフレイムベアに激突。鈍い音が響いた。

 一拍置いて、シエラが声を上げる。

「すごいです!無詠唱とは、驚きました!それに、私が予想していたより、魔操力も遥かに高いです!イメージに沿うのでなく、直接魔力を操作するからでしょうか!?」

「いやいや、無詠唱は慣れだって。慣れてしまえば、こっちの方が魔力操作に集中できると思うぞ。俺は、最初から直接操作で訓練だったからな。多分呪文詠唱する方がやり難い。というか、多分シエラさんも無詠唱で魔術使えるだろ?」

 何となく、そんな気がした。

「ええ、まあ、確かに私もできますが…。自慢するわけではありませんが、無詠唱で魔術を扱える人は本当に少ないので」

「そうなんだろうな…。魔術教育が未熟過ぎると思うぞ、俺は」

 恐らく、そこまで必要に迫られていないのと、技術や経済の発展という概念がまだ育っていないためだろう。地球でも、経済成長という概念は産業革命以後に育ったものだ。それ以前は、100年200年、先史時代なら数千年以上、人類の暮らしに変化はほとんどなかった。それだけの期間世の中が変化しないならば、既得権益を守る方が重要だから、知識は公開されず、限られた者だけで継承される。そんな中で拓真に教えたそのやり方に辿り着いたユミルこそ、天才と称して良いだろう。

(二人とも天才かよ……運が良いのか悪いのか)

 非凡な人物に出会えることは幸運だと思うが、周りが非凡な人物ばかりというのは、自身を凡人と思う拓真としては肩身が狭い。この世界の科学が遅れているのは、ある意味非常に幸運だった。

「教育…そうですね、大事かもしれません」

「どうせなら、非貴族階級にも魔術教育が開放されるといいな。産業がきっと発達する」

「いいですね、皆さんの生活が向上しますし、自衛の手段にもなります」

 シエラならばそう言いそうな気がしていた。珍しい方の貴族だ。尤も、多数派ではないというだけで、すごく珍しいという程ではないかもしれない。冒険者として活動している者達を見ていると、そう思う。彼らの中には、非貴族階級に対して分け隔てのない者が多い。ただ、冒険者に、公爵や侯爵といった高位貴族家の出身は少ない。国の中枢に行く程、庶民が見えなくなるということはありそうだ。国を動かす高位貴族には、庶民の暮らしが見えない。比較的庶民に近い貴族は、国を動かす力がない。そんな構図が。シエラの家柄は、どの辺りの階級だろうか。

 ともかく、魔術が庶民にまで広まってくれないことには、拓真が開発した魔術は公開し難い。日々の生活や産業での利用を想定したものばかりだからだ。魔術教育の開放、その実現に動いてくれないだろうか。シエラは影響力が大きそうだから、頑張ってもらいたい。折角だから、自分の開発した魔術が活用されるところを見たい気はしていた。

(これは、長生きしないとか?なんてな)

 ユミルのこともある。あまり孤独を苦にするタイプではないと思うが、それでも独りだと気が滅入る瞬間もあると零したことがある。老化が極端に遅いので、社会に馴染み難いそうだ。齢100を超えると聞いた時には驚愕した。ユミルは、この世界での生活をずっと支えてくれた。互いに家族という意識もある。できるだけ長く、共にいてあげたい。

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