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「さてと。シエラさん、良かったら魔術行使の基礎を教えてもらえるか?初心者向けの感じで」
「はい、構いませんが…何故です?タクマさんには必要ないのでは?」
「ああ、俺が魔術を教わった人は、どうも特殊な感じがしたんでな。一般的な魔術理論を知っておきたいんだ」
一般常識は知っておいた方がいい。無自覚にやらかして注目を浴びるなどといったテンプレをなぞりたくはなかった。
タレス村へと歩きながら、シエラの説明を聞くことにする。その間も気配の探索は続けたが、それ以上怪しい気配は見つからなかった。ちなみに、フレイムベアは拓真が運動補助を使って引っ張って行った。シエラから手伝うとは言われたものの、運動補助の魔術があるとしても(シエラが言う身体能力強化は、たぶん運動補助を指している)、流石にこんなものを少女に担がせるわけにはいかなかった。
シエラの説明に依ると、魔術というのはやはり言葉の力でイメージを実体化させるものと考えられているらしい。だから、最初は起こしたい現象を鮮明にイメージできるよう訓練し、呪文の詠唱と共にイメージを実体化しようという意思を持つ。そうして試行錯誤しているうちに、魔術が使えるようになる。もちろん、意思を持つだけでイメージが実体化するわけはないのだが、そのイメージや意思が、試行錯誤する間に魔力操作をする意識の働きに結びつくのだろう。その意識の働きを再現するために、同じ手順、つまり呪文詠唱を利用している、ということのようだ。拓真も魔術師と呼ばれる人物の魔術を見たことはあるが、魔力操作の精度が随分低いなと思ったものだ。こんな間接的な手順で何となく魔力を操作していれば、それは精度も悪くなろうというものだ。
それでも、そんなやり方でも狙った魔術を使えるようになるということは、イメージすることと意識による魔力操作の方向性には、何らかの関係はありそうだ。もし関係がなければ、氷の魔術を発動しようと訓練して、炎の魔術や電気の魔術を発動するかもしれない。拓真は魔力の動きをイメージして魔力操作しているが、起こしたい現象をイメージすることでアバウトに魔力操作できるとしたら、それはそれで面白いかもしれない。雑になる代わりに、素早く魔術を構成できるのではないか。
(今度試してみよう)
実際、シエラの魔術は、発動までの時間が短かった。シエラは明確に魔力を操作する意識を持っているが、魔力の動きを細かく操作するというよりは、どちらかというとイメージベースで全体的な魔力の流れを作って行くそうだ。
「イメージすることで、それを実現する魔力の流れが何となく感じ取れます。その流れに逆らわず、曖昧な全体の流れを具体化して行く感じですね」
「……え、待ってくれ、流れを感じとる?ちょっとその感覚分からないんだが」
「あれ、そうですか?…でも、確かに皆さん、イメージを実現する流れの感覚なんて分からないと言いますね。訓練次第だと思うのですが」
……天才か、と言いたい。全然できる気がしなかった。
とはいえ、イメージを実現する魔力操作は、要素的な操作の組み合わせで構築できる。それを、魔力操作自体もボトムアップで行うか、全体の流れからトップダウンで実行するかだ。多分。練習はしてみようと思うが、拓真は苦手な気がした。
逆に、拓真のやり方を伝えると、精密な魔力操作には良さそうだけれども、魔力変換まで操作し切るのはすごく大変そう、という反応だった。そう言いながらも、魔術によって使い分ければ、などと呟いていたから、きっと試してみるのだと思う。
シエラが魔力と呼ぶ、魔力操作能力についても聞いた。初対面で、シエラは相手の能力がある程度分かると言う。何故分かるのか。
「魔素を操作するため、意識がーーだと思いますがーー魔素に似た何かを生み出していますよね。それが」
「ん!?ちょっといいか、魔力ーー魔素に似た何か?そんなのあるのか!?」
「あれ、ご存知ないですか?…確かに、魔素とは感覚が少し違うかもしれませんね」
「魔素を操作する時には必ず生成される?」
「そうです。それーー魔術素と呼んでいますーーが魔素と一緒に消えると、何かしらの現象が起きるのですが、魔術を使える人の周囲には、普段から多少魔術素が生み出されています。その量で魔力が大体分かるんです」
「魔素と一緒に消える…?」
何となく、反物質を思い浮かべる。つまり、魔力(魔素)と反物質が衝突して対消滅し、その際に別の形でエネルギーを放出している?意識がどうやって魔力を操作しているのかは謎だったが、反魔力とでも呼ぶべきものを生成することで操作・変換しているのだろうか。
(これまた、検証できないけどな。ついでに、それが正しいとして、じゃあどうやって反物質を作るのかって疑問がまた出てくるな)
科学の探究に終わりはない。何故、どうして、という問いは無限に繰返せる。
(ただ、それが分かったところで、何か役に立つかって話なんだよな)
どこかで、「分かった」「もう十分」と思えるレベルがあり、そのレベルは人によって違う。良し悪しの話ではなく、その人にとって何が重要か、職業やスタイル、価値観の問題だ。例えば、科学者はどこまで行っても満足できない人種だと思うし、技術者は自分の作る製品やサービスの設計ができるレベルで満足するだろう。接客業であれば、顧客の購買意欲を高めるような説明のレベルを求めるだろうか。
拓真としては、どうだろうか。
(やっぱ、新しい魔術の開発に使える知識が欲しいかな。けど、単純にこの世界ってどうなってんのってのも面白い)
拓真はそういうことを面白いと思う人間だ。けれど、拓真が滅茶苦茶面白い!と思っても、人によっては全く興味が湧かないというから、ヒトというのは不思議だ。以前の拓真は、他人と興味を共有できることが少なかった。だから、ユミルとの出会いは、拓真にとっては僥倖と言って良かった。異世界転移なんて一般的には不運かもしれないが、拓真としては、運が良かったと思う。
「タクマさん、どうしました?」
思いを巡らせていると、シエラに訝しげにされてしまった。
「ああ、悪い、ちょっと魔術について考えてた」
「魔術について、ですか。ちなみにどのような?」
「あー、そうだな…魔力変換ってどういう原理なんだって話なんだけど。シエラさんは、ええと、魔素と魔術素が消滅して代わりに現象が発生するって言っただろ?俺の故郷では、粒子には通常の粒子と、それと逆の性質を持った特殊な粒子がペアで存在してるって理論があってな。そいつらが衝突すると消滅して代わりにエネルギーを放出するんだ。同じ話かな、と思ってな」
「聞いたことのない考え方ですが…何故、消滅するとエネルギーを放出するのでしょう?」
「お、いい質問だな。それを理解する前提として、エネルギー保存則ってのがある。エネルギーの総量は増えも減りもしないってことだな。それともうひとつ、物質はエネルギーの低い状態になりたがる。粒子が存在してる状態っていうのは、エネルギーの高い状態なんだ。だから、ペアになってる粒子と衝突すると消滅してエネルギーの低い状態になる。すると、エネルギーが減ったんだから、余ったエネルギーを放出しなければエネルギー保存則に反する、てわけだ」
「なるほどなるほど、面白いですね!…ですが、それじゃあ火や水、石のような、物を魔術で作り出せるのはどうしてでしょう?」
火に水、石と来た。やっぱり地水火風の4大元素とかいう考え方なのだろうか。
「それは、物質もエネルギーの一形態だからだな。他には、熱や光なんかもエネルギーだ。エネルギーは変換が可能で、物体は熱くなるとエネルギーの一部を光として放出する。炎っていうのは、物体同士が反応してエネルギーの低い状態になって、その分余ったエネルギーが熱になって、熱くなったから光を放つ、その光を見ているんだ」
「ええっ!?火は4つの元素のひとつでは!?」
やはり4大元素か。それでは、拓真の話はシエラの常識からかけ離れているだろう。困惑させてしまったが、だからといって拓真の話を頭から否定する様子がないのは、良い性質だと思った。
「そんな考え方があるんですね……。え、だとすると、炎の魔術はーーうーんーー」
人一人の持てる知識など、たかが知れている。ならば、自分の常識に反する情報を得たならば、その正しさを検証する謙虚さは必要だろう。きっと、その方が世界を広く見渡せるはずだ。曇りなく、偏りなく。




