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恋首探し

 ガキの扱い方が少しわかる気がしてきた。そこら辺の古着屋で買った小さめの服を着せている。襤褸一枚では臭くてたまらないからだ。簡単な床掃除くらいは任せるようにした。気が向けば掃き清めるだけだった生活からはおさらばだ。

 俺とて人並みの衛生感覚はある。汚いよりは清潔な方が良い。

 ただ気にくわない点が一つあった。気を許したのだろうか。俺が酒を飲んでいると咎める様な視線を向けてくるようになった。

 睨み付ければ視線を外すが、すぐにまた俺を見てくる。あいつを思い出して苛立って仕方がなかった。

 酩酊している時、俺が見る世界は俺だけの聖域だった。不愉快な物もおぼろげにしか認識できない。酔っている時間、そしてたまに抱く娼婦だけが俺に優しかった。イカレタ街のイカレタ奴らなんぞを忘れることが出来た。

 娼婦も娼婦でイカレテいたのだろうが、少なくとも仕事中はまともに思えた。その聖域に不愉快な視線を向けてくるガキ。目下のところそれをどうにかするのが一番の課題だった。


「ガキ、俺は仕事を取りに行ってくる。いつも通りの事だけをやれ。飯はそこの棚だ」

「……」


 頭痛に耐えながら言う。ガキはこくりと頷いだ。扉を開ける。陰気な朝だった。酒場へ向かう。


 壁にぶつぶつ話しかける男の横をすり抜け、泥人形を息子と言い張る女を視界に収める。奴は俺を見るや怯えた風な動作で脇に避けた。数日前のが大分効いたみたいだった。

 酒場に入るといつものメンツが居た。酒飲み仲間は居なかった。これは好都合だと思った。俺の予想通りならば、そろそろの筈だ。

 この街の門を守る忠臣の守衛のおかげで仕事にはあぶれなかった。奴は通行手形がない新参者を虐殺していたからだ。処理が早く済む俺への依頼はひっきりなしで、金にも余裕ああった。

 だからそれなりに良い酒を飲むことが出来た。酒を入れてる奴に依頼するのを躊躇う住人も多少は居たが、ほとんどは気にする事が無い。どいつもこいつも自分にしか興味がないからだ。自分の世界にしか。


 酒場の扉が開かれる音。眼をやれば恐る恐る入って来る新参者が居た。大分空気に当てられているみたいで、眼が据わっていた。そいつは開口一番に、こんな事を言った。


「元探検家の処理屋は居ないか!? 頼みたいことがある!」


 俺への名指しの依頼だった。




 そいつを招き寄せ、座れと促す。値踏みする様な視線。吟味する者の眼だ。この朝っぱらから酒に酔っている男に、依頼が務まるかどうか考えている奴の眼。

 久しぶりの感覚だった。この街の住人ならこうはいかない。とっとと商談に入っている。


「あなたが元探検家の処理屋ですか?」

「いかにも、私だ」

「僕は――」

「いや、名乗らなくて結構。どうせお互い、すぐ忘れる」

 男の名乗りを遮る。忘れるし覚える気もなかった。知る気もない。

 だが敬語を使う奴というのも久しぶりだった。まるで街の外の遣り取りだ。つい、昔を思い出してそれらしく振る舞ってしまう。

 店主が一番安い料理を依頼人に持ってくる。男は腹を空かせている様だった。さっきから俺の手元にある皿を凝視していた。


「まあ、食事しながら商談といきましょうや」


 どうぞ、お好きに食べてくださいと促せば、多少は見栄えを気にした食い方でがっつく依頼人。俺も追加で酒を頼む。頭の痛みはどこかへ行っていた。



「それで、依頼と言うのは?」


 聞いては見たが内容はとっくに察していた。俺が素材に使った女。その女と一緒に居たこいつ。おそらくは捜索依頼だろう。この街でそういう、何でも屋といった仕事ができるのはかなり少ない。自慢ではないが俺はかなりの実績を上げていた。


「居なくなった僕の彼女を探してくれ!」


 俺は内心ほくそ笑んだ。ああ、予想通りだ。酒飲み仲間には感謝している。奴のおかげで実入りの良い二つ目の仕事にありつけたのだから。


「幾ら出せる?」


 男は袋を取り出した。硬貨の重い音。置いた時の様子からかなりの量だと分かる。

 袋を開け、中身を見る。大陸で広く流通している硬貨だった。当然この街でも主に流通している物だ。失踪者捜索にこれだけの金を投じる。どれだけ本気かが分かる。


「十分だな。だがあんたは、この街で姿を消した奴の末路を知らないのか? おそらく生きてはいないぞ? どうせどこかで野垂れ死んでる。それでも良いんだな?」


 それだけではないと言葉を続ける。死体に発情する輩も居ると伝えれば、信じられない奴を見る目で俺を見た。

 口では忠告をする。後々文句を言われたらたまらないからだ。実害は無いにせよ、うるさいのは嫌いだ。

 男は頷いた。


「それでも良い。生きていたいと信じたいが、無理なのは知っている。だから……彼女を殺し、弄んでる奴が居たならそいつに復讐させてくれ。それを手伝ってくれ!」


 こいつは最高だ。本当に最高のカモだと思った。にやけ面を抑えるのにこれ以上ないほど努力しなければならなかった。でなければ俺はせっかく理想通りに進んだこの状況をぶちこわしにしただろう。

 自分に正直なのはこの街の住人の特徴だ。それは良い。だがこういう大切な事は他人任せにしてはいけない。依頼して良いのは、どう考えても自分に危険がない事だけだ。そうしなければ、たちまち食い物にされる。骨一本残らず俺の様な奴なんかにしゃぶりつくされる。

  クズの思考だと自覚する。だが逆に安心する。自分をクズだと、世間一般の倫理から外れていると自覚できている内は、まだ完全にはイカレテいない。自分の正気を自覚できる。


「そういう事を人に頼むな。俺が君を騙そうとしていたらどうする? 居るかもわからん犯人と寄ってたかって、君を騙したら」

「覚悟の上です。それに……」


 依頼人が笑った。これには眉を寄せる。なにが面白いというのかさっぱり分からなかった。


「それに、そういう忠告してくれるバーンズさんは、いい人だと思います」

「……君は俺を知っていたのか」

「はい、偉大なる探検家。貴方の書籍はいくつも読みました」


 これには驚いた。まさか俺を知る奴がここに来るとは思わなかったからだ。この街に来て十年以上も経っていた。俺を覚えている奴が居るとは。


「ファンに会えてうれしいよ。俺、いや。私も力を尽くそう」


 微笑んで握手をしてみせる。お願いしますと依頼人は何度も何度も頭を下げていた。


 情報が入り次第教えると約束した。陰気通りにある、顔なじみの経営する安い宿に男を案内する。依頼金を手に入れるためにかなりの無茶をしたようだった。疲れきっていて、宿に着くや、なにからなにまでありがとうと頭を下げ、そして部屋に入っていった。


「それじゃあ奴の面倒をよろしく頼むぞ。久しぶりの大口顧客だ」

「分かっているよ。元探検家」


 宿の女将に念を押す。まずは酒飲み仲間の住み家に行くところから始める事にする。



 早い帰りにガキは驚いていた。その驚愕の表情も、すぐに不快そうな顔に変わる。酒の匂いに気が付いたみたいだった。なにか言いたげに口をもごもごと動かしていたが、いつもと変わらず声の代わりに出るのは呼気だけだった。

 やがては諦めて、ホウキでゴミを払う作業に戻る。


「おいガキ」

「……!?」


 驚いた動作。肩が跳ねる。なにからなにまで奴と似ていて腹が立つ。依頼人に言った言葉を思い出す。失踪者はまず生きていない。分かっているともさ。

 ガキは困惑しているみたいだった。当たり前だ。必要事項を伝える時以外は、俺はガキに話しかける事なんてしてこなかった。


「お前、読み書きできるか?」

「……!」


 ガキは頭を左右に振る。分からないみたいだった。


「読み書きできるようになりたいか?」

「……!」


 今度は頭を上下に振る。肩口まである髪がばっさばっさ揺れていて、まるで子供のおもちゃだった。なぜ俺はこいつに文字を教えてやろうという気になったのか分からなかった。意思の疎通ができない現状だが、あまり不自由しているとも言えない。強いて言うならば、やはり気まぐれなのだろう。

 気まぐれに拾ったガキだ。気まぐれに遊びがてら教えてやっても良いのではないか。そう結論付けた。




 数日間聞き取りと称して街を街のあちらこちらを巡った。

 適当な古本屋に寄り、新参者共が残していった物の中から簡単そうな物を選ぶ。新しく入って来る奴らのおかげで多少の世情は知ることが出来、俺も退屈しないという訳だった。

 帰り道、乞食が一人いた。俺を凝視していた。本という娯楽品を持っている俺に狙いを定めた様だったが、なにも言わずにそのまま黙りこくっていた。多少は暮らしに慣れた、元新参者の様だ。備えはしておこうと決意した。


「これの読み方は――」


 掃除がひと段落したガキを招き寄せ、読み書きを教える。意味と読み、そして書き方。発音はどうでも良い。どうせ喋れやしない。俺が分かる文章を書けるようになればそれで良いのだ。

 そうすればこいつに任せられる雑用の幅が大いに広がる。その分俺が楽できる。


 少しばかり楽しそうにしているガキが嫌いだった。



 ほどよい頃合いに宿屋に向かう。きりっとした顔つきで迎え出てくれた依頼人に一つ報告する。恐らく探し人はもうこの世に居ないだろうと。

そして女を殺ったと思われる奴を見つけたと。


「……そんな。そいつの所に案内してください……」


 男は依頼人は嘆いたが、すぐに立ち直った。もう察していたのだろう。いつまでもグチグチと嘆かれるのは面倒だったから、これは嬉しい誤算だった。


「まあ待て。明日の方が都合が良い。絶対に早まるな」


 明日決行しようと言い含め、今日は鋭気を養えと、宿の女将が持ってきた飯を二人で食らう。帰り際、女将に、


「料金はあいつ持ちで」


 と伝えた。女将は頷いていた。



 翌日。いつも通りに扉の点検をする。


「今日も外へは出るな」


 ガキにそう伝え扉の鍵を閉める。ガキは頷いていたが、少し怯えていた。

 陰気通りの宿屋へ向かい、武装した依頼人を『犯人』の下へ案内する。といってもそれほど長い距離は歩かない。宿の裏手、人形師の家が目的地だ。


「ここに……犯人が」

「俺はこいつに手を出せない。君が自分でどうにかするしかない」

「そうですか……今までありがとうございました」


 達成金を受け取る。依頼人は剣を抜いた。それを見届け、ただ一緒に着いていくくらいはしてやると人形師の家の扉を開く。にこやかに出迎えてくれるのはぼさぼさの髪の女。実に上機嫌だった。


「え? 女将さん?」

「やあ元探検家とその依頼人。宿は副業だよ。皆僕の芸術を理解してくれなくて……食い扶持は稼がないとね。まああれだ。僕が犯人だよ」


 人形師は芝居がかった動作で指を鳴らす。奥から歩いてくるは女の死体。首の上には、お前の可愛いペットを見たいという気狂いが居ただのなんだのを嘘を吐き、酒飲み仲間を説き伏せて借りてきた頭を乗せている。

 依頼人は一瞬生きていると思い喜びの声を上げたが、すぐに現状を察した。


「人形師。『支払いはこいつで』」

「はいはい毎度あり。お釣りだよ」


 人形師が投げて渡す包みを受け取る。中身を確認し、ちゃんと金が入っている事を確かめる。元依頼人が恐る恐ると言った様子で俺に聞く。


「だましたんですか?」

「だましちゃいないさ。俺は『弄んでる奴』のところまで君を案内した。君が復讐できる手伝いをしたって寸法だ」


 あとは好きにやれよと言葉を締める。人形師は腹を抱えて笑っていた。その声が頭に響いて不愉快だった。


「よく言うよ君は。僕はただ加工しただけだよ? 殺したのは君じゃないか」


 その言葉が終わるや否や、元依頼人は俺に切りかかってきた。無言で素早く。素質は良いかもしれないが素人だ。

 俺のトレードマークと言っても良いだろうカンテラで受け止める。足を崩し関節を捻りあげ、体を投げ飛ばし壁に叩きつける。埃といったゴミの数々が天井から落ちてくる。

 それを掃い、鳩尾を蹴り上げ悶絶させる。


「おいおい。傷付けないでくれ。大切な素体なんだ」

「ああ悪かった。あいつに首返しておくよ」


 虚空を見つめる女の首を受け取り、家を後にする。それにしても悪趣味だと思う。首の断面の上にトレイを置くのだから、あの人形師の趣味は本当に理解できない。袋に入れた首を傷付けないように丁寧に持ち運ぶ。

 酒飲み仲間との約束だった。我ながら気まぐれだと思う。人間として生きる最後の瞬間に、愛した女と対面させてやろうというのだから。



 酒場に行けば奴が居た。いつものように酒を一人でちびちびと飲んでいる。俺の持っている袋を見ると嬉しそうに笑う。愛する家族を出迎える時の表情だ。

 奴に袋を渡す。手を袋の中に突っ込み、乱れた髪を愛おし気に整えていた。感謝の気持ちだと言い硬貨を少しばかり渡す。


 そしていざ飲もうという段になって、指先が痛み始めた。あの乞食が俺の家になにかしたみたいだった。

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